第三幕 101話 隙間なく惚れよ



「……エシュメノには随分と気を遣ったと聞いたのじゃが」


 文句の一つも言いたい。

 言っても許されるはず。

 このような。


「なぜ妾は問答無用なのじゃ!?」


「メメトハ。落ち着いて下さい」

「そうですよメメトハ。ただでさえメメトハの服って脱がせにくいんですから」

「やかましいわ!」


 両脇をセサーカとルゥナに抱えられ、服の裾からセサーカの指がくすぐるように侵入してくる。

 横を見れば、少し困ったような顔のルゥナが。

 困っているのはこちらだと言いたい。



「一応聞きますが、まだ処女ですよね?」

「やっかましいわ!」

「安心しました」


 確認してみただけという顔のルゥナに、ぐるると唸る。


 呼び出された時からある程度の想像はしている。

 覚悟だって、していないわけではない。


 だが、何かこう、もっと色々とあるだろう。前置きとか、少しは愛やら何やらの話があっても。



「メメトハは理解していると思っていたので」

「そういう問題ではない! こういうのはそういうのじゃないのじゃ!」


 ルゥナの感性がおかしい。エシュメノを先に篭絡したことで、適当になっているのではないか。


 ぞんざいな扱いなど絶対に嫌だ。当然のことながら。

 いや、この行為に関しては、ルゥナも面白くないのかもしれない。

 アヴィが他の誰かと肌を合わせるなど面白いはずがない。だから粛々と、作業のようにこなそうと。


 作業のように処理されるメメトハとしては怒り心頭だが。



「清廊族の為にも、アヴィの力は必要です」


 わかっている。


「正直、ティアッテたちの行動に予測がつかない部分もあります。万一の時に氷乙女を制する力が必要になるかと」


 わかっている。


「状況から考えて、アヴィの呪いを解くことを優先します。メメトハならわかっていただけると思いますが」

「わかっておるわ!」

「少し強引な形になってしまうのは申し訳ないのですが、貴女も素直ではないので」


 本気ではない。

 言いながらも、ルゥナも本気でメメトハを拘束しようとしているわけではない。


 逆らいたいなら逆らっていい。逃げてもいい。

 そういう力加減で、ただ彼女の要求としてメメトハの体を求めている。



 考えてみれば、ルゥナ達は望まぬ形で人間に従わされていたのだ。

 同じことをメメトハにしたいわけがない。

 ルゥナも色々と切羽詰まった状態で、やらなければならないけれど、でもやりたくない。


 逃げている。

 メメトハが逃げたから仕方がない。出来なかった。

 自分にそう言い訳をする為に、中途半端な形でわざと無理やりな風を装って。


 ずるい女だ。

 これで逃げたらメメトハが非協力的だったような。



「……ルゥナよ、妾を見損なうでない」


 息を吐いた。


「……」

「おぬしのせいになどせんよ。いちいち妾の情動まで背負おうとするでないわ。小賢しい」


 メメトハに望まぬことを強要したのはルゥナだと、そんな筋書はいらない。


 気を回しすぎなのだ。ルゥナは。

 後でメメトハが恨み言を言えるよう、わざと強引に言い含めるようにして。



「妾は、妾の身一つで成ることであれば、惜しむつもりなどないのじゃ」

「……すみません」

「謝るな、鬱陶しい」


 ふん、とルゥナ達の手を払いのけた。


 舐められたものだと思う。

 アヴィに身を許し、それをルゥナに気遣われるなど。

 メメトハが決めて、メメトハがすること。誰かに詫びられる筋合いなどない。



「大体な、おぬし」

「?」

「油断しすぎなのではないか?」


 せめてもの意趣返しに、にぃと笑う。


「アヴィが妾の体に惚れこんで、おぬしなど忘れてしまうかもしれんのじゃ」

「いえ、アヴィは大きく柔らかい胸が好きなので」

「喧嘩売っとるのかおぬしは!」


 確かに、そこを比べるのであればルゥナに分がある。かなり。



「そういうつもりは……あの、ただ事実を」

「おのれぇ!」

「まあまあ、落ち着いて下さいね」


 いきり立つメメトハとルゥナの間にセサーカが割り込む。


 無礼なやつ。そういう身体的な特徴を言うのは卑怯だ。

 メメトハとて好きで胸が小さいのではない。背丈だって。


「私はメメトハの小柄な体も好きですから、ね」


 セサーカの指が、つ、とメメトハの喉から下になぞる。

 ぞくりとする。


 セサーカはこれでかなりの手管を持っていることを、先日思い知らされた。

 かなり強引だった。だったけれど、存外悪くない気分で……

 もう一度、そういうのも、悪くないと。



「や、やめんか」


 きゅうと、足をすぼめてセサーカから離れる。

 と、背中にぶつかった。


「……」


 メメトハの頭が、彼女の顎先から頬に触れる。

 特に何も言わずに眺めていたアヴィ。


「……おぬしは、どう思っておる?」


 メメトハが当事者なら、もう半分の当事者はアヴィだ。

 ルゥナ達が勝手に盛り上がってしまっているだけのようにも見えた。


「そうね」


 アヴィの視線がルゥナを見て、セサーカを経由してから。



「小さいおっぱいも可愛いと思う」

「その話ではない」


 どいつもこいつも。



「私の力の為に無理になんて、言わない」


 ゆっくりと首を横に振った。

 メメトハの訊ねた意味はわかっていたらしい。


 わかっていて、なぜ一度はおっぱいの話をしなければならなかったのか。

 言及する必要があったのかなかったのか。いやしかし、必ずしも巨乳が好きなわけでもないという情報は無駄ではないのかも。



「たぶん……そういうやり方だと、純血を捧げたことにならない? かしら」

「……そうかもしれんな」


 無理やりに奪われたものでは、呪いを解く意味はないのかもしれない。

 捧げるというのは、もっと魂に寄り添う形で。


 厄介なものだ。呪術というのは。

 手順だけ踏んでも解除されない。


 ルゥナは、言うまでもなく心の底からアヴィに捧げたのだろう。

 エシュメノも、アヴィに対して強い絆を抱いているようだ。

 メメトハはどうなのか。



「ルゥナ、セサーカ」


 アヴィが名を呼ぶ。


「……」


 そして、何も言わない。



「……わかりました」


 少しばかり、不満そうな表情を残して。

 嫉妬も見える瞳でメメトハを見てから、セサーカに促されてルゥナが退出していった。




「悪く思わないであげて」

「わかっておる」


 気の回し方が下手なだけだ、ルゥナは。

 アヴィと誰かを同衾させなければならないことで、ルゥナ自身も気鬱だろうに。


 自分のことより、エシュメノやメメトハに気を遣って、けれど上手いとは言ってやれない。

 不器用なやり方。もっと堂々と、私のアヴィを抱かせてやるくらい言えば面白いものを。



「メメトハ」

「……」


 アヴィの体が近い。

 見上げる形で、彼女の目を見つめる。


「ああ言ったけれど、やっぱり私には力が必要だわ」

「そうじゃな」

「誰でもいいわけじゃない」


 一定以上の力があって、処女童貞なら誰でも。

 資格はあるのかもしれない。

 けれど、違うと。



「私は、貴女を選びたい」

「……都合のいい」

「クジャで口づけをしたわ」


 戦いの最中、そんなこともあった。

 あれも問答無用の不意打ちだったけれど、確かに。


「嫌いだったらしなかった」

「それほどの仲だったかの?」

「顔が好きなの」


 あの時点では決して良好な関係ではなかったけれど、顔なら今も当時も変わらない。


「可愛いと思った」

「口説いているつもりなら、おぬしも下手糞じゃな」


 ルゥナといい、アヴィといい。

 本当に仕方のない、手のかかる仲間だ。



 元々口下手なアヴィに何を期待しているつもりもないが、努力は認めよう。

 メメトハの気持ちを自分に向けようと、下手なりに頑張っている。


「嘘は……好きじゃないの」

「それも、わかっておるわ」


 嘘をつけるほど器用でもないだろうに。



 メメトハは軽く溜息を吐いてから、改めてアヴィの顔を見上げた。

 表情の薄い彼女でも、それなりに見てきてわかることもある。

 少し自信なさげに逃げる瞳と、一生懸命に言葉を考える様子が。


 まあ、可愛い。

 元より綺麗な顔形をしている。

 言葉が少なく表情が出にくいからわかりづらいが、彼女の心は随分と幼い。


 十分に心を育てる間もなく人間に囚われ、苦渋の日々を送って来た。

 その後も母代わりの魔物との共同生活。

 他者との関りをどう作っていったらいいのか、圧倒的に経験が少ない。


 初心な少女。

 むしろアヴィの方が性に未熟な生娘のよう。

 ルゥナは、アヴィの強い部分にばかり目がいって、こうした幼い心を見落としているのではないか。



「全く、どいつもこいつも」


 世話の焼ける世間知らずな娘たちだ。

 メメトハが、クジャの長老の代理として導いてやらねばなるまい。

 処女なのに。初めてなのに。


「……香油か」


 寝台の近くの卓に置かれた瓶。

 微かに香る匂いでそれとわかった。


「いつもいつもおぬしが上だと思うな、アヴィ」


 とん、と彼女を寝台に押す。

 強く押したわけではないが、意図を察して背中から転がったアヴィ。その服をはだけさせた。


「心配はいらぬ、妾に任せておけばよい」

「……」


 自らも服を脱ぎ、香油を喉の辺りから垂らした。


 とろりと、少し冷えた液体が肌の上を這い、へその窪みに一度溜まってから下腹へと流れていく。



「妾のことだけでおぬしの心を占めてやろう」

「……メメトハ」

「クジャのメメトハ、安くはないぞ」


 香油で濡れた肌を、ぴとりと合わせる。


「他の女など忘れるほど妾を愛させてやる」


 ただではやらん。

 やるのなら、そちらも同じほどの想いをメメトハに捧げてもらう。


「アヴィ、妾の覚悟を受け止める気があるか?」

「……わからない」

「まあそうじゃろうな」


 嘘はつけない。

 そういうアヴィだと知っているから、メメトハも張り合いがある。



「妾なしでは寂しくて眠れぬ」

「っ……」


 アヴィの瞼が震えた。


「そう思うよう、おぬしの芯まで愛そう」



 決めるのはアヴィでもルゥナでもない。メメトハだ。

 メメトハが愛すると決めた以上、アヴィには愛されたいと求めるまで刷り込んでやらねば。

 少し震えたアヴィは、それからは目を薄く閉じてメメトハのされるがままに。


 ぬるりとした香油が、メメトハとアヴィの体温で温く変わって。


 いつしか熱くなった肌と肌を合わせて。粘液質な香油で隙間なく塗り込まれながら、アヴィとメメトハを繋ぎ合わせていた。



  ※   ※   ※ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る