戦闘狂と愛国狂 -獣との遭遇-

 月夜に照らされた白刃を手にする少年はまだ11歳だった。にも関わらず目の前のごろつき達を圧倒している。

それもそのはず。獣のような鋭い眼光を放つ彼の剣で既に2人のごろつきが斬り伏せられた後だからだ。


この日、足袋に羽織という遥か東方の国『モクトウ』独特の衣装を身に纏っていた少年は酒代欲しさに4人のごろつきから強請りを掛けられていた。


彼らからすれば物珍しい身なりに少年という点で金品を期待したのだろう。だが藪をつついて蛇を出す結果となってしまい今に至る訳だ。

「て、てめぇ・・・一体何もんだ?!」

「俺はカズキってんだ。武者修業で世界を回っている。」

素直に名乗った少年は刹那で体を沈めると瞬きする間もなく懐に飛び込んだ。地面ぎりぎりまで体を倒して突っ込んでくるその姿は空想上の化け物、鎌鼬を彷彿とさせる。

しかしその動きを捉えられないごろつきはいきなり目の前にいた少年が消えたとしか判断出来なかった。

気が付けば己の両足首が切断されて地面に転がり、痛みを感じる前に喉元に刃を突き立てられることで彼は訳が分からないまま終わりを迎えたのだ。

最後のごろつきも慄きながら防御態勢に入るがカズキは背後に回り込んで思い切り袈裟懸けに刀を振り下ろすと真っ二つに体が割れて全ての命が消えた。


なのに警戒を解かないのには理由がある。それは武術における基本の一つ『残心』という教えをしっかり守っていたからだ。


例え一刀で敵を斬り伏せたとしても、それが致命傷であったとしても確実に息の根が止まり、反撃が絶対に来ないのを確認するまで油断せず気を許さない。

これは彼の祖父であり師匠でもある一刀斎の教えなのだ。数分後、カズキは短く溜息をつくと懐から取り出した和紙で刀についた脂をふき取って鞘に納める。

未だ強さの意味と目的が見えぬまま武者修業を続けて3年。当面の目標として偉大な祖父を超えるべく精進していたカズキは軽く手を合わせた後静かにその場を立ち去った。






 クレイスの身柄を狙っていた山賊団は辛うじて拾えた馬に過積載気味の荷車を繋いでとぼとぼと縄張りへ向かっていた。

道中会話をする者はおらず溜息や痛みを我慢するうめき声がか細く聞こえてくる中、5人の仲間を失った頭目は今後について悩み続ける。

(前金で10万金貨貰ってはいるがこの犠牲は大きい・・・傷の深い者は助からねぇだろうし。やっぱり助平心は出すべきじゃなかったか。)

子供を攫う仕事には抵抗があったが多数決を採ったのは自身だ。二の足を踏んでいた部下達にも決定事項だと割り切るように言い聞かせて来たのも自身だ。

しかし簡単だと思われていた仕事が犠牲を出したにも関わらず失敗に終わるとどうしても後悔の念がよぎってしまう。


彼らの縄張りは『ジグラト』王国の北にある『リングストン』領内だった。


元々は『ボラムス』という小さな国があったのだが10年以上前に従属。その後完全に吸収されて今では独裁国家の一都市として成り下がっている。

とある目的がある為彼らはその領内でのみ略奪や奇襲を続けているのだがそれも当面は休まざるを得ないだろう。


「おい。あんたら山賊だよな?」


そんな失意の中を進み続ける事14日、突如正面に目つきの鋭い少年が行く手を遮る形で立ちはだかった。

「なんだてめぇ?」

「ガキじゃねーか。邪魔だどけ!」

「どしたどした?」

先頭の連中がそれを見てざわつき出すので覗いてみるとあまり見慣れない格好をした少年がこちらに声をかけて来たようだ。

「ま、身なりで判断しちまうよな。中身は若干違うんだけどな。で、俺達に何か用かボウズ?」

しかし彼の妙な威圧感に激しい違和感を覚えた頭目は馬を移動させながら優しく問いかける。

今は事を荒立てたくない。その一心からわざわざ下手に出るような言動で軽くやり過ごそうと試みたのだが彼の芝居は微塵も役に立たなかったらしい。


「いや、お前ら全員刀の錆にしてやるからちょっと抜刀しろ。」


?????

全員がきょとんとした顔になってお互いを見合わせる。少年とは思えない高圧的な物言いも気になるが問題はその内容だ。

(耳か頭が疲れてるのかな?)

小指で耳垢が溜まってないか試しに掘り起こそうとするが特に何も出てこない。

「おい小僧!今の俺らを怒らせないほうがいいぞ?!」

終いには王子拉致の失敗を晴らすかのように部下が剣を抜いて少年に向けてしまった。今はさっさと帰って心と体を休めたいのに何やってんだ!そう咎めようとした時。


がきんっ!!


目にも留まらない抜刀からの剣戟が長剣に叩きつけられると街道脇にある木に激しく回転しながら突き刺った。

「そんな簡単に剣を手放すなよ。早死にするぞ?」

少年は鞍から出ている脚に斬りかかると流れるような動きで左脇から刀を深く突き上げる。

二尺ほども腹に入ったそれを手際よく捻りながら素早く引き抜くと山賊は呻き声を上げる事すらなく落馬した。


・・・・・


「ほら。次はどいつだ?全員もれなく斬り伏せてやる。」


・・・・・

「て、てめぇ!?!?」

「ぶっ殺してやるっ!?!?」

一瞬の出来事に何が起こったのか理解が追いつかなかった。だが仲間が討たれたのだ。山賊達の闘志は一瞬で燃え上がると頭目の声に耳を傾ける事なく次々と襲い掛かる。

しかし少年は身を低く構えると馬上から降り注ぐ槍をものともせずに鞍の革紐を斬り、脚を斬り、足を斬っては落馬した者達を次々と斬り伏せていく。

(ちぃっ!!やっぱりか!!)

見た目通りの実力ではない。この少年は明らかに猛者が持つ雰囲気を纏っているのだ。実際戦況はとても悪く、放っておけばこちらが全滅しかねない。


更に恐ろしさを感じたのは次の一言からだった。


落馬した仲間が立ち上がろうとしたところに少年の刃が腹を通る。すると見事に上半身だけが地面へと落ちていた。

腰断された本人はそれに気が付かず一瞬だけ立ち上がろうともがくが己の下半身がなくなっていた事を知るとそのまま気を失うかのように絶命していった。


「お?綺麗に割れたな。腰車って言うんだぜこれ?」


この時臓物をこぼしながら死んでいった者を前に己の技を嬉々として紹介してきたのだ。これには頭に血を上らせて凄んでいた山賊達も真っ青になり動きを止めてしまう。

やっと只者ではないと悟ったが少し遅かったのかもしれない。その空気を読んだ頭目はがしがしと頭をかきつつ必死で対応を考え出した。

(仕事も失敗するし辻斬りに会うし・・・全てが悪い方向に進んでるじゃねーか。)

「で。お前はどうすんだ?抜刀しなくてもそのまま斬りかかるけど後悔しないか?」

「待て!お前の目的は何だ?!」

話が勝手に歩き出しそうなので慌てて声を上げる。放っておいたら本当に全滅するまで一方的な虐殺劇が繰り広げられてしまうだろう。

「目的?斬ってもいいような害悪を探して世界を旅してるんだよ。それが俺の修業なんでな。お前らはそれにあたるだろ?」

「・・・世直しとかそんな感じか?」

「いいや。強くなる為には斬り覚えろって俺のじじい、師匠が言ってるんだよ。だから嫌われ者を探して斬る。理解したか?」

(・・・・・狂ってるな。)

口には出せないが、その師匠という祖父も頭がおかしいらしい。

賊と呼ばれる以上真っ当な生き方としてきたとは言い難いが、かといって見知らぬ少年に一方的に斬られる道理もない。

(・・・いや、傍から見れば賊は賊か。)

例え自分の中に大義名分があろうとも今回に限っては言い訳が立たなかった。何せ自分達と縁もゆかりもない少年を拉致するという正真正銘の悪行に加担してしまったのだから。

悪目立ちすればその芽はいずれ摘み取られる。社会とはそういうものだと十分わかっていたのに。しかしここで諦める訳にはいかない。周囲はただの山賊だと判断するだろうが自分にとっては長年付き従ってきてくれた大切な仲間なのだ。

伊達に年を食っていない頭目はその経験を頼りに何とか命を繋ぐべく少年への隙を探り続けていく。

「この馬車には怪我した仲間が沢山乗っている。助からない者も多い。せめて怪我人だけは国へ帰してくれねぇか?」

「いいぜ。流石に動けない人間を斬っても面白くないしな。」

(面白いって・・・・・。)

いちいち口を挟みたくなるがぐっと堪えて少年に頷くと馬車が脇を通って西へ走り出す。これで多少は被害を抑えられるだろうがまだだ。

「あと満足に動ける人間がもう俺しか残っていない。だからここは俺との勝負で他の仲間は見逃してもらえねぇか?」

「「お頭?!」」

残った部下達が悲壮な声を上げるが頭目にとってこれ以上仲間が死ぬのを見る方が辛いのだ。

「そうは見えねぇけどな?多少の手傷で戦えませんってのは虫が良すぎねぇか?」

「だったらこいつらの怪我が治るまで待ってくれ。俺達のねぐらは『シャリーゼ』の南西部にある。しばらく経ったら遊びに来い。」

さらりと嘘をつけるのも年の功だろう。ここで少年が折れてくれれば楽なんだがなぁと頭目は再度祈る。

「ねぐらなんていくらでも変えれるだろ。・・・つかおっさん。そんなに部下が大事なのか?賊仲間なんていざって時切り捨てるもんじゃないのか?」

ここに来て少年がやっと少年らしい疑問を投げかけてきた。確かに賊というのは非道な集団がほとんどだ。自分も他の山賊をいくつか知っているが碌な者じゃない。


「・・・そういう奴らもいるが、俺はそれをしたくないんだ。」


静かにそう言うと部下達は涙目でこちらを見てくる。少し気恥ずかしいがここだけは譲れない。これこそが自分の最後の良心ともいえる部分なのだから。

「面白れぇな。わかった。あんたはそこそこ強そうだし、それで手を打ってやる。」

「決まりだな。よし行け!!」

早々に退散させるべく頭目は一喝するとそれを察した部下達は全力で馬を走らせる。これで後顧の憂いはなくなった。

残る憂いは目の前にいる獣のような少年だがこちらの強さに期待しているのか鋭い犬歯をみせてにやりと笑っている。

(悪いな小僧。お前に付き合うつもりはないぜ。)

だが頭目も無駄に命を散らす趣味はない。先程の動きから少年が只者ではないとわかっている以上あとはどう逃げ切るかを考えるだけだ。

「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はカズキって言うんだ。おっさんは?」

「・・・俺はガゼルだ。あとそのおっさんっていうのはやめろ。」

苛立ちに近い態度を見せつつ腰の長剣を二本抜いたのも相手の油断と時間を稼ぐためだ。といっても周囲は森をやや抜けた場所で街道の脇には身を潜められるような茂みもない。

幸い街道の東側を背にしていたので少し走れば林に逃げ込めるだろうが命を繋ぎ止められるかと問われれば難しいと答えざるを得ない。

(何かないか・・・何か・・・)

斬り込まれたら一たまりもないのはわかっている。しかし命を賭けられるような手段が思い浮かばないのだ。もうこれ以上時間も引き延ばせないだろう。

痺れを切らしつつあったカズキもじりじりと間合いを詰めてきているのがその証拠だ。いよいよ追い詰められていくガゼルは頭の仲が真っ白になっていく。


がらがらがらがら・・・・・


そこに後方から迫って来る馬車の音が耳に届くと後は判断が早かった。ガゼルは一縷の望みをかけて後方に体を向けるとカズキに清々しい程背を向けて走り出す。

助けを求めるか。いや、ここは山賊らしく人質を取るべきだろう。

後ろから風のように迫ってくるカズキに追いつかれまいと必死で足を動かし、片方の長剣を後方に投げ捨てる事で多少の時間を稼ぐ。

行き当たりばったりだがここまでの流れは悪くない。後は更に時間を稼げればと懐から多少の小銭をふわりと投げつけた。これも難なく躱されるがそれでも十分だった。

カズキの剣が届く前に辿り着けたガゼルは勢いよく馬車に飛び乗ると御者の首筋に長剣を押し当てる。


「これでどうだ?!一般人の命は大事だろ?!」


「やれやれ、さすが山賊。やることが清々しいほど汚いな。」

「何とでも言え!俺だって命は惜しいんだ!!」

この勝負は間違いなくガゼルの勝ちなのだ。しっかりと体を御者に寄せて盾にもしつつ長剣で首筋を抑え込んでいれば流石のカズキも斬り込んでは来れないだろう。

あとはこの危険な少年と一刻も距離を離すべく御者を脅して馬を全力で走らせればいい。ある程度突き放したら馬を奪って逃げるのだ。

完璧すぎる。よく命を繋ぎ止めたと惚れ惚れする。そんな表情を浮かべるガゼルだったが不意に後方から声を掛けられて驚いた。


「・・・あ!あのときの山賊!?」


「?!その声は・・・クレイス王子か!?」

(何で王子がこんなところに?!いや・・・それよりもこれは・・・!)

今まで落ち目だった運が上り始めたのか。まさか盾に使おうとした通りすがりの馬車内に王子がいるとは!

訳の分からない老戦士に邪魔をされ、故郷の手前で辻斬り少年に襲われ散々だったこの遠征。ついに・・・ついに報われる時が!!

「お前のことは後回しだ!!カズキとか言ったな?こいつらの命が惜しけりゃ今すぐ武器を捨てて両手を上げるんだ!!」

山賊らしい姿のむさ苦しい男が山賊らしいドスのきいた声で山賊らしい下卑た行動をする。これは全ての山賊の手本といっても過言ではないだろう。

(あとはこの餓鬼を始末・・・いや、近づくのは怖いから矢で足を射抜いておくか?)

既に勝利を確信したガゼルはその後の行動について考えていた。しかしカズキが刀を手放す気配はなく、かといって襲い掛かってくる様子もない。


「ふ~。まぁもう十分だろ。山賊のおっさん。」


終いには溜息交じりに刀を納めたると後頭部に両手を当てながら白い目を向けて来た。何だ?何故そんなに余裕があるんだ?

「敵わない相手を前に逃亡を選んだのは賢い。しかし最後に選んだ人質がそれじゃあ駄目だな。運が悪かったんだ。諦めろ。」

「何言ってやがる??」

運が悪い?人質の?どういう意味だ?言われて若干の冷静さを取り戻したガゼルはこの御者が最初から全く動じていない事に気が付いた。どういう事だ?

「そこの奴。もう人質の真似はいいんじゃないか?」

「・・・別に真似をしているわけではないんだが」

カズキが問いかけると非常に美しく心地良い声が返って来たので大いに驚く。顔が隠れる程深く外套を被っていたのでまさか若い女だとは思わなかった。


ぶおんっ!


「うおお!?」

更に驚いたのは次の瞬間自分の体がまるで羽毛のように弧を描いて中空を舞うと、どしゃっという音とともに地面に落下していた事だ。

辛うじて受け身は取れたものの何回転かしたせいで軽く目が回ってしまった。それでも慌てて立ち上がりふらつきながらも剣を構えられたのは奇跡だろう。

「そこのねーちゃん。お前よりよっぽど腕が立つぞ?」

「・・・・・」

目の前には獣のような少年がいて御者席の女もこちらを軽く投げ飛ばせるほどの猛者らしい。いよいよ命運は尽きたか。

「もうちょっと楽しめると思ったんだがな~」

言い終えたカズキは反抗する気配を見せなかったガゼル目掛けて抜刀と同時にその首筋へと刀を走らせた。

目で追う事すら敵わぬ速さに体がついていけるはずもなく、最後くらいはと潔く受ける事を選んだガゼル。


がきんっ!!


・・・だが、その剣は御者席から突き出された大きな剣で凌がれていた。

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