第三幕 069話 兇手傍観_2



 どうやって。

 近付いてくる黒い飛行船に、手段は思いつかない。

 けれどやるしかない。メメトハの命がかかっているというのでは。


「誰か、あれを落とす方法が思いつきますか? 何でも構いません」


 ルゥナとて成長している。

 自分だけで思い至らないことは多く、柔軟な発想よりも理屈が先にきてしまう。

 自己を正しく見つめ、不足する部分を助けてくれる仲間がいることを学んできた。



「それか、湖の魔物とやらを……」

「や、無理無理! あれはほんと無理だってば」


 本気で言ったわけでもない。選択肢の一つとして示しただけ。

 だけど、ユウラが思い切り首を振って大慌てで否定した。


「戦いにならないくらい強いよ、あれ。ニーレちゃんが見えないくらいの速さですごい技を飛ばすの。しゅぱぁって、たっくさん」

「……難しそうですね」


 ユウラの説明を正確に理解することも難しいが、魔物に対抗することも困難なようだ。



 ニーレの目はとても良い。おそらく仲間のうちでも最高レベルに。

 そのニーレが見えないほどの速さとなれば、どんな技か知らないが避けることは出来ないだろう。


 しかもたくさん。しゅぱぁっと。

 そんなものを敵に回すくらいなら、まだ見えている飛行船を落とす方が現実的か。


 飛行船の動きは十分に追えるし、降り注ぐ爆裂の魔法も目に見える。

 無数に頭上から落とされて危険なことは間違いないし、やはり反撃の手立てが見つからないが。



 改めてニーレの様子を見れば、何としてでもあの飛行船を落とそうと鬼気迫る様子だ。

 彼女の矢でも届かない。とにかくまず襲ってくる蝙蝠の妖奴兵を減らすことに集中している。

 少しばかり意識を向けすぎているような雰囲気も感じるほど。


 蝙蝠の妖奴兵。

 人間と蝙蝠の魔物の混じりものに違いない。

 力そのものはそこまで強いようではないが、空中での動き方が独特に見える。


 蝙蝠に矢を当てるなど、よく考えたら相当難しい。

 それでも数体はニーレの矢で射落とされ、その為に残った妖奴兵から警戒されて当たらない。

 それで苛立っている様子でもある。無駄な矢が多い。



「ウヤルカは……無理ですね」


 同じく警戒されているウヤルカは五体の妖奴兵に代わる代わる攻撃を受け、なかなか攻勢に出られない。

 彼女らの動きを制限し、その間に敵は他の清廊族の弱い部分に攻撃、牽制をしていた。

 嫌な戦い方をする。



「あれではニーレが持ちません」


 氷の矢は少しずつニーレの体力を使う。無駄に撃ち続ければ疲労が溜まり、集中力を欠けば危険が増す。


「あたし、行ってくる!」

「ユウラ」


 止める間もなく駆け出すユウラ。


「だいじょうぶっ! あたしまだ元気だし、ルゥナ様はあの黒いの落とす方法考えて」


 今、この中で体力的に余裕があるのはユウラに違いない。

 そうでなくともニーレの傍にいたいのだろうし。


 戦う力そのものは目を見張るものはないが、ユウラも一流の戦士だ。

 それ以上に、皆の助けになってくれている。

 ユウラの背中を見ていると、手掛かりがなく塞ぎそうだった気持ちが柔らかくなった。




「冷やせば……ううん、上空は寒い」


 アヴィが呟き、唇を噛んだ。悔しそうに。

 思いつきを自分で否定して頭を振る。


「どうやって飛んでるの、あれ?」


 ミアデが不思議そうに首を傾げる。


「温かい、空気のような……そういうものが詰まっている、はず」

「湯気みたいに? アヴィ様は物知りですね」


 本当に。

 どこでそんな知識を得たのか、これももしかして姉神の知識の源泉というやつなのかもしれない。

 アヴィ自身、説明しにくそうにしている。


「金属……だから高度はそこまで……魔石でガスを……」


 ぶつぶつと呟きながら考え込んでしまい、声を掛けるのが躊躇われる。



「泡玉のようなものということですね」


 金属の塊ではなく、中身は空気。


 旋回してくる速度が思ったより遅いのは、風向きのせいか。

 魔石を利用した道具で勢いは補っているようだが、帆船と同じく風に対して正面には進めない。今はこちらから見れば風下側にある。

 角度を調整して方向を変えたので、大回りにならざるを得なかった。



「袋のようになっていると。鉄の塊ではなくて」

「そう、空気より軽い……空気が入って」

「? 軽い空気、ですか」


 妙な言い方をする。湯気なら上に昇るのはわかるけれど。



「破れば、その空気が抜けるのでは?」


 セサーカの言う通りではあるのだが。


「あの冥銀の鎖帷子を貫いて、ですけど」


 自分でもわかっていたらしく、セサーカが唇を噛む。矢が届かない高度で、当然刃も届かない。

 唯一届きそうなのはウヤルカくらいだが、単独であれに近付き出来るかと考えると……



「ラッケルタの炎も、あそこまでは届きません。届いてもほとんど意味がなさそうです」


 至近距離でラッケルタの火閃を直撃させれば、冥銀の鎖帷子とはいえ穴を穿つことは出来る。


「飛べませんし。ラッケルタは」


 残念そうなネネランの声。



「いえ、ネネラン。ラッケルタもかなり疲れています。先ほども連発してくれました」


 魔物であるラッケルタの疲労は色などには現れないが、いつもより頭の位置が低い。姿勢全体が下がり気味。

 かなり疲労しているはず。


「その辺りの人間なら食べて構いませんから、ラッケルタを労わってあげてください」

「ありがとうございます。食べていいって、ラッケルタ」

『Quu』


 まだ力を借りなくてはならないかもしれない。少しでも体力を回復させておいてほしかった。



 ネネランはエシュメノに寄り添ったまま。

 吐くのは治まったものの、エシュメノは具合が悪そうだ。これも仕方がない。


「……ネネラン、飛べませんか?」

「ルゥナ様には申し訳ありませんが、少ししか」


 少しは、飛べるらしい。


「少し……ですか」


 近付いてきた飛行船の下部に、よく見れば小さな影が動いている。

 手の届かない場所から攻撃を加えようと。


 安全な場所から魔法を放ち高みの見物。


 なるほど、不愉快な。

 ヌカサジュの主が何を指したのか知らないが、これは間違いなく不愉快な光景に違いない。



  ※   ※   ※ 

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