君の綺麗は、僕には分からない

ユーカリ

第1話


「ねぇ、ほら。ここだよ。」


二年前くらいの記憶だけど、僕は紫音に手を引かれ、花や草ばかり生えている、誰も足を踏み入れないような所へやって来た。眼前にはもうきっと使われてない公民館のような建物があり、その窓は夕陽で紅色が反射していた。


「どうしてこんな所へ連れてきたの?何か、面白いものでもあるの?」


実はここに来るまでに、紫音と家の近くの錆れた公園で待ち合わせしてから40分近く歩いてきたせいもあって、どんな面白いものがあるんだろうと期待していた。だから、こんな雑草だらけの廃墟に連れてこられ、尚且つ疲れていて、少しだけ気が沈んでいた。


「面白いものじゃないよ。素敵なもの。」


紫音は楽しそうに、目を細めて僕に視線を送った。夕焼け空を背景に紫音の短髪が照らされ、少し茶色みを帯びていたのを、この眼が、よく覚えていた。


「素敵なもの・・・なんて見当たらないけど本当にここにあるの?」


この時から僕は、冷めていたのかもしれない。それか、紫音が僕よりも輝いていたからかもしれない。


「ほら、そこ。花が沢山咲いてるでしょ。」


僕が不思議そうな顔をしていると、紫音が少し呆れたような顔で、地面を指さした。


「あっ、本当だ。花だ。気づかなかった。でもこれ、何処にでもあるでしょ?」


紫音に言われて、この場所に無数の紫の花が咲いていたのを初めて知った。でもその花は、何処にでもあるような、そもそもあるものだって意識すらしないような花だった。


「確かに何処にでもあるけど、一輪、この中に素敵な花が隠れてるの。歩夢、探してみてよ。」


紫音はまたにっと笑って、僕に視線を向けた。


「え、えぇっ、この中から?僕には全部同じに見えるけど・・・」


「私にも全部同じに見える。」


そんなことを言って、さっきよりももっと歯をみせ、紫音は僕の方を見て笑っていた。


「じゃあ何もないじゃん、40分も歩かせて、からかってたの?紫音。」


「からかってなんかないよ。だって本当にあるもん。眼で見たもの全てが情報ってわけじゃないんだよ?歩夢。」


僕は、紫音が放った突拍子もない難しいことに少しだけ圧倒されてしまった。この時から、僕は周りのものをもっとよく見れるようになったのかもしれない。


「確かに、じゃあこうやって見るだけじゃ分からないのか・・・ごめん、降参、今の僕には何も見つけられないよ。」


今度は僕が諦めたような顔で、紫音に視線を送った。


「分からない、よね。じゃあ分かるようになったらまたここへ来て探してみて!」


一瞬だけ曇り顔だったのが気がかりだったけど、すぐにそれは晴れ、さっきのような笑顔でまた僕の手を引いて、帰り道へと歩きだした。

この日から約二年間、紫色のその花についてお互いに触れることはなかった。


「二年前のあの花、きっともう生え変わっているだろうな。もう探しても何もないか。」


今日の日の夕焼けが、どうもあの日の夕焼けと似てるから、窓越しにそれを見つめ、思い出していた。紫音が言っていた、素敵なもの。


「確かあの日は、9月くらいだっけか。そこまで暑くなかったな。」


今は7月だから、あの日の夕焼けとは全然違うなと、心の中で笑い、僕は呟いた。あの日の帰り道、探すなら今日と同じ日ね。と言っていたことも思い出した。


「何日だったかは忘れたけど、紫音がいう素敵なもの、9月になったら探すからさ、それまでは、頼んだよ。」

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君の綺麗は、僕には分からない ユーカリ @yucari_GL

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