動乱の行く先 -心の模様-

 『ネ=ウィン』の脅威が去りカズキの傷もほぼ癒えた7月のある日、『モクトウ』では剣撃士隊とテキセイが立ち合い稽古を行っていた。


ばきんっ!!


「あっつ?!くそっ!!もう1回だ!!」

他の面々が早々に降参する中バラビアだけはむきになって何度も挑むがまるで相手になっていない。そしてそれを眺めるカズキは内心とても嬉しそうないやらしい笑顔を浮かべている。

「おいっ!!そのにやけた面をこっちに向けるな!!気が散るだろ?!」

「えー?だってお前も俺が怪我で寝込んでた時にこんな顔してたじゃん。おあいこだよおあいこ。」

何事もやられっぱなしというのが納得いかないカズキはここぞとばかりにあの時のお礼を返していたのだ。

「そもそもテキセイは全然気が散ってないぞ?負けた言い訳かぁ?それは情けないなぁ?」

「むきーーーーーーーー?!?!」

彼女は年の割には子供っぽい所があるのでこういう単純な挑発をするとわかりやすい反応で応えてくれる。これがまた楽しいのだがあまり調子に乗ると後が怖い。

なのでからかうのを止めたカズキは自身も稽古をつけてもらおうと立ち上がった。


「うむ。確かに気が散って仕方がないな・・・」


するとテキセイからも苦言が放たれたのだ。力量差を考えても動きを見ててもそんな素振りは一切感じなかったのだが彼が言うのだから間違いないのだろう。

言い訳を良しとせずカズキはすぐに頭を下げて謝ったのだがバラビアはともかく肝心のテキセイからは何の反応もない。

あまりにも静かだったので様子を覗くために頭を上げるとどうも彼は機嫌を損ねている風ではなく何か呆けているような。そんな状態でずっとバラビアを見つめ続けていた。

その意味はわからなかったが公明正大と謳われた大将軍の表情は真剣そのものである。何だ?何を考えている?カズキは只ならぬ雰囲気を察して少し身構えていると・・・


「バラビア殿。今は独り身と聞いている。では俺と夫婦の契りを結んではくれないか?」


「・・・・・・・・・・・・・は、はぁぁぁあぁああ?!?!」

突然すぎる申し出にバラビアは思わず大声で驚いた。すぐそばのカズキもその喧しい声に思わず両手で耳を塞ぐがテキセイの真剣な表情から冗談の類ではないというのもわかる。

しかし本当に突然だ。いや、西都で合流してから1か月は経っているしこうして毎日のように稽古もつけてもらっていた。

交流はしてきたものの彼女に惚れ込む理由とは何だろう?最近異性を意識し始めたカズキは顔を真っ赤にするバラビアを他所に興味津々で尋ねてみた。

「何でバラビアなんだ?あんたからみてそんなに良い女なのか?」

「ああ。逞しさの中に美しさと可愛げを確かに感じる。彼女なら良い妻として大いに期待出来るし授かる子も楽しみだ。」

べた惚れというかべた褒めというか。それらを耳にしたバラビアは大きな体が小さく見える程畏まっている。確かに今の彼女は可愛げの塊みたいだ。

「あ、あ、あたいはその・・・ヴァッツ様の御子が欲しくてその・・・」

「何っ?!ヴァッツ様の?!それは・・・ううむ。彼を慕っているのなら諦めるしかないな。」

「「えっ?!」」

ところが公明正大の彼は大恩人でもある少年の名が出ると潔く退いてしまった。だがこれでは色々と面白くない。

「おいおい!見初めた女をそんな簡単に諦めんなよ!!どうせあいつは婚約とか考えてないんだしいっとけいっとけ!!」

「おい?!?!ヴァッツ様に向かってなんて無礼な!!あのお方は心がとても純粋なだけ・・・あと知識がないだけ・・・だぞ?!」

お互いを焚きつけて背中を押したつもりが何故かバラビアには責められてしまった。もう少し言い方を工夫すべきだったか?

何はともあれ今カズキは男女の恋愛模様を目の当たりにしている。ここは後学の為に是非どういう流れで結ばれるのかを見極めておきたい。

「ううーむ。しかし・・・横恋慕は道に反する・・・だがこれほどの女性がこの先現れるかどうか・・・うううーむ!」

西都攻略時にも思ったがテキセイはわりと感情が豊かだ。今も腕を組んで必死で考えているし、バラビアも見せたことのない内股の姿でそわそわしている。

(・・・これが愛か?!)

傍から見てる分には何と面白い見世物だろうと錯覚してしまう。実際カズキの心は跳ね踊っておりどんな結末が待ち構えているのかと期待で一杯だ。


「ヴァッツはまだまだ時間がかかりますよ?それよりこれも何かのご縁でしょう。お2人さえ良ければ一度婚約されてみては?」


そこに水を差す天才が現れた事で話が一気に加速する。

「ショウ?!ちょっとは間合いというか場面を考えてだな?!」

このもどかしさを楽しんでいたのに全てが台無しだ。その言葉に感化されたのかバラビアは頬を赤らめながらも彼を見つめているしテキセイも無表情で彼女を見つめ返している。

「あ、あたいもその・・・強い男は好きだし・・・その、ほんとにあたいでいいの?」

「ああ。是非お願いする。」

テキセイは強い。そしてバラビアの目的は強い御子を授かる事だった。ならば無理にヴァッツを狙う必要はないのかもしれない。

ただ突如現れた甘い恋模様は周囲の剣撃士隊員達も固唾を呑んで見守っていたのだ。この時ばかりは彼らもカズキに同調したらしく話があっけなく纏まった後は皆がショウを白い目を向けていた。






 「うぅぅ・・・ほ、本当にこれでいいのか、な?」

テキセイが母に紹介したいという事であっという間に段取りが進むとバラビアは『モクトウ』の着物に着替えさせられていた。

「とてもよくお似合いです。私が男ならこの場で奪い去りたいほどに。」

何も問題がなければ後日婚姻の儀が執り行われる。なのでコフミの家で羽を休めていたヴァッツ達も中央に招待されたのだ。

中でも時雨はとても喜んでいて敬遠しがちだった彼女の着付けも買って出たほどだ。理由は1つしかないのだが今はどちらの機嫌を損ねても後が怖い。ここは黙って見守ろう。


「結婚か。そういえば私達もそんな話をしてたね。」


「えっ?!ヴ、ヴァッツ様もご結婚とか考えていらっしゃるんですか?!じゃああたいの話は破談に・・・いたたた?!」

ところがアルヴィーヌが道中の話を思い出すとバラビアはとんでもない事を口走るし時雨の腕に余計な力が入るしで一気に騒がしくなった。

「・・・お前らはその意味を全く理解してないから忘れてもいいと思うぞ?」

カズキとしてはヴァッツが誰と婚約しても素直に祝えるし咎めるつもりもさらさらない。だが今からテキセイの親子と会食をするというのにバラビアの発言は流石に看過できない。

「これからテキセイの妻になるというのにあるまじき発言。時雨、もっと締め付けてやれ!」

嫁ぐ前から浮気心を見せたバラビアにティナマも割と本気で怒っている。テキセイは彼女にとっては恩人なのだから当然といえば当然か。

ただ時雨は違う意味で嬉々としながら帯を締め上げているようだ。以前から感じていた事だが女というのは時に可愛く、そして恐ろしく変貌する。

(こんな調子で上手くいくのかな・・・)

バラビアがある程度テキセイに惹かれているのは間違いないがそれでもヴァッツに言い寄られたら即離婚の即再婚となりかねない。

ショウはそれでもいいと言っていたが愛とはそんなに軽いものなのだろうか?それともカズキが重く捉え過ぎなのだろうか?

見れば簡単に結婚を口にしていたアルヴィーヌが相も変わらずヴァッツの肩に頭を擦りつけては幸せそうな表情を浮かべている。


(・・・そんなもんなのかもしれないな。)


まだまだ子供な2人を見ていると深く考えるのが馬鹿らしくなってきた。気分を切り替えるべくカズキは自分の衣装を手に取ると素早く着替えを終える。

「へー。お前もよく似合ってると思うぞ?」

これは国王であるゴシュウがわざわざ用意してくれたものだ。

バラビアの家族は現在『東の大森林』の新しい街に住んでいる為『モクトウ』に呼び寄せるには時間がかかる。という事で急遽隊長である自身が一緒に参加する流れになっていた。

「似合ってるかどうかは置いといて。これはちょっと窮屈だな・・・何かあった時に動きが遅れる。」

だがカズキにとっては堅苦しい生地が気になって仕方がない。形を整える為に様々な工夫が凝らしてあるらしいが刀の持ち込みも禁止されている為腰元が頼りないのも気になる。

「相手のご家族と顔合わせするだけでしょ?何で刀がいるのよ?!」

「何かよくわかんないけど頑張ってきてね!」

シャルアとヴァッツが別々の観点から激励らしき言葉を掛けてくれるが堅苦しい場というのをほとんど経験した事がないカズキは余計に不安だった。

むしろ族長の娘として様々な場面に出張っていたバラビアの方が堂々としているくらいだ。

(場慣れってのは大事だな・・・)

そう感じつつ王族のアルヴィーヌやヴァッツに目をやるも彼らは緊張とは無縁の人物。あまり参考にはならないだろう。

「貴方さえよければそういう任務を回していきましょうか?」

「・・・考えとく。」

思考を読むのだけは得意なショウの提案を軽く聞き流していると準備が整った2人は騒がしい面々に見送られてテキセイ親子が待つ部屋へと向かった。


作法には疎い為襖を開けて貰ってから部屋に入るまでは全て召使い任せだ。中には仲人を買って出た国王ゴシュウとテキセイ、そして彼の母親が座っている。

(・・・・・なるほど。そういう事か?)

そしてすぐに察する。何故テキセイがバラビアに惹かれたのか。見れば彼の母親もかなりの体躯を持っているらしく、雰囲気までもがバラビアに似ていた。

元々将軍として短い期間務めていた話も聞いていたが今でも健在なのだろう。後で試しに立ち会って貰おうと心に決めるくらいにはその強さを確かに感じる。

「ほう?」

すると挨拶を交わす前にこちらを見てその母親が感嘆の声を漏らす。声色から察するに彼女もバラビアを大層気に入ったらしい。この時はそう思っていた。






 「ではこれよりセイ家の長子リセイとバイラント家長女バラビアの顔合わせを始めようか。」

ゴシュウの簡単な挨拶が終わるとすぐに食事が運ばれてきた。この会食で両家の嫁と婿を見定めるというのが目的らしい。

「えー。俺・・・私は『トリスト』剣撃士隊長カズキ=ジークフリードと申します。今日はバラビアの父に代わりに参加させていただきました。」

年下ではあったが国に仕える者としての立場は上なのだ。ただ父親代わりというには少し無理がある。そのせいかこちらが自己紹介すると途端にテキセイの母親が驚愕の表情を浮かべてくる。

(弟とかならまだ説得力があったのになぁ・・・)

自分で言ってても違和感しかなかったがゴシュウやショウに圧し通されたのだから仕方がない。

それからバラビアも自己紹介を済ませると今度はテキセイの母親が御猪口の清酒をくいっと一口で飲み干した後何故かこちらを見つめながら口を開いた。

「・・・あたしはセンカ。リセイの母親だ。んでバラビアちゃんだっけ?あんたに文句は何1つないよ。息子の事よろしくね。」

短い挨拶と共に嫁を全面的に認める発言をした事で母親としての役割を早々に果たす。ではこちらも婿を認めればもうこの堅苦しい会食も終わるのだろうか?


「それよりあんた、ジークフリードだって?もしかして一刀斎の孫とか息子とか・・・ひ孫とかかい?」


こちらの思考を遮る形で話題を振ってきた事によって何故センカが驚いていたのかすぐに察した。ここは一刀斎の母国だ。『孤高』と同じ家名なら将軍を務めていた彼女が知らない訳がないのだ。

「ああ、はい。一刀斎は私の祖父です。」

だが今はバラビアとテキセイの場だ。こういう個人的な話は別でやるべきでは?とカズキは眉を顰めつつ周囲の機嫌を伺ったが気を悪くした様子はない。

むしろバラビアは柄にもなく静かにしているしテキセイも元々口数の多い男ではない。何故か脇役2人が世間話に花を咲かせているが彼らの緊張を考えるとこれもありなのかもしれない。

「そうかいそうかい。あのじじいはまだ生きてるのかい?」

「い、いえ。先日戦いに敗れまして。祖母への報告がてら帰省していた時に此度の事件が重なったんです。」

「ほう?」

そこでぱたりと言葉が消えた。ゴシュウは最初から口を挟もうとせず見守る姿勢を貫いていたので部屋には食事の音だけが静かに響いている。

(・・・俺もテキセイを婿として認める、みたいな事を言った方がいいのかな?いや、でも俺の方がずっと年下だし強さも身分も・・・)

何を口にすべきか悩んでいるといよいよ自分が何故この場にいるのか訳が分からなくなってきた。もう少し目出度い席かと思っていたが葬儀以上に重苦しい雰囲気を感じる。


「リセイ。バラビア殿と中庭でも散策してくるが良い。」


目の前の料理を全て平らげたカズキが半ば諦め気味に放心状態に浸っていると今まで見に回っていたゴシュウが遂に口を開いた事でやっと会食に動きが生じ始めた。

噂では聞いていたがこれが『後は若い2人に任せましょう。』というやつか。

(ま、この場で一番若いのって俺なんだけどな。)

心の中でやさぐれていたカズキは終始静かな2人の背中を見送った。さて、残された3人でどうするのか。

「ゴシュウ様はご存じですか?西側で『孤高』と呼ばれていた『剣鬼』一刀斎の事を?」

「ふむ。名前だけは知っている程度だ。」

出来ればもう帰りたいな等と珍しく弱気になっているとやはり口を開いたのはセンカだった。そしてゴシュウの薄い反応にはカズキは小首を傾げる。

「あれ?じじいって世界的にも高名なんじゃないの?」

そういえばさっきテキセイも全くの無反応だったのだ。最初は緊張からか余計な話題に口を挟まないようにしていたのかと思っていたがどうも違うらしい。

「あっはっは。あの男は女癖が悪い方で有名だったからね。」

「そ、そうなんですか・・・」

これが身内の恥か・・・得も言われぬ気持ちに思わず声が小さくなったがゴシュウがそれを咎める事はなく、センカは御猪口の清酒を一口ので飲み干すと真っ直ぐにカズキを見据える。


「じゃああんたがリセイの甥っ子って事になるんだねぇ・・・。」






 「・・・・・え?」

「おっと、別に結婚したりはしてないよ?あたしは子が欲しくて一刀斎を押し倒しただけだしね。ま、そういう事さ。あっはっは。」

初対面からバラビアに似ていると感じたのは間違いではなかったらしい。しかし内面的にも似ているとは思わなかった。

(つか押し倒したって・・・この人も相当強いのか?)

「ほう?リセイとカズキは血の繋がった親族か。ではますます我が国を支えてもらう理由が出来たな?」

黙って聞いていたゴシュウはここに来て今日一番の笑みを浮かべている。だが情報の整理が追い付かないカズキは作った笑顔を浮かべるので精一杯だった。


一刀斎の女好きがここまで自身の人生に関わって来るとは夢にも思わなかった。

赤子の時に両親を叩っ斬られて以降、家族というものをあまり深く考えてこなかった故に気持ちは複雑だ。

「えっと・・・あの、センカ、おばあちゃんって呼べばいいの?」

「ちょっと!あたしはまだ57だよ?!おばさんって呼んでおくれ!!」

意図とは別の答えにますます困惑したカズキはゴシュウに目をやるが彼は役目を終えたからか吉報を受けてか。とんでもない勢いで酒を飲み始めている。

「いや!ゴシュウ様!!飲み過ぎ飲み過ぎ!!」

「いや~こんなに目出度い出来事が重なったんだ。飲まずにはいられないだろう?」

確かにテキセイが叔父というのは嬉しいし、センカという祖母がいるのも嬉しい。だがそれ以上に女癖の悪い祖父のいやらしい笑みが脳裏に過るのが腹立つ。

「はぁ・・・いくら若くてもあんたは祖母なんだしややこしくなるからセンカおばあちゃんって呼ばせてもらうよ。しかしテキセイもじじいの息子だったのか・・・道理で強すぎる訳だ。」

嘘をつく理由もないし疑いようのない強さも知っている。なので早々に諦めたカズキが溜息交じりに項垂れた後すぐに顔を起こして素朴な疑問を尋ねる。

「でもさっきテキセイが全く無反応だったぞ?それにそんな話ならカーチフが亡くなった時に教えてくれてもよかったのに。」

「だってあの子には父親の名前すら教えてないんだよ?知らなくて当然さ。」

「・・・ぇぇぇぇ・・・」

「ま、一刀斎の話は婚約がまとまってからするよ。じゃないと嫁が逃げちまう。」

自身の父が世界に名を馳せる程の女好きだと知られたくない。そういう理由らしいがテキセイを見る限りその心配はないはずだ。そこはバラビアも十分理解するだろう。

「それまでテキセイの事を叔父って呼べないのか・・・」

「ほう?隠し子的な立場の息子を随分と慕ってくれているんだねぇ。襲い掛かってまで子を授かった甲斐があったってもんだ。あっはっは。」

まだその辺りの情操概念が確立していないカズキにはよくわからなかった。今はただカーチフを叔父と呼べなかった分をテキセイに渡したかっただけだ。

そんな単純な理由からなのだがこちらのしんみりとした心情など露知らず、センカもゴシュウもいつの間にかがぶがぶと酒を飲んで騒ぎ始めていた。


「おい2人とも!!!今日は嫁と婿の顔合わせが目的だぞ?!?!いい加減にしろ!!!」


なのでカズキはカズキらしく2人を乱暴な言葉で諫めると一瞬だけ手と音が止まり3人が顔を見合わせる。

だがすぐに朗らかな笑い声が木霊するとびっくりした様子のテキセイとバラビアが部屋に戻って来た。






 「何だ何だ?そんな面白い事があったのか?」

顔合わせが解散した後、バラビアは堰を切ったかのように嬉しそうに尋ねてくる。

「お前なぁ・・・それよりそっちこそどうだったんだよ?テキセイと上手くいったのか?」

何故どいつもこいつも本来の目的ではない部分ではしゃいでいるのか。緊張していた自分が馬鹿らしくなってきたカズキは苛立ちも込めて聞き返すとバラビアは急にしおらしくなる。

「あ、あー・・・その、うーん・・・お前に相談してもなぁ・・・」

「相談?何だ?何でも聞いてくれていいぞ。」

何せ相手は祖母と叔父だからな。と心の中で留めつつ2人は廊下で立ち止まった。相変わらずもじもじとしているバラビアには確かな可愛さを感じるが2人きりで庭を散策した程度だろう。

あの短い時間でそんな大きな出来事があったとも思えないしテキセイも普段通りの様子だった。別の重大な事情を聞かされていた自分を棚に上げたカズキは彼女の口が開くのを待っていると。


「・・・あのさ。あたいは強い御子が欲しいからすぐにでもっていう話をしたんだけど、そしたらテキセイが妙にたじろいでたんだよ。もしかしてあいつ、子が作れない体質なのかな?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど!」

これは文化の違いから来る大きな認識の差だったのだがカズキはその答えを持っていなかった為、後ほどショウやシャルアに確認を取ろうと心に決めた。




 「・・・結婚ってのも面倒なんだなぁ・・・」

あれから従姉のシャルアに尋ねてみると男性器が云々みたいな話を真剣に語ってくれたがどうもそういう話ではないらしい。

「お互いの家族が結ばれる訳でもありますからね。」

次にショウから話を聞いてみると『モクトウ』では婚約した夜に体を重ねるのが一般的らしい。そしてそれは男から誘うものなのだそうだ。

バラビアの性格は祖母センカに似ている。『バイラント』族の文化でもあるのだろうがとにかく子作りを第一と考えていた事にテキセイが軽く引いたのだろうという考察だ。


「まぁ夜の営みが嫌いな男はいませんから。いざ床の上となれば上手くいくんじゃないでしょうか?」


「ほう?まるで知っているかのような言い方だな?」

「あくまで一般論です。」

達観したようなショウの発言が引っかかったカズキは不思議そうに尋ねるが元々彼の表情はわかりにくい。

薄い笑みでそう返されるとこの話題は終わりを迎え、バラビアとテキセイの婚姻は1週間も経たずに執り行われる事となった。






 婚儀当日。

テキセイは一抹の不安を抱えていた。それは顔合わせの日のバラビアとの会話が原因だ。




「テキセイ。あたいは強い男が好きなんだ。だからあんたで妥協した。そこをその、か、勘違いしないでくれよな?!」


豪胆な性格としっかりした体躯、それでいて女らしさを損なっておらず可愛くも美しい。全てがテキセイの一方的な想いだった為に受けてくれただけでも心は天に舞い上がりそうなほど狂喜していた。

「ああ、わかっている。」

ヴァッツはまだまだ情操部分が未発育な為、事前にバラビアとの婚約について相談してはみたものの喜んで祝ってくれたのだから彼女も半ば諦めがついた様子だった。

「い、言っておくけどもしヴァッツ様があたいを求めてきたら絶対受けるんだからな?!そ、それは覚悟しておけよな?!」

「ああ、わかっている。」


失恋というわけではないが結果としてバラビアの想いは届かなかった。そこにつけ込んだような気がしてならなかったテキセイはヴァッツの気持ちが育つまで待とうかとも考えた。

しかし周囲や母から同じ助言をされたのだ。恋は早い者勝ちだと。良い女というのは早々に言い相手と出会って番になるという。

「放っておけばヴァッツ様でない誰かに掠め取られる可能性がある事を危惧せねばならんぞ?」

最終的にはゴシュウの一言で決断を下した。そうだ。ヴァッツに嫁ぐのであれば何の問題もない。だがそれまでに心変わりをして他の男へ嫁ぐ姿など想像しただけでも後悔が過る。


恋の主戦場において早い者勝ちが公明正大なのであればそれに則ろう。


「バラビア・・・が俺の嫁に来てくれるのであれば他には何も望まない。いや・・・ずっと傍にいて欲しいか。なので少しでもヴァッツ様の強さに近づけるよう精進しよう。」

名前で呼ぶと気恥ずかしさが込み上げてくるのだが顔を真っ赤にしている所をみると呼ばれているバラビアはもっとそう感じているようだ。

「ほ、ほほー?な、中々いい心がけじゃないか!!」

照れている姿も隠しきれていない姿も愛らしい。こんな女性が独り身で過ごしていたなんて。もしかして『トリスト』の男達は女を見る目が低いのか?

会話も他愛のないものだが今は何をしていても心が弾む。母も一目で快諾してくれたので憂いらしきものはほぼ乗り越えた。残るは彼女の父親への挨拶だけか。


「で、で、でさ?そそ、その、子作りなんだけど・・・いつがいい?あたいはいつでもいいよ?!」


だがこの発言には流石のテキセイも度肝を抜かれた。『モクトウ』らしからぬ女性だとは思っていたが実際そうなのだからここは仕方がないだろう。

この国では男が女の寝所に出向いて事を成す。それが作法のようになっているので女が男へこういった話を持ち掛ける事自体がまずあり得ないのだ。

「・・・そうだな。この国では契りを結んだ夜に行うのが仕来りだが・・・」

まさかいきなりこんな話題になるとは思ってもみなかったのでテキセイも言葉を濁しつつ説明する。だがこれは本能の問題でもある。何なら今すぐにでも彼女の体に全てを埋めたいが流石に理性で堪えねばならないだろう。

「そ、そうか・・・こ、子供が生まれたら名前は何にしようか?」

バラビアは少し残念そうな素振りを見せたがすぐに明るい笑顔を取り戻すと将来の事を考え出す。テキセイもそれに答えて2人の親睦はよく深まったと確信する。

そんな顔合わせ時の会話が終わりを迎えた時、唯一テキセイを大いに悩ませる発言が飛び出した事で彼は今も頭を抱えているのだ。


「んでさ。子が宿ったらあたいは一度村に帰るよ!そして5歳になったら連れて戻って来る!!いいよね?」


「・・・・・えっ?」

どうやら彼女の住む村ではそういう仕来りらしい。既に未来を語り終えたバラビアは満面の笑みを浮かべていたがテキセイはまさか5年以上も妻と離れる事になるのか?と驚愕の表情で固まっていた。






 婚儀とは祭事でもある。そんな祭りの前にこんな後ろめたい気持ちになるとは思いもしなかった。テキセイは早々に対策を打ち出せなかった事も含めて深く悩み続ける。

(・・・今更それは止めてくれ、とは言えないな・・・バラビアの村の仕来りを反故にする訳にはいかないし。うううむ。)

であれば自身が5年間我慢するしかないのか?いや、『モクトウ』では女が家を護るのが慣例だ。これは『モクトウ』に限らず他の国でも当てはまる。何せ男は国や家族を護る為に戦わねばならぬのだから。

ただ今のテキセイはそんな建前以上に彼女と離れる事が苦しくて嫌で仕方がなかった。何とかしてずっと一緒に居たい・・・何か方法はないのか?


「どしたの?」


するといつの間に現れたのか、控室にはヴァッツ達が姿を見せてくれた。既に儀式の衣装に身を包んでいたテキセイは苦悩の時間から解放されてほっと一息ついたが問題が解決した訳ではない。

「い、いや。少し考え事をしていた。」

「何々?私がきいてあげるよ?」

ヴァッツの背後からひょいっと顔を覗かせたアルヴィーヌが興味深そうにこちらを覗き込んでくるもこれは少女に打ち明けてどうにかなるものではない。

「・・・そうだな。バラビアの・・・村の仕来りについて考えてたんだ。」

しかし今は藁にも縋る想いだったせいかぽろりとそれが飛び出すとカズキやショウまでもが心配そうに様子を伺ってくる。

流石に大人げなかったか、と後悔するももう遅い。他の面々はともかく1人は『トリスト』の左宰相なのだ。

「よろしければ詳しくお聞かせください。婚儀の障害となるものは全て排除させていただきますので。」

カズキも言っていたが彼はあらゆる方面で辣腕を振るってくれるらしい。それはこちらが望まない内容や結果になったとしてもだ。

今更婚約破棄という流れにはならないだろうがバラビアを困らせるつもりはない。なので何か誤魔化そうとも考えてみた。


「・・・実はバラビアが子を宿したら村に帰ると言っていてな。俺としては出産も立ち会いたいしずっと同じ家で過ごしたい、んだ。」


だが致命的に嘘を付けない、且つ嘘をつくのが苦手だったテキセイは自白剤も真っ青になるほどあっけなく悩みを吐露してしまった。

なんと大人げない・・・初めての窮地に己の弱さが露呈してしまい思わず自己嫌悪に陥るがそんな彼に最も強い少年が答えを教えてくれた。


「大丈夫だよ!バラビアにちゃんと話せば絶対わかってくれるから!」


「そうそう。あの子押しに弱いみたいだから貴方からちゃんとお願いすればそれくらい納得してくれるって。」

ヴァッツが元気よく答えてくれるとアルヴィーヌも気軽そうにさらりと背中を後押ししてくれた。

「だなぁ。あいつがあんなに押しに弱いとは思わなかった。テキセイ、年下の俺が言うのも何だけどしっかり護ってやってくれよ?」

「押しに弱い?そうですか?私としてはテキセイ様ほど強い御方が言い寄れば誰でも落ちると思うのですが・・・」

カズキやショウもこちらを元気づけようとしてくれているらしい。その思いを十分に受け取ったテキセイはやっと覚悟を決めると儀式の中で全てを解決すべく立ち上がった。




晴天に恵まれた神殿の下では穏やかな音楽が奏でられている。

観衆は今後の『モクトウ』を背負っていくであろう大将軍リセイの婚儀を一目見ようと集まってきていた。

皆の期待に包まれた儀式は契りの神酒、巫女の舞を奉納と恙なく進行していく。そして最後は永遠の誓いを立てて終わる、のが一般的なのだが。


「バラビア、もし子を授かっても村には帰って欲しくない。母子共々俺の傍にいて欲しい。駄目か?」


テキセイは式と己の進退を賭けて問う。本来なら事前に相談しておくべき内容だったが不器用な彼故に今まで時間が掛かってしまったのだ。

予定には入っていなかった行動に斎主以下、全員が目を丸くしつつも固唾を飲んで見守っている。

「あ・・・は、はい。ずっと傍についててあげる・・・わ。ふふ、あんたって子供みたいね?」

白を基調にした衣装を身に纏っていたバラビアがほんの少しだけ緊張した面持ちで優しく答えてくれた。と同時に子供みたいという言葉にはぐうの音もでない。

言われてみれば一方的に一目惚れして婚約まで推し進めて来たもほぼ自分の意思だ。

「・・・そういう部分ではヴァッツ様と肩を並べられるかもしれんな。」

だがそれを前向きに捉えたテキセイは衆人環視の中、気持ちを抑えきれずにそのまま彼女の腰に手を回すと激しく唇を重ねる。

同時に周りからは信じられないほどの大歓声が沸き起こったのだがそれに気が付いたのは甘い感触から離れた時だった。






 「あれが婚儀かぁ・・・楽しそうだったねぇ!」

全てが無事に終えた後、国王の計らいで東西南北と中央の都では酒と肴が振舞われていた。特にテキセイの行動に国民は狂喜乱舞していた為どこに居てても騒がしい声が聞こえてくる始末だ。

カズキも叔父の新しい門出を祝えてこの上なく上機嫌だった。強いて言うならカーチフにも見てもらいたかったかなと思わなくはないが祝いの場で寂しい気持ちは厳禁だろう。

「あんたが叔父って事はカーチフ叔父さんと従弟なんだよな・・・・・」

友人達の中で唯一酒に手を出していたカズキは杯を片手にしみじみと口に出す。すると隣にいたシャルアが驚いて襟元を掴んできた。

しかしカーチフの血を引くだけあって本当に力が強い。あまりにも頭ががくんがくんと揺さぶられるので言葉より他のものが飛び出て来そうだ。

「えっ?!?!えっ?!?!ちょっと、どういう事?!私何も聞いてないんだけど?!」

「・・・俺も初耳だな。それは本当なのか?」

「ああ、カーチフってのも一刀斎の子だったね。うむ、あんたにも一刀斎の血が流れてるんだよ。だからカズキは甥っ子、シャルアは姪っ子。そしてあたしの孫達だ。」

以前手にしていた御猪口と違い、大きな朱色の杯を持ったセンカも気持ちはカズキと一緒なのだろう。今まで隠していた事を上機嫌でべらべらと喋ったから事実を知らなかった者達は酔いも興も醒め気味だ。

「そうか。カーチフ殿とは血が・・・納得した。」

だがテキセイはいち早くその事実を受け入れた様子だ。『一騎打ち』で真剣勝負を果たしたのだからその時から何か感じる部分があったのかもしれない。

「え、えっと・・・叔父さん、か。えへへ!!父さんが亡くなったのは悲しいけど叔父さんとお祖母ちゃんが出来たのは嬉しいな!!」

「おや?カズキと違って孫娘は可愛いじゃないか。」

皆が嬉しそうなのでセンカが一刀斎を押し倒した事は黙っておくか。というかこの祖母は何でまた押し倒したなんていらない情報を聞かせたのか。

(こりゃ墓場まで持って行かないといけないな。)

自身も新しい親族が見つかった事に関しては嬉しさしかない。なので今後も仲良く付き合っていきたいと考えていたのだがふと気掛かりも浮かんでくる。


あの助平じじいがこれだけで済ませているだろうか?と。


死ぬまで全国を渡り歩いていた『剣鬼』一刀斎。その女癖の悪さは十二分に理解した。ならば他の場所にも自分と同じ血が流れている者がいるのでは?

そう考えると期待以上の不安が心を凍らせる。思えばカーチフがそうだった。自身を授かったにも関わらず旅立った父一刀斎を憎んでいたのだ。

テキセイは一刀斎の存在そのものを今初めて知るような状況なのでそこに恨みはなく、カズキやシャルアともすぐ打ち解けられたが立場や考え方によっては敵対する可能性も大いにあり得るのだ。

(あのじじい・・・死んでからも俺に迷惑を掛けるのか。全く・・・)

それでも亡き祖父の事を思う度に不思議と笑みが浮かぶのは何故だろう。凍り付いた心も解れていくと空いていた杯に清酒が注がれる。

「ま、深く考えなくていいよ。」

祖母が優しく諭してくれるといよいよ嬉しさで満たされたカズキはそれを一気に飲み干した。




「ねぇアルヴィーヌ。オレ達も試してみようよ?」


そこに不穏な空気はなかった。何せヴァッツとアルヴィーヌだ。お互いまだまだ子供で知識も浅い。だが子供故に彼らは突如見違えるほどの成長を遂げるものだ。

「いいよ。」

周囲が酒と踊りと祝福で盛り上がる中、2人の会話に耳を傾けていた者はおらず傍についていた時雨でさえ何の事かを瞬時には理解出来なかった。


なので次の瞬間。2人が子供じみた口づけを交わすと時雨はか細い悲鳴と共に意識を失い、嫁入りしたはずのバラビアでさえその光景に羨望の眼差しを送っていた。

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