第三幕 068話 兇手傍観_1
「……」
口惜しいと見るべきか。
違う。
今この状況で撃退できたことが有り得ぬほどの結果。
あれほど危険な相手を仕留めきれなかったことを悔やむよりも、親しい誰かを失わなかったことを幸いに考えよう。
「アヴィ……エシュメノ、大丈夫ですか?」
魔法を使いすぎて体が重く感じるが、ダァバの呪術を受けた彼女らが心配で歩み寄る。
「エシュメノは平気……きもち、わるい……」
その場で膝から崩れてしまう。
「エシュメノ様!」
「う、うぇぇ……」
胃液を吐き出すエシュメノに、駆け寄ったネネランが背中を擦った。
「大丈夫ですか、エシュメノ様?」
「う……うるさいの、やだ……」
「っ!」
慌てて口を閉ざし、無言でその背を擦る。
とりあえず敵の呪縛に囚われてはいない様子だ。
あれはソーシャの魔石が放った光だった。
ソーシャは伝説の魔物。その力がエシュメノを守ってくれたのだと思う。
ただ、いくら千年級の魔物だとはいえ、
女神の軸椎、とも言っていた。神の椎骨なのだとすれば、異常な強度についてはそれで納得できる。
ダァバ自身の力も英雄に比肩するか、あるいは上回るほど。
それを寄せ付けぬほどソーシャとエシュメノの絆が強かったと言えば、もちろんそれでいいのだけれど。
「アヴィ、大丈夫ですか?」
「……うん」
こちらもかなり消耗している。顔色は最悪で、左腕はだらりと力を失ったまま。
こんな体でよく戦えたものだ。
「呪術は……何もありませんでしたか?」
「?」
「すっごく気持ち悪いこと言ってたよね。愛の奴隷だとか」
ユウラも来て、ダァバの言葉を思い起こしつつ顔を歪めている。
「……平気」
尋ねられたアヴィは、それより治癒した腕の痛みの方が気になるような仕種。
「アヴィ、貴女の愛するものは誰ですか?」
「?」
「大事なことです。あの呪術の影響が出ていないか」
最初に狙われたのはアヴィだ。
アヴィに呪術が弾かれた際、ダァバの右手も大きな衝撃を受けたように見えた。
おそらく、あの時点で既に武具に何かしら損傷が生じていたのだと思う。
ラッケルタの火閃を弾き、ネネランの槍を防いで。
その上でエシュメノに仕掛けた呪術も跳ね返されて、砕けた。
砕けたから跳ね返せたのかもしれない。
無駄ではなかった。
皆の抵抗によりダァバの仕掛けた呪術を退け、大切な仲間たちを守ることが出来た。
犠牲になった清廊族の戦士たちもいるが、それも無駄ではない。無駄にしてはいけない。
「私が、愛するのは……」
せっかくだから聞かせてほしい。
その口から、優しい言葉を。
「……あなた、たちよ」
「……」
「だめ……かしら?」
「いえ」
つい、返す声が冷たくなってしまったかもしれない。
もちろんそうだろう。アヴィはそれでいいのだけれど。
こういう時くらい、何か特別な言葉を返してくれてもいいじゃないかと。
「ケガも酷いですから休んでいてください、アヴィ」
もういい。期待したルゥナが馬鹿なのだ。
「みんな大丈夫ですか?」
あちゃあという顔で少し離れたユウラと入れ替わりにセサーカが来た。
少し離れた場所では、まだ空から襲ってくる蝙蝠男たちと交戦するウヤルカや、地上からそれを援護するニーレ達の姿がある。
そちらも楽そうではないが、劣勢という様子ではなかった。
すぐ手助けにいくよりも、少しでも体を休め呼吸を整える。次に備えることを優先しよう。
セサーカの顔色も優れない。
強力な魔法を何度も使っていて、体力に余裕などなくて当然。
敵の支配下にある町に潜入して少数での工作。体力も神経もすり減らしたはず。
「セサーカ、貴女も相当疲労が溜まっています」
「私は……はい、でもまだ大丈夫です」
気丈に答えるがやせ我慢にしか見えない。
「ミアデ、セサーカをお願いします。無理をし過ぎです」
「わかりました、ルゥナ様」
「ですが、あれがまた来ます」
セサーカが指さすのは、サジュの町とは反対の空。
かなり高く昇って来た太陽を背に、黒い塊が再び迫ってくる。
女傑を倒し、ダァバを退け。
だがまだ終わってはいない。
黒い塊。飛行船。
日が落ちるまでにあれを落とせと。
さもなければメメトハが……
「ダァバはあれに乗って来たのでしょうか」
「乗って……あれには人間が乗っているんですか?」
ミアデが聞き返したのは、アヴィの話を耳にしていなかったからだろう。
「飛行船、というようです。空を飛ぶ船だと」
ついでなので説明しておく。
かなり上空にあるので見えにくいが、確かにただ楕円なのではなく下の方には何か備え付けられているようだ。
全体が銀黒。ただ黒いのではなく金属的な黒さ。
「冥銀……ですね」
セサーカが自分の持つ魔術杖と上空のそれを見比べて言う。
色と質感が近い。
「冥銀の鎖で包んでいるのなら、魔法は効きにくいかもしれません」
ルゥナは自分の言葉を反芻しながら、疲労とは別の頭痛を覚えさせられた。
なんて厄介な。
はるか頭上にあるのに、魔法の力を受け流しやすい冥銀製の鎖帷子を纏う乗り物。
先ほど通り過ぎた際に見た限りだと、ユキリンが普段飛ぶ高さより三倍ほど高かった。
頑張れば届くだろうが、ユキリンとウヤルカだけでどうにか出来るとは思えない。
妖奴兵とやらも、まだ他にいるかもしれない。いると考えた方がいい。
「なんであろうと、あれを落とします」
※ ※ ※
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