動乱の行く先 -一鬼の剣-

 「せ、西都が陥落しましたっ!!!」


テキセイが出立してから10日目の昼過ぎ。突然の報告にまたもや王城の面々が目を丸くしてお互いの顔を見合っていたが全く信用しなかったカズキはすぐに軽口で返した。

「おいおい。テキセイが出向いてそんな事あるのか?」

国王の傍で控えていると良くも悪くも全ての情報が耳に届いてくる。しかし今回だけは虚報か流言の類だろうと己の中で早々に結論づけてしまったのだが。

「まぁ待て。西都の詳しい事情はわかるか?」

ゴシュウもカズキを少し諌めつつ非常に落ち着いた口調で伝令へ説明を促し始める。だが彼自身もこの急報には半信半疑だったらしい。だからこそ詳しい話を聞いてより深く驚いたのだ。


伝令の話によると『ネ=ウィン』の軍団は総大将が負傷して以降、一週間の猶予を懇願してきたり『一騎打ち』での決戦を所望してきたりとかなりやりたい放題だったらしい。

そしてそれを全て了承していたテキセイの話を聞いて「あの男ならやりかねないな。」とカズキは心の中で軽く笑っていた。何せ公明正大と謳われているのだ。相手が不利な状況であればそれをなるべく払拭してからの勝負を望んだのだろう。

だがその『一騎打ち』の相手を聞いた時は心の余裕が吹っ飛んだ。

「ふむ。『ネ=ウィン』からはカーチフという男が出てきたのか。カズキ、知っているか?」

知っているも何も最近血が繋がっていると知ったばかりの叔父だ。

「あ、ああ。『孤高』と称される1人だ。本人は『剣豪』って呼ばれてて世界で一番強いとも言われていた。」

少し私情の入った説明だったかもしれないが事実彼を世界一と評する声は多い。であれば決して間違いではないだろう。

「その男と戦いリセイ様は勝利されました!」

「ほう?流石だな。」


もし事前に彼らと立会い稽古をしていなければ今の報告でカズキの心は砕け散っていたかもしれない。


だがダクリバンを討伐する前に剣を交えてわかっていた。テキセイはとんでもなく強い男なのだと。

思い返せばカーチフとの稽古をつけてもらったのが2年ほど前になる。今よりも弱かったがそれでも軽くあしらわれて両腕を折られたのはとても悔しく、恐ろしかった。

散々な結果ではあったもののあの立会いで多少なりともカーチフの強さを本能的には理解したつもりだった。


それから2年。カズキも様々な戦いと修業を経て見違えるほど強くなっていた。


なのにテキセイは2年前にカーチフと立ち会った時以上にこちらを軽くあしらっていたのだ。そこから導き出される答えなど2つしかない。

カズキが弱くなったのか、それとも強くなったカズキ以上にテキセイという男が強いかだ。すると前者ではなく後者の結論に結びつくのだ。

実際戦ってみたらどうなるのか?というのは少し考えていた。だがまさかカズキの目が届かぬ場所でそのような天下分け目とも呼べる戦いが勃発していたとは。

(くそっ!!やっぱりついていくべきだった!!)

「で、カーチフは死んだのか?」

苛立ちを覚えつつも残る気がかりはそこだけだ。もし戦死してしまったとしてもそれは戦う者の宿命でもある。家族も悲しみはするだろうが納得もするはずだ。

ただ祖父が戦死したばかりなのにその事実を伝えるのは流石に気が重い。先走った思考に歯止めが利かなかったカズキは少し暗い表情で伝令の答えを待つが一向に返って来ない。

「そ、それが・・・」

「そこからは私が説明いたしましょう。」

するといつの間に後ろに控えていたのか。背は低いがやたらと太く長い眉毛の老人が恭しく跪いて姿を見せるとこちらに自己紹介を始めた。






 「私はルクトゥールと申します。以前は西都で医者をしておりましたがダクリバンやシュゼンの苛烈な統治に嫌気が差して隠居していたものです。」


「ほう?聞いた事があるぞ。確か西都にルクトゥールあり、と呼ばれるほどに人々を治療して回っていたそうだな。」

詳しい事情は知らないが高名な人物である事は間違いないらしい。だが今のカズキにとってはどうでもいいことだ。

「んで、ルクトゥールだっけ?カーチフとテキセイのその後についてさっさと教えてくれないか?」

間に割って入る横柄な態度に重臣達が白い目を向けてくるも今のカズキからすればただ目障りなだけだった。2人はどうなったのか。逸る心がその答えを渇望しているのだ。

それに気づいたのか当事者である国王とルクトゥールも嫌な素振りを一切見せずにカズキの希望通りの話を再開しはじめる。


「リセイ様に負けたカーチフ様は総大将ネイヴンに『用無し』と判断されて処刑されました。」


・・・・・

最初何を言われたのか理解が追い付かなかった。しかし周囲からは納得と悲痛の声が沸き上がる。

戦の勝敗を分ける戦いに敗れたのだ。その責任は取って然るべきかもしれない。だが・・・総大将に処刑されただと?

「おい。今のは冗談じゃ済まされねぇぞ?」

気が付けば立ち上がって祖父の形見を抜いていた。カズキはそれくらい思考力を失っていたのだ。今度は白い目どころではない。各重臣達が衛兵を呼んでこちらの動きを取り押さえようとするもゴシュウが手をかざしてそれらを抑える。

「全て事実でございます。何せネイヴンに言われるがままカーチフ様に毒を盛ったのは私なのですから。」


ぶちんっ


生まれて初めてだった。こめかみには無数の青筋が浮かび上がっており逆立った頭髪と人を殺せるほどの眼光は正に鬼と呼ぶにふさわしい。怒りで全てを忘れそうになったが新王はすかさずそれを沈めるべく動きを見せる。

「カーチフという男を貴殿が葬った。それは理解したが何故『ネ=ウィン』から離反したのだ?話を聞くに貴殿は敵の総大将であるネイヴンに重く用いられていたのだろう?」

辛うじて人の心が残っていたカズキにもその疑問は突き刺さったらしい。無意識のうちに発していた殺気を無意識のうちに弱めると狼狽える事無く静かに正座している老人を見下ろして返事を待つ。

「・・・先程も申し上げた通り、私はシュゼンやダクリバンといった悪王の圧政に嫌気がさしていました。そして国を離れ、隠居している所にあの男がやってきたのです。」

「ふむ。」

ぎりぎりだった。あと少しカズキに刺激を与えたら手にした刀がルクトゥールを粉微塵になるまで斬り刻むだろう。

しかし国王が話を促すと老人はこちらを気にする素振りも見せず静かに今までの出来事を語り始めた。






 「奴と出会ったのは9年程前です。若く威厳と才能に溢れていた。最初はそう感じました。」

それが『ネ=ウィン』総大将ネイヴンの第一印象だったらしい。『トリスト』にも同じ名前の将軍がいたが今のカズキは爆発寸前の為思考がそこに行くことは無い。

「最初は?」

「はい。『ネ=ウィン』という西国の第一皇子らしく奴にならこの『モクトウ』を託せるかもしれない。そう信じて仕えていました。」

(あれ?『ネ=ウィン』の第一皇子って確か『トリスト』との戦いで戦死したはずじゃ・・・)

2人の会話を聞いていくうちに少しずつ冷静さを取り戻し始めたカズキはその違和感からゆっくりと刀を納めると静かに座り込んだ。

「しかし先日行われた『一騎打ち』によるカーチフ様への仕打ちと裏に蠢いていたどす黒い欲望を垣間見て目が覚めたのです。奴はダクリバンと何ら変わらない男なのだと。」

そう言い終えるとルクトゥールは静かにこちらへ視線を移して真っ直ぐに見つめてくる。言葉以上の訴えを感じたカズキはこの時ある程度の怒りも納めていた。

「あの戦いは素晴らしかった。お互いが人智を超える強さと誇りを掛けて戦っていたのです。その内容は老い先短いこの老体ですら血を滾らせるほど見事なものでした。」

彼が力強く語る姿勢に心を惹かれたのか奪われたのか。いつの間にか周囲の衛兵達までもがその話に聞き入っている。

「なのに奴は・・・労う事すらせずに己が欲望を優先してカーチフ様を背後から斬りつけた・・・あんな男に王はもちろん、生かす理由すらありません。」

そうか。何故総大将ネイヴンに仕えていた医師が身の危険を冒してまでこの王城に足を運んだのか。やっと理由がわかるとルクトゥールは仰々しく両手を付き畳に額を擦りつけた。


「既に天寿は全うしております。故に命も情報も全て差し出す覚悟で参りました。都合が良い話で誠に恐縮ではございますが、どうかあの愚物を葬ってはくれませぬか?」


一度は故国を見限ったものの新たに仕えていた男も碌なものではなかった。だから処分して欲しいと要約してしまえば確かにこの上なく手前勝手な都合のいい話だろう。

しかしカズキの答えは決まっていた。

「いいぜ。俺がやる。だがその前にカーチフの所へ案内してくれ。」

現在は仮と言えど『モクトウ』の右将軍として仕えている。にも関わらず国王の命令もなく勝手に話を進めてしまった事でまたもや周囲からは避難の声と視線を浴びせられた。

「よかろう。右将軍カズキよ。行ってその愚物とやらを好きなようにしてくるがいい。」

そんな中意外なほどあっさりと許可が下りたので思わず目を丸くしていたがゴシュウにも考えがあるらしい。


「だが今の話を聞いていると西都を落とされる理由が見当たらん。リセイに武で勝る者はおらず兵力もこちらの方が上なのだろう?なのに何故西都は落ちたのだ?」


立場があやふやだったせいか、ゴシュウの指摘には言われるまで意識が向かなかった。確かにその通りだ。

相手は兵力の半分を捕虜として送ってきたり武の要であったカーチフが敗走したりと勝てる要素を尽く失っている。なのに何故・・・

「簡単な事です。奴は『一騎打ち』が終わった夜半に兵を率いて西都を襲ったのですから。」

一瞬なるほど、頭良いな。と思ったのはカズキだけではないと信じたい。何故なら周囲からは非道な行いに喧々諤々だったからだ。

確かに褒められるような行動ではないが誇りや恥を捨てて利を追い求めるのであればカズキだってその選択をするかもしれない。これは自身が非情なのかここにいる重臣達の頭がお花畑なのかどちらだろう?

騒ぎの中1人だけ押し黙っているとゴシュウがそれを手で制して静寂を取り戻した後、何度か頷いた。

「そうかそうか。確かに公明正大の彼には予想出来なかった動きなのだろう。しかし戦力差を考えると奪い返す事くらいは造作もないのではないか?」

「ところがネイヴンは女子供を人質に、その夫達を盾に使って戦わせています。情け深いリセイ様はその非道な振る舞いを前に二の足を踏んでいる状況です。」

(このじいさん、何でもかんでもべらべら話すなぁ。)

いくら死を覚悟しているとはいえ口が軽すぎでは?と変な感心をしてしまうが話しっぷりからカーチフへの入れ込みとその死がきっかけなのは間違いなさそうだ。

そう思うと彼が毒を仕込んだ話にも少しだけ同情が出来・・・なくもない・・・いや、思い出したら怒りが再燃してきた。やはりこいつもネイヴンの後に斬り伏せよう。

「ふーむ・・・つまり膠着状態という事か。となると貯えを消費させて長期戦に持ち込むくらいしかないな。そうだろうカズキ?」

「えっ?!あ、ああ。そうだな・・・」

いきなり国王から話を振られたので思わず変な声を上げるが要は籠城戦に近い形なのだろう。だが敵の総大将ネイヴンが西都の中心にいるのであれば悠長な事など言っていられない。

少しでも早く、少なくとも誰かに討ち取られたり逃がしてしまう前に何としてでも己の剣で終止符を討たねばならないのだから。


「まずカーチフ殿の遺体をきちんと確認してくる事。それからリセイに力を貸してやってくれ。頼んだぞ。」


考え込んでいるカズキをよそにゴシュウが命令を下すと周囲は一斉に席を立って動き出す。

「では参りましょう。それが終われば私の首はカズキ様に差し上げます。」

展開の早さに一瞬心が取り残されたがあまりにも潔すぎる老人に促されて2人は数名の護衛を付けると早速西へ足を運んだ。






 途中体力の限界からかルクトゥールが落馬しそうなほどフラフラだったのでカズキは仕方なく自身の前に置いて馬を走らせる。

季節が6月の中旬に差し掛かっていた為それなりの陽気と変わりやすい天候の中、道中はルクトゥールへの怒りよりもカーチフの遺体がどれくらい腐敗しているのかが気になっていた。


「あそこです。」


三日も過ぎた頃、ルクトゥールが指し示す場所には放置された陣営が散見し出す。恐らく西都を侵略してしまえばもう使う必要がないのでここに棄てられたのだろう。

だがカズキだけは瞬時に警戒した。何故なら明らかに人の気配を感じたからだ。

(何だ?じじいに騙されたか?)

当然最初はそこを疑ったがそれらはこちらに警戒する様子も見せず、むしろ姿を見せて来たのだから驚いた。

「よっ!!やっと来たな。」

「あれっ?バラビアじゃん。何でこんな所に?」

女性の中では高身長であり、且つ腕っぷしも確かな蛮族の長バラビアが木陰から笑顔で現れると剣撃士隊の面々までがそこかしこから駆け寄って来る。

「あれぇっ?!なんでお前らまで?!」

「隊長。ご無沙汰しております。実は今回の件、国王様とショウ様のご命令によって招集されたのです。」

バルナクィヴをはじめ全員がこの場に集められているらしい。隊長である自身にその情報が行き届いていない点だけはやや不満だったが今は再会を素直に喜ぼう。

「あの・・・彼らは一体?」

しかし見ず知らずの兵士達に囲まれていた事に困惑した護衛の1人が尋ねてきたのでカズキも困惑した。

自身の事情を詳しく知っているのはゴシュウとテキセイくらいで他の面々、特に衛兵などはカズキを『モクトウ』の右将軍としか認識していない。

なのに『ネ=ウィン』の野営地で知らない部隊が顔を覗かせてきたのだから彼らこそカズキに計られたのでは?と疑って然るべきだろう。ただしルクトゥールにだけは何も言わせないし言わせるつもりもない。

そこだけを踏まえてどう言い訳するか悩んでいると更に奥から懐かしい声が届いてきた。


「カズキは現在『トリスト』と『モクトウ』の武官を兼任しているんですよ。初めまして。私は『トリスト』の左宰相ショウ=バイエルハートと申します。」


「ショウ!まさかお前まで来てるとは・・・ははっ!」

さらりとの説明してくれたお陰で心が緩んだカズキは馬から飛び降りると早足で近づいて思わず抱きしめてしまった。

嬉しかったのもあるがやはりカーチフの死が心に引っかかっていたのも原因だろう。自分1人で受け入れるには荷が重過ぎる。だが彼が一緒なら・・・そう思ったのだ。


その後、カズキからも自身の部隊が『モクトウ』と敵対する事は絶対にないと断りを入れると一行はカーチフの眠る陣幕の前までやってきた。

一刀斎の死を受け入れる時より緊張しているのは残された家族が多いからだろうか?シャルアにケディにサファヴの顔が思い浮かぶとその事実を伝えなければならない重責が心に圧し掛かる。

「ところでそちらのご老人はもしかしてルクトゥール様でいらっしゃいますか?」

「はい。そうですが・・・お若いのに私程度の事をご存知で?」

なのにショウは全く別の話題を振っていた。というか隠居した老医者の事さえ知っているのは流石と言えよう。

(ついでにカーチフがこの男に毒を盛られた事も伝えておくか?)

もしかしてその件についても知っているのかもしれないが、そうだとすれば彼らしからぬ落ち着き様には疑問が残る。

普段は大人しそうな立ち居振る舞いをしているショウも一度怒りに炎が灯るとカズキですら手に負えるか分からないのだ。

彼自身カーチフ夫妻とは懇意に交流を深めており仲が良かった。そう考えると自身の不安よりそちらの不安が大きく膨らんでくる。


だがそれは杞憂だったらしい。むしろショウが意外な事を口走ったので予想だにしなかった驚きが心を掴んだ。


「貴方がカーチフ様に手厚い治療を施して下さったお陰で遺体の損傷も最小限に抑えられていたようです。本当に感謝致します。」


深く頭を下げた姿は彼だけではない。剣撃士隊の面々まで続けて頭を垂れていたのでカズキだけは何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。

「いえ・・・。私がこの身を挺してでも奴の凶剣を止めておけばと後悔しない日はありませんでした。これだけ老いぼれてもまだ自身の身を可愛がる自分がおぞましいです。」

ルクトゥールの発言にも開いた口が塞がらない。一体何がどうなっているのだ?


「ふふっ。カズキもそんな顔をするんですね。いいでしょう。一緒にご遺体を検分しようじゃないですか。」


ショウが優しく笑いかけてくれるので心配する必要はないのだとわかる。しかし何故こんなにも和やかな雰囲気が流れるのだ?

頭の中は疑問で一杯だったがここまでくればまずは会うしかないだろう。カズキは覚悟を決めるとショウに誘われてカーチフの眠る陣幕へと入っていった。






 そこには寝具の上にうつ伏せに寝かされていたカーチフの遺体があった。だが斬り伏せられてから一週間近く経っていたはずなのにその体は随分綺麗だ。

背中の一刀が絶命に追い込んだものと見て取れるがそれより体中に丁寧に巻かれた包帯が気になる所か。

「ルクトゥール様が殺菌効果の高い薬と包帯を使って下さったお陰でここまで腐敗を抑える事に成功していたのです。」

まるでこちらの心を読んだのかと聞きたくなる程的確な答えを教えてくれたのでカズキは深く頷いて納得した。が、それでは聞いていた話と違う。

「・・・あれ?ルクトゥールってカーチフに毒を盛ったんじゃないのか?」

「・・・・・」

本人に問いただすも彼はだんまりを決め込んだままだ。一体どうなっているのだろう?

「恐らく彼はカーチフ様を御護り出来なかった後悔と罪滅ぼしを自身の命で清算しようとしたのでは?でなければ死後にこれ程丁寧な治療を施したりはしないはず。いかがですか?」

「死後?」

相変わらずショウの言う事は理解し難い時がある。わざわざカーチフが死んだ後にそこまで手を施したのか?この老医師が?

「・・・彼はあの凶刃で命を落とすようなお方ではなかったと感じました故。」

どうやらルクトゥールという男は相当カーチフに惚れ込んでいたようだ。もしショウとのやり取りが全て事実であればカズキも彼の評価を改めねばならない。


「大丈夫です。そもそも彼は単身で『モクトウ』へ降ったのですよ。今更嘘を並べたり真実を隠し通す理由はありません。」


「・・・俺は今お前に一番疑いを持ってるよ。ったく、どこまで人の心を読み込んでくるんだ。」

ショウに呆れた表情を見せると彼も爽やかな笑顔で応えてくる。それから徐に跪くと手の平を合わせて静かに目を閉じた。

すると堰を切ったかのように剣撃士隊の面々もそれに倣い、ルクトゥールも同じように死者への黙祷を捧げる。

そんな中カズキだけは直立不動で叔父の寝顔をじっと見つめ続けていた。


どれくらい経ったのか、ショウが立ち上がると同時に他の面々もそれに続く。

未だ祈りを捧げていないのはカズキだけとなっていたが彼は元々些細な事を気にする性格ではない。

「そうか。本当に逝っちまったんだな・・・叔父さん。」

その台詞にルクトゥールが慄くような仕草を見せていたが他の面々は黙って甥の様子を見守っている。

やっと現実を理解したカズキはその枕元でしゃがみこむと静かに双眸を左手で覆う。すると死後硬直があったにも関わらずカーチフの瞼は優しく閉じられていた。






 カーチフの父は一刀斎であり亡くなった場所は『モクトウ』だ。ならば父と同じように遺灰として葬る形を取っても良いだろう。

その夜、彼らは即興の斎場を作り彼の遺体を丁寧に火葬しようとしたのだがここで何故かショウが前に出て来た。


「カズキ、この方は私の恩人でもあります。炎は是非私の力を使わせて下さい。」


言われてすぐに気が付く。ショウは元々『灼炎』という異能の力を持っていたのだ。ユリアンとの戦いでそれと引き換えに命を繋ぎ止めたらしいがまさか・・・

「お前、『灼炎』が戻ったのか・・・?!」

そう尋ねようとした時、彼の右手から今まで見たことのない程高く大きな炎が音を立てて燃え上がると一瞬で人の形へ変化していく。

どうやら剣撃士隊の面々もこれを見るのは初めてらしい。皆が呆けるような表情でそれを見つめる中、ショウは普段と変わらない声量で静かに紹介してくれる。

「彼女はイフリータ。炎の魔族であり私の体内でともに生きて来た姉弟のような存在です。」

《よろしく頼むぞ、皆の衆。》

ウンディーネとは違ってほぼ人間と同じ体だが足先だけが炎のようになっているので結局は宙に浮く感じらしい。更に彼女と違い常時炎を身に纏っている為見た目からも暑そうだがそこは問題ないのだろう。

「よろしくな。ってか目と・・・口は開かないのか?声も何だか妙な聞こえ方がしてるし。」

とりあえず友人を見習って挨拶と握手を交わそうと右手を差し出してみるが、カズキの指摘は何かおかしかったのか。2人はきょとんとした表情で顔を見合っている。

「彼は私の友人ですしここにいる人間を無理に威圧する必要はありませんよ?」

「・・・・・うむ。それもそうだな。」

男勝りな口調のイフリータは一瞬でその炎を納めると目と口を開いて普通に会話を始めた。見れば素足も顕現してしっかりと地面に立っているではないか。

「何だ。そういう姿にもなれるんじゃねぇか。つか、ウンディーネと違ってほぼ人間なんだな。」

茜色の長髪だけは相変わらず逆立っているものの他は目立っておかしな点などなく、魔族と知らなければ普通に人間だと勘違いするだろう。

「ウンディーネは人間を嫌っているからな。その気になれば同じ姿にもなれるんだが頑なに拒んでいるだけだろう。」

「へー。」

葬儀に意外な参列者が加わった事で思わず話がそっちに逸れてしまった。まだ火葬の途中だったのでショウはイフリータにその続きをお願いする。

彼女は言われるがままカーチフの足先に小さな炎をぽっと乗せるとそれはゆっくりと静かに彼の全身を包んでいく。

「骨を残せばいいんだな?」

「はい。間違っても全てを灰にするのはやめてくださいね?」

それは火をつける前に相談しておいてくれ。そう口を挟みたかったがイフリータの炎は一瞬で高さと威力を増すとカーチフの姿は瞬きする間に溶けていく。

またまた周囲が唖然としているうちに火葬が終わるとそこには太い骨だけが綺麗に残っていた。


ここまではショウの思惑通りなのだろう。親切に骨壺も用意してあったのでカズキは腕や切断された背骨の骨を拾って静かに納める。

妻ケディと娘シャルア、自分とテキセイにも持っててもらいたい。そう願って4つの骨壺を完成させたのだがその後ショウも2つの骨壺を作り上げた。

「あれ?誰か忘れてたか?」

「はい。私個人とレドラ様へもと思いまして。」

なるほど。確かにショウは家族ぐるみの付き合いをしていたしレドラはカーチフの執事でもあった。すっかり失念していたが2人は優しい笑顔を向け合う。


「あのおっさん、しんみりしたのは好きじゃなさそうだし。皆、適当に盛り上がってくれ。」


それから血縁でもあるカズキが弔辞代わりに軽く促すと各々は普通に酒盛りを始める。これでいい。これなら叔父も笑って逝けるだろう。

これらの準備を全て手配してくれたショウや剣撃士隊の皆に感謝した後、カズキは心の中でまたも到達できなかった目標との別れを惜しみつつショウとこれからについて熱く語っていた。






 「おい。もうあんたの事をどうこうするつもりはないから付きまとうのはやめてくれねぇか?」

翌朝、随分と畏まった様子のルクトゥールがずっとまとわりついてくるのでいい加減邪魔だったカズキは強く言い放つ。

恐らくカーチフの甥という理由からだろう。しかし別れの式を無事に終えた今、この老人に興味はないのだ。

「いいではありませんか。彼は医者としての腕も確かですしカズキも怪我をした時すぐに見てもらえれば助かるでしょう?」

ショウは前向きに捉えているようだが今日はテキセイと合流すべくまた馬を走らせねばならない。ここに来るまでの事を思い返すと正直足手まといになる未来しか想像できない。

「ご心配なく。私は私で行動させていただきますので。」

と言われると更に困った。カズキはそれなりに面倒見が良い性格なのだ。己の祖父よりも背が低く祖父以上に緩慢な動きの彼が視界に入るとどうしても手を貸したくなってしまう。

「・・・はぁ。仕方ねぇな。バラビア、すまんがルクトゥールを一緒に乗せてやってくれ。」

「ええええ?!なんであたいがこんな老いぼれを?!」

言うに事欠いて老いぼれとは・・・否定は出来ないがカーチフの遺体に防腐処理を施してくれたのは彼なのだから恩人といえば恩人なのだ。

「いいから。これ隊長命令な。俺は先にテキセイの下へ向かうから皆の道案内はルクトゥールに任せたぞ。」

「では行きましょうか。」

『トリスト』が絡んでくる為ショウも一緒に対面して話を進めたいらしいので2人は馬に跨ると早速東へ向けて出立した。




「イフリータって出たり入ったり出来るんだな。」

叔父の葬儀が終わった後、彼女はまたショウの体内へと体を移していた。そうする事でショウ自身も以前のように『灼炎』の力を振るえるらしい。

「彼女は私の魔力によって復活を遂げたらしいのでほぼ一心同体みたいなものです。」

「ほーー」

感心しながらクレイスの中にもウンディーネが入っていた事を思い出す。考えてみれば天族や魔族は力だけでなくその存在も不思議な点が多い。

何故彼らは人間と同じような姿形をしているのにこうもかけ離れているのだろう。急いで馬を走らせている間に様々な思考を巡らせていると翌日の昼過ぎには西都の遠景が視界に入ってきた。


西の城門だけは『モクトウ』軍が護りきっているようだ。近づいていくカズキの姿を捉えた衛兵は喜んで上へと報告しに走っていく。

だが街中は完全に『ネ=ウィン』が占有してしまっているらしい。櫓に飛び乗って様子を見てみると至る所から黒煙が上がっていた。

「こりゃ相当好き勝手にやられてるな・・・」

目の届く範囲には敵味方の死体が転がっており常にどこかで小競り合いが起こっているのだろう。ルクトゥールも言っていたが国民を盾にされると手の打ち様が無いという事か。

それからテキセイに再会するが手当の包帯や痣も相まって困惑するほど落ち込んでいた。ショウと己の身分をしっかり説明している間も以前のような力強さを感じない。

「おいおいおい!しっかりしてくれよ!あんたカーチフに勝ったんだろ?!」

自分の目標を打ち負かした男がこんな腑抜けでは叔父も浮かばれない。カズキは自分らしい檄を飛ばすとほんの少しだけテキセイの双眸には力が戻ってきた。


「・・・そうだな。しかしあの男がこんな卑劣な手に走ったと思うと余計に辛くてな・・・」


その発言を聞いてショウと顔を見合わせたカズキはやっと理解が追いついた。

「大丈夫。カーチフはそんな真似しねぇよ。あいつは敵の総大将ネイヴンに処刑されたんだからこの世にはもういないし。」

「何っ?!?!」

もう少し緩やかに気を取り戻すと読んでいたのだが事実を告げた瞬間テキセイは遠慮ない憤怒と共に双眸を光らせる。

「あの男・・・節操が無いとは思っていたがまさかあの御仁にまで手をかけるとは・・・非道を極めているな。『ネ=ウィン』だけか?それとも他国も皆こうなのか?」

公明正大と正々堂々を掲げるテキセイからすれば信じられないのだろう。怒りを静かなものに変貌させつつこちらに問いかけてくるがこれにはカズキもお手上げだ。

「テキセイ様、他国も多かれ少なかれ勝利の為には時に非情な手段を取る場合があります。しかし今回に関しては度が過ぎると私も痛感しております。」

しかしショウが冷静に答えてくれたお陰で彼も少しだけ溜飲が下がったのか雰囲気を和らげていく。それよりも本気で戦いあった仲なだけあってテキセイがカーチフを偉大な人物だと認識してくれたのは少し嬉しかった。


「あのおっさんは俺の叔父なんだ。んで仇を討つために自分の部隊を使って動きたいんだけどいいか?」


なので早々に自分がやってきた理由を端折って告げると彼の怒りは吹き飛んだ後、驚愕と少しの歓喜を浮かべたまま固まっていた。






 (少し説明不足だったかな?)

と思ったが後の祭りだ。しかしテキセイをより冷静にさせるには効果的だった。いや、怒りと入れ代わるように興奮状態に移行した感じだろうか。

「そうか・・・君はカーチフの・・・どおりで強いわけだ。」

「まぁ血が繋がってるのって最近知ったんだけどな。」

これも失言だったらしい。それを聞いたテキセイは恐らく同情からだろうか。今度は寂しそうな表情を向けてきたから敵わない。

カズキは元々両親が赤子の時に斬り捨てられている。なので今更親族関係を気に掛けるつもりはないのだ。

「ってその話はいいんだよ!!それより俺の剣撃士隊を使って奴らに奇襲をかける!!いいよな?!」

「むっ?!奇襲だと?!」

するとまた表情を変えて今度はこちらを諌めるような雰囲気を醸し出してきた。この男、公明正大ではあるが冷静沈着という訳ではないらしい。

あまりにもころころと豹変するので可笑しくなってきたが今は笑っている余裕などない。さっさと説得してネイヴンの首を取りにいかねばならないのだから。

「テキセイ様。彼の奇襲には街の住民を護る意味だけでなく叔父であるカーチフ様の仇討ちという非常に大きな大儀も含まれております。」

(流石ショウ!頼りになるなぁ!)

心の中で喝采を送ったカズキはテキセイが悩む姿勢を見せた事でより気分が高揚してきた。

自身には無理だが弁や知恵の回る者は常にこういう気分を味わっているのだろうか。どきどきしながら話の流れを見守っているとショウから更に追撃が入る。

「先程もお伝えしたように他国は時に非常な采配を振るう場面がございます。ですが、それらには国としての大儀が必ず存在するのです。ですので非情には非情を、ではなく大儀には大儀で立ち向かうとお考え下さい。」

「ふ、ふむむ・・・・・な、なるほど・・・・・大儀か・・・・・」

テキセイは苦悶の表情で悩んでいたがショウも時間が惜しいのは重々理解している。なので最後の追い討ちを放った。


「このままでは西都の市民がどんどんと陵辱され命を落としていくでしょう。テキセイ様、今こそ即断即決を実行される時なのです。」


(こいつまじで怖いな・・・・・)

もし自分が苦悩する場面になっても絶対ショウにだけは相談しないでおこう。そんな風に思っているといつの間にかテキセイの表情は清清しいものへと変化していた。

「カズキ。お前は自分の部隊を使ってどう動くつもりだ。」

「おっ?!んじゃ聞いてくれ。俺の策はこうだ。」


この策も西都に到着する前にショウと打ち合わせて太鼓判も貰っていたので申し分ないだろう。

カズキは己の部隊を3つに分けて南、東、北と順に騒動を起こしてネイヴンの思考を釣りあげる陽動から入るとまずは説明する。

「それから残る西が本命だと思わせるんだ。正直ここで動く敵兵の数はどうでもいい。奴が西に気を逸らしてくれるだけでいいんだ。後は俺が隙間を縫って奴の首を獲ってくる。」

「・・・ふむ。その剣撃士隊というのは強いのか?」

「ああ。俺が鍛えに鍛え上げた猛者達だ。街の人間には極力被害を出さないよう厳命するし全てが終わった後の犠牲の数が気に入らなければ全員斬り捨ててくれても構わねぇ。」

意気揚々と説明するカズキと真剣に聞き入るテキセイ、そして今度はショウの方が何やら感情を堪えている様子が伝わってくる。

「・・・わかった。であれば我らはその西に意識を向けさせるべく陽動の手助けに入ろう。」

「おお、そいつは助かるぜ。」


こうして西都の奪還と『ネ=ウィン』の総大将ネイヴンを討ち取る策謀がまとまるとカズキは早々に立ち去ろうとしてふと思い出した事がある。

自身の乗ってきた馬の鞍にぶら下げてある骨壷だ。それを1つ取り外すと見送りに来たテキセイに手渡す。

「・・・これは?」

「叔父の骨だ。あんたには預けておきたいと思って。迷惑なら返してくれてもいいよ。」

すると彼は少し大げさに首を振って両手で大事そうに抱きかかえた。

「とんでもない!彼とはもっと語り合いたかったのだ・・・是非預からせてもらおう。」

「よかった。んじゃ北門の騒動が起こったら兵力を投入してくれ。」

心の憂いを1つ解決したカズキは嬉しそうにそう告げると後から到着する剣撃士隊の指揮をショウに任せて自身は東門の外へと向かった。






 「遅くなりました!」

その夜遅くに到着した剣撃士隊が二十余名ずつ南、東、北への移動が完了すると静かに初動を待つ。

南にはバルナクィヴ、北にはバラビアが指揮官として投入されているので各部隊とも問題なく機能する筈だ。


それから間もなくして南門から細い狼煙が上がるのを確認したカズキは立ち上がって隊員達と共に静かに東門へ接近していった。


西門以外は『ネ=ウィン』の手に落ちている為まずは様子を探るべく目を凝らすと大方の予想通り、荒くれた兵士達が酒と女を囲って騒いでいるだけのようだ。

都市内部から人質となっている市民を逃がさいように、そして外部から『モクトウ』の兵士がやってきた時はそれらを盾に退ける。

大きな油断や力量差のある敵が襲ってこない限りはこれで十分通用すると考えているのだろう。


ざざざんっ!!!!!


余裕があれば山篭りを経た隊員達がどれほど成長したかを確かめたかったのだがカズキの心には既に小さな怒りが再燃していた。故に刀と体が勝手に動くとその門番らしき兵士達を一瞬で斬り伏せてしまっていたのだ。

だが標的はまだまだいる。これから陽動として動いてもらわねばならないのだから彼らの仕事も多いだろう。

「いいか?俺はネイヴンを探る為にこの場を去る。お前達も派手には動かず人質の命を最優先に動け。」

カズキも自身の動きは最低限に抑えて頭の中に西都の地図を描きながら考える。恐らく街の中央にいるだろうという話だがこれは確定ではない。

用心深い彼は一所に腰を下ろさず不定期でその居場所を変えているらしいのだ。作戦開始前にショウやテキセイと話し合いをしてある程度場所は絞ったが後は自身の目で確かめるしかない。

(中央にいるとも限らないってショウも言ってたしな。)

その道中、3人の集団に目を付けたカズキは一番弱い者以外を派手に斬り伏せた。すると怯えに支配された者はこちらが命令するまでもなく総大将の下へ逃げ帰ってくれるのだ。

(こいつだけで辿り着けたらいいんだけど・・・)

時間も限られている為、カズキは祈りつつ闇に紛れて後を追う。


「敵襲!!敵襲だーっ!!!」


予想以上に警鐘を鳴らしながら逃げてくれたおかげで騒ぎはより大きくなっていく。だがその分こちらも慎重に行動しないと見つかってしまえば元も子もない。

物陰を使い半壊している民家の脇を音もなく影に紛れて進み続けるカズキは思っていた以上に敵兵がいる事に少し驚いていた。

(まずいな・・・これじゃ上手いように利用されても仕方ないぞ。)

町人を盾にこれだけの数が動けばテキセイでなくとも躊躇してしまうだろう。頭の中で総大将を討ち取る理由を追加で書き加えていると敵襲と叫び続けていた兵士がとある寺院へと入っていく。

見れば腕利きらしい衛兵が門前に立っており中にいる人数もそれなりに多いのか、少し離れた場所にもその声が届いてくる。

(ここか・・・)

案外すぐに発見できたお蔭でほっと一息つけたカズキは気を緩める事無く暗闇でその様子を観察し続けた。

南門と北門、そして西門から夜襲の急報が入れば必ず動きが見えるはずなのだ。いくら人質を盾にして戦うにしてもそれなりに兵士を動員せねばならない。

後はネイヴンがどの方向へどれくらいの規模の部隊を率いて動くかだけだが・・・・・


(・・・動かないか・・・)


聞いた話だと大柄な男だそうなので夜目が利くカズキが見逃すはずはない。中の気配も十分察知しているし裏手から数人が出て行ったのを確認もしたがそこにネイヴンらしき人物はいなかった。

であればそれらの鎮圧を現地の将か側近を送って対処しようという事か。西都が占領されて既に一週間が経っている。

その間テキセイはその性格から完全に手詰まり状態だったのを敵も重々理解しているのだろう。なので此度の夜襲も大した規模ではないだろうと高を括っているのかもしれない。

(仕方ねぇ。忍びの真似事でいくか。)

武芸百般。これを基礎に鍛え上げられて来たカズキは懐から取り出した厚手の手ぬぐいを旅の指先に巻き付ける。こうして消音効果を得る事も祖父から学んでいた。

身体能力としては申し分ないのでまずは軽く塀の上に飛び乗ると体を低くして内部の様子を探る。

所々に見張りがいるもののこちらの気配に気づけそうな人物はいないようだ。ならばとカズキはそれらの背後と取るべく無音で移動を続けると。


ぎゅっ・・・・・!!


各々の首に紐を掛けて背負うように締め上げていく。刀を使えれば楽なのだが相手はそれなりの猛者らしい。であれば血の匂いを放つ行動は出来るだけ避けねばならないだろう。

(面倒だけどな・・・・・よっと!)

硬くて細い丈夫な紐を一瞬で首に巻かれてしまえば三流の衛兵如きでは凌ぎようがない。気がつく暇すら与えられず呼吸と声を奪われて見張り達は気を失っていくのだ。

こうして庭先のそれらを全て排除したカズキは静かに軒下へ身を潜めると中の様子を伺い始めた。






 ネイヴンという男は手段を選ばない男らしいので傍に盾とするための町人を囲っている可能性は高い。

普段のカズキであればそんな事など気にせず目的を遂行するだろうがここはテキセイの戦場でもあるのだ。出来うる限り犠牲を抑えねばと心に決めて動いていたのだが早速1つ見誤った。


「ふむ、鼠が入り込んでいるな?」


ある程度の強さは予測していたがまさかこちらの気配に気づくとは。カズキは一気に緊張感を高めて移動を開始するも上から槍の雨が降って来たので慌てて庭へと転がり出る。


ばささっ!!


襖が勢いよく開かれるとこの町に住む女達に側近達の剣が向けられている姿を捉えた。それから堂々と軒先に出て来た大男がネイヴンだろう。

非情にわかりやすく獣の形相を浮かべている事から強さと獰猛さを感じたカズキは足先に巻いていた手ぬぐいを取り外すと立ち上がって奴と向き合う。

「鼠じゃなくて悪かったな。理由があり過ぎて並べんのも面倒だ。お前の命を貰い受けに来たって事で理解してもらえるか?」

「はっはっは!!若いのに中々胆が据わっているじゃないか!!気に入った!!俺の配下にならんか?」

真に豪気な男からのお誘いなら素直に喜べたかもしれない。

「冗談じゃねぇ。国の為に戦った男を後ろから斬りつける、そんな蛆にも劣るクソ野郎に何で俺が頭を垂れなきゃなんねーんだ。」

怒りで一気に心が爆発したカズキは暗闇の中で狂喜の笑みを浮かべながら吐き捨てた。するとクソ野郎は先程までの余裕を捨てて睨みつけてくる。

「おお?クソ野郎なのに矜持はあるってか?」

普段なら相手の冷静な判断力を奪う為の挑発行為だが今日だけは心のままに悪態を並べ立てるとネイヴンは静かに刀を抜いて庭先へ降りて来た。

「威勢と度胸に釣り合いは取れているのか?大丈夫か?俺は相当強いぞ?」

「かっはっは!!人質を使わないと戦えない男が強さを語るのか?こりゃカーチフも浮かばれねぇな。」


がきぃぃんっ!!!!


一瞬で距離を詰めて来たネイヴンが長剣を抜きつつ斬り込んでくるとカズキも咄嗟に反応してそれを受けきる。

体躯の差は倍以上あるだろうが力量で補えている所を見ると力の差は見た目程にないらしい。いや、むしろこの時点で小回りの利くカズキに軍配が上がる。

恐らく普段のネイヴンは左手に盾を持っているのだろう。隙だらけの左半身に体を移しつつカズキは流れるように刀を走らせた。


すぃっん・・・っ!


ほぼ無音で太腿を通った後、衣服と共に血が流れてくる。外側には大きな血管もない為多少動きを封じるくらいの傷だが先に刃を当てた事実が大きいのだ。

だがこれは悪手でもあった。何故なら室内からこちらの様子を伺っていた奴の側近らが女達に剣を軽く突き刺し始めたのだ。

その切っ先は1分も入っていない。しかしそれだけでも十分な血が流れてくるのを感じると恐怖で顔を引きつらせている。

わかっている。これ見よがしに見せつけて来るのはこちらの無力化を狙っているに他ならない。テキセイであれば全ての武具を投げ出してそれを止めただろうがカズキは動きを止めるので精一杯だ。

「ふぅ・・・やるな?度胸に強さを併せ持っていたのか。誉めてやろう。」

「だからいらねぇっての。テキセイに褒めてもらえるのなら誇りになるけどお前如きは人の上に立つのすらおこがまし・・・」


ぼくぅっ!!


人の口に戸は立てられぬというがカズキも例に漏れずそうだった。怒りを覚えたネイヴンがひと思いに殺そうとせず蹴り上げたのには多少の情けがあったからだろうか。

腹部に入ったつま先が深く臓器にまで衝撃を与えてしまったせいで一気に余裕はなくなったが地面に這いつくばる事無く着地を決めたカズキは薄ら笑いを見せつける。

「俺は『ネ=ウィン』が第一皇子ネイヴン=ネ=ウィンだぞ?本来なら貴様如きが口を聞ける立場でもないのだ?少しは分を弁えろよ?」

「・・・へっ。なーんでクソの話し相手をするのに畏まらなきゃなんねーんだ?寝言は永眠してから言え。」


ばきゃんっ!!!


今度は左手の拳がカズキの頬にめり込む。だがこちらも無抵抗のままそれらを受け続けるつもりはない。その衝撃を和らげるべく体中の力を抜いては入れて何とか持ちこたえると再び見下すような笑顔を見せつけた。






 その手ごたえは本人にしかわかっていないだろう。だから後方の側近達は人質にそれ以上剣を刺す行為を止めているのだ。

ただ受け身を取っていたとしても彼の攻撃は強い。こちらが反撃出来ないのを良い事に全てを全力で繰り出してくる為凌いでいるカズキも相当な傷を負い続けていた。


ぼくんっ!!!!・・・どしゃっ


殴る蹴るの一方的な攻撃が10を超えた頃、ついに膝を付いてしまったカズキの顔にネイヴンの容赦ない蹴り上げが飛んできて小さな体は後方に何十回転もして地面に激突した。

大の字で突っ伏したところで決着はついたようなものだが奴の怒りはまだまだ収まっていないらしい。


ぐしゃんっ!!ぐしゃんっ!!ぐしゃんっ!!ぐしゃんっ!!ぐしゃんっ!!


その後頭部を何度も何度も踏んづけても尚収まらない。それはカズキの顔が地面に半分以上埋まってからも続き、やっと気が晴れたのかと思えばいよいよ長剣を構えるとその首元に突き刺す動きを見せ始める。

まだ辛うじて意識があったのはずっと受け身を取り続けていた事とクレイスの雄姿を思い出していたからだ。

しかしそれももう限界だろう。倒れているのに体がふわふわと浮いているような感覚に囚われて四肢は力を入れられる状態かどうかわからない。だが長剣を受ければ命も尽きるのだ。

であればこの最後の瞬間にこそ全てを賭けるしかない。幸い屋内の側近達ももう勝負は決したと油断しているようで女達に向けていた剣を納めていた。

(・・・いや、あいつもこんな状態から立ち上がってたんだ。あいつに出来て俺に出来ないなんて事は無い・・・!!)


ただ1つ。もし人質に被害が出てしまったらテキセイには平謝りするしかない。


唯一の気掛かりを懸念しつつ最後の一撃が放たれる直前に力を振り絞ったカズキは体を起こすと同時に祖父の形見を素早く抜く。


びびびびんっ!!!!!!!ざんっ!!!!!!!


妙な風切り音と重なったがその刃はネイヴンの足首を切断する。今は一刻を争うのだ。仰向けに転がったクソ野郎や違和感を確認するのは後にしてまずは人質を救出すべく風のように堂内へ飛び込む。

しかしそこには長く太い矢で頭部を貫かれた死体が4体、奥の壁に縫い付けられる形で既に処理されていたのだ。

角度から推測して矢が飛んできた方向に目をやるも遠くに西門の影が見える程度で他に高い建物は確認出来なかった。

(・・・そうか。テキセイか。)

こんな離れ業をやってのける人物は他に思い当たらない。確信をもったカズキは心の中で感謝を述べると今度こそ何の柵もなく仇の男と対峙する事が出来た。


「悪ぃな。んじゃ続きと行こうか。」


口の中に沁みるような痛みを感じつつ、顔を腫らせたカズキは今までにない程屈託のない笑顔を向ける。

対してネイヴンは両足を失っており立つのは無理に近い。脂汗を浮かべてこちらを見上げるような形になっているのも不本意なのだろう。

非常に悔しさと恨みを浮かべた表情で睨みつけていたが刹那、右手の長剣を己の首に押し当てようとしたのでカズキはその右手首も斬り落とした。






 「ぐっ!!!」

短い悲鳴は痛みからか怨嗟からか。自刃する手段も失ったネイヴンの命はいよいよカズキの手の上だ。

「おいおい。俺を一方的に痛めつけただけじゃなく叔父を後ろから斬りつけたクソが簡単に死ねると思ってんのか?」

「・・・叔父?叔父だと?」

「ああ。カーチフは俺の叔父さんだよ。ったく。これからあの人にも稽古をつけてもらおうと企んでたのにお前のせいで全部台無しだ。」


ざんっ!!


残っていた左手も手首から落としたカズキは少し寂しそうな表情でネイヴンを見下ろす。生物としての機能をほぼ全て奪われたネイヴンは恐怖と怨恨を浮かべつつそれを見上げるくらいしか出来ない。

「お前を殺すのは簡単だ。だがそれはやらねぇしやらせねぇ。絶対にな。」

カズキは刀についた脂を薄い和紙で拭った後静かに鞘へと納める。それから先程殴られ続けていた時に手放してしまった刀も回収すると今度は徐に手ぬぐいを取り出した。

それをねじって太さを作り、ネイヴンの後ろから口に噛ませて締め付ける。やる気配はなかったがこれで舌をかみ切る事も封じた訳だ。


正直体はふらふらだったがまだここで終わりではない。


テキセイにはこの場所が分かっているのだろうが次は全員に合図を送るべく用意していた百草を狼煙として挙げなければならない。

意識が朦朧とする中、素早く火打石を使って小さな炎を作ると大量の煙が上るのを確認する。

「あの、悪いけどなんか包帯とか薬ってないか?」

これで剣撃士隊の面々もこちらに向かってくれるだろう。それまでカズキは堂内にいる人質だった女達に傷の手当てを頼みつつ体を休めようと思ったのだがいつの間にか意識を失ってしまっていた。








目が覚めると清潔な寝具の上だった。同時に体中から鈍い痛みを感じるので死んではいないようだ。

「お、目が覚めたな?」

見ればバラビアが滅茶苦茶嬉しそうな笑顔でこちらを覗き込んでいたので寝覚めが悪い。

「おい。何でそんなに嬉しそうなのか言ってみろ。理由次第では許してやらんでもないぞ?」

見栄を張って体を勢いよく起こしてもよかったのだがネイヴンの打撃は相当堪えていた。なのでこの場はカズキが大人の対応を見せつけるという名目で仰向けのまま問いを投げかけたのだ。

「やれやれ。お元気そうで何よりです。まずはきちんとルクトゥール様にお礼を申し上げて下さいね。」

ショウも安堵の表情でこちらを覗き込んでいた事からこちらも全てが上手くいったのだろうとその安堵を譲り受ける。




ネイヴンを殺すのは簡単だった。しかし手を下さなかったのには理由がある。




それは作戦会議でショウに言われた一言だった。

「カズキ、もしネイヴンと対面してみて彼が分不相応の『醜い誇り』を持っているとわかれば殺すのはやめて下さい。」

「ほう?何故だ?」

カズキからしてみればその理由は皆目見当がつかない。相手は叔父の仇であり西都を火の海にした首魁なのだからさっさと殺すべきとしか考えなかった為だ。

「そういう輩はただ殺すのではなくきっちりと利用しつくしてから最も無念の死を与えるべきだと考えるからです。」

「・・・ほほう?」

一緒にいたテキセイも不思議そうな表情をしている。だがショウの表情には初対面時にあった冷酷な笑みが浮かんでいたのでカズキは何となく察した。

「つまり見せしめとして広場に繋ぎ止める、立て札に罪状を並べ立てる、最後はこの国で最も残酷な処刑を公開で行う。さすれば心もしっかりと殺し切る事が出来るでしょう。」

悍ましい行動の数々に聞いてるだけでこちらの心が折れそうだが言われてみれば納得もいく。確かにカーチフほどの男を後ろから斬りかかるような人物に反省や真っ直ぐな心などは望めないだろう。

「・・・まぁそうだな。んじゃそこは俺が判断するよ。」

出来れば少しでも気骨ある武人であって欲しい。この時はそう願っていたが実際は想像をはるかに下回る人物だったのだ。




結果自由を奪い捕らえる方向で任務を全うしたのだが奴はこれから存分に生き恥を晒さねばならない。




それこそがカーチフへの償いと考えればいよいよもって溜飲は全て下がる。

「カズキ様。出来れば今後無茶はなされないようお願いいたします。これ以上この老体より有望な若人が先立つのを見るのは忍びありません。」

長い眉毛のルクトゥールが少し憔悴した表情で諫めてくるのでカズキは申し訳ないと謝りを入れた。これはカズキが彼を心から信頼すると決断した証でもあった。






 骨だけでなく臓物にも損傷があった為ルクトゥールが毎日必死で治療を施してくれたのは痛いほど伝わった。

「しかしこの苦みはどうにかなんねーの?」

「なりません。良薬は口に苦しという諺通りです。ささ、全てを飲み干して下され。」

彼の見立てでは最低でも一か月は安静にという事で部屋に軟禁されていた。退屈と苦味から逃げ出そうかと何度も考えたがそれをしなかった理由が1つだけある。

「カズキ様、お怪我の具合はいかがですか?」

「カズキ様、あの時は本当にありがとうございました。あの、私の父も是非婿にお迎えしたいと仰ってまして。」

「カズキ様、今日は精が付くように腕によりをかけて作って参りました!」

あの夜、ネイヴンの傍にいた女達が毎日のように見舞いに来てくれるようになったのだ。奴も傍に置く以上ある程度器量の良い人物を選別していたらしくあまり好みが確立されていないカズキですら頬が緩む。

そして彼女らは遠慮なくカズキに身を預けてくる。まだ体中に痛みが残っているので嬉しさ半分辛さ半分といった所だが祖父はこれを求めていたのか、と新たな発見も出来た。

「カズキ。お願いしますから節操が無くなるような行為だけはやめて下さいね?」

しかしその緩み切った心が顔に出ていたのか、いつの間にか現れたショウがとても心配そうな表情で切に願ってきたのでこの時は踏みとどまる事に成功する。




そう。この件はまだ終わりではない。それは自身が持ってきた骨壺が強く物語っている。


ルクトゥールの診断より早く体を動かし始めたカズキは騒動が解決してから2週間後、西都の城内から出立する準備をしていた。彼にバレるとまたどやされそうだが今はカーチフの骨を少しでも早くシャルアに届けてやりたいのだ。

周囲から見ればカズキはまだまだ重傷人なので相手をここに呼び寄せればいいと言われそうだがこれは気持ちの問題でもある。


自らの足で赴き、叔父の最後とその下手人を捕らえた話を直接伝える。それを終えてやっとカズキは一息つけるのだ。


なのに出来の良い友人は彼の行動を読み切っていた為この日シャルアが城へやってきてしまった。相変わらず人の心を読むのが下手くそだな!と内心悪態をつくもその迎えがテキセイだと言うのだから文句は引っ込む。

「あーあ!包帯だらけじゃない!全く、なんでお爺ちゃんの血を引いてる男ってこうも無茶ばっかりするの?!」

テキセイと共にカズキの寝室に通されたシャルアは開口一番、こちらの姿を見て苦言を重ねていくが今日は覚悟が違う。

「ま、待ってくれ。シャルア、姉さんには大切な事を伝えなきゃならないんだ。」

カーチフには直接叔父と一回しか呼べなかったのでせめてもと気恥ずかしさを抑えつつ姉さんと付け加えてみたが予想外の効果もあったようだ。

最初こそとても驚いた表情を浮かべたがそこからにんまりとした満面の笑みに変わると何度も頷いた後こちらの話に耳を傾ける姿勢へと入ってくれたのだ。

面白い話ではない。その笑顔が崩れるのを恐れたカズキはそんな前置きをするか悩んだが同席してくれたテキセイも深く頷いてくれたので一番伝えたかった内容を口に出す。


「カーチフ叔父さんが死んだ。そしてその仇は取った。これが御骨だ。」


詳しい内容など全く言うつもりもなく、まずは大事な部分だけをと考えていたら随分と幼い喋り方になってしまったがシャルアも何故自分がここに呼ばれたかを予測はしていたらしい。


「・・・そっか。やっぱりそうなんだ・・・そう・・・」


しかし現実を受け入れるのはこれからだろう。その日は2人の前でずっと涙を零し続けていたシャルアをカズキもただただ黙って見守るしか出来なかった。






 シャルアがカーチフの死を知った翌日、首魁のネイヴンが晒される事となった。

手足はカズキに斬り落とされており大した反抗は出来ない。それでも体は大きく獰猛な為鉄で出来た首輪と鎖でしっかりと繋ぎ止められている。


彼の率いていた『ネ=ウィン』軍はあの後剣撃士隊やテキセイの軍によって制圧され、大人しく投降した者にはある程度の温情が与えられたがそれ以外は容赦なく処断されていった。

というのもこれもショウからの提案があったからだ。

あれからゴシュウと謁見した彼は『全ての罪はネイヴンにある』と説いて『ネ=ウィン』の軍勢は囚人として労働させるよう提言したのだ。

突然現れた『トリスト』という国の小さき左宰相の発言に『モクトウ』側も困惑していたがテキセイとゴシュウの求心力さえあれば問題ないと丸め込み、結果今に至るという訳だ。


「ねぇカズキ、テキセイさん。あいつを見に行きたいんだけど一緒についてきてもらっていい?」


一晩中泣いていたのか。目の下が赤く腫れあがったシャルアに頼まれると断れないし断る理由もない。

そうだ。西都を襲った首魁として晒される為に生かして捕らえたのだ。ならばシャルアも例外ではないだろう。

実父を殺された。そして殺した男とは一体どれほどのものなのか。話によれば『モクトウ』へ来る前一度顔を合わせていたらしいがその時と事情は全く異なる。


都城前の大広場には相当な大人数が設置された柵を圧し潰さんばかりに集まっていた。

(うわ・・・これ西都中の町人が集まってるんじゃね?)

人の壁で阻まれて到底奴の姿を拝めそうにない。だが考えてみれば当然だ。奴のせいで多大な被害と犠牲が出たのだ。みれば皆が少しでも恨みを晴らそうと石を投げつけている。

困惑したカズキはテキセイと顔を見合わせると徐にシャルアが一歩前に出た。そして


「すみません。少し道を開けて頂けますか?」


とても澄み切った、誰の耳にも届く力強い声が群衆の暴動に近い行動をぴたりと止めた。

皆がシャルアに注目し、そして言われた通りにネイヴンまでの道が開いていく。これにはカズキも目を丸くしていたが同時にやはりカーチフの血を継いでいるのだと納得もする。


「・・・何だ?笑いに来たのか?」


奴との距離は柵を挟んで3間(5.4m)はある。言語機能に関しては無傷で残っていた為ネイヴンはシャルアに目が留まると陰のある薄ら笑いを浮かべて来た。

「・・・何で?何で父を殺したの?国の為に『一騎打ち』で戦ったんでしょ?父は・・・とても勇猛に戦ったんでしょ?」

彼女は真っ直ぐにネイヴンを見つめながら尋ねる。その問いにはカズキも興味があったので群衆と同じように固唾を飲んで見守っていたのだが返って来た答えは聞くに値しないつまらないものだった。

「・・・奴は王族より目立つ存在だったのでな。前々から目障りだったんだよ。」

不意にショウが言っていた言葉を思い出すカズキ。『醜い誇り』。ネイヴンからは正にそれが埃のように積み重なって見えた。

(王族・・・王族ねぇ・・・)

自身が最も身近に感じる王族と比べると随分違う存在のようだ。クレイスは間違ってもこうはならないだろうしなってほしくない。

しかしカーチフを好敵手として認め、敬意を払っていたテキセイからは群衆全てが凍り付くような怒気が放たれ始める。これは早々に立ち去るべきか。カズキが2人に声を掛けようとしたその時。


「そうなんだ。ありがとう。貴方の口から本心を聞けてよかったわ。」


シャルアが寂しそうな笑顔を浮かべると彼の怒りも収束していく。同時に群衆達もその心に中てられたのか同じように悲し気な表情を浮かべるのだから彼女の影響力は凄まじい。

「それじゃ行こうぜ。」

やっとカズキが口を挟める状況が出来たのでその場を後にしようとすると町人の1人がシャルアに手ごろな大きさの石を手渡してきた。

言葉こそ交わさなかったがその意味は、光景はさっきからずっと見ていた。何せネイヴンの体には投げつけられた石によって大小の痣が出来ているのだから。


「・・・そうね、父さんからは剣は持つなって言われてたけど石を投げるなとは言われてないし。」


気分転換の意味合いもある。なのでカズキもテキセイそれくらいはとただ黙って見守っていたのだが大事な事を失念していた。




彼女はあのカーチフ=アクワイヤの一人娘なのだ。




ぱきゅん・・・・っ!!ずどんんんっっ!!!!!


投石では考えられない音。音速という概念を突き破ったその小石は高熱で真っ赤に染まるとネイヴンの眉間に直撃して後ろの城壁を半壊させる。

もちろん奴の頭はこなごなに吹っ飛んで大きな体は力なく倒れ込んでいた。

「あ!ご、ごめんなさい!処刑されるはずなのに私ったら・・・こ、これって罪に問われます、よね?」

開いた口が塞がらない周囲とは裏腹に全く方向性の違う心配を漏らしていたシャルア。やっと意識が追い付いたカズキは頷きながら軽く肩を叩く。

それからテキセイが不問に処すと発したことで群衆からは割れんばかりの歓声が鳴り響き、こうして『ネ=ウィン』と『モクトウ』の戦がやっと終わりを告げたのだった。

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