第四幕 盲者の狂嵐(全100話)
第四幕 001話 拾うひとつ_1
「立派になりやがってよ」
これは夢だ。
「大した出世じゃねえか」
本心で褒めているのだとも思ったし、皮肉気に馬鹿にしているようにも聞こえた。
ああ、馬鹿にしているのは彼自身に対してだ。自嘲。
「まあな」
訊ねていいのかわからず、適当に頷いただけ。
思えばいつだってそうだ。何に対しても適当に。
「言われた通りにしただけさ」
自分の功績ではない。
「親父がそうしろって言ったんだろ」
そういうように育てて、そういう道を勧めた。
先のことをあれこれ考えるのは苦手だ。
「あの洟垂れ小僧がまさか騎士団の隊長様とはなぁ」
病床の父親は、こんなに痩せていただろうか。
記憶にある父は、なんだかもっと大きかったような気がする。
夢だからか。
あるいは、この時はもう自分が父親より大きくなっていたからなのか。
覚えていない。
死期の近い父親を、真っ直ぐに見ていられなかった。
巷では英雄と呼ばれ今や王国最強の戦士となった自分が、今さら涙など流せるか。
「……ちゃんとやってるみてぇだな」
「どうだかな。俺にぁ騎士の自覚が足りねえんだと」
ことあるごとに上官やら副官から言われる。
言われて当然だ。そんなものは持ち合わせていない。
「はっ、んなことぁわかってる。そっちじゃねえよ」
父親の目が、ビムベルクの斜め後ろの戸に向いた。
その戸の向こうにいる誰かを。
「ちゃんと、俺の言ったことを守ってるって話だ」
安堵したような父の声が、まるで最期のように聞こえて。
「……それこそ、どうだか」
反発するようなことを言ってしまった。親子なのだから、いくつになっても反発するのは仕方がない。
「やってるさ」
安心して、救われたように。
「お前は俺の自慢の息子だ」
父は冒険者だった。
いつかは名を謡われるような冒険譚をと望む、どこにでもいるような馬鹿な冒険者だった。
母も同じような馬鹿で、ただ自分を産んだしばらく後に病で呆気なく死んでしまったと聞いている。
病だったのか、出産が原因だったのか。問い質したことはない。
引退した冒険者仲間に幼子を預けて、父は冒険を続けた。
冒険なんてものではない。ただの魔獣駆除だ。
村の周辺に出没する魔獣を殺して金を稼ぐ。幸い腕は悪くなく、相応の稼ぎはいつもあった。
腕が悪くなくて、魔獣駆除を続けて。
そうした日々を続ければ必然だったのだろう。
母が死んで数年後に父は勇者級の力を認められるほどになった。
既に中年も過ぎていて、冒険譚に謡われるような大活躍をしたわけでもない。
遅咲きのマダラスミレ。
力はあっても華やかな成功者ではない。自分のこともあったせいか、父は大仰な冒険をすることなく、それまでと同様に魔獣駆除を続けて暮らした。
そんな父でも、幼い子の目には紛れもなく勇者であり、英雄だった。
自分などよりもずっと。
大きな背中を見て育った。
「仕事の方は、うまくやってるのか?」
扉の向こうのことは置いて、話の向きが変わる。
「さっきも言っただろ。騎士の自覚がねえとか、副官のやつにもくどくど言われてるよ」
父と息子の会話など、どこでもこんなものかもしれない。
特別なことではない。けれど記憶には残っているものだ。夢に見るほど。
「ツァリセ、って言ったな……そうかぁ」
「口うるさい奴なんだ。小器用で役には立つのがまた腹立たしい」
その言い分に何を思ったのか、父は軽く頷いた。
「大事にしろよ」
「?」
視線が、腰に下げた剣に向いている。
独り立ちした時に父から譲られた名剣。
「あ? あぁ、まあこいつで成り上がった俺だからな」
この剣のことだったか。あるいは剣の腕で成り上がった自分に、苦言を呈する部下を大事にしろというのか。
「そいつも、だな」
再び扉に目をやり、笑った。
「親の言いつけだ。守っとけ」
遺言のような。
それが遺言になった。
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