シャリーゼ -賓客多数-

 ネ=ウィンの野営地を離れて5日。

クレイス達は、シャリーゼの王城が見える位置までやってきた。

距離がまだあるとはいえ、今日中には到着出来るだろう。そして、

「ほう。これまたでっかい街だな。」

遠景でもわかる規模の大きさにカズキが顔を覗かせ感心している。

「さすが商業で有名なだけはあるね。建物がどれも凄く高い・・・」

カズキが両腕を骨折して以降、つきっきりで指導をしてくれているので

自然と近くにいる事が多くなったクレイスも感嘆の声を上げている。が、

「ちょっと?!お姉さまと私の間から顔だけ出すのやめてくれない?!」

荷馬車は幌で覆われている為、

正面の景色を確認するには御者席から顔を覗かせなければ前が見えない。

結果として、今はカズキとクレイスが少女2人の間に縦に積むような形で頭だけひょこっと出していた。

「こらハルカ。カズキはともかくクレイス様に強く当たるのはあたしが許さないぞ?」

妹として接しているリリーが注意すると口を尖らせてわかりやすく不貞腐れる。

元々実の妹もいるという話だが、

そのお陰か、旅の当初より自然体になっていく彼女はより接しやすくなった。

しかし、クレイスに無駄な手傷を負わせた恨みは根が深いらしく、

それ以降リリーのカズキに対する扱いはガゼルより悪くなっていた。

「ったく。いい加減機嫌直せよな。これだから女ってやつは・・・」

そう言い掛けたカズキの眉間に裏拳が飛んでくる。

クレイスの目では確認出来なかったが、カズキは首を引っ込め、その攻撃をかわした。

「お姉さま。もう私が始末しましょうか?」

暗殺集団の頭領が物騒な事を口走っている。

声質がふざけておらず、聞いているクレイスが震え上がりそうになるが、

「いや、あいつも何故かヴァッツ様が気に入っておられる。

もし手を出したら今度こそハルカの身がどうなるか・・・って。」

軽い冗談で返したつもりが涙目になりながらリリーを見つめてくる。

「冗談だよ冗談。ほら泣き止めって。」

そういって頭を撫でられると、

今度は無言で彼女の膝の上に飛び乗って胸の前に後頭部を押し付ける形で上手く座り込む。

見た目と性格は年相応だが、これで実力はリリーよりも上なのだ。

クレイスの目など気にする事無く2人が御者席で楽しく談笑している間にも馬車は進み、

やがて検問が行われていると思われる行列が見えてきた。




 「さて、では私が手続きを済ませて来ますので少しお待ち下さい。」

2台連ねて馬車を止めた後、ショウが足早に検問所の建物に向かっていった。

と、中に入ったと思ったらすぐに出てきて戻ってくる。

右手には証書らしきものを2枚、ぴらぴらと摘まんでいた。

「では入りましょう。」

それぞれを御者を務めるリリーとガゼルに渡すとそれを提示し城下に入る一行。

そこからはショウがガゼルと共に御者席に座り、

道案内として先導する。

どこか宿泊先に向かうのかと思えば、そのまま城門を潜り、大きな中庭に通された。

「凄いなここ!!全部石で出来てるんだ!!」

『ロークス』もかなり栄えている街なので石造りはそれほど珍しくはないのだが、

シャリーゼは全ての知識を使って最先端の技術で城を建てている。

荘厳さも高さも比べ物にならないそれを見て感動しているヴァッツに、

「これがシャリーゼの象徴ですから。」

思わず自慢げに話かけてしまう。

気が付けば後方のリリーが率いる荷馬車からも似たような会話が聞こえ、

隣で手綱を握る山賊もぽかんと口を開けて見上げていた。

そんな中、迎えの衛兵がこちらに走ってくる。

荷下ろしはもちろん、馬車の管理は全て任せて、一行はそのまま城内に案内された。


歩きながらこれからの日程を説明するショウ。

「まずは・・・うん?着替えの前にお客様がお待ち?」

迎えの1人から渡された書類に目を通して疑問を口に出してしまう。

(客?・・・誰でしょう?)

「俺たちが客じゃないのか?客の客?」

カズキも不思議そうに首をかしげているが、

その書類には女王の印も押してある。内容は不明だがこれは命令と同義。ならば、

「詳しくはわかりませんが、とにかく一度応接の間にいきましょう。」

不満などは微塵もない。命令とあらば従うまでだ。


ショウはきょろきょろと見回しながら歩く連中に歩幅を合わせ、

ゆっくりとその部屋に向かう。

「凄いね。アデルハイドとは比べ物にならない・・・」

「ネ=ウィンの帝城とも比べ物にならないわね。」

「こらハルカ。我が国の城は戦闘を考慮して機能を重視しているんだ。

比べるものではないぞ?」

「そうそう。やたら金持ち趣味が丸見えな建物ってのは庶民からすればただただドン引きするだけだ!」

「なんでお前がそんなに息巻いてるんだよ。」

随分騒がしい一行に行き交う兵士や政務官から物珍しそうに視線を送られながら、

荘厳な作りの応接の間に全員が入室を終えた。


「少し時間があるでしょうから各々自由に御寛ぎ下さい。」

リリーとクンシェオルトは静かに椅子に腰掛け、

他の少年少女は物珍しさに部屋をうろうろしている。

その中に中年のおっさんがいる事を除けば。


何故かヴァッツが気に入っているガゼルという男。

それだけで周囲が許して賊と一緒に旅をしてきた、というのもおかしな話だが、

ショウとしても彼が悪さをしていない以上咎める事はしなかった。

やがてお茶が運ばれ、会話が弾みながらも皆が席に座り、

少し落ち着いたところで再度扉が叩かれる。


そこにはこの和やかな雰囲気を一変してしまう人物がいた。




 「おねえちゃ~ん!」

扉が開いたと同時に翡翠色の小さな少女がリリーに向かって駆けて行く。

声を聴いた瞬間その存在を認識した彼女は、

「ルー?!どうしてここに?!」

今まで聞いた事のない喜びの声色で席を立ち、両腕で少女を抱きしめた。


その場面だけ見れば、ああ、彼女の妹か、と。

久しぶりの再会という微笑ましい光景に心が温まるだけで済むはずだが、

隣に座っていたハルカから正気とは思えない殺気、いや嫉妬が周囲に拡散される。

「何々?!」

普段ほとんど動じる事のないヴァッツがハルカを見て慌てているのが良い証拠だろう。

あれだけ可愛がられていた寵愛が実の妹に盗られた。しかも

今まで見せていなかった本当の妹への接する態度と愛情をまざまざと見せ付けられているのだ。

「こらハルカ。落ち着きなさい。」

一応は彼女の上官的立場であるクンシェオルトが諌めるが、嫉妬心が止む事はない。

(傍から見ている分には面白い見世物のようですね。)

ショウは一切動く事無く、その変容を心の中で笑っていると、


「主の命を受け、私たちもこちらに出向いてきたんですよ。」

静かな声とともに、扉から眼鏡をかけた男が部屋に入ってくる。だが

「・・・なんでてめぇがいるんだ!?」

さっきまでの和やかな笑みはどこにいったのか、

口調も声色もカズキに詰め寄っていたときの比ではないほど汚いものになっている。

「お姉ちゃん!言葉が汚すぎる!直してって言ってるでしょ!!」

「あっ・・・・・」

いつもハルカが言っていた内容の発言に、嫉妬は影を潜め悲哀の言葉が漏れてしまう。

その声がリリーの耳にも届いたのか、ハルカの方に顔を向けると、

「ハルカ、これが私の妹、ルルーだ。その・・・仲良くしてやってくれるか?」

あまりの嬉しさに我を忘れていたのを思い出しているのだろうか。

これも今まで見たことのない、気恥ずかしさを隠さず話してくるリリー。


一緒に旅をしてきた面々が興味津々で見守る中、

「よくわからないけど、お兄ちゃんにも再会の挨拶をしてくれないかな?」

眼鏡をかけている、先程リリーに激しく当たられた男が

そわそわしながら話しかけてきた。

(・・・・・ある意味兵ですね。)

兄から妹への愛情はあるようだがその逆は全く感じ取れない。

ショウ自身もそういった感情のやり取りは疎い方だが、

さすがにリリーの露骨な忌諱ともとれる態度を見れば察する事くらいは出来る。

それでも全く気にしない様子で近づいていく眼鏡の男は、


ぶおん!・・・・どしゃっ!!!!!


一瞬で上下反転した体は頭から床に叩き落された。





 応接の間にあった和やかな空気は2人の人間が入ってきたことにより

激しくかき乱され、戦場のようなものに変わっていった。

(な、何となくリリーさんが妹さんを大好きなのはわかったけど・・・)

姉のように慕っていたハルカの嫉妬も理解出来る。

だが自身でお兄ちゃんと言っていた眼鏡の男が投げ飛ばされたのは流石に理解し難い。

どう収拾をつけるべきなのか。

誰もが、いや、ヴァッツ以外がそう思っていた時、


「リリー。いい加減ロラン様にきつく当たるのはよせ。」

黒く長い髪を後ろで束ね、白い男性用とも思える礼服で入室してきた女性。

「あ!時雨!!」

「ヴァッツ様、お久しぶりです。」

「げ、あの時の忍び。」

ヴァッツは喜びの声を上げ、ハルカは苦い記憶が言葉にも表れて漏れる。

と、同時に嫉妬や悲哀もなりを潜め、少し落ち着きを取り戻したようだ。

「何やらややこしい事になっているようですが、

今は私達の任務を先に遂行させていただきます。

遅れましたが私はヴァッツ様の従者、時雨と申します。」

速やかに挨拶を済ませると、一同に着席を促し、ロランと呼ばれた男を立たせる。

「私達の任務は2つ。1つは怪我を負われたカズキ様とクレイス様の治療。

もう1つはリリー。貴方の褒美についてです。」

簡潔に言い切ると名前を出されたクレイスはカズキと顔を見合わせる。

(僕の傷はそんな大した事はないんだけどな・・・)

ただ、カズキの骨折に関しては是非早期に治るように治療してもらいたい。

自身の修行が出来ない分、クレイスに付きっ切りなので気持ち的には嬉しいのだが、

内容が過酷すぎて体力が追いついてこないのだ。

そしてリリーへの褒美という発言に本人が青ざめていた。

心配そうにその顔を覗く両隣の妹達。

「お前の任務はここまでだ。褒美として当初予定していた1ヶ月の休暇を3ヶ月に変更する。

ゆっくり姉妹と過ごすが良い。だそうです。」

それを聞いたリリーは満面の笑みを浮かべ、両方の妹の肩に腕を回し顔を押し付けて喜んでいる。

「おねえちゃん痛いよぅ!?」

「あら?だったら私だけぎゅっとしていいわよ?お姉さま?」

まだ大きな問題が残っている気はするが、

「ここからの従者は私が務めさせていただきます。皆様、よろしくお願いします。」

深々と頭を下げ、皆に挨拶をする時雨。

リリーとは違い、とても落ち着いた雰囲気の大人な女性のようだ。

話が淡々と進み、様々な疑問が生まれる中、

「後は治療ですね。それが終わってから色々とお話を聞きましょう。」

ロランが代わって話を切り出すと、

隣に処置の準備が出来ているということで、

カズキとクレイス、そして何故かルルーがその中に通された。




 「お前ら兄妹って仲悪いのか?」

4人が椅子に座るとすぐ、非常に質問しづらい事を聞くカズキ。

隣にいるクレイスのほうが肝を冷やすが、

「いいえ。私は妹達をとても愛しています。」

「・・・・・」

さも当たり前のように答えてくれる。一方的な愛情だということを。

「私はおにいちゃんもおねえちゃんも好きよ?」

非常に良くできた妹が付け加えた事によって、見た目から上機嫌になるロラン。

(・・・この人に傷の手当とか任せて大丈夫かな?)

その情緒が不安定な様をみて心配になるが、

クレイス自身の傷はもうほとんど治りかけている。

なのでもし不具合が生じてもカズキだけが被る事になるのであまり気にしないようにした。

(医術というのがあるのは知っているけど、どんな方法なのだろう?)

初めて見る医療現場に期待と不安で胸が膨らむ中、

「では、今からお2人の治療を始めます。」

そう言ってルルーにカズキの腕を支えるように指示を出す。

そこに手をかざすと、ロランの手のひらが鮮やかな緑に光りだした。

「・・・ぉぉ・・・・」

隣で凝視してるクレイスを気にもせず、カズキらしからぬ喘ぎ声っぽいものが漏れる。


1分も経ったころ

「もう大丈夫でしょう。」

そういうと、ロランの手のひらの光が消える。

ルルーとロランがカズキの両腕の添え木と包帯を外していく。

カズキが骨を折られてからまだ5日だ。完治には少なくともあと2,3週間はかかるはず。

「手を握ってみてください。そしてゆっくりひらいて・・・どうですか?」

手をにぎにぎした後、自分の両手を顔の前に持ってきて

「信じられん。ほぼ治ってる。」

「!?」

何が何だかわからないまま次はクレイスの番だと、ルルーが顔を両手で押さえてくる。

「クレイス様の傷は浅いので、すぐに治るでしょう。」

また先程と同じようにロランが手をかざす。緑の光があふれ、それを受けたクレイスは

「・・・すご・・・なにこれ!?」

傷の根幹から、ものすごい速さで回復していくのを感じる。同時に熱さも。

そのせいか額には軽く汗が浮き出てきた。


2人の治療が終わると、ロランが神妙な顔で話し始める。

「私は、世界中で恐らく、私しか持っていないと思われる『治癒』が扱えます。」

「・・・そもそもそんな術を聞いたことがない。魔術の類か?」

「いえ。これは緑紅の民の潜在的な力です。」

「へぇ~」

カズキが納得したのか、もう質問する気配はなかった。

クレイスは魔術も緑紅の民というのも全くわからないので、何を質問すればいいかもわからない。

少なくとも彼が思っていた医術とは全くの別物なのは間違いないようだ。

「今回、主の命により、お2人のお怪我を治癒させていただきましたが。

この力は世界の均衡を崩す禍いの力でもあります。」

「「・・・・・」」


世界の均衡という言葉に思わず息が詰まる。

「ですので、私の力に関しては、今ここで忘れていただくようお願いいたします。」

そういってロランは深々と頭を下げた。

合わせて隣に座っていたルルーも真似をして頭を下げてくる。

「忘れるっていうのは、何か薬か術で記憶でも弄るのか?」

「いいえ、ただの口止め。他言無用というお願いです。」

「わかった。このカズキ=ジークフリード。治癒の感謝も含めて、今回の件は墓場まで持っていくことを誓う。」

カズキが淀みなく約束し、慌てて

「ぼ、僕も。クレイス=アデルハイド。口外しないことを約束します。治癒、ありがとうございます。」

それを聞き終えた緑紅の兄妹は笑顔を浮かべた。




 時間にすれば10分もかかっていないだろう。

カズキは骨折が治っている事がばれないようにまた添え木と包帯を腕に巻き直した。

全てが終わると4人はまた一緒に隣室から戻っていく。

それと同時に廊下側の扉が叩かれた。召使いがそれを開けると、

「お話は済みましたか?皆様。」

控え目な服装と短めの外套を纏った中年の女性が皆に笑顔で挨拶をする。

察した者や彼女を知っている者が速やかに起立し、頭を下げる中、

カズキやガゼルなどはその様子を傍観し、ヴァッツはきょとんとしていた。

せめて彼にだけは礼を促そうと声をかけに小走りで近づくが、部屋に入ってきた女性は手でそれを制す。

「楽にしてください。堅苦しいのが嫌でこちらにご案内させていただいたので。」

笑顔のままそう答える女王アンの発言を受け、皆座りなおしたり立つ姿勢を楽に崩したりする。


「お前が女王か?」

何も知らないヴァッツは普段と変わらない口調と態度で訪ねる。

周りが目を真ん丸にしている中、1人落ちついて、笑顔で答える女王。

「ええそうよ。私がこの国の女王アン。貴方はヴァッツね?」

「うん!」

「そしてそちらが、クレイス王子ね?」

「は、はい!」

女王は2人を確認すると、ヴァッツの隣に座り、逆隣りにクレイスを呼ぶ。

それから静かに語りだした。

「さて。貴方達の話は全て聞いています。まずは・・・ヴァッツから聞こうかしら。

貴方はこれからどうしたいの?」

「どうしたい?何でも言っていいの?」

目を輝かせて元気に尋ねるヴァッツ。その様子をみて笑顔でうなずく女王。

「じゃあ皆と旅を続けたい!海っていうのを見てみたい!!」

「わかりました。では全面的に協力しましょう。」

あっという間に話がまとまった。

(そうだった。ヴァッツとはシャリーゼまでしか・・・)

2人のやりとりを見て、改めて自分の境遇を知らされるクレイスに、

「ではクレイス。貴方はこれからどうしたいの?」

「ぼ、僕は・・・」

言葉に詰まる。

漠然と『アデルハイドを取り戻したい』という目標はあるが、

それは今言うべきなのだろうか・・・

そもそも最初にここに向かった目的は自身の安全を確保する『亡命』が目的だったはずだ。

今はカズキに剣を教わっている最中でもある。

自分がこの国で力をつけたいと言ったら彼も一緒に残ってくれるであろうか?


「一緒に旅をするんじゃないの?」

ヴァッツが不思議そうな顔でクレイスに聞き返す。

それとは別の、赤毛の少年から送られる視線にも気が付く。

今は静かな視線だが、発言次第では烈火の如く、燃えるような熱い視線にかわりそうだ。


その問いにすぐに答えられないクレイス。

「・・・ネ=ウィンへの関与以外ならお手伝いできるわよ?」

女王も心を読んでいるかのように、的確な言葉を口に出し、伺うように聞いてくる。


「・・・もう少し、考えさせてください。」


やっとの思いで出た言葉がそれだった。






 「わかったわ。時間は沢山あるから、焦らないでね?」

優しく言い終わると女王は立ち上がり、召使いに各部屋への案内を命令している。

少し空気が緩和され、それぞれがその案内に従って移動し始めた時、

ハルカがすっと立ち上がるとリリーの逆隣に座っていた実妹の前に仁王立ちした。

「ルルーだっけ?ちょっと話があるんだけど?」

「お、おいハルカ。手荒なマネは・・・」

「うん!私もハルカちゃんとお話したい!」

目をきらきらと輝かせ、

まるでヴァッツのような反応をするルルーに声をかけた本人も思わずたじろぐ。

「え、えっとね・・・ちょっとどこか2人で話せる所に・・・いかない?」

少女2人の様子を見て、事情を知ってか知らずか、

「お城の中ならどこを使ってもらっても構わないわよ。」

満面の笑みで最高権力者が全ての許可を出した。

「じゃあお庭に行こう!さっき見てたんだけど凄くきれいだった!!」

何故か話を持ちかけられた側が喜んで手を引き、

ハルカも何がなんだかわからないといった表情で部屋を共に出て行く。

「・・・・・」

「貴女もあれくらい素直になればいいのに。」

残った姉に友人である時雨が少し意地悪そうな顔でからかうように言うと、

「・・・・・あ、あたしもちょっとお花が見たいかな~・・・・・」

気が気でないリリーは目を泳がせながら足早に後を追っていった。




 (な、何で私が手を引っ張られてるの?)

あまりにも純粋な対応に目を白黒させながら廊下を2人で駆けていく。

ハルカ自身も『暗殺者』という家業の面をを除けば

年相応な反応を見せる少女なのだが本人は自覚していない。

やがて湖と城壁が見える大きな庭にたどり着くと、

「それでハルカちゃんは、何でおねえちゃんをお姉さまって呼んでるの?」

いきなり核心に触れる質問を投げかけてくる。

対面してから間もないので、出来れば腹の探りあいから始めたかったのだが、

そういった上辺だけのやり取りなどは元から頭にないらしい。

少し悩んだが、ここはハルカも腹を括る。

「・・・あんな綺麗な人が自分のお姉さまだったらいいなって、思って・・・」


一人っ子であるハルカは両親や親族から厳しくも、可愛がられて育ってきた。

何不自由なく、不満もなかったある日、

ネ=ウィンに雇われてその国内に入ると5つ年上の友達が出来た。

元々故郷は閉鎖した空間だった為、年の近い人間が少なかった。

それだけでも新鮮で、世界が変わるほどうれしかったのだが、

彼女には兄がいた。

妹思いであり、容姿も整っており、国内で最高の地位と武力を誇る非の打ち所がない兄。

打ち解け始めると、少し融通が利かなかったり、妹に甘すぎたりと

短所らしきものも目に留まりはしたが、それでもハルカにとって彼の存在が羨ましかった。

こればかりは故郷の両親に頼んでも手に入る訳ではない。

それは十二分に理解している。しかし・・・・・


「そうなんだ!じゃあ私達も姉妹だね?!」

「・・・え?!」

自身の中の欲望に言い訳をしていたら、何故か姉妹宣言されてしまった。

「だってお姉ちゃんの妹なんでしょ?私も妹!

だから私とハルカちゃんも姉妹!!」

「えええ・・・」

純粋という意味ではノリもヴァッツに似ていたらしい。

ややこしくなりそうな問題があっという間に解決したかに見えたが、

「・・・でも私、お姉さまに愛されていないし・・・」

先程の、ルルーと自分への接し方の違いを思い出し、深く沈んでしまう。

「そんなことない!!おねえちゃんハルカちゃんのこと大好きだよ?!」

「・・・そんなことある!!だって、私は本当の姉妹じゃないし・・・」

本心で言ってくれたルルーの言葉を強く否定する。

(・・・あれ?なんでこんな言い合いしてるんだろ・・・)

ふと我に返り、何故彼女に話があると切り出したのかを思い出す。


リリーを自分だけのものにしたいからお前は彼女から離れろ。さもなくば殺す。


本当はそういう暗殺者らしい我侭なやり方で話を切り出したかった。

しかしルルーが想像以上に純粋で優しくて、

こんな彼女を傷つけたりしたら間違いなくリリーは悲しむし怒るだろうし、

ましてやその後に自分の姉になどなってくれるはずがないだろうし・・・


不意にルルーがハルカの頬に手巾を優しく押し当ててきた。

何をしているのだろうと思ったら、大粒の涙がいつの間にか零れ落ちている。

今まで無かった感情の芽生えに内心とても焦るが、

「・・・大丈夫。おねえちゃんは優しいもん。」

そう言われて暗殺者の技術全てを使って全力で抱き付いていくハルカ。

声が漏れるのだけは必死で堪えるも、その優しさに全てを包まれた彼女は

とめどなく流れる涙を止める術は持ち合わせていなかった。




「・・・・・ぐすっ。」

同じく遠くで声を殺し、涙ぐむリリーに、

「・・・覗き見はあまり感心しないんですけどね。」

隣で同じように見守る時雨が呆れつつも優しい笑顔を浮かべながら

彼女らと同じように手巾を手渡している。

「だ、だって心配じゃないか?!」

目を腫らせて言うリリーに、時雨も反論はしない。

戦った2人だからこそわかるが、ハルカは年と見かけでは想像出来ない強さを持っている。

そんな危険をはらむ人物が大事な姉妹に接触するとなると

黙っていられないのは当然だ。しかし、

「でも、旅の中で貴方はそれほど危険が無いと判断していたのでしょう?」

時雨にそう言われると、下心があった事を悟られないように静かに頷く。

「・・・まぁ、素直な子だとは思った。」

「だったらそれを信じましょう。」




 後方で姉とその友人が見守る中、

やっと落ち着いてきたハルカを連れて近くにある長椅子に並んで座ると、

「おねえちゃんはね、昔、私の為にずっと戦っていたの。」

ルルーが静かに語りだした。

「私は『緑紅の民』の中でもすっごく珍しい力を持っててね?

ある日それを狙って悪いやつらがやってきて、それで攫われちゃって。

4歳の時だったかな。

それからおねえちゃんは私を助ける為に悪いやつらに利用されて・・・

いつのまにか3年も経ってて。それまで5回しか会えなくて・・・」

先程までの、明るい少女のものとは思えない暗い過去の話に聞き入ってしまうハルカ。

「そんな私達を助けてくれたのが今の主様なの!!

それからはずっと兄妹皆で暮らしててね?すっごく幸せなの!!」

途中の大事な部分がすっぽり端折られている気はするが、

元の明るい声色にもどったルルーを見て思わず笑みがこぼれる。

「この話はね?おねえちゃんが誰にもしたがらないの!

でもハルカちゃんは私と姉妹だから教えてあげる!」

どうしてそんな話になったのか、やっとここで理解したハルカは、

「その悪いやつらってもう死んだの?」

せっかくなので姉妹について色々聞いてみようと質問を始めた。

「えーっとね。組織?っていうのはやっつけたんだけど国はまだ残ってるんだって。」

「なんていう国?」

「えーっとね。リングストン!」

「・・・・・ふーん。」

思わぬ大国の名前が出て内心驚愕するが、そうか・・・。

自分が大好きになった姉妹は昔リングストンに利用されていたのか。

しかもこんな純粋なルルーを人質として3年も・・・。

人は皆業を背負って生きているものだが、

必要以上に残酷な業を背負わされた話にハルカの心は激しい怒りの炎を灯す。

何とか表に出さないようにふるまい続けると、

「そうそう!おねえちゃんってお口が汚いでしょ?あれって

昔戦ってばっかりだったからそうなっちゃったんだって!!ほんとひどいよね?!」

「・・・それは、フフッ。少し納得しちゃった!」

過酷な環境下で仕方なくそうなったのか。

ルルーを人質にリリーが戦力として手駒のように利用されていた。

その当時は愛する妹に会えなくてさぞ辛い想いをしたであろう事は想像に難くない。

・・・笑えないがここは笑っておこう。

そうしないと怒りで今すぐリングストンに飛んでいきそうだ。

「だからハルカちゃんもまたおねえちゃんのお口が汚かったら叱ってあげてね?」

「ええ。もちろんよ!あれだけ美人が台無しだもん!」

すっかり打ち解けた2人の少女は笑いながら、

城内を隅々まで散歩して、話して、日が落ちるまで友好を深め続けた。

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