第三幕 030話 戦いの義務と復仇_1



「赤四番の副隊長アニバール殿、負傷により後退。青の三七エラディオ殿の部隊が支援に入りました」

「エラディオだけでは重い。フレット、応援に行ってくれ」

「はっ!」


「赤二番隊、夜組が前線に。昼組は一般兵二人が戦死、他は軽傷です。負傷者の手当と休息に入ります」

「わかった。一般兵の補充は四人にしろ」



 次々に入ってくる報告を聞きながら、それに対して逐次指示を出していくボルド・ガドラン。

 その姿を見ながら、全員の名前や特徴を覚えているのだなとか妙な関心をしてしまう。

 ビムベルク不在の状態での戦場で、ツァリセは団長ボルドの補佐をしていた。


 ビムベルクが不在の為、赤の一番隊が隊長不在。副隊長が指揮しているが、そのサポートにボルドの副官が入っている。

 代わりに、戦闘力では特別に目立ったところのないツァリセが、ボルドの副官のような位置に。


 人の差配などの裏方的な役割の方が自分には向いていると思う。前線に立てと言われればもちろんそれも断るわけではないが。



「三交代での防衛戦、か。これは魔物の異常発生などに対する都市防衛戦の手法だが」


 昼と夜の組が交代する時間帯が一番混乱した。

 最初の攻勢を凌ぎ、その後は交代で休息を挟みながらの防衛戦。


 正騎士を中心としつつ、レカンの一般兵を交えた小隊を複数作った。各方位に配置したそれらが、魔物の群れと戦いながらじりじりと前進していく。



「攻め手のこちらが防衛戦法というのは、私も考えなかったな」


 ボルドは相変わらずの無表情、鉄面皮だ。

 叱られているのだろうかと思ってしまうが、そうではない。これは褒められているらしい。


 移動しながらの戦いなので天幕などは張っていない。空の下、荷車に乗せた卓の上に布陣図が広げられていた。

 布に描かれた布陣図に駒を並べて、ボルドは息を吐いた。少しばかり疲れたような。


「おかげで被害は予想より少ない。奇策かと思ったが道理に適っていたな、ツァリセ」

「いえ、団長の的確な配置のお陰です」


 この鉄面皮に褒められるのは少し怖い。

 変に高評価をもらうと、後でもっと厄介な仕事を押し付けられないかと不安になる。



「魔物の多くは守勢に向いていない。確かにそうだな」


 多種多様な魔物がいるとは聞いていたが、種として数の多い魔物というのはあまり守備的な戦いに向いていない。

 群れで狩りをしたり、速攻で獲物を仕留めるような攻撃的な生態のものが多いはず。


 動きが鈍重で守りを固めるような魔物は、個体の生息数が少ない。そういうものまでトゴールトで使役されているのか知らないが。



 正面からぶつかったとして、精鋭であるエトセン騎士団が敗れることはなかっただろう。数倍の魔物が相手だったとしても。


 ただ、被害は発生する。敵は怖気づいて逃げ出す人間の兵士ではなく、狂気に魅入られた魔物の集団だ。

 仲間が殺され、不利な状況になっても向かってくる。そんな相手とまともに戦えば被害は避けられない。



 トゴールトに攻め寄せようとするエトセン騎士団が、非常に守備的な布陣をしたとして、敵がどうするか。

 町に籠っての守備的な戦いをするのかと言えば、そうではなかった。魔物の得意な戦い方ではなくなってしまうのだから。


 町に近付けば、今度はこちらの選りすぐりの騎士たちが敵の首脳を討つべく切り込むことも出来た。当然、近付かせたくはないだろう。


 数と勢いに任せての攻勢。

 それを凌ぎつつ、じりじりと前進。被害を最小にして焦る必要はない。


 逆に魔物の勢いは時間と共に弱まってくる。こちらの対応もより熟達して危険度が減る。魔物相手が苦手な一般兵士も、慣れと共に戦えるようになっていた。




「やはり団長あっての結果です。エラディオさんは優秀ですが、魔物相手は冒険者経験のあるフレットさんの方が得意でしょう」


 生え抜きの騎士エラディオに、冒険者上がりのフレットを支援に向かわせた先ほどの指示。的確な判断を即座にするものだと。

 剣や魔法の腕の問題ではない。魔物というのは人間とはまるで違う動作をするし、予測しにくいことも多い。


「君なら、私より上手くやれるかもしれんが……そう嫌な顔をするな」


 ツァリセが提案した作戦を、ボルドが実行して形にする。

 ここまでは思惑通りに運んでいた。



 エトセン騎士団の発足は百年以上前になる。

 ルラバダール王国のカナンラダでの剣として人間を相手にも戦い続けてきたし、魔境の探索、魔物との戦いも少なくない。


 ボルドより四代前の女性団長は三つの魔境を踏破した功績を語られるほど。引退した後、狂死したのも魔物の呪毒などと語られていたりもするが。


 冒険者という生業が増えてきてからは、人間との戦いが主になった。

 とはいえ、魔物との戦いも騎士団の領分だ。そもそも冒険者上がりの団員も多い。



「今日はだいぶ進みましたね」

「魔物の数が減ったこともあるが、また夜になれば押し戻される」


 被害を少なくしようと、無理な戦い方はさせていない。

 夜戦を担当する者は夜目の利く人選をしているが、当然ながら夜目なら魔物の方が圧倒的に有利だ。


 夜の担当には十分な休養と、また支援に当たる魔法使いも夜番の方が上位者を揃えてみても、やはり生態として不利なものは仕方がない。夜は魔物に押されて退き気味な戦いになる。


 大きな被害を出さずにトゴールトに近付いてきている。あと二日もあれば町を視界に入れられそうなところだが。



「敵が手を打つなら、この辺りということだったか」

「今晩ではないかと」

「ああ、ナドニメ。頼む」


 ボルドが声を掛けると、それまで黙って控えていた呪術師ナドニメが大仰に両手を天に向けて広げた。

 呪術的な儀式なのだろうか、と言えばそうではない。


「あまりお勧めするものではないのですがな。眠りは堕ちるもの、人は眠るものと言いますもので」

「昨日は睡眠を取った。今日は平気だ」


 ナドニメの言葉ではないが、人間はそういう風に出来ていない。昨日寝たから今日は大丈夫だとか。

 戦場なのだから仕方がないとは言っても、今のところは余裕がある。休める時に休むのも義務だと自分は部下に言うくせに。



「眠りに堕ちぬものは別の暗がりに堕ちるとも言うわけですが、さて」


 苦言なのか蘊蓄なのかぶつぶつ言いながら、荷袋から取り出した小瓶の栓を抜いて手の平ほどの金物の器に注いだ。



女神レセナは除く。肉髄に溜まる懈怠けたい揺り聲ゆりごえを。微睡まどろみ瀞膿とろうみ


 濁った緑色の液体が、ナドニメの詠唱に合わせて微かに光る。

 どろりとした液体。器を渡されたボルドは躊躇うことなくそれを飲み下した。



「……不味いな。いつものことながら」

「頻繁に飲まぬようにとの女神の御心遣いですかな」


 冗談なのか本気なのか知れぬことを言いながら、ツァリセに向けて小瓶を振って見せた。

 飲みますかな、と。


「いえ、僕は大丈夫ですから」


 見ているだけで眠気が醒めるというか、失せるというか。

 眠気、倦怠感、疲労を回復させる呪術。

 ナドニメも言っていたように、あまり多用するような術ではない。まともな休息が取れない場合の緊急措置として。



「いつも通り、数刻後の排尿が緑色に染まるでしょうが」

「ああ、わかっている」


 眠気だとかを吸収して排泄させるらしい。


「それ自体が体に害成すものではありませぬゆえ」


 その成分が何で出来ているのか聞きたくない。きっと聞いたら今度は食欲が失せる。




 最悪の場合を想定してトゴールト攻略に臨んだ。

 魔物の数は今の倍を予想して、それでも勝てると。


 トゴールトに勇者級が二人、英雄級が一人いるのではないか。そこまで考えて、それでも勝算を見ての戦い。

 負けるはずがない。負けるわけにはいかない。


 魔物を使役する敵が予想外の動きをするかもしれないと思ったが、ここまでそんなことはなかった。

 数に任せての突撃。

 魔物が細かい作戦など理解するわけでもないのだから、予想通りというのも当然か。


 トゴールトの戦力は侮れないが、大規模戦闘の作戦指揮官として際立った才覚を持つ者はいないようだ。

 少なくとも奇手のツァリセのような小狡い知恵の回る人間や、ボルド・ガドランのような優れた指揮能力を有する者は。


 パシレオス将軍――死んだという噂だが――も、一本気というか融通の利く性格ではなかったように聞いている。

 このままうまく事が運んでくれればいいのだが。



 ツァリセの期待は、月の隠れた夜の空から降り注ぐ氷雪と瓦礫に砕かれるのだった。



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