第六幕 035話 火遊び、氷遊び_2
ぐるりと、マルセナのかざした杖から円陣を作るように、朱色に輝く十二の槍が――
「だぁばサマ!」
「極冠の叢雲より、降れ玄翁の冽塊」
敵を焼き貫こうとする灼熱の刃を、黒々とした雹弾で迎え撃つ。
ぶつかって発生した霧が、突風と共に周囲を飲み込んだ。
「マルセナ!」
「ははっ! すごいすごい、熱量で負けちゃったよ」
ふざけた男だ。嗤いながら。
確かにマルセナの熱が勝った。熱風に飲まれながらも、男の生み出した雹弾のいくつかがマルセナに届く。
霧の中でも正確にイリアが切り払い、マルセナは続けて――
「
強力な魔法より、速さを選んだ。
とはいえ、食らえば大岩でも跡形もなく削りとるだろう千本の火針。
逃げ場のない針の絨毯のようなそれに対して。
「冷厳たる大地より、奔れ永刹の氷獄」
氷の壁が立ちふさがった。
分厚く、その冷気は先ほど周囲に振り撒かれた熱気を、一瞬で真冬の夜よりも冷たく凍てつかせる。
「っ!?」
急激な温度変化。体はともかく目や耳にはかなり痛い。
鷹鴟梟も瞼を閉じたのが見えた。あれの感覚にも堪えるだろう。
ダロスとディニも、強烈な魔法のぶつかり合いに離れている。近付けば巻き込まれる。
「今度は僕の勝ちかな?」
この状況を楽しんでいる。
というか、遊んでいるのか。
まるで子供が力比べの遊戯でもしているかのような態度。殺し合いの場で。
氷の壁が崩れない。
千本の火針を受けてもまだ残ったまま――
「九天の環涯より」
その壁が間を作った。時間と空間。
マルセナが詠唱に集中する間を。
「
「谿峡の境間より、咬薙げ亡空の哭風」
「紅炎の蓮華!」
マルセナの杖から伸びた紅蓮の大蛇が、敵を消し去ろうと叩きつけられる。
込められた熱量なら、マルセナが使う中で最も高い。鉄でも瞬時に溶け爛れるほど。
「足りないか。真白き清廊より来たれ絶禍の凍嵐」
炎蛇の首が弾け飛んだ。
敵が放った見えない何かで。
大蛇の血のように飛び散った火の粉。
極寒の吹雪がその粒を飲み込み、消し去っていく。
マルセナに匹敵するだけの魔法を軽々と連発するなど。
氷の壁は、紅蓮の大蛇の余熱で解け落ちた。
しかし敵はどちらも平然と。寒さを増した大地に立ち、下卑た笑みを浮かべたまま。
「無駄だってわかるかな?」
「……」
「おとなしくするなら、そっちの女の子の命くらい見逃してあげてもいいんだけど」
魔法使いとして、マルセナの上を行くと見せつけた。
信じたくないが、確かに今の攻防を見る限りはそれだけの力がある。
それを明確にした上での交渉。
おとなしくすれば、イリアは助ける。
マルセナの肩がぴくりと震える。現実を知り迷いが生じた。諦めるべきかと。
「迷うなら、貴女を殺して私も死ぬ」
断ち切った。
イリアも迷いを断ち切る。
我が侭に。ただ我が侭に自分の望むまま。
「一緒に生きるか、一緒に死ぬか。それだけでいい」
「……そうですわね」
くすりと、マルセナが笑った。
我慢して生きるくらいなら、望むように死のう。
イリアとマルセナはもう、互いだけで十分。互いを失って生きる理由などない。
「それで、イリアがよければ」
「馬鹿なことを。珍しい力と綺麗な顔をしてるから、せっかく僕が愛を注いであげようって言うのに」
愛などと、どの口で言うのか。汚らわしい。
ただの我欲。他の何でもない。
そんなものを愛と呼ぶこの男は、他者のことなど何も考えていないのだろう。ただ自分の思い通りにしたいだけで。
「お前みたいな奴にわからないでしょ。愛なんて」
「アルジ」
鷹鴟梟が言葉を遮った。
下がっていろと言われた鷹鴟梟が、その命令を破って。
「けはいガ……ナニカ、ようスガ……?」
何か違和感を覚えたのか、目を細めて耳を澄ます。
イリアには感じられなかった。特に何事も。
先ほどの炎熱と氷雪のぶつかり合いで周囲の空気が大きく乱れている。その中で何か察知するとすれば、鷹鴟梟の感覚はイリアより上だと言うことだろう。
「気のせいじゃないか、パッシ――」
一応は鷹鴟梟の言葉を聞いた男だが、しかし何もないと言いかけた時。
――ぐわん
ぐわんと、世界が歪んだ。
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