第四幕 009話 報いる形_1
逃げ去った人間で目に付くものをあらかた殺して町に戻る。
ルゥナに言われたよりも遠くまで出過ぎた。怒っているかもしれない。心配させてしまったか。
「ウチが怒られたら庇ったってな」
隷従させられていた清廊族を助けたのだから、言い訳くらいは聞いてもらおう。
「それはもちろん。ありがとうございます、ウヤルカさん」
「ええんじゃ。もうちぃとで仲間んところじゃけぇ」
ユキリンは、飛竜と比べるなら飛行速度は遅い。
遅いと言っても地上を行く者とは比較にならない。
地上で二日かかるほどの距離でも、障害物も何もない空を行くユキリンなら半日もいらない。
昼前には、人間どもがイジンカと呼ぶ町まで戻ってきていた。
往路は、逃げる人間の兵士や兵士じゃないのやらを斬りながら進んだので時間がかかってしまった。
途中の強者は後続のネネランやエシュメノ達に任せて、ウヤルカは速度を活かしての追撃。
我先にと逃げる者はつまらない敵が多く、少し鬱憤が溜まった。
役割分担としては仕方がないのだが、弱い者を殺して回るのは性に合わない。人間を見逃すつもりもないにしても。弱者ばかりでは。
人間は根絶やしにする。そこに容赦はない。
けれど、戦う力を持たず逃げ惑う弱者を殺すのは、何となく気分が悪い。
ウヤルカ以外の仲間はどう思っているのか。
「まさか人間どもを滅ぼすことが出来るなんて、思ってもいませんでした」
「そうじゃね」
人間に盾にされていた清廊族の女性。
年齢は、ウヤルカの母よりは若いだろうというところ。
ベィタと名乗った彼女は、数年前に人間に囚われ隷属させられたのだという。
奴隷として人間どもを守るよう戦わされたベィタは中々の腕だったが、今のウヤルカであれば十分に相手が出来た。
もしベィタと同時に人間の戦士が襲ってきていたなら、苦労させられていたかもしれない。
ミアデは先の戦いで、同じような目に遭っていたのだとか。どうしようもなく同胞を手に掛けた。
今回は殺さないよう手加減しながら、ベィタを隷従させていた人間を殺すよううまくやれた。
安堵するのと同時に、ここにいないミアデの胸中を思えば苦い味も覚える。
「なんじゃ」
町が近づいてきて、手に入れた遠眼鏡を面白半分に覗いて声を漏らしてしまう。
「まだ戦っとるんか」
町の中心――位置的には町の南西側だが――になる大きな建物の周辺で争う姿が見える。
当然、人間の兵士と清廊族の戦士たち。
ルゥナの姿もあった。
「まさか……」
「いんや、心配はいらん。残ってるんはあそこに立て籠もっとる連中だけじゃ」
イジンカと人間が呼ぶ町の、管理者が使うだろう建物。
城と呼ぶほどでもないが、侵入者に対してはある程度の備えとなっている区画だ。
立て籠もる人間と、攻めるこちら側と。
ウヤルカが一昨日の夜に町を離れる際には、既に大勢は決していたように思う。だから追撃を優先して離れたわけで。
それからこの時間まで陥落しなかったということは、手こずっているのだろうか。
「……」
違う。
ルゥナの様子はかなり落ち着いている。冷静に周りを見ながら何やら指示を。
おそらく理由は二つ。
被害を出さないよう用心深く攻めていることと。
もう一つは、手こずっているのだ。わざと。
敢えて時間をかけている。
楽勝ではなく、完勝ではなく、苦労した勝利だと思わせる為に。
楽に勝利を手にしてしまえば慢心する。気が大きくなり、次の戦いに緩みが生じる。
この町は既にサジュでの戦いで疲弊していた。だから力押しで勝てたわけだが、それを当たり前だと勘違いしないように。
攻めあぐねる。苦慮し、労苦を重ねての勝利。
戦士たちがそう思うように、わざと一気に攻め落とさなかった。
色々と考えるものだ。ウヤルカにはとても真似できない。
目の前の戦いのことだけでなく、次の戦いを見据えて勝利の形まで調整する。
特異で突出したアヴィの力に目が行きがちだが、全体の指揮者としてのルゥナの適性は高い。
彼女らが揃ってこその勝利であり、清廊族の未来だ。
「戻りましたか、ウヤルカ」
「遅うなってすまん。心配させたの」
「貴女のことです。信じていましたから」
言ってくれる。
戻って来たウヤルカに労わりの言葉を掛け、ふっと笑う。
可愛い笑顔だ。よければ是非食べてしまいたい。
そういえば以前にトワが言っていた。活躍したらルゥナにご褒美をねだるのだとか。あれは自分の欲求にとても素直だ。
「ウチも手伝おうか?」
「いえ、ユキリンも貴女も夜通し移動して疲れています。休んでいて下さい」
弱兵相手で消化不良のウヤルカだけれど、確かに満足に眠っていない。長距離の移動での疲労はある。
切羽詰まった様子ではない。今日はルゥナの言葉に甘えておこう。
と、遅くなったことを怒られなかった為に紹介し損ねた。
「人間んところから……」
一緒に連れて来たベィタのことを伝えようと思い振り向いたウヤルカは、ベィタが震えているのを見て言葉を止める。
「ルゥナ……なの?」
呼ばれたルゥナが、目を瞬かせて彼女を見つめた。
疑問が、驚きに。
「やっぱりルゥナなのね。あぁっ!」
「ベィタ!」
駆け寄るルゥナに崩れ落ちるベィタ。
知り合いだったのか。
「まさか貴女がここに……よく無事で」
膝から力が抜けてしまうベィタをルゥナが抱えるように支えた。
「ええ……いえ、あなたの方こそよく……」
涙を流すベィタに、ルゥナの瞳にも涙が浮かぶ。
「見違えたわ……ルゥナ、あなたがこんなに立派に……」
「ベィタ、苦労なさったのですね。でも無事で良かった」
ルゥナは西部の出身だという話だ。知り合いだったとしても不思議はない。
偶然とはいえ、ルゥナの知り合いであるベィタを助けられて良かったと思う。
ただの偶然とは言えないか。
ルゥナは苦しむ西部の清廊族を助けようと戦ってきた。そこに旧知の誰かがいても当然だ。だとすれば他にも……
「今の貴女を見れば、ノデノもきっと……」
ベィタが呟いた名前に、ぴくりとルゥナの瞼が動いた。痙攣した。
「お母さんは……」
「……」
言葉にならないベィタの表情に、ルゥナの言葉も詰まる。
だが一瞬だけ。
「後で……教えて下さい」
今すべきことは、旧交を温めることでも昔話を聞くことでもない。
ルゥナは頷き、ベィタをウヤルカに預けた。
「ルゥナ、おんし……」
「……」
首を振る。
それだけで、ウヤルカには次の言葉は接げない。
すらりと剣を抜いた。
敵の姿は遠いのに、ここで剣を抜いて。
冷静ではないだろう。
平静ではいられない。
噛み締める口から漏れる感情は、指揮者としてのルゥナのものではない。
ただの清廊族の戦士として、というのも違う。ただの娘として。
「っ!」
駆け出したルゥナの背中を見送ることしか出来ない。
進む先にはアヴィの姿もある。ルゥナにはアヴィがいる。
それでもルゥナの視野が狭まっているのなら危険もあるかもしれない。
ウヤルカは遠眼鏡を手に、ルゥナがこれ以上傷つかぬよう見守ることくらいしか出来なかった。
※ ※ ※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます