第五幕 40話 憎しみを追い、追われ



 城門近くで戦っていた兵士同士。

 菫色の印を服や鎧に着けている者と、そうではない者と。


 兵士ではなく見かけからして冒険者や、それらとも異なるただの暴徒のような人間も。

 ルゥナ達から見ればどれも敵。戦っている横から殺して町に入った。



 町に入り、殺す前に聞き出す。

 この町の長はどこかと。

 およその方角と同時に、一番大きな通りを進めば行き着くと知った。


 菫獅子騎士団の大半も既にそちらに向かっていた。

 途中、町の守備兵と騎士団との小競り合いに引っ掛かり、手間を取られる。

 放置して挟み撃ちされる可能性を考えれば、ばらけている間に殲滅しておくのは悪い手ではない。


 町の人間は少ない。

 どこか別の区画。おそらく戦火の少ない北側の区画などに避難しているのだろう。

 邪魔にならなくてちょうどいい。




「何か来る!」


 ニーレが叫んだ。


「後ろ!」


 かなり焦った声。

 彼女が放った矢が、飛んで来た槍の軌道を逸らした。

 逸らさねばこちらの中心に飛び込んできただろう投げ槍。


「ちっ! 勘のいいやつ!」

「逃がしませんわ」


 追って来た。町で起きている他の戦闘ではなく、ルゥナたち清廊族の一団を。



「……あいつ、まだ生きていたなんて」


 ミアデが呻いた。


「アヴィ様、今度こそ私が」

「おぬしだけでは無理じゃ、セサーカ」


 足を止め、後ろから追ってくる人間の女を確認する。

 ルゥナは知らないが、ミアデ達は知っているようだ。その二人の女の片方を。



 手にしている小振りな魔術杖。

 なんだろう、それには見覚えがあるような印象が……


 そういえばメメトハが先日から使っている魔術杖とよく似ているか。

 既視感に似たものを覚えつつ、ミアデ達の様子から敵の脅威を推察した。とてつもない、最大級。



「……だめだ、これじゃ」


 呟き。

 それは、なぜだかまるで別方向を眺めたままの姿勢の、


「エシュメノ……?」


 額の小さな角を空に向け、小さく首を振った。



「エシュメノが……エシュメノが、やるから」

「何を……っ!」


 駆け出した。

 追って来た女たちとは逆方向に。視線が定まらないまま。


「エシュメノ、待って! 勝手に――」

「いかん! 全員伏せよ‼」


 走り去るエシュメノを止めようとする手は届かず、メメトハの緊迫した声音が有無を言わせなかった。



「「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」」


 メメトハが。アヴィが。


「天地果つる陽窯ひよう扉獄ひとえに、尽きよ塗炭ぬれずみの葬列」

 女の詠唱に対して咄嗟に。


「歌え、鳴皎冽!」

刻白ときしら根息ねいきより、失せよつごもり寂果てさびはて


 ニーレが力の限り氷弓を引き絞り、セサーカも続く。


 それでもなお、女の魔法の威力が上回るなど誰が思うのか。



「ぐぅぅっ!?」


 メメトハが唸り、魔法を唱える彼女らを庇うように両腕を交差したミアデが前に立った。


「あっつぃぃ」


 オルガーラも大楯で皆を守っているが、それで溢れてくる高熱を防げるわけではない。


 白光。輝く太陽。

 信じられない威力と熱量で。

 余波だけで周囲の建物の材木が見る間に焼失し、石壁まで溶ける。ラッケルタの火閃よりも強く、しかも広範囲。



「こ、んな……」

「死に絶えなさい、奴隷ども!」


 憤怒の言葉と共に、猛烈な魔法を放った女。

 あの嵐の夜、ウヤルカを襲った魔法だ。

 これほどの魔法、今まで他に見たことが――


 一度だけあった。

 かつてそれはマルセナがアヴィに向けて……あの時はなぜ? そう、どうして?

 今考えることではないけれど、今この時だから思い出す。



「清廊の溢境いっきょう幽寒ゆうがん虚宿とみてのほしに、奪え亡骸もうがい渇夢かわきゆめ


 また、何ということを。

 トワは。

 セサーカの使った晦の寂果てよりもなお悪い言い伝え。



 清廊の外にある青白い星。姉神の声も届かぬそこに、救われぬ魂は向かうのだと。

 温かさも何もない。姉神にさえ見放された罪悪の行き着く先。

 寂果てのさらに先。最も罪深い者が送られると言われる清廊の外。


 その亡者が渇望する夢を魔法として紡ぐなんて。考えたこともない。

 アヴィ達が対抗し、弱まりながらも力を失わなかった白光の魔法に向けて放った。

 小さな黒い粒が触れると、太陽に似た力を発していたそれが霧散していく。




「姉様の魔法を!?」

「……何者ですか」


 驚愕の声と、不愉快さを噛み潰し切れない震える声。


「トワ……っ」

「必要でした」


 何でもないことだと。仲間を守る為の手段として、いつものように罪悪感の欠片もないような――


「――?」


 微かに、トワの表情が優れない。ルゥナにはわかる。

 不満そうに。


 そうか、トワだって使いたくなかったはず。こんな忌まわしい物語を紡ぐような魔法を。

 仲間を守る為に仕方がなく、必要だったからどうしようもなくて使っただけだ。責めるべきではない。



「無効化した……の、ですね」


 いつか人間の呪術師が使った呪術。寂虚の彼方だったか。それに似たものを魔法として使った。


「あれが半減していなければ消し炭だったかと」


 トワの魔法だけで消し去ったわけではない。


「……こんなところで」


 小さく呟いた言葉は、聞き取れなかった。




「ルゥナよ」


 汗を流しながらメメトハが顎を向けた。前方に。


「他の戦士たちを連れて行け」

「メメトハ……」

「エシュメノを放ってはおけまい。それに」


 視線だけは、この女たちからは離さずに。


「正直、邪魔じゃ。生半なまなかな力ではこやつらと戦えぬ」


 言葉を繕う余裕もなかった。

 力の足りない戦士では邪魔だから、連れて先に行け。エシュメノを追えと。



「妾たちで倒す。おぬしらは先に行くのじゃ!」

「……わかりました」


 確かに、他の戦士たちではこの敵にはまるで届かず、巻き込まれればただ無駄死に。

 エシュメノのことも心配だ。彼女を追わなければならない。

 誰かが率いるのならメメトハかルゥナ。魔法戦闘ならメメトハが上で、彼女はこの敵の技を既に知っている。



「わかりました、メメトハ。ここは貴女達に任せます」


 敵も今の魔法を再び放つ様子はない。さすがに連発は出来ない。

 アヴィ、セサーカ、ニーレ、ミアデ。彼女らが揃っていれば、今のように後ろからの不意打ちでなければあんな大魔法、そうそう撃たせないだろう。


「トワ」

「……私はこちらに。オルガーラ、ルゥナ様を守りなさい」

「わかった、ボクはそっちね」


 町中にもまだ多くの敵がいる。主力全てをここに置いていくわけにもいかない。

 ルゥナの意を察してトワがオルガーラに命じた。



「アタシらから逃げられると思ってんのか」

「いえ、好きになさい」


 姉と呼んでいたから多分妹。妹が進もうとするルゥナ達に向けた言葉を、姉の方が嘲笑で追った。


「どちらにせよ死ぬのですから」


 町に入る前のアヴィと似たことを。



「後でお前たちに、ここに残る者の首を届けましょう」

「……」

「女神たるわたくしに刃を向け、汚泥を塗っていった。卑しい家畜の分際で」


「なんだと」

「おやめなさい」


 女の挑発に色めき立つ戦士たちに短く言い放つ。


「近づけば無駄死にです。その命、無駄にすることは許しません」

「畜生風情が。千でも万でも一切れの果実ほどの価値もない汚い命など」


 こうまで言われればルゥナも腹が立つ。

 しかし、挑発に乗って戦局を見誤るわけにもいかない。



「ここはアヴィ達に任せ、エシュメノを追います! 進みなさい!」

「リュドミラ・ミルガーハの父母を殺めた報い、塗炭の苦しみの中で詫びて死になさい!」


 父母の仇だと。

 それこそ人間などの口から聞かされるとは片腹痛い。

 そう言い返したい気持ちを断って、千の戦士たちの先頭に立ちエシュメノの後を追った。



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