第三幕 046話 氷円上の戦士_1
少数の部隊の方が動きは速いと言う。
それは迅速で柔軟な対応が可能という意味で、走る速さに違いがあるいうわけではない。
なのに戦端が開かれる前にかなり町に近付けたのは、騒音が少なかったからだろう。
数百名の者が走ればある程度の土煙も立つし、それなりの物音も響く。
雨後のやや柔らかな草原がそれらを多少は飲み込んでくれた。わずかなりとも有利に。
また、前回の戦いを経て戦士たちの力が向上していることも大きい。これはアヴィの恩寵だ。
遅れている者もいるのは仕方がない。
全力疾走して、いざ敵を前にして息切れをしているようでは戦いにならない。
夜明け前を選んだ。攻め手としては当然のこと。
敵とて警戒を疎かにしているわけもない。そうは言っても多くの者は夜明け前は眠っている。
最初に迎撃に出て来た敵の数は、攻め寄せた清廊族より少し多いくらいのものだった。
後から湧いてくるにしても、この最初の瞬間は。
サジュの町は大きい。町の北から南まで歩いて半刻(約一時間)と言ったところ。
清廊族の町でこれだけの規模は少ない。人間がいなかった頃、この町は万を数える清廊族が暮らしていたのだとか。
その歴史の中、強固な城壁などというものは必要がなかった。
町に魔物の侵入を防ぐための壁は昔からあった。人間との戦いが本格的になり、今はある程度の堅牢な壁になっているが、北部の都クジャほどではない。
完全に封鎖してしまっては不便なのだから、あちらこちらに出入りの戸はついている。集団で出入りするには不便な門だけれど。
当然、それらも今は封鎖されている。
サジュの東から押し寄せたルゥナ達は、東大門を目指して突撃した。
「俺たちの町を取り戻せ!」
「人間どもに血の報いを!」
戦意も高い。
慌てて駆けつけて来た人間の兵士どもだが、寝起き状態の上に薄暗い中では清廊族が優位になる。
まして、攻めているのは清廊族の精鋭だ。あっという間に門近くまで押し込んだ。
倒した人間の死体を踏み越え、次々に敵を屠っていく。
中に手強い相手もいて、こちらの戦士も倒されたり手傷を負う者も当然出てくる。
「下がって! それは私がやります!」
強敵の相手はルゥナたちがやるから、邪魔にならないよう避けろと言ってあった。
多くの者はネネランとラッケルタに続いて門から出てくる敵に向かっていく。
ルゥナの後方に向けて火球が飛んだ。同士討ちを避けた人間の魔法が後続に向けられて。
どの程度の被害が出たか見ている余裕はない。皆が避けてくれたことを願うばかり。
町の櫓の一つが倒れた。遠距離から炎を放つ魔法使いを見つけ、次を撃たせる前にウヤルカが倒してくれたらしい。
「飛竜騎士の強襲!」
「なんだ、影陋族だぞ!?」
今回は意図したわけではないが、確かに雪鱗舞に騎乗して上空から襲うウヤルカは飛竜騎士だと思われるだろう。
多少でも混乱してくれるなら有難い。
「大した数ではない! 押し返せ!」
「弓隊、魔法使いは上空の飛竜騎士を!」
「大楯兵! グィタードラゴンを止めろ!」
門近くまで押し寄せたが、今度は勢いが止まる。
人間の集まりが多くなってきたことと、やはり門近くからは弓や魔法の援護が飛んでくる。
盾で防いだり避けたりして直撃はしなくとも、そちらに手を取られてしまう。
「ラッケルタ!」
「GIA!」
「「堅牢なる断崖の守護を!」」
ラッケルタの火閃が放たれる直前に、複数の防御の詠唱が紡がれた。
幾重もの見えない壁が炎を弾き散らす。
「このぉ!」
前線の混乱の中からエシュメノの声が聞こえた。
防御魔法を使う敵は厄介なので、出来れば優先的に倒してほしいと言ってある。
敵もそれはわかっているだろう。おそらくエシュメノはその護衛に阻まれ届いていない声だ。
魔法にはいくつか種類があり、魔法の才能がある者でも適性はそれぞれ違う。
そういう中で、清廊族は種族全体として火炎系の魔法の適性は低く、氷雪系には平均的に高い適性を持つ。
治癒の魔法はまた特殊で使える者は少ない。クジャで学んだ知識では、他者の痛みを共有できるような性分の者が多いのだとか。
見えない防壁を作る魔法。守護系統の魔法は、残念ながら清廊族には使えない。
詠唱を聞く限り、他者との断絶を礎として紡ぐ魔法のようで、使える清廊族の魔法使いは見たことがない。
炎の魔法というのも攻める時にはとても有意なものなのに、人間ばかり。
ないものをねだっても仕方がないのだが、胸中で毒づきたくもなる。
こちらとしては数少ない火炎攻撃の手段であるラッケルタの火閃を、最初に防がれてしまった。
あれが炸裂すれば、多少でも敵を怯ませることも出来たはずなのに。
砦を奇襲した時とは違う。
今回の敵は攻める敵に対して備えていたのだから。
わかってはいるけれど、思い通りに運ばない展開に運の悪さを感じる。
賽の目が悪い日だ。前回の戦いで幸運を使ってしまったのだとすれば、揺り戻しというやつかもしれない。
「くだらない!」
怒声と共に、切り結んでいた敵を力尽くで薙ぎ払った。
「うぉぁっ!?」
三合ほど打ち合っていた敵が、突然に常識外れの力を発揮したルゥナの剣撃を受けて大きく仰け反った。
それでも吹き飛ばなかったのは、この兵士がそれなりに強かったからだ。
周囲の兵士からも信頼を受けていたのか、邪魔にならぬよう数歩以上の距離を取っていた。
「はぁっ!」
仰け反った腹に間髪入れずに蹴りを叩きこんだ。
「ごぶぅ!」
「死ね」
後ろにいた兵士にぶつかっていくそれを、今度は鋭い踏み込みと共にまとめて切り裂いた。
横に一閃。
蹴り飛ばした男を輪切りに、その後ろにいた何名かもまとめて切り裂く。
ルゥナが使っている剣はクジャを襲ったキフータスという男の持ち物だったが、切れ味と耐久性が優れている。
人間はこうした武具を作るのが得意らしい。使える道具であればこちらも使わせてもらうだけだ。
「手強いぞ! その女!」
「門の方の小さいのも! 囲んで仕留めろ!」
いくらか切り捨ててみても敵の数は減らない。むしろ最初より増えてきている。
門近くまで踏み込んだラッケルタの姿も、今は少し押し戻されたようだ。他の戦況まで見ている余裕がない。
「ルゥナ! ちょい退けぇ」
囲まれそうになっていた一角に、空からウヤルカの鉤薙刀が振るわれた。
人間の首や四肢が刎ねられ、血飛沫が溢れる。
「他は?」
「あんたが出すぎなんよ!」
「わかりました」
空から戦況を見ているウヤルカが言うのだから、ルゥナの見立てより正確だろう。
ルゥナの近くにいた清廊族の戦士たちと共に、ウヤルカが切り開いた一角から後方に下がりつつ応戦する。
先ほどのルゥナの剣閃を見たせいか、敵も即座に襲い掛かろうとはしてこなかった。誰も自分が真っ先に死ぬのは嫌なものだ。
「エシュメノは?」
「ラッケルタが尻尾で後ろに押し戻しとった」
なるほど。ラッケルタの近くで戦うように言ったのだが、ちゃんとネネランが見てくれているらしい。
戦闘技術は高くとも状況判断に不安のあるエシュメノ。言葉ではなくラッケルタの尾で後ろに払われ、突出することはなかったようだ。
力押しだけで押し切れる戦力はない。ウヤルカの見立てに従い、ルゥナも少し下がることにした。
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