シャリーゼ -業のあれこれ-


 大食堂で大きな食卓を囲んでの食事は大いに盛り上がった。

最初はどうなるかと思ったが、ルルーとハルカはいつの間にかとても仲良くなっている。

そんな仲睦まじい光景をとろけた笑顔で見守るリリー。

しかし兄に向ける刺すような視線と態度は変わらない。

ガゼルが少し無口なのもクレイスにとっては好ましい事だ。


あっという間に時は過ぎ、

入浴を終えた時にはすっかり夜も更けてショウがとても眠たそうにしていた。

彼はこの国の人間なので自室を持っているはずだが、

今夜は少年4人が同室で寝泊まりすることになっている。

入浴の間から戻ってきた時、部屋の前に女王がいたので少し驚いたが、

「ショウ、おやすみなさい。」

「おやすみなさいませ。女王様。」

半分寝ているせいか、3人の前で堂々と女王に抱き着き就寝前の挨拶を交わしている。

まるで親子のような抱擁の後、

「この子って夜に弱いのよ。まぁ可愛くて私は好きなんだけどね?」

女王が頭を撫でた後、満足したのかショウはふらふらしながら部屋に入っていく。

「・・・・・弱いってだけであんななるのか?」

カズキが呆れているのもわかるが、母親を早くに亡くした身としては

(・・・羨ましいな。)

と、少し感じてしまうクレイス。

ヴァッツはきょとんとしているが、彼に両親はいないのでその辺りはどう思っているのだろう?

「皆さんも、ゆっくりおやすみなさい。」

3人にも挨拶をすると女王は軽い足取りで戻っていった。




 部屋に入るとショウは既に寝息を立てて横になっている。

3人もそれぞれ好きな寝具に体を預け寝る準備に入るが、

(これからどうしようか・・・)

クレイスは女王とのやり取りを思い出す。


最初は身の安全を確保する為の旅だった。

ヴァッツのお祖父さんもそういう話からこの国への書状を用意してくれたのだ。

しかし今は国を取り戻したいという気持ちがはっきりとある。

最近やっと少しだけ形が見え始めた程度だが、

その為に今はカズキに頼んで剣術の稽古もつけてもらっている。


でもそれはこの国にいる限り出来ない。

例えクレイス1人で行動を起こしてもネ=ウィンはそう受け取ってはくれないはずだ。

すると必然的にシャリーゼが火の海に包まれる事になるだろう。

どうにもならない現実に頭が考える事を放棄してしまう。

「・・・これからどうしようかな。」

「??? オレと一緒に旅をするんじゃないの?」

隣で寝る準備をしていたヴァッツがクレイスのつぶやきに反応した。。

「え?・・・いや・・・うん」

全く答えがまとまらず、適当な返事になってしまい、

「復讐するんならここに留まる必要はないだろ。」

向かいで寝転んでいたカズキがきっぱりと言い切る。

いつの間にか復讐という言葉が使われているが、

そこまで大袈裟に構えるつもりはないクレイスにとってその意味は少し荷が重い。

「そもそも私は最初に言ったはずですよ。シャリーゼに不利益になるような事は許しませんと。」

眠っていたはずのショウが無意識に反応しているのか、

身動き一つせず声だけ飛ばしてきたので少し驚くが、

「・・・・・」

何も答えられないクレイスを横で見ていたヴァッツは起き上がり、

自分の寝具を持ち上げてクレイスの真横にくっつけるように並べた。

そして上に乗ったままのカズキとショウの寝具もあわせて持ち上げ、クレイスの横に並べると、

4つの寝具は大きな1つの寝具になり、お互いの顔が確認できる形に収まった。

「何してんだよ?」

「えへへ。こうすれば寝転びながらお話できるでしょ?」

ヴァッツはうれしそうに自分の寝具に飛び込んで戻ってくる。

「・・・もう答えは出てるでしょう?」

彼の怪力に少し驚きつつもショウが眠そうに言う。

「うん・・・でも、せっかくヴァッツのお祖父さんがここまでしてくれたのに。

それを台無しにするのも嫌なんだ。」

「じいちゃんは別に気にしないと思うけど。」

「まぁ、顔に泥を塗るってほどではないけど、恩のある人間に気を配る気持ちはわかるな。」

普段自己中心的なカズキは時々極めて謙虚な考えを口に出す。

「だったら復讐をきっぱり諦めて、シャリーゼの為に尽くしてください。」

逆に国の事になるとショウの発言は容赦がない。


諦める。


そういう選択肢がある事を今初めて聞かされるクレイス。しかし、

「・・・それは・・・多分無理だ。今は。」

悲しみから見出した答えを他所に置いて、その選択は今の自分ではありえない。

何より王族の、父の血だろうか。

諦めるという事に激しい抵抗を感じるのだ。

こんなに頑固な性格だっただろうか?と自分でも不思議に思うが、

「親と国を滅ぼされてるんだ。あんま無茶いうなよ。」

いつも傍若無人なカズキがかばう形で発言すると、不意に、


「復讐って何なの?」


ヴァッツが素直な質問を投げかけてきた。

「「「・・・・・」」」

非常に難しい問いに皆が黙り込む。

クレイスも復讐という気持ちは考えていない。

盗られたから返してもらう。それだけだ。

結果的に立派な復讐という形になっているのだが未だ自覚は芽生えていないのだ。

「・・・やっぱり、その、近しい人間が他人の手によって殺されたりすると、

なんつーか、悔しいし、やり返して墓前に花を添える・・・みたいな?」

なんとか説明しようとカズキが口を開くが、あまりにもたどたどしい。

「クレイス様の場合、取られた国を取り返すと仰っています。

それがそのまま『復讐』と捉えて頂ければよろしいかと。」

クレイスを例に挙げ、簡潔にまとめるショウ。更に、

「復讐を成し遂げるにあたって、そこでまた新たな禍根と犠牲が生まれます。

亡くなった者は戻ってきませんしね。

結局のところ生き残った側の自己満足に過ぎない、とは思います。」

半分寝ているはずなのに、

口調はふにゃふにゃしながらもしっかりと自身の考えも付け加えてきた。

「・・・・・」

2人の意見を静かに聞くクレイス。どちらも言いたいことは何となくわかる。


「ふーん。それって大事なの?」


無意識の大きな疑問がまた飛び込んできた。


「まぁ俺も復讐ってまだ縁が無いから何ともいえないが・・・

いや、縁がない事もないか?・・・うむ、大事だとは思う。気持ちの問題だしな。」

「大事・・・そうですね。大事だとは思います。」

カズキはともかくショウからも同意の意見が出るとは思わなかった。

「・・・・・」

それでもクレイスはずっと黙りっぱなしだ。


「じゃあ今すぐやらなきゃ駄目?」


「・・・いや、今すぐじゃなくてもいい。そうだ。そうだった。」


やっとクレイスが口を開き、その答えにたどり着く。

「何のためにカズキに剣術を教えてもらってたんだ、僕は。今はまだ力がないから、

それを蓄える為に、これからがんばろうって決めてたんだ。」

「そういえば教えてたな。」

カズキの発言に顔を向け、力強く頷くクレイス。


ヴァッツのお祖父さんに用意してもらった亡命という道。

そして自らの中から答えを出した国を取り戻すという道。

気持ちは既に国を取り戻す方向に傾いていたのは自分でもよくわかっていた。

後は恩人が用意してくれた大切な亡命の道を完全に諦めさせてくれる、

背中を押してくれる何かを欲していたのだ。


「シャリーゼに留まって迷惑をかける事もないし、急ぐ必要もない。僕は僕のやり方で必ず国を取り戻す。

ヴァッツ。僕も一緒に行くよ!僕もまだまだ世界を見て回りたい!!」

「うん!!」

それが正解かどうかはわからない。

ただ、箱入り息子だったクレイスには知識も価値観もわからない事が沢山ある。

修行も兼ねて今は多くを見聞しよう。

もしかすると旅先で思わぬ解決の糸口が見つかる可能性だってあるのだ。


(ヴァッツのお祖父さんには後できちんと説明して謝ろう。)

自身の我儘を選び、恩人の心を蹴ったのだ。

これだけは筋を通しておかなければならないと心に刻み込む。


「んじゃお前らは旅を続けるのか。俺はどうしようかな?」

「え?何言ってるの?カズキも一緒に行くんだよ?護衛してくれるんでしょ?」

まるでヴァッツのような、さも当たり前の感じでクレイスが言う。

「もうあの山賊は骨抜きだからなぁ。最近だと凄い逃げたそうにしてるし多分大丈夫だぞ?」

「じゃあ僕に剣術を教えてくれるって約束は?

ちゃんと満足いくところまでは一緒に来てもらうよ?」

「じゃあって何だよ・・・・・まじか?」

呆れ顔から驚きの表情にかわるカズキ。

まさかこの話が自身に関係してくるとは思ってなかったらしい。

「3年って言ってたよね?、3年間は一緒にいてくれるんだよね?」

「バッカ!!3年以内だ!!」

2人だけにわかる期限のやりとりにヴァッツがきょとんとしていると、

「やれやれ、これでシャリーゼは安泰ですね。おやすみなさい。」

話がまとまったと感じたショウは枕の上にうつ伏せで顎を乗せたまま、目を閉じて眠りについた。






 「ところでロラン様はリリー様に何をされたのですか?」

大人の男性3人が一緒に宿泊する部屋では、クンシェオルトが気になる事を尋ねていた。

「ははは。リリーに少し内緒で暗躍してたら裏切り者扱いされまして。

もう1年以上前の話なんですけどね。」

あれからハルカと少し話したが、彼ら3兄妹は色々と苦労した過去があるらしい。

ただ、リリーとルルーの話す内容にロランはほとんど出てこないようで、

「一応お聞きしますが、本当のご兄妹なんですよね?」

それを確認できたらお願いしたいと頼まれたのだ。

元々彼女は妹であるメイの数少ない友達。

今までも簡単な頼み事くらいなら喜んで引き受けてきた。

「もちろんです!私達『緑紅の民』は、髪の色が緑で、瞳は紅色です。よく見て下さい!」

ロランが細い目をかっと見開き確認を促す。


(・・・うーん・・・辛うじて紅色・・・か?)


頭髪もリリーがとてもきれいな翡翠色に対してあまりにも黒が強い。

光に反射させてやっと緑を確認できる程度しか緑がないので、

日が暮れた今の時間だと炎の明かりでは正直真っ黒に見えてしまう。

逆に妹のルルーは姉に似て非常にきれいな翡翠色の髪と紅い瞳を持ち合わせており、

目元も姉に似てややたれ目であった。

この3人を並べて3人が兄妹というには少し、いや、かなり無理がある。


「・・・種族が同じなだけで、血は繋がっていないとか?」

「・・・とても理知的で気配りもされる御仁の口からそのような暴論が出るとは。」

それを強く否定してくるロラン。

・・・・・

(少し言い過ぎたか。)

残念というより、こちらを侮蔑するような感情を乗せての反論に、

「申し訳ございません。ハルカが2姉妹をとても気に入った様子でして。

ただ、その2人からあまりにも貴方の話が出てこないのを疑問に感じているようで・・・。」

実直な彼は腹芸を好まない。

面倒くさいという理由もあるが馬鹿真面目な性格が要因のほとんどを占めている。

ここは全てをさらけ出して頭を下げる事を選ぶクンシェオルト。

「いえいえ!!こちらこそつい頭に血が上ってしまって!!申し訳ございません!!」

慌てて彼より更に腰の角度をつけて頭を下げるロラン。

・・・・・

(悪い人間ではなさそうだが。まぁあの2姉妹があんな感じだしな。)


お互い妹を大事に思っているという点では似た者同士な所もあるのだろう。

少しだけ親近感がわいたクンシェオルトは腹を決めて、

「何故リリー様がロラン様をあれだけ毛嫌いしているか詳しくお聞きしても?」

言葉に強い決意を感じたロランも、真面目な眼差しになり小さく一呼吸置いて、

「・・・これは他言無用でお願いします。2人も滅多な事では口に出さないほど

心に大きな傷を負っておりますので。」


『緑紅の民』


発動時間が短いながらも異能の力を生まれながらに持っている小民族だ。

その力の内容は様々で、いつの時代にもどこかの国が彼らを招き入れ、

大きな働きを上げてきた。


「4年ほど前に、私が留守の間にリリーとルルーとがとある暗殺組織に攫われまして。

お恥ずかしい。あの時守ってやる事が出来ていたらこんな事にはならなかったのに・・・」

話し始めたと思ったらいきなり哀愁に浸り始める。

こちらとしてはその内容を早く知りたいのだが、心に大きな傷という言葉を思い出し、

彼が再開するのを静かに待つ。

「リリーは瞬発力を大幅に引き上げる力を持っています。それを使って

組織に抵抗しようとしたのですがルルーを人質にされてしまい、

そこから暗殺者の一員として使われ始める事になりました。」

「・・・・・」

暗殺者という言葉にハルカの姿が脳裏に浮かんだ。

彼女も家の生まれからそういう家業についてはいるが、

将来の事を考えるとあまり長く続けて良い仕事ではないだろう。


「その夜家に戻ってこなかったのですぐに探しに出たのですが、

そんな事になっているとはつゆ知らず、次の日には全てを賭けて探す旅に出ました。

帰宅する可能性も考えて時々家に戻る日々を3ヶ月ほど続け、

ついにリリーの姿に似た子の目撃情報を手に入れました。」

「・・・・・」

「そこから更に大変でした。何せ相手は暗殺集団。

なかなかその正体を掴む事が出来ず時間だけがどんどんと流れていく中、

やっと所在を確認出来た私は次の行動を考えました。」

「・・・・・」


一息ついて杯に葡萄酒を注いで流し込むロラン。

その瓶を空いているクンシェオルトの杯にも注ぐと話を再開する。

「先程クンシェオルト様が我々3兄妹を疑問に感じられた理由の1つは私の容姿でしょう?

妹2人と私ではあまりに彩りがかけ離れている。それは何故か?

『緑紅の民』とはその鮮やかな髪と双眸の色がそのまま力の強さに反映されるのです。」

「・・・・・」

酒のせいか、苦難の記憶を思い返しているせいか。

聞きもしていない『緑紅の民』のかなり重要であろう情報もすらすらと出てきた。

しかし実直な4将筆頭はそんな事よりも話の内容を聞き逃さないように耳を傾けている。

「私は見ての通り、『緑紅の民』ではありますが異能の力と呼べるほど大層な物は持っていません。

そんな私が暗殺組織の中から2人の妹を救い出すには策が必要でした。」

「・・・・・」

「そこでまずは組員として内部に入り、その内情を調べる事から始めたのです。

実はその時リリーにかなり大変な仕事を回してしまいまして・・・しかも相当な数を。」

「・・・・・」

ここまで来ればこの先の展開は予想がつく。

「い、いえ!!大変とはいえど他の仕事に比べれば一番楽なのを選んでいたのです!!

組織の信用をある程度得る必要もありましたし、ここでばれるわけにもいかなかった。

結果、組織が壊滅した時に全てを知ったリリーは私にきつく当たるように・・・。」

「・・・・・なるほど。」

彼は彼なりに大事な2人の妹を救おうと必死に戦っていたのだ。

その気持ちが届く事無く、未だにリリーからは辛く当たられているということか。

杯に何度目かの葡萄酒を注いで、瓶が空になる。

それを一気に飲み干してから席を立つと、戸棚にあった酒瓶を全て持ってきて座りなおす。

(・・・まだ飲み足りないのか。しかし・・・)

今の話、真偽を疑うようなクンシェオルトではない。

問題はその内容をハルカに伝えて大丈夫かどうか、だ。

ここまでの旅路や食事の様子からも2姉妹に相当肩入れしてしまっている。

下手をすればロランを殺しかねない。

他に何か聞き取れる事がないか、その結末に触れる事を選び、

「組織が壊滅したと仰っていましたが、それは兄妹3人で内部から崩壊させたとかでしょうか?」

「・・・いいえ。今の私達があるのは主のお陰です。彼に助けられました。」

(主・・・)

詳しく聞いてはいないが旅の道中に幾度と聞いた言葉を思い出す。

恐らくヴァッツの祖父の事で間違いないだろう。

ロランも含め、彼らは主に仕えているらしいが、ヴァッツの話では普通の祖父だ。

裏の顔があるにしても謎が多すぎる存在に、

「その方のお名前をお聞きしても?」

何杯目かわからない葡萄酒を飲み干し、かなり酔いが回っているはずだが、

「それだけはお答えしかねます。」

忠誠心か固く口止めされているのか。

ここでしつこく聞くのもよろしくない。後でヴァッツから直接聞けばいいだけの話だ。

ロランとリリーの一方的な確執を確認したクンシェオルトは、

残っていた自分の杯にあった葡萄酒を飲み干して、

「わかりました。間違いなく貴方は2人の兄だ。

何かあったら今度は私も貴方を擁護するよう立ち回りましょう。」

そう伝えておけば、もしハルかが変な動きを見せても抑えられるだろう。

「・・・ありがとうございます~!!」

涙を浮かべながら空いた杯に酒を注いでくるロラン。

(いや、もう寝たいのだが・・・酒癖が悪いのか?)

席を立とうかどうか迷った時、

「・・・ちなみにクンシェオルト様の妹様というのはどのようかお方ですか?」

「・・・・・」

あまり聞かれる事のなかった質問に、

酒の力と、ロラン兄妹の話を聞いた事で、国に残した妹で頭がいっぱいになったクンシェオルトは、

普段自国でも見せないほどの饒舌で、自慢の妹を語りだす。


「・・・・・うるせぇなぁ・・・・・」


同室にいたはずのガゼルは2人から存在を完全に忘れられていたが、

酒の入った強者相手に注意を促す度胸は無く、

布団を頭まで被って何とか寝入ろうともがき続けるのだった。






 謁見から一夜が明けた午後、ガゼルは一人、市場へとやってきていた。

「ふあぁぁ・・・ねむ・・・」

用意された部屋は豪華なもので、それ自体には何の問題もなかったのだが、

同室にいた2人が曲者すぎた。

最初にクンシェオルトが兄妹の話を持ち出した。

静かな部屋なのでその内容は既に横になっていたガゼルの耳にまでしっかり届いていた。

心に響いてしまい、思わず同情しそうになったがそこまでなら睡眠の妨げにはならない。


それが終わってからの、お互いの妹自慢話が全ての元凶だ。


酒が入っていたせいもあるが、4将筆頭があんな体たらくでいいのか?と

心の中では散々悪態をついていたが、それで眠れる訳も無く、

「ったく、せっかくのいい寝床が台無しだったわ・・・」

お陰で満足に睡眠をとることができなかった。

そのくせ2人は今もグーグー寝ているのだから苛立ちと呆れで物も言えない。

ぼやきながら市場の商品を見て回り、旅に必要なものを吟味する。

クレイスは無事目的地に到着したが何やら話がまとまっていないらしい。

しばらくはごたごたするだろう。


(・・・逃げるなら今しかないな。)


いつにするかずっと機会を伺っていたが、この国は人も多く雲隠れしやすい。

人の流れが激しいのもうってつけだ。

(あのガキ共には散々振り回されたからな。)

ここで多少の旅支度を終えたら自分のねぐらまで帰る予定だが、

さすがに追ってはこないだろう。

ねぐらへ戻る途中、3人はカズキに斬られた。

本来ならあいつだけは仕留めたいところだが腕の差がありすぎる。

更にクレイス王子の拉致という蟠りの残る仕事の後だった為、心に諦めの部分もあった。

なのでまずは無事な仲間達との合流を最優先と心に決める。


そんな中、城下の大きい広場に大きな檻と立て札が目に留まる。

人だかりも出来ているのでなんとなくガゼルも覗いて見ると、


「・・・おいおい、なんであいつらが捕まってるんだ・・・」


檻の中には山賊団である自分の仲間が3人、それらが明日処刑の旨が書かれていた。




 (参ったな。まさか捕まってる仲間がいたとは。)

しかも仲間内ではかなり腕の立つ3人だ。

ただでさえ少なくなっている団員がここで処刑などされては立て直しが更に困難になる。

ガゼルは捕まっている仲間に気づかれないようにその場を離れ、急いで城に向かって歩いた。

今は山賊を辞めたとも伝えてあるしヴァッツ達と友達になったとも言ってある。


(望みは薄いが、まずはこの国の中枢にいる人間に頼み込んでみるか。)

普段はもう少し深く考えて行動するこの男が、処刑の期日が迫っているせいか

一切の迷いなく、自身をよく思っていないショウの元へ向かった。

城内に戻ってきたガゼルは衛兵に頼み彼の部屋へ案内してもらい、

在室を確認すると部屋に入り、頭を下げて手短に説明を始める。

「頼むショウ。この国で明日処刑される3人は俺の仲間だ。何とか見逃してもらえねぇか?」

それを聞いたショウは普段皆といる時とはまったく別の、

冷たい表情と視線をガゼルに向けてくると、

「なんともなりませんね。わが国の平穏を脅かす輩は排除するのみです。」

取り付く島も無い。

それどころかむしろ処刑を心の底から喜んでいるようだ。

「あいつらは何をしたんだ?この辺りは俺らのシマじゃない。

悪さをしたとも思えないんだが?」

あまりのそっけない態度に、苛立ちを隠しつつガゼルは問い詰めるが、

「山賊など存在するだけで罪ですよ。あなたは・・・もう足を洗われたんですよね?」

心底愉快だという声で言い放ち、ガゼルの顔を覗きこんでくるショウ。


(食えない奴だとはわかっていたがこれほどとは・・・)


こいつは自分の国の為になら何でもするのだろう。

それ自身は悪いことじゃない。だが部外者からすると厄介極まりない。

こういう衝突が発生した場合、とにかく話しが通じないのだ。


「・・・わかった。時間を取らせて悪かった。」


これ以上は何を言っても無駄だろう。

ガゼルには時間がない。早々に立ち去り次の人物へ会いに行く。


「おや。ガゼルさん・・・でしたね。昨日とは随分様子が違うようですが?」

謁見の間に入ることを許されたガゼルは、身なりはともかく、

周囲には見せた事のない礼儀正しい立ち居振る舞いでアン女王の前に跪き頭を下げていた。

「多忙な中、お時間をとっていただき感謝いたします。」

ガゼルは挨拶もそこそこに例の囚人についての説明と減刑を嘆願する。


「ふむ。仮に、貴方の仲間であったとして、私が、私の国がそれを許す理由は何もありませんよね?」

ショウとよく似た答えが返ってきた。

「・・・私も多少なりとも、クレイス、ヴァッツの旅に貢献してきたつもりです。

褒美とはいいませんがそこをもう一度ご再考いただければと。」

自分の功を言うのは基本的にはよく思われない。

だが切羽詰っている今はどんな切り札も惜しみなく使っていく。

「ほほほ。自分の命惜しさにヴァッツに勝手にくっついてきた分際でよく言えますね。」

乾いた笑いと威圧感のある眼力がガゼルを突き刺してきた。

これが本来の女王としての姿なのだろう。親子と思える位ショウそっくりだ。

同時に周りの近衛兵からも殺気が放たれ始めたので、


これ以上の発言は自分の身が危うい。そう感じたガゼルは諦めて退出する。


だめだ・・・他に手はあるが、あとはかなり強引な方法しか残っていない。

国にかかわる2人の人物との交渉が終わり、少し冷静に考え直す。

そうして未だに2人の兄が寝ているであろう客間にもどる途中、


「なんだ。お前まだいたのか。」


自分の、自分達の仲間を斬り殺した少年が声をかけてきた。

「・・・カズキか・・・」

「?何だ?随分暗い顔になってるな。元山賊だから投獄とか言い渡されたか?」

「・・・当たらずとも遠からずだ。」

皮肉に反応する余裕もなくくたびれた笑顔を返すと、

「おいおい。お前は俺が斬るんだ。間違っても国から処刑されるなんて馬鹿なことになるなよ?」

「まーだオレの首を狙ってたのか。」

呆れ顔で答える中年に、様子のおかしさを悟ったカズキが男子用の客間に入るよう促してきた。

部屋にある椅子に座ってから、

「おっさんマジでどうした?」

心配してくれているのか、厄介ごとに首を突っ込みたいのか。

四方八方に立会いを求め自身の仲間も斬られている戦闘狂相手に

相談するのは何ともおかしな状況だが、


(・・・もう時間がない。)


私怨は置いておき、これ以上の犠牲を回避するために、

「毒を食らわば皿までも、って言葉。知ってるか?」

ガゼルが悪い顔になり仇でもあるカズキに問いかけた。

「おー、なんとも斬り応えのある顔だ。いいねぇ。その言葉なら知ってるぜ」

カズキも獰猛な表情になりガゼルに視線を向けてくる。

その様子を見て腹を決めると、

「今この国に捕まっている3人の山賊、あれは俺の仲間だ。明日処刑される。」

「ほう」

返事をしながら顎を動かして続きを促す。

「ショウと女王に直訴してみたが無理だった。なので、あとは脱獄だけだ。」

「はっはっはー。極端だなぁおっさん。」

目は全く笑っていないが声を上げるカズキ。

ただ、楽しそうなのは違いなさそうだ。

「もう後がねぇ。カズキ、脱獄を手伝ってくれねぇか?」

「ふむふむ。非常に面白そうだが・・・」

腕を組み考え込むふりをしてすぐ、

「脱獄が成功したらその場でお前らをまとめて斬り殺すぞ?」


(・・・・・そうだった・・・・・こいつは潜在的な敵だった。)


「そこは何とか見逃してもらえねぇか?同じ釜の飯を食った仲じゃねぇか?」

大事な部分を忘れていたガゼルは慌てて反論してみるも、

「いや、それとこれとは話が別だ。」

腕を組んだまま真正面に向き合いカズキは持論を続ける。

「賊は俺が斬り伏せても誰からも文句を言われない良い修行相手なんだ。ここは譲れないな。」

色々つっこみたい返答だが時間がない。

性格はこんなんだが、腕はすこぶる立つ。

更に国のしがらみも持たない為、依頼する相手としては申し分ないはずだ。

ならば譲歩案として・・・


「わかった。なら3人の脱獄が成功したら俺が立ち会おう。俺1人の命で3人は逃がしてくれねぇか?」


(・・・・・はて?以前もこんな感じのやり取りをしたような?)

それはカズキにもすぐわかったようで、

「その台詞で思い出した。最初もそうやって自分の命を懸けて仲間を逃がしてたよな?

おっさんがそこまでする男達なのか?」

そうだ。あの時は時間を稼いで何とか自分も逃げ延びようとしていた。

流石に今回も上手く逃げ切れる保障はないし、刃がまた止まる様な幸運か作用に恵まれる保障もない。

カズキもそこまで詰めの甘い少年ではないはずだ。

「ふむ・・・・・まぁ、周りにはわからんだろうが。」

少し間をおいて、


「俺は仲間を大事にしたい。どんな目で見られても、蔑まれても、だ。」


言い切ってから脳裏に熱く苦い記憶がこみ上げてくる。

昨夜リリー兄妹の話を聞いて麻痺していた心にまた妙な感情が戻ってしまったからか?

それが表情に出たかどうかはわからないが

いぶかしげににらみつけてくるカズキは短く

「じゃあ断る。」

短くそう告げた。


「おおい!?今のは引き受けてくれる流れじゃなかったか!?」

予想外の返答に思わず声を荒げてしまうガゼルに、

「え?何勝手に思い込んでるんだ?」

冷めた目になったカズキは両手を頭の後ろに回しめんどくさそうに答えた。

「お前がそういう奴だとは思わなかった。がっかりすぎてやる気が失せた。」

「どういう意味だよ!?」

「期待はずれってこと。他の奴に頼んでくれ。」

完全にやる気のなくなった様子で部屋を出て行くカズキを見送りつつ、

「他の奴って・・・」

一人残ったガゼルはつぶやき、

仕方が無いので男子用の客間にある椅子に座ったまま考えをまとめる。


(ショウ、女王、カズキがダメとなると・・・

他に相談していないのはクレイス、ヴァッツ、クンシェオルト、ハルカ、リリーの兄妹と時雨か。)


クレイスから見れば自分は国の仇になる。まぁ間接的にはそれで間違いない。

となれば問題外だ。

クンシェオルト、ハルカはネ=ウィンの人間だが、

自分のことを良く思っていないのは旅の道中で痛いほどわかっている。

リリーの兄妹と時雨もヴァッツの祖父に仕えている従者だ。

シャリーゼとの関係もあるし良い返事はもらえないだろう。


となると消去法で国同士のしがらみを持たず

単独の判断で動いてくれるであろうヴァッツのみが頼りとなるわけだが。


「あいつかぁ・・・あいつはなぁ」

これも旅でわかったことだが、ヴァッツは無知だ。

善悪の判別すら怪しいところがあるし、何より純粋すぎる。

自分の命惜しさに友達の真似をしてここまできたが、流石に・・・

ガゼルの小さな良心が警鐘を鳴らす。

だが、あいつの力は脱獄に絶対に役に立つはずだ。




 うーんうーんと悩んでいると

「あれ?ガゼル。ここで何してるの?」

当の本人が部屋に戻ってきた。

「おお、ヴァッツか。」

顔を向けて答えるガゼルの表情をみてヴァッツの表情もまじめなものにかわり

早足で近づいてくるとガゼルの顔を両手で挟み込むように掴むと、

「・・・何かあったの?」

じっと見つめてくる。

(こいつ、無知なくせに妙に鋭いんだな。)

その行動に驚きつつ、

「なんでそう思うんだ?」

「だってとっても悲しい顔をしてるよ。鏡見る?」

的確な指摘と気遣いに吹き出して笑う。

「はっはっは。そうか。そんな顔をしてるか。」

そんなヴァッツを見て、ガゼルは心を鬼にする。

(こんなガキにまで同情されてちゃ山賊頭の名が廃るな。)

ガゼルはヴァッツにわかりやすいよう、牢屋にいる仲間を3人、逃がす手伝いをお願いする。


「うん!いいよ!!助けよう!!」


二つ返事で、良い笑顔で、喜んで手伝ってくれる少年に。

鬼にしたはずの心が罪悪感でいっぱいになる。

そしてその表情をしたつもりはないのに


「・・・ガゼル?何を隠してるの?」


この少年は悉く機敏な変化を捉える。


「はぁ・・・・・俺も焼きが回ったなぁ」


観念したガゼルは、仲間と、自分の山賊団の昔話を静かに始めるのだった。

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