第四幕 057話 私が望んだ誰か



 倒した敵将とは別に、この町には領主がいたらしい。

 県令とかいう役らしいが清廊族には馴染みがない。村長のようなものだろう。

 県令トゥサン・ルフォールだとか。名を聞いたところで覚える必要性も感じないけれど。


 当のそれは、味方が戦っている間に逃げ出したのだとか。

 情けない有様だ。

 命を賭して戦った兵士どもに少しばかりの哀れみを覚える。



 四散した人間どもを全ては追えない。

 空になった町で一番上等な屋敷にミアデを休ませた。


「ルゥナ様……」

「心配はいりません。私が見ていますから眠りなさい」

「……」


 体の傷は癒えても、深手を治すのにはかなりの体力を消耗させる。

 血も多く流れて、激痛にも苛まれた。

 ゆっくり休息を取らなければ満足に動くこともできないはず。



「私たちの勝利です。貴女のお陰でアヴィもセサーカも無事でした」

「あ……」

「今は休んで下さい。私たちには貴女が必要です」


 出来るだけ優しい言葉を選んだ。

 ミアデの不安を少しでもほどけるように。


 手を添えると、ルゥナの手を頬に当ててわずかに頷く。

 実際にひどく消耗していたせいか、寝息に変わるまでの時間はすぐだった。



 眠りに落ちて、つぅと涙が一筋零れる。

 ミアデがこんなに弱る姿は初めて見た。

 いつも明るく皆を引っ張ってくれる彼女だが、考えてみればルゥナより若い。


 戦う力を持たず、セサーカと共に人間に虐げられてきたミアデ。

 ルゥナはアヴィの手足として彼女らを拾い、戦いの日々を歩ませてきた。


 ミアデは、戦いの先に幸福な未来があるのだと信じてルゥナについてきてくれたのだと思う。

 幼い頃から共にあったセサーカと、以前なら夢見ることさえ諦めていた暖かな日々を過ごせると。



 そのセサーカだけれど。

 今の彼女こそが、当初ルゥナの求めた理想的なセサーカなのだ。


 アヴィの為に全てを捧げて戦う。

 ルゥナが求めたことを実践しているセサーカに対して、今さらルゥナが何を言えるのか。



「……ごめんなさい、ミアデ」


 最初の頃は、人間勢力の真ん中で彼女らに気を配れるだけの余裕がなかった。

 それを言うならトワたちだって、成り行きで助けただけで実際には利用しようとしていたのだ。


 アヴィと自分が生き延びる為に。

 結果的に彼女らを助けた形になり、それで信頼関係を築くことは出来たけれど。

 逃げ出したここの県令とやらを笑えたものではない。


 ミアデが求めた未来は、セサーカと過ごす当たり前の日々だったのだろうに。

 親愛を抱いていると思っていたセサーカがわけもわからず遠ざかり、孤独に放り出されてしまった。




「おおよその話は聞いたのじゃ」


 しばらくしてメメトハが顔を見せた。


「……ティアッテは?」

「今度はオルガーラが遠くまで人間を追っていきよったのでな。連れ戻すよう頼んだ」


 ティアッテはまだミアデのことを知らないはず。耳に入れないように頼んだ。

 ミアデが深手と聞けば他のことを後回しにしてしまうかもしれない。ミアデも頑張っているから他を任せると言えば奮起してくれた。


 こうしてティアッテの気持ちも利用している。

 しかし、憔悴しているミアデを静かに休ませてあげたいのも事実。もうしばらくの間は、ただ静かに。



「ありがとうございます」

「困ったもんじゃ」


 青白い顔で眠るミアデを見て、メメトハの息も重い。

 皆を明るく引っ張ってくれるミアデは、やはり代わりがいない。

 エシュメノも性格は近いけれど、多くの仲間の前で喋ることを苦手としている。



「……妾の見立てが甘かったわ。これほどセサーカを慕っているとは思わなんだ」

「昨日今日の付き合いではありませんから」


 仲間の中で、誰よりも長く共に過ごしてきたミアデ達。


「この子にとっては自分の半身のように思っていたのでしょう。その変化に戸惑いも強いかと」


 ルゥナとて、同じ不安を抱く。

 アヴィが突然に自分から離れてしまったのならと考えれば。

 割り切って立ち直ることが容易だとは思えない。



「すみません、他を任せてしまって」

「構わん」


 メメトハとて疲れているだろうに、押し付けられた役目をこなして何ということもないと首を振った。


 戦いに勝利したからといって即座にやることがなくなるわけではない。

 残敵の掃討。町の制圧や追撃、あるいは人間の反撃への警戒。

 死んだ仲間の亡骸だって野ざらしにしておくわけにもいかない。


「ただ勝つことだけが勝利ではないのじゃ」

「……」

「守りたいものを失って勝利を得ても、それを勝利とは呼ばぬじゃろ」


 ルゥナの手が感じるミアデの温もりを。


 いつからか、苦楽を共にした仲間の笑顔もルゥナの守りたいものに数えられている。

 アヴィが一番であることはもちろんだが、他を犠牲にしていいとは思わない。



「一度、セサーカと話します」

「そうじゃな」


 彼女の献身には救われている。けれどこのままでは悪い影響も及ぼす。


 物分かりが悪い子ではないのだ。

 きちんと話せば、問題点もわかってくれるだろう。



 今のセサーカは、彼女らを拾った頃のルゥナと同じなのかもしれない。

 周りが見えず、ただアヴィと自分しか見ていなかった頃の。


 少数だった頃と、多くの同胞を率いていかなければならない今は状況が違う。

 全体をうまく活かすことが結果的にアヴィの身を守り、彼女の望みを叶えることに繋がるのだ。



「……」


 そういうことばかりでなくて。


 ただ単に、嫌なのだろう。

 親愛を感じる仲間たちが互いを傷つけるような姿を見ることが。



「困ったもんじゃ」


 やれやれと溜息を吐くメメトハに頷いて。


「それでも」


 ミアデの頬は温かい。

 大切な温もり。


「私は、この子たちの姉ですから」

「……そうじゃな」


 親しい誰かに幸せであってほしいと願うのは、ごく当たり前のことで。


 一番幸せであってほしいアヴィにも、同じなのだけれど。

 だけどアヴィの幸せの形だけは、どうやってもルゥナの手では作れないのかと。やはり重い溜息が漏れた。



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