第四幕 076話 女神の編み棒



「魔物の心配をしていられますの?」

「おんどれ!」

「品のないこと」


 くるくると、口も回るし手も回る。

 嵐のようなウヤルカの連撃に対して、ころころと笑いながら二本の棒で打ち返しながら。


 堅い。

 ウヤルカの岩をも断つ一撃を小さな棒で難なく弾き返す。

 口も達者だが腕も立つ。武器は魔術杖なのか。



「魔法使いじゃと!?」

「もう一度見せて差し上げましょうか」


 ふふっと声を漏らした。


 冗談ではない。

 ウヤルカの攻撃を笑いながらいなして、その片手間に魔法など。


 先ほどの飛竜騎士の襲撃も凄まじかったが、この少女はそれを凌ぐ脅威。

 信じられないが、ウヤルカの手に響く感触が偽りではないと教えてくれる。

 絶対的な強者であり、それが放った魔法がユキリンを飲み込んだ。



「っくも、ユキリンを!」


 ウヤルカが勝てる相手ではない。

 だが、許すわけにはいかない。大切な相棒であり家族のユキリンを。


「捕虜にして色々教えてもらえれば父様にも叱られないで済むでしょう」


 殺すつもりはない。

 というか、殺すまでもないということか。ウヤルカ程度が相手なら。



 激昂するウヤルカの一撃を小さな一振りで上に弾き返し、ウヤルカの腿を――


「あら?」


 足を斬られる。

 そう覚悟した。斬られて尚、その喉首を咬み破ろうとしたウヤルカだったが。


「っ!?」


 少女が退いた。

 暴風の中、ひらりとスカートを躍らせて距離を取る。


「殺したと思いましたのに」

「PiYe!」


 雨風に混じって打ち付けた白銀の礫を、片手の棒で弾き散らす。



「意外と丈夫ですのね」

「ユキリン!」


 爆炎が風雨の中に消え、直撃したはずのユキリンが姿を現した。



「まあ、そうでしたの」


 僅かに燐光を放つユキリンの細い羽を見て、少女が感嘆の声を漏らす。


「魔法を使う魔物、と。その羽が魔術杖のような役割を果たすのですね」


 直撃しなかったわけではない。

 少女が放った魔法を、ユキリンが自らの魔法で抗ったのだ。


 あの羽は空を飛ぶ力を発する。その力の応用だったのだと思うが、ウヤルカには理屈はよくわからない。

 魔物には魔物独自の魔法に似た力があるというから、それだろう。



「ユキリン、すまん!」


 息を整え直し、少女をしかと見据えた。

 ユキリンが飛ばしたのは砕かれた自身の鱗の欠片だったか。

 がむしゃらなウヤルカを助けようと風に乗せてそれらを撃ち出した。



「ユキリン、と言いますのね。その子」

「……」

「剥製にして飾っても素敵ですわ」


 清廊族にはそういう習慣がないので理解できない。

 死した生き物の形を留め見世物として飾る。己が狩った獲物を誇る為に。


 過去の武勇を形に残して誇り続けるのはみっともないとウヤルカは思う。

 後に残される武勇は、他の誰かがその誉れをまた誰かに伝えていく形がいい。


 大きな獲物を仕留めたぞと誇示するのは幼稚な所業だ。

 それだけの難敵であれば、戦いの中で通じる気持ちもあるだろうに。屍を晒して自慢話の種にするなど恥ずかしい。



「わたくし、リュドミラ・ミルガーハですわ」

「……ウヤルカじゃ」


 名乗られたのなら、名乗り返す。

 この敵は名を覚えるに値する強敵だ。

 彼女にとってウヤルカがそうであるのかは別として。



「モッドザクスの攻撃を躱してわたくしと打ち合える。影陋族に貴女のようなものがどれほどいらっしゃるのかしら?」


 かろうじて死なずに済んでいる、という程度だが。


 しかし、少しばかりの達人ではどちらも生き延びることは出来なかっただろう。

 ウヤルカを基準に清廊族の戦力を測ろうというのも理解できる。


「力の差は歴然かと思いますけれど、素直に投降などされませんよね?」

「なんじゃ、してほしいんか?」

「もちろん違いますわ」


 逃げるべきだ。

 言われる通り力の差は明らか。

 敵に気取られ偵察は失敗。

 この場は逃げてルゥナ達に知らせなければ。強敵の存在を。



「わたくしがこれ・・を使って戦えるだけの相手がいらっしゃるのでしたら、せっかくですもの」


 リュドミラが掲げる両手の棒。

 指揮棒のようだと思ったが、よく見れば少し湾曲していた。


 隙がない。

 逃げようにもリュドミラの注意はウヤルカに向いていてタイミングがない。

 力でも、速さでも。反射神経だってウヤルカより上だろう。



「なんじゃね、そりゃあ」


 気になったのも事実だ。少女が手にするのは軽い棒のようなのに異常な強度を持ち、尚且つ魔法を紡ぐ。

 二本の、対になった棒。


「ラーナタレア、女神の鎖骨」


 親切になのかただの自慢なのか。

 左右に持つそれが尋常ならざるものだと教えてくれた。


「編み棒のようでしょう」

「……そんな可愛げがないじゃろうが」


 確かに二本のそれを少女が持てば編み物でもする方が似合いそうだが、彼女が紡ぐのは暖かな衣服などではない。



「声を紡ぐと言うオエスアクシス。全てを見渡すと言うププラルーガ。それらは使う人を選ぶと言われますが」


 片方は聞いた名だ。

 サジュでダァバが使い、ルゥナ達が砕いたとか言う女神の遺物。


「ラーナタレアはわたくしが選んだのです」


 右手の棒を唇に沿わせて。


「わたくしが持つのに相応しいと、わたくしが選びましたの」


 口づけをする。

 己の武具に愛着を示す。



「世界に愛されたわたくしが、いるものといらないものとを選びますわ」


 傲慢な小娘。

 だが言うだけの力を持っている。

 ダァバとやらもこんな手合いだったとか。世界が自分の思い通りになるのが当然だと。あちらは老爺という違いはあるにせよ。



「貴女はどちらかしら、ウヤルカ?」


 問う。


「わたくしを楽しませて下さるのか、わたくしの役に立つか」

「冥府に行きたいっちゅうなら手伝っちゃるわ」


 応じる。


「頼まれんでもな!」

「出来るとは思えませんけれど」



 暴れる風を切り裂くウヤルカの斬撃をひらりと躱し、ふわりと舞うスカートの裾さえ斬れない。

 格が違うと思う部分と逆に、少しは自信も持てた。

 歯牙にもかけないというまでは弱くはない。興味関心を抱く程度の力量は今のウヤルカにあるということだ。


「ふふっ、もっと頑張ってみせて下さいね」

「なま言うとれ!」


 かっと目を見開いた。

 雨粒が飛び込んでくるが構わず。


「あら」


 鉤薙刀が消え、次の瞬間続けざまにリュドミラの左右で爆音が弾けた。


「すごいですわ」


 ウヤルカの全力の連撃。遅れて置き去りにした音が衝撃を叩きつける。

 ほぼ同時に見える斬撃を、左右の棒――ラーナタレアとやらで弾き返したリュドミラが、驚きの声を上げた。



「今のは勇者級を超えるのかしら」

「ちぃ!」


 それでも防いで、爆音と共に抜けた衝撃にも涼しい顔を。

 一瞬だが風雨が消える。リュドミラとウヤルカの間だけ。


「わたくしからも――」


 余裕の構えだったリュドミラが攻撃の意志を示そうとした時に、白い風が抜けた。


「っ!?」

「はぁ!」


 十分に力を溜めたユキリンが矢のようにその身を放つ。

 白銀の細身の槍のごとき姿で、その爪で敵を裂こうと。


 ユキリンの爪が敵の首を。

 ウヤルカの鉤薙刀が下段から、再び音よりも速く走る。


「これで!」

「それで」


 音が砕けた。



 ユキリンの爪から身を逸らしつつ、鬱陶しい風を払うように棒を叩きつけて。


「な、ん」


 鉤薙刀が砕け散った。



「行くんじゃユキリン!」


 リュドミラの頭上を過ぎたユキリンに、止まらず行けと叫ぶ。

 今このタイミングなら逃げられる。ユキリンだけなら。


 今の連携攻撃はウヤルカ達に出来る最高のものだった。あれ以上は出来ない。

 それを討ち破ったこの少女を倒す術はない。


 武器も砕けた。

 他にルゥナ達からいるいくつかのや予備の武具もあるが、それを使ったところでこの敵を倒せるとは思えない。

 ならばユキリンだけでも逃げて、ルゥナ達に危機を知らせてくれれば。



「わたくしの服を……つぅっ」


 無駄ではなかった。

 ウヤルカの切り上げを叩き割ったリュドミラは、わずかながら地面から浮いた。

 ユキリンの爪がその袖に届き、肌に傷を残す程度には。


「……ゴミが、わたくしを」


 ウヤルカでは敵わない相手で、けれど無敵ではない。

 掠り傷だとしても、傷を負わせることが出来た。その為に逆鱗に触れたようだが。



「身の程知らずが。消えなさい」


 砕けた鉤薙刀の残った柄でその口を突く。だが打ち払われた。


「うがぁっ!」


 短い柄も砕け、一緒にウヤルカの左腕も嫌な音を立ててひしゃげる。



 ここまでか。

 肩で少女の顎をかち上げようと突進したウヤルカに蹴りが突き刺さった。


「げぶっ」


 唾を吐き、弾き飛ばされる。


 だが思ったほどの威力はなかった。

 触れてわかったのは、少女の着ている衣服は非常に硬質な金属繊維で出来ているらしいということ。

 だから嵐の中でも形を損なわず、またリュドミラの動きに合わせて踊るように舞うのか。


「塵も残さず」


 蹴りの威力がウヤルカの命を奪わなかったのは、彼女の描いた手順と違うから。



「消えなさい」


 少女の怒りに触れたウヤルカを、塵すらこの世に残さず殺そうと。

 女神の鎖骨、ラーナタレアが向けられる。



「天地果つる陽窯ひよう扉獄ひとえに――」


 二つの棒とリュドミラの言葉が編む魔法。


「逃げるんじゃユキリン!」

「逃がすわけにゃいかないよ」

「しまっ!?」



 破裂した。


 ウヤルカを守ろうと即座に転進したユキリン。ユキリンの俊敏さだから出来たことだが。

 自分はもう助からないと叫んだウヤルカのすぐ近くで声がした。逃がさないと、別の女の声が。


 同時に、ウヤルカの腹が破裂した。爆音を上げた。

 女の拳を受けて。


 弾け飛んだウヤルカが、助けようと飛んできていたユキリンに激突して、ユキリンもまた態勢を大きく崩す。

 そこに、リュドミラの魔法が放たれた。



「――尽きよ塗炭ぬれずみの葬列」



 日も暮れた嵐の暗がりが、激しく輝いた。

 一瞬だが、まるで太陽がそこに現れたように輝き、そして消えた。


 後に、一人の少女とその母親だけを残して。



  ※   ※   ※ 



////////詠唱///////////

 天地果つる陽窯ひよう扉獄ひとえに、尽きよ塗炭ぬれずみの葬列


 女神に見放された魂は、日輪の業火に焼かれながら列を作り自らの葬送を歩む。

 自らを焼く窯に向かって、黒く煤けながら焼き尽くされるまで歩き続ける。


 詠唱に関するコメントも常時お待ちしております。

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