愛すべきは -2人の気持ち-
「わぁぁっ!!すごく広くて綺麗ですね!!」
感極まったイルフォシアが我慢できずに馬車から飛び降りるとそのまま上空へと舞い上がる。
車窓から見える景色は背丈の低い新緑の草がこれでもかというくらいいっぱいに広がっており風に揺れる様はまるで波立っているみたいだ。漂ってくる甘い香りも春を強く感じさせるもので知らず知らずの内に気分は高揚していく。
「ここらはもう『ダブラム』の領土だが見ての通り森や林が少なくてな。農業には向いているが木材は極端に不足しがちなのだ。」
空の上ではしゃぐイルフォシアをよそにワーディライが有り余る広大な領土のお蔭で食うには困らないが建物を建てるのにはやや不便だといった話をしてくれた。
「・・・しかし風が強く感じますね。いつもこのような天候なのですか?」
バルバロッサも気が付いた点を尋ねると隻腕の老将軍がにやりと口元を歪めて答える。
「うむ。この時期は特に強い風が吹くな。遮蔽物が少ない土地柄からかの。」
そのせいでこの地にはあまり高い建物は立てられず、建材は丈夫な岩がよく用いられるという。同じ西の大陸なのに北方の『ジョーロン』や『フォンディーナ』と随分違うんだなぁとただただ感心していたクレイスは同時に空の上を舞う少女に目が釘付けだ。
彼女は空を飛ぶ時翼を顕現させる必要がある為背中が大きく開いた衣装を着ているのだが角度と捉え方によっては色々と見え隠れしてしまう。
特に見上げるような角度だと真っ白な太腿やその奥までがどうしても目に留まるのだ。自分はともかく他の人間がいる前ではこれを見せたくないと思うのは我儘なのか恋心なのか。
(・・・恥じらい・・・いや、イルフォシアはあのままでいいのかもしれない・・・)
いづれはその辺りの感性も生育されるのだろう。いつかはわからないが。そうぼんやりと思っていると不意にバルバロッサが席を立って彼女を呼び止めた。
既に3か月近く一緒に旅をしてきたせいかイルフォシアも彼への警戒を大分薄くしているらしく何事かと不思議そうに小首を傾げながら馬車に戻ると、
「・・・イルフォシア様。あまり異性の真上を飛ばないようになさってください。心無い視線を向けられる原因になりますので。」
最初こそきょとんとしていたが目線がこちらに向いたので後ろめたさのあったクレイスが勢いよく顔を背けた事で何かを悟ったらしい。
白く美しい顔を真っ赤に染めた彼女は衣装の下腹部を両手で押さえながら静々と座り直すと以降そういったお転婆は一切身を潜めてしまった。
「ここがわしの家じゃ!」
非常に長い距離を移動してきた一行は五日かけてやっとワーディライの屋敷へ辿りついた。彼の家ももれなく岩を基礎として建てられており屋根も低く作られた平屋だ。
唯一風車だけは高くそびえ立っており、休む間もなく回り続けている。麦には一生困らないと笑いながら語っていた彼は主に酪農を営んでいるらしい。
今夜はそんな彼自慢の牛肉を頂くべく皆が腹を空かせて待ちわびていたのだが食卓に出された料理を見て2つの意味で驚いた。
まずはとてもおいしそうな霜降り肉だという事。そしてその量がとても少なかった事だ。
ワーディライの体はスラヴォフィルより二回り以上は大きくハイジヴラムと比べても一回りは大きい。つまりめちゃくちゃ大きいのだ。なのに量はクレイスと同じだけしか皿に載っておらず小食にしても少なすぎる。摂取と消費の均衡はどうなっているのだ?
確かにいい香りではある。大人2人は祈りを捧げた後食前酒で喉と胃を整えてからそれらを食べ始めたのでクレイスもそれに続いて口に運ぶととても美味しい。
同時に何故彼がそれほど口にしないのか何となく推測は立った。のだがそれとは別に自身の欲求を満たしたくもなる。
「あの、ワーディライ様、よろしければ僕もこのお肉を使って一品作って来たいのですがよろしいですか?」
来客の身分もさることながらこういった場面で食事している人間が炊事場にいくのは本来無礼に値する。しかしクレイスの腕前は彼も聞き及んでいたので快く了承してくれると早速足を運んだ。
天井から吊り下げられた肉は今日絞められたものだろう。親指を軽く当てた時の弾力が新鮮さを物語っている。
そして調理された肉はやはり多くの油が乗った部位だった。見れば腰から上の部分が切り落とされている。つまり柔らかくはあるのだがしつこいのだ。故に沢山食べるのは難しく年老いたワーディライにはあの量でも一杯一杯なのだろう。
味わうという意味では良い選択だったのかもしれないが最近のクレイスだと今夜の料理は少し物足りない。連日の修業に加えてバルバロッサとの稽古により常に体力が枯渇している為もっと量が欲しいのだ。
調理師にワーディライからの許可を戴いている事を伝えると早速肩から下にある柔らかい赤身の肉を見事な包丁さばきで切り出す。それの形を整えつつ塩コショウをもみ込むと鉄串を通して直火で焼き始めた。
非常に香ばしい香りが炊事場に充満した後すぐにまな板の上で串を抜き、肉が見えなくなるくらいの香草を載せた後少し置いてから一口大の大きさに切り揃えていく。最後に付け合わせを用意すると調理人にもお願いしてクレイスは再び食卓へ戻っていった。
「・・・・・う、うまい・・・何という美味さだ・・・」
人は衝撃が大きすぎると言葉を失うという。辛うじて声が出ていたワーディライがその後無言でそれを平らげるのをみてクレイスは嬉しさのあまり顔が綻んでいた。
以前自分の父にも言われたことがある。歳をとると脂っこいものが受け付けにくくなるのだと。霜降りと呼ばれる肉は確かに美味いのだがそれだと量がどうしても食べられない。
なのでクレイスは自身の腹を満たす意味も含めてつい沢山の肉焼きを用意したのだが結果としては良かったようだ。
「・・・これはワーディライ様の育て上げた素材が良いのでしょう。」
敵対している為素直に褒める事をしないバルバロッサもそう呟きつつ用意された料理はあっという間に平らげていた。
イルフォシアに関してはもう何も言う事は無い。美味しいと喜びつつこちらを褒めて来てくれる。周囲の反応を見届けた後自分でも口にしてみたがなるほど、確かに今まで食べたどの牛肉よりも柔らかく味付けも塩コショウだけで行った為激しく肉の味が主張してくる。
それから酒が入り始めたワーディライが更に機嫌をよくしてクレイスに追加の料理をせがんできたのでこの夜だけで実に牛一頭の大半が彼らの胃の中へと収められる事となった。
翌日、上機嫌で起きてきたワーディライはクレイスに炊事場及び食材を自由に使うよう許可を出してくれた。
自身の空腹が理由だったのを隠していた為少し申し訳ない気持ちもあったが最近は本当によく腹が減るのだ。ここはその申し出を有難く受け取っておこう。
こうして亡命の終着点に快く招かれたクレイスは日夜剣と魔術の修業、そして調理と多忙を極めていくのだが十日も経った頃、ワーディライに大事な話があると呼び出された。
「クレイス。ルサナという少女を知っているか?」
これには一緒にいたイルフォシアやバルバロッサも反応する。知っているも何も3か月ほど前サヴィロイの村で村人がほぼ全滅する事件があった。その主犯が彼女だ。
しかしあの事件はもうワーディライの耳に届いていたのか。海を隔ててかなりの距離がある為、そしてまだ事件が幕を閉じてからそれほど間が空いていない為こちらの人間が知るのはもっと先の事だと思っていたが彼は『孤高』の1人でスラヴォフィルと旧知の仲なのだ。
恐らく『トリスト』の誰かがこちらに宛てて何か書状でも送ったのだろう。そう思ったのだが彼の表情は真剣で険しい。
「・・・そのルサナが何か?」
「うむ。わしの屋敷まで来ておった。クレイスに会わせろと言ってな。」
「なっ?!」
バルバロッサが今まで見たことがない声を上げたのでクレイスとイルフォシアは思わず目を丸くして顔を見合わせる。
確かに『ネ=ウィン』へ連行されたはずだがらこちらに来ているというのもおかしな話ではあるが、彼女は『血を求めし者』という力に囚われていた。あれが手を貸すか暴走すれば脱獄くらいは容易くやってのけるだろう。
「彼女は危険な存在です。ワーディライ様にお怪我などはありませんでしたか?」
その強さを体感したせいか、イルフォシアがとても厳しい表情でそう尋ねると彼は少し雰囲気を戻しつつ数度頷いた。
「やはりそうか。明らかに尋常でない気配を漂わせていたのでな。知らぬ存ぜぬで通しはしたものの・・・ふーむ。」
ということはやはり『血を求めし者』にまた体を乗っ取られたのか・・・しかしそうなると何故クレイスに会いに来たのかが気になる。
あの時『闇を統べる者』の力によって圧倒的な勝利を収めたがあれが原因だろうか?禍根の方面で考えれば納得はいくがわざわざ海を渡ってまで・・・?
「・・・ワーディライ様。あの少女は貴方やイルフォシア様が思っている以上に危険な存在です。今後はクレイスに関する話題には箝口令を敷き、余計な人員を極力減らすべきかと。」
「ふむ。わざと警戒を解くのか。よかろう。ただしわしも出来る限りクレイスの近くにいるよう心掛ける。よいな?」
屈強な衛兵を侍らせていては余計に怪しく思われる為だろう。
「任せて下さい!私もより一層クレイス様のお傍に付いて回ります!!ところで・・・バルバロッサ様?どうして連行したはずのルサナがこの地に?詳しくお聞かせ願えませんか?」
「・・・・・」
明らかに怒り心頭といった様子のイルフォシアを前にワーディライですら少したじろぐ様子をみせていたが、この日彼の口から詳しい事情が語られる事はなかった。
「あの人絶対何か隠してますよね?ね?」
非常に近い距離でクレイスを護ろうとしてくれるイルフォシアは事ある事にバルバロッサの様子がおかしいと口にしていた。
それが原因なのか、魔術の稽古時間になっても彼が姿を現す事はなくその日は1人で修業に明け暮れていたのだが。
「・・・イルフォシア様。一緒の部屋で寝るのだけは止めませんか?」
それ以上に大変なのが寝室での攻防だった。何せ一番近くで護りたいとイルフォシアが聞かないのだ。対してこちらはシアヌークでの出来事以来、絶対寝室を共にしたくないと固く決意していた。
少し言葉を濁していたせいか彼女には通じず最終的にワーディライを頼ってみるも。
「ふむ。別に構わんじゃろ?」
と軽くいなされてしまった。ただその後イルフォシアに何かを耳打ちすると彼女が顔を真っ赤にしていたのは気になるところだ。
「あの、出来るだけ寝具は離しましょうね?」
「・・・それでは護衛の意味がありません。」
同室になった以上せめてと最後の抵抗に出てみたものの彼女はここでも折れる気配はない。また眠れない日が続くのだろうか。喜び半分不安半分といった感情に苛まれていると寝巻きに着替えた彼女が静かに近づいてくる。
すふんっ
そして隣に腰を下ろしたのでクレイスは思わず身構えた。まだ何か要求を通そうというのか?傍に並んで座っているという事実以上に警戒心を高めているとイルフォシアが小さく袖を摘んでこちらに濡れた双眸を向けてきたので思わず体が熱くなる。
「・・・クレイス様。その、私・・・もしかして、クレイス様の事をお慕いしている・・・のかもしれません。」
・・・・・
まずい。理性の糸は今にもはじけ飛びそうだ。そうなると全てに抑えが効かなくなる。どうする?どうすればいい?どうすればいいんだ?
お慕いしている、という言葉をお互いがどう捉えているのか。まずはそこから正していくべきかもしれないが今のクレイスは降って湧いてきた突然の状況にただただ狂喜が心を支配している。
「で、ですのでその!お傍にいたい・・・と感じているのかもしれません。・・・迷惑でしょうか?」
「い、いひえっ!!」
迷惑という問いを明確に否定するも口の中が乾ききっていたのと思考が追いついていないため言葉にならない。一体何がどうなってこういった話になったのだ?
そこからしばらく静かな間が続くもイルフォシアが自身の寝具に戻る事は無く、かといってクレイスが体を横に倒す事もない。
「・・・よかった。じゃあおやすみなさい。」
どれくらいの時が流れたのか、いつものイルフォシアらしい声色で就寝を促す挨拶が交わされた。と同時に腰を上げようとしたのでクレイスは思わずその手首を掴んで自身の胸へ抱き寄せた。
(・・・・・僕はなんて事をしてしまったのだろう・・・・・)
と、心の中では懺悔しつつもその甘く優しい香りが今両腕の中にある。もし箱入り息子のままだったらこういう行動は取れなかっただろう。
初めて出会った時から心を奪われていたクレイスが今夜イルフォシアの告白を受けて思わず抱きしめてしまったのも成長の証なのかもしれない。
だがここからだ。問題はここからなのだ。このまま押し倒したいという本能が理性を大きく上回り体を動かそうとしている。
巨大蛇を倒した時とは心境が全く違う。あの時は生還出来た喜びで一杯だった。気恥ずかしさなど微塵も無かった故にただ嬉しくて抱きしめてしまったが今はその真逆なのだ。
気恥ずかしさと後に引けない不安で一杯なクレイスは茹で上がった脳みそで今後の行動を模索する。
一瞬か悠久の時が流れた後。
溢れ出る欲望を理性で押さえ込むとやっと1つの答えが導き出せたクレイスは力を込めて何とかその少女を自分の胸元からゆっくりと離した後、引きつりそうな笑顔を浮かべつつ息をするのも忘れて遂に大切な一言を告げた。
「・・・ぼ、僕もイルフォシア様の事が好きです。大好きです!愛しています!!この世の誰よりも!!!」
しかし一切の呼吸をしていなかった彼がそれを言い切ると酸素が枯渇してしまった体は意識を失ってそのまま寝具へと倒れ込んでしまった。
記憶は確かにある。イルフォシアにお慕いしているかもしれないと告げられて、それに対して何か答えなくてはと必死になった。
結果それを果たす事は出来たもののその後が思い出せない。ただ夜中に目を覚ますと隣にイルフォシアが眠っていたのだ。恐らく気まずい雰囲気にはならななかったのだろう。
「・・・すぅー・・・すぅー・・・」
その愛くるしい寝顔に思わず欲情と高揚が芽生える。先ほどまでのやり取りが嘘ではないだろうか?と猜疑心も生まれる。何が本当で何が夢なのか。
それを確かめるべく隣で眠る彼女の側頭部を撫でてみるとその瞳がゆっくりと開いていく。
「・・・ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「・・・いいえ。クレイス様こそ変な寝入り方されて、大丈夫でしたか?」
夢ではない。これは現実だ。その過程や原因はさっぱりわからないが2人の気持ちはかなり近く愛おしいと感じる場所にあるらしい。
窓からは月明かりが入っており、まるでイルフォシアが大怪我を負った日を思い出すがどうやら彼女もその回想をしていたようだ。
「クレイス様がウォランサ様と戦って傷つかれた時もこんな夜でしたね・・・」
「・・・ははは、イルフォシア様はそっちの方を思い出しちゃうんですね。」
思えばこうやって一緒の寝具に入る時は必ずどちらかが大怪我をしていた。そう考えると今の2人はあらゆる意味で成長出来たのかもしれない。
ルサナが自身を探して近くまで来ている。
だが目の前にいるイルフォシアを見ているとそんな些細な事などどうでもよくなってくる。今が、今こそが人生で一番幸せなのだと断言出来るのだから。
朝になれば二人の関係も醒めてはいないだろうか?それだけが唯一気がかりだったクレイスは体が跳びそうな勢いで起こして隣を見る。
すると気持ちよさそうに寝ているイルフォシアが確かにいた。ほっと胸をなでおろすと同時にあの後何もしなかったかどうかを必死で思い返すが・・・記憶にはない。
そもそも力で彼女に敵う筈がないのだ。もしクレイスの理性が飛んでいたとしてもイルフォシアが全力で跳ね除けてくれるだろう。
「・・・まるで恋人同士みたい・・・かな・・・」
ぽつりとそんな事を呟くも慌てて口を噤んで再度彼女を見やる。よかった、まだ眠ったままだ。
未だに心がふわふわしているが冷静に考えると昨夜はクレイスが息巻き過ぎていた。つい愛しているとまで言ってしまったが気持ちが逸り過ぎて、そして重すぎた気がする。
まさか自分の人生においてこんな早くに異性へ告白する機会が巡って来るとは思わなかったのだ。せめてもう少し格好のつく台詞を考えておくべきだったか・・・
悔みつつも体を起こしたまま天井を眺めていると昨日の再現か。またイルフォシアが袖を摘まんでこちらを呼ぶ。
「・・・おはようございます。ルサナの襲撃もなくて良かったですね。」
その一言に自分があまりにも浮つき過ぎていた事を大いに後悔しつつ爽やかな朝を迎えるのであった。
イルフォシアは昨夜の出来事について後悔で一杯だった。
(思えばあの人がいけないんだわ・・・あんな事を言うから変に意識しちゃったじゃない!!)
自身の恋心に全く気が付いていないイルフォシアはクレイスを弟のように感じていた。ちなみにヴァッツは頼りになる兄のように慕っている。
そう。彼女の中では2人とも兄弟のような位置付けで考えていたのに昨日ワーディライがそっと囁いてきた内容に気が動転してしまっていた。平常でいられなくなっていたのだ。
昔父と悪さをしていたらしいが根っこの性格はそうなのだろう。少しの腹立たしさも覚えるがクレイスとのちぐはぐなやり取りが頭を過って今はそれどころではない。
「もしクレイスと何かあっても・・・仮に子を授かったとしても心配するな。わしがスラヴォフィルにしっかりと告げてやる。お前達2人の仲をな。」
あの時はどう捉えれば良いのかわからなかったが子を授かるといった内容は修学済みだ。よって思わず赤面してしまったのだがまさかクレイスが自分にそんな事を?
天族の性か、自分としては伴侶となる異性にはある程度の強さを求めている。それこそ自分を護ってくれるような。その点から考えても今のクレイスはイルフォシアの眼鏡に適わない。
なのにあの夜。何故自分はあのような事を口走ってしまったのだろう?
考えられる原因としてはワーディライの甘言とルサナの存在があげられる。彼女と仲良くしているのを見せつけられていたイルフォシアは原因不明の嫉妬心で一杯だった。
そして再び彼女の脅威が近づいている。またルサナにクレイスを取られっぱなしになるのは嫌なのだ。といった理由から気を引きたくてわざとあんな言葉を漏らしてしまったのだろうか?
だが昨夜力強くも小刻みに震えを感じる抱擁はこちらの心までも優しく包み込んできた。
皆がヴァッツに抱きしめられると癒されるみたいな事を言っていたがもしかするとクレイスにもその力があるのかもしれない。そう感じる程には心が満たされていたのだ。
(・・・・・クレイス様・・・・・)
最初は本当に危なっかしくてついつい手や口を挟んでいたがいつの間にか相当な魔術を使いこなすようになり武術もカズキや周囲の影響があってかめきめきと腕を上げている。
更に王族であり容姿も抜群だ。『トリスト』城内でも彼が稽古をしていた時は男女問わず召使いや町人が覗きに来ていたのをイルフォシアも知っている。
様々な観点から見ても彼は将来相当な有望株だろう。であればイルフォシアの理想である自分を護ってくれる異性へも発展しかねない。
(・・・・・)
しかし考えれば考えるほどわからなくなる。好きとか愛とかは何なのだろう?
今のイルフォシアはただクレイスの傍にいたい。少し頼りない弟のような存在を護ってあげたい。頭の中ではそのように捉えているのだ。
(わからないのなら仕方がない!わかる時がくるまでこの話はしまっておきましょう!)
知らず知らずの内に芽生えていた恋心こそ認知は出来なかったもののイルフォシアはそう結論づけると少しだけクレイスに触れながら夜を明かす。
そして朝になると昨日の思考はどこへやら。
一夜を共にした彼女は寝ぼけながらもまるで恋人のような仕草でクレイスに挨拶を交わすと2人は同時に顔を真っ赤に染めていた。
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