第四幕 052話 寂果ての色



「助けは必要なかったね」


 死体から治癒薬を拾い、上等そうな剣をどうしようかと手に取って眺めている背中に声をかける。


「かなり強そうだったのに」

「うん、助かった」


 助けていないのに、彼女はそう言う。



「草の陰を走ってる山狸の頭が見えたから」

「あたしの気配で逃げちゃっただけだよ」

「だから凹んでるってわかった。ミアデのおかげ」


 気が付いたから地形を利用して敵を仕留めたと言うけれど。

 エシュメノなら、反射神経と機敏さで対応したかもしれない。



「ルゥナたちを助けないと」

「あっちは大丈夫」


 とりあえず剣は誰かに渡そうと思ったのか、鞘に納めてルゥナがいる方角を見たエシュメノに告げた。


「ティアッテがあっちに行ったから。トワがいるとか言って、なんでわかるんだか」



 溜腑峠から南下する途中、ティアッテが洞窟を進むと言い出した。

 魔物との混じりものになったせいか、町からさほど遠くない裂け目が町の下に繋がっていると感じるのだと。


 彼女の言う通り、ちょうど戦場になっている直下辺りに出た。

 戦いの気配を感じてミアデが地上に出たのは林の中。

 ティアッテは、もう少し向こうにトワがいると言って進んでいった。


 一緒に過ごしてみて、ティアッテの勘の鋭さが魔物に由来しているのだろうとわかった。

 色々と問題はあるが、彼女の力は有用だ。

 敵の混じりものは厄介だったが、これが味方なら頼もしい。



「わかった。じゃあアヴィ達を――」


 と、振り向いたところで異常な怒声が響いた。

 ただごとではない。


「うん、急ごう」


 エシュメノと並び、皆が戦っている方へと駆けた。




 ミアデは作戦を聞いていていない。

 聞いていないが、それでもわかる。想定外の敵の攻勢なのだと。

 清廊族の戦士たちが千々に乱れ、十数の人間がこちらの中心側で大暴れしている。


 人間……のはずだが、目を疑った。

 折れた腕を振り回して、体に槍や矢を突き刺したまま猛烈な勢いで噛みつく。

 狂った魔物のような戦い方。



「なに、こいつら!?」


 駆けつけてきたミアデとエシュメノに、ぎろりと目を向ける一体。

 胸に深い傷と片耳が失われた体で、ミアデとエシュメノを圧し潰そうと突っ込んできた。


 両腕を広げて、凄まじい速度で。

 俊敏なミアデ達だから、初めて見るそれでも躱せた。


 左右に避けて、狂った人間の体当たりで大きく抉られた地面の衝撃に顔を顰める。

 爆発的な突進で大地が爆散するなど。

 人間の言う勇者や英雄の領域の力だが、そんなものが数十もいたというのか。

 信じられない。



「ミアデ!」

「っ!」


 地面を砕いた衝撃で片腕が砕けた人間だが、痛みなどないのか先ほどと同じ速度でミアデに襲い掛かった。


 砕けていない方の腕で殴り掛かる拳を避ける。

 次の瞬間には、ぶらりと垂れ下がった反対の腕を振り回してミアデの顔を狙った。


「この!」


 棍棒のように振り回されたそれを撥ね上げたミアデの肘に、凄まじい衝撃が伝わる。

 ミアデが相手をしてこれでは、並の戦士ではまともに相手を出来ない力だ。

 撥ね上げられた腕は、勢いに耐え兼ねて千切れて空に飛んでいった。



「終わりだよ!」


 敵の腕を飛ばしたのと同時に、反対の拳が敵の脇腹に突き刺さった。

 骨を砕き肺を穿つ。


 殺した感触だった。

 今のミアデの力なら体に穴が開いてもおかしくないが、異常な敵の筋肉の厚みで貫くまでではない。

 けれど殺した。



「うそっ!?」

「なんだこいつ!」


 ミアデが声を上げるのと同時に、エシュメノも驚愕の声を発する。

 エシュメノの槍に腹を貫かれた敵が、尚も足をもがいて進もうとするのを受けて。


 胸を陥没させながらミアデに噛みつこうとした敵だが、胸を突いた分だけ少し距離があった。

 かろうじて躱して態勢を整えるミアデ。


 エシュメノの方は、左手の黒い短槍で敵の顎を押さえて引き剥がそうとしているが、敵が離れない。



「頭を狙え!」


 誰かの助言。そこらで倒れている人間の死骸は頭部が潰れていたり首を落とされていたり。

 頭を失えば動かなくなるということか。



「はっ!」


 再び襲い掛かってきた敵を、回転して躱しながら後ろ頭を蹴り飛ばした。

 凄まじい速度ではあるが動きは単純だ。技も駆け引きもない直線の動きなら対応できる。


 自分の敵を地面に転がして、近くで力比べになっているエシュメノの相手を横からぶん殴った。

 気合を込めた拳が敵の側頭部を陥没させ、首が折れる感触を受けると、だらりとその体から力が抜ける。



「ありがと!」

「まだ来るよ!」


 ミアデが相手にしていた人間も倒していない。


 地面に倒され、バランスを取り戻そうともせずに両手両足で地面を這って襲い掛かってくる。

 まさに獣だ。だがやはり単調で直線的。


「やあっ!」


 食らいつこうとしてくる顎を蹴り上げると、ミアデの足先の爪が敵の首を宙に飛ばした。




「セサーカは!?」


 近くにいないのはわかっている。

 集団戦闘で魔法使いの彼女がいるべきなのは中央側だろうに。


 まさかこの戦場で倒れている中にセサーカが、と。

 一瞬不安になったが、そうではない。

 先ほどから前衛側で吹き荒れている吹雪の魔法が彼女の居場所に違いない。ミアデの考えを肯定するように近くの戦士が応じる。



「セサーカさんはアヴィ様をお助けすると前に!」

「わかった! エシュメノここお願い!」


 この場も異常ではあるけれど、前衛はさらに苦しい状況に違いない。

 セサーカが自分勝手な判断をするわけがない。必要なことだと判断して前に。

 後方支援の役目よりもアヴィの助けが必要だと。


 この場の支援をエシュメノに任せて、ミアデも前衛に向かう。




「セサーカ!」


 駆けて行けば、すぐにその背中は見つかった。

 猛吹雪を続けて二方向に放つセサーカ。


「うおぉ!」


 片方は、やはり狂った人間が三体。

 足元が凍って滑ったのか、尻もちをついた一体を清廊族の戦士たちが上から叩き潰している。


 他二体も、セサーカの吹雪で凍り付いた体で、それに構わず清廊族の戦士を殴り飛ばしていた。

 吹き飛ばされる清廊族と、殴った衝撃で砕ける狂人の体。

 どちらも無事ではない。



刻白ときしら根息ねいきより、失せよつごもり寂果てさびはて


「セサーカ……?」


 聞いたことのない詠唱で、見たことのない魔法を放つセサーカ。



 白く輝くような氷雨。

 ありとあらゆる温度を消して、全ての命の営みを消し去るような魔法を。

 放つセサーカ自身の表情もまた、何の熱もない。


 ただそういう道具であるかのよう。そんなセサーカの放った白い息が、押し寄せる人間の兵士どもを凍り付かせて砕く。


 クジャで冬に聞いた物語か。

 冬が終わらず、全ての大地の命が停まってしまうのではないかと。

 世界から熱も音も命も失われ、寂しい永遠だけが待つ。そんな恐怖心を謡った物語。



「なに、やってるのさ……っ!」


 なんだかわからない。

 ミアデにはわからないけれど、何だか思うのだ。

 そんな寂しい魔法は使うべきじゃない。そんな物語は綴るべきではないと。


 追い詰められて仕方なくとか、そういう顔じゃないことはわかる。

 淡々と、不要なものを排除する為に、寂しい未来の物語を紡ぐなんて。


 確かに人間はこの大地に不要だけれど、そうじゃないはずだ。ミアデ達の戦いはそうではない。

 温かい未来を掴む為の戦いなのに、どうしてセサーカはそんな顔をする。

 どこに進むつもりなのか。ミアデが望む道と違っているのではないか。



「セサーカ!」

「……」


 ちらりと一瞥を。


「いい所に」


 よかった。

 戦いの途中なのだから余裕がないのは仕方がない。

 少なくともミアデが来たことを歓迎する言葉に、ほんの少し安堵する。



「アヴィ様を守って」


 わずかに肩で示した先は、セサーカが向く方向とは違う。

 他の敵が押し寄せる中、アヴィ達に敵が向かわないよう右手をセサーカが、左手をメメトハが中心となって抑えていた。


 いつもながら多数の兵士どもと、それらとは一線を画す異常な人間。

 清廊族の戦士たちも何とか押し留めようとしているが、敵の勢いが強い。


 敵からしても、この戦いに敗れれば町が滅びる。勝敗の分かれ目だと見て一気呵成になるのも道理だ。



「アヴィ様よりも!」


 セサーカとて一人で全てを防げるわけではない。

 魔法を放つ彼女の頭上に落ちて来た業火の槍を蹴り散らした。


「こっちが無理だよ!」

「っ」


 苛立ちの息。



 言い争うよりも敵との戦いを優先して、吹雪を越えてきた人間の一撃を避けて杖で殴り返した。


「魔女め!」


 セサーカの魔法を耐えて肉薄したのだから相当な強者だったのだろう。魔術杖の一撃を受け止めて叫ぶ。


「ウールオードの流れを魔法に利用するなど! ヘズの恵みの川を!」


 氷雪の魔法だけではない。右手に流れる川の飛沫を敵に浴びせることで威力を倍増させている。

 セサーカの魔法自体も常識外れに強力だが、水飛沫を合わせたそれは手に負えないほど凶悪な魔法となり敵を襲った。



「この大地のどこにも」


 先ほどミアデに向けた苛立ちを敵に移す。


「お前たちへの恵みなんてありません」

「黙れ影陋族!」

「黙るのはそっちだよ!」


 接近戦ならミアデの本分だ。

 押し込まれるセサーカに代わり殴り掛かり、離れた敵との間に立つ。



「ミアデ、私よりも……っ」


 言いかけて言葉が途切れたセサーカ。

 息が切れている。


 表情が見えなかったのは、魔法を使いすぎて蒼白になっていたせいもあったのだろう。

 無理をし過ぎている。そもそも前に出て戦うべき役割ではない。

 ルゥナの指示とは思えない。



「あたしは!」


 敵の方も息が切れていた。

 極寒の吹雪をまともに受けて強引に進んできたのだから、短時間で急激に体力を失っていた。


「わかんないよ! セサーカのバカ!」


 言葉がまとまらない。

 どうすればいいのか、何が正しいのかわからない。


 けれど、今ここでセサーカの言葉に従うのは嫌だった。

 彼女の言っていることが正しいのかもしれないけれど、ミアデの気持ちとはまるで重ならないのだ。


 違う。そうじゃない、と。

 うまく言えないし理屈でもない、そんな感情に従って動いた。



「全部守るんだ!」


 吠えた。

 叫びながら、目の前の敵と、吹雪が途絶えたことで迫ってくる兵士どもに向かう。


「あたしが守りたいものは、全部!」

「おおぉ!」


 狂った人間の攻勢に崩れかけていた戦士たちが、ミアデの気勢に応える。


「影陋族ごときが生意気を!」

「あたしは負けない! 絶対に!」


 凍てついた体に喝を入れ直して斬りかかってくる敵に、勢いを取り戻した味方と共に吠えた。


「みんなの幸せを取り返す!」

「うおぉぉ!」


 小さな竜巻のように敵に切り込むミアデと、それに続く戦士たち。

 大きな波で圧し潰そうと迫る敵軍を削り、足を止めていく。



 激しい戦闘の切れ間にミアデが気が付いた時には、セサーカの姿は近くになかった。



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