第四幕 051話 始樹の底より_2



「うあぁぁっ!?」

「げばっ!」

「な、何事だ!?」


 吹き飛ばされる虜囚たちと、突然の出来事に仰天するピエラットら。


「旦那、敵だ!」

「地面の下から!」

「わかっておる!」


 もう少し位置がずれていればピエラットたちを巻き込んだのだが、仕方がない。



「さて」


 爆発した土煙の中から涼やかな声が。


「こんなものでしょうか」


 巨大な戦斧を片手にぐるりと周囲を見回して頷いた。


「遅くなってしまいましたね」

「いえ、良かったですよ」


 トワは駆けだしていた。

 慌てるピエラットたちを置き去りに、ティアッテの横を抜けて。


「私が彼らを解放しますから、ルゥナ様」

「任せます、トワ!」



 いつから地下にいたのか。

 なぜトワがそれに気が付いていたのか、ルゥナは知らない。


 知らないが、そんなことは後回しだ。

 トワが作ってくれた好機。今はこの時を逃さない。



「好き勝手を!」


 他の誰でもなく、ピエラットに斬りかかった。


「くぬぅ!」

「言わせておけば!」


 ルゥナの剣を受け止めるピエラットの杖は、かなりの上物なのだろう。

 受けられると思っていたのだから、一呼吸の間もないうちに蹴りが飛ぶ。

 踏ん張るピエラットの膝頭に向けてのルゥナの蹴り。


 さすがに一流の冒険者だけはあって、咄嗟に足を上げて膝を砕かれることは避けた。

 だが蹴られた勢いで後ろに大きく下がる。



「旦那!」


 ロビーサの叫び声を斜め後ろに聞きながら、下がるピエラットを追う。

 そちらはルゥナの役割ではない。


「援護を」

「無理でしょう」


 男の声を、冷たい声が遮った。


「私がいるのですから」


 他でもない。清廊族最強の戦士、氷乙女のティアッテがいる。

 ぎらりと輝く巨大な両刃を掲げて。



「すぐに死になさい」


 命じて、振るう。


「ひっ」

「げえ!」


 命を叩き割る大戦斧がロビーサを手斧ごと両断して、短刀で受け止めたグンナルを薙ぎ倒した。



 ルゥナの視界に入ったのは、理解できないという顔で胸から上だけ飛んでいった女冒険者ロビーサだけだ。

 杖を構えるピエラットが、先ほどまでの余裕と打って変り慌てて目を左右に走らせた。


「こんな戦力を隠していたと言うのか!」


 単独で千の戦士にも匹敵する氷乙女。並の兵士なら万でも敵わない。

 確かに溜腑峠にも使いは出したが、その後のティアッテの動きはルゥナも把握できていたわけではない。トワはなぜそれをと考えるのは後にしよう。


 驚愕するピエラットを見れば、多少は溜飲も下がる。



「お前の負けのようですが」

「む、う……」


「ふぶっ」


 地響きと共に空気が漏れる悲鳴と、噴き出す血飛沫。

 ちらりと見れば、残っていたグンナルの頭をティアッテが割っていた。



「……私はトワを手伝いましょう」

「お願いします、ティアッテ」


 つまらなそうな声でそう言って、吹き飛ばされた清廊族の集団の呪枷を次々に切っているトワの下に向かう。


 ルゥナに手助けをしてくれる様子はない。

 これくらい自分でやれということなのだろう。


 ティアッテ自身、呪枷から解放された記憶が新しく、境遇の重なる清廊族を助けるのを優先しただけかもしれない。



「……舐められたものだ」


 苦々し気なピエラットだが、僅かに目の色が変わった。

 ティアッテを同時に相手にするのであれば勝ち目がないが、ルゥナだけならどうにかなると。


 間違いではない。

 つい先ほどまでルゥナはこの男にやり込められていたのだ。

 状況が変わったとはいえ、一対一となればピエラットにも勝機がある。


 冒険者相手に押され気味だった清廊族の戦士たちも、ティアッテの姿を目にして士気が上がった。

 逆に冒険者どもは、予想外のこちらの援軍に動揺が隠せない。

 この場の優位は確保した。後は主戦場の方の問題が残っているけれど、とにかく今は目の前の敵だ。



「原初の海より、来たれ始まりの劫炎!」

「遅い!」


 ピエラットの魔法が発現するより先にルゥナが踏み込んだ。

 必殺の間合いで剣を振るおうとするルゥナの視界が赤白く染まる。


「くっ!」

「ぐむぅぅ」


 咄嗟に左手で顔を庇いながら右手で剣を振った。


 一瞬遅れたのと、間合いがずれたのと。

 自分の周囲に爆炎の魔法を放ったピエラットが逃れるのを捉えきれない。



 この男はやはり一流の魔法使いだ。

 自らを巻き込みながらルゥナに魔法を当てて、こちらの剣から身を躱す。

 最大威力ではなかった為に命に関わるダメージではないが、一手遅れた。


「始樹の底より、穿て灼熔の輝槍!」


 怯んだルゥナに、今度は命を穿つ一撃を。


 赤く輝く槍が三つ、続けざまにルゥナに向けられた。

 鉄をも溶かす熱量の槍。

 当たればただでは済まない。



「まだ!」


 後ろに下がる。

 予測されていたのだろう。その動きに合わせた軌跡は、間違いなくルゥナを捉えていた。


 後ろに下がったのなら。



 先ほどの爆炎で熱いし痛いし、目も満足に開けていられない。

 けれど、そんなものは全て後回しだ。

 卑劣な手段で清廊族の戦士を貶めたこの男を殺す。


 下がると見せたのは誘いだ。

 最近、エシュメノがそんな踏み足をする。前動作で相手を誘導して逆を突く。

 それを真似させてもらった。



「はぁっ!」


 体を低く、赤い槍が肩を掠めることも無視して一気に跳んだ。

 槍の軌道はルゥナの上を抜けて、ピエラットの足が視界に入る。


「炎よ!」


 簡易詠唱。

 踊る二つの火球を剣で切り裂いた。


「祝焦の炎篝より、立て焼尽の赤塔!」



 続けざまにこれだけの魔法を放てる敵を、ルゥナは他に――知っている。

 マルセナだ。


 シフィークと共に行動していた時の彼女は、あえて適当に高威力の魔法だけ使っていたように思う。今思えば。

 今は、そんなことを思っている場合ではないか。



「やあぁ!」


 再びルゥナとピエラットの間に立ち上がった炎の柱を、気合と共に切り裂いた。

 そして今度こそ敵を、と。


 続けて放つ魔法や、魔法以外の反撃があるかもしれない。

 そういう警戒はしていた。

 だが、ルゥナの予想が外れる。




「……どこまでも卑劣な」


 毒煙。

 なのだと思う。


 炎を切り裂いた先には黒っぽい粉の混じる煙と、その向こうに霞むピエラットの背中。

 ルゥナとの決着ではなく、自らの命を優先して逃げた。


 戦士の誇りはないのかと問えば、ないのだろう。

 あれは冒険者であって戦士ではない。人間種族を代表して戦っているわけではないのだから。



「えぇい!」


 魔術杖がないので仕方なく、思い切り手を振った。

 風を巻き起こして煙を払う。

 二度、三度と。


 ルゥナの力がかなり強いとはいえ、手の平だけで風を巻き起こすのは難しい。

 変な方向に煙を飛ばして仲間に被害を出すわけにもいかない。


 舌打ちしたい気分で二呼吸ほど時を無駄にして、逃げるピエラットを追うかどうするか、と――



「?」

「いぃぃ……くそっ、なんだ……!」


 倒れている。

 腿に、粗製のなたのようなものを突き刺して。


「なぜお前がぁ!」


 横から近付く男が、その鉈を投げたのだろう。

 首に血が滲む、清廊族の男。



「お前は奴隷だ! やめんか馬鹿者が!」


 倒れた時に投げ出してしまった杖を拾おうと這いずりながら、それより先に治癒薬かと懐を探り出す。

 そうしながらも罵声を浴びせて。


「違う」


 清廊族の男は、腹の底から絞り出すような声と共に首を振った。

 奴隷などではない、と。


「なぜ逆らう……な、ぜ……逆らえる、のだ?」


 そこでようやく、ピエラットは疑問に辿り着く。

 首の呪枷を外した清廊族。なぜだと。



「なぜ……か」


 男が、ピエラットの足に刺さった鉈の柄を握った。


「……生きているから、だ」

「うぎゃあぁぁっ!」


 ようやく懐から取り出した治癒薬の瓶が、絶叫と共に地面に転がる。


「生きる者には、自由がある」


 その手で、憎い敵の足を切り裂く自由も。



「すみませんが、同胞の戦士」


 声を掛けた。


「その男のとどめは私に譲っていただけませんか?」


 恨みを重ねてきただろう彼に、その怨敵を譲ってもらうことに申し訳ない気持ちはあるけれど。


「私たちは、人間を殺すごとに強くなれるので」

「……イザットのルゥナ、だったか」


 先ほどの名乗りを覚えていたのだろう。

 ルゥナの名を呼び、ピエラットとの間に視線を交互させてから首を振った。



「……それで、これだけの戦いが出来ているわけか。忌まわしい首輪のこともそうだな」

「詳しい話は後でしますが」

「構わん」


 清廊族の戦士は、もう一度首を振ってから頷いた。


「今日まで死んでいた身を救ってもらったのだ。お前の言葉に従おう」


 彼だけでなく、続けて解放された戦士たちがまた他の戦士たちを取り押さえて、その首輪をトワとティアッテが断ち切る。

 大地を吹き飛ばしたティアッテの一撃に巻き込まれて傷を負った者もいるようだが、概ね問題はなさそうだ。


 反対の冒険者どもも、逃げ出す者と討たれる者と。



「うひぃぃ……わ、私がこんな、ところで……」

「そういえば」


 大量の血を流しながら地面を這うピエラット。

 その先に彼の魔術杖が転がっている。


「始樹の底、でしたか」


 先ほどの魔法の詠唱は皮肉なものだと。



 始樹。世界の始まりからあったと言われる大樹。

 それはこの近くに存在していたのだと聞いたことがあった。

 ティアッテが地下から現れたのは、その始樹の根が作ったと言われる洞窟からだったのか。


「人間の伝承とは違うでしょうが」


 すっと剣を構えた。

 切っ先を、怨敵の喉に。


「穿て、黒渦くろうず

「ぎゅえっ、ぶ……」


 卑劣な言葉を二度と放つことがないように、その喉を冷たい鉄が塞いだ。



  ※   ※   ※ 

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