第二幕 049話 研鑽と積算_1
大木の幹に深々と食い込む刃。
斧ではなく、剣で。
振るった一太刀で、抱えきれないほどの大木の半ば以上に切るなど、まともな者には出来ない。
ただ、剣はごく普通の出来合いの物で、そこで折れた。
アヴィの手元には、根元近くで折れた剣の柄だけが残る。
「……」
「見ていなさい」
老躯とは思えないほど凛とした足取りで、今ほどの大木と同じほどの別の木に対峙するカチナ。
手にしているのは、先んじてアヴィが折った物と変わらぬ剣だ。
同じ条件で、向き合う。
「っ」
息を吐く刹那よりも、剣が抜けた速度が速い。
瞬きする間もなく振り抜かれた剣は、折れることはなく通り抜けて。
「わ、とっ!」
慌てて、控えていたミアデたちが手を伸ばした。
幹を斬られた大木が倒れるのを、数名がかりで受け止める。
彼女らの力も既に尋常ではない。それでも倒れる大木を押さえるのは大変そうだった。
クジャの復旧の為には材木も必要になる。
本来なら伐り出してからしばらく乾燥させるべきだが、とりあえずの応急処置の為に必要な木を調達に来ていた。
そのついでの鍛錬。
「未熟なのです」
「……」
カチナの言い方は冷たいが、事実を見せつけられた。
言われたアヴィも、真剣な目で聞いている。
「アヴィ、私の腕力は貴女より劣るでしょう。ですが力任せに振るうだけではない」
「……そうね」
手に残る折れた剣を見て頷く。
同じものを使って、この結果の違い。
もっとも、剣で木を斬るなど正気の話ではないけれど。
「待つのじゃ大叔母よ」
真剣な雰囲気。
そこにメメトハが口を挟む。黙っていられないというように。
「当り前のように言っておるが、剣で大木を断つなど大叔母以外にできぬわ」
呆れ半分、抗議半分。
アヴィが未熟だというカチナの態度を、常識的ではないと訴えた。
おかしいじゃろ、と。
「出来ぬというのは甘えです」
「いや、刀身より幹の方が太いではないか」
剣の長さ以上の直径の大木を、目の前で断ち切られた。
メメトハの言いたいことはルゥナにもわかるが。
「甘えです」
「ぬ、う……」
「メメトハ。私もまた、貴女をこれまで甘やかしすぎました。反省しています」
藪をつついた形で、メメトハへと返る。
おそらく、メメトハにも厳しい課題が与えられることになるだろう。
「……そう、ね」
折れた剣を眺めて、アヴィが呟いた。
懐かしそうに。
「前に……メラニアントの腕が斬れなかったことがあった」
すらと、言葉が出てくるのは珍しい。
それだけカチナの姿に感銘を受けたのか。
「私の剣の方が鋭くて、硬かったのに」
ルゥナの記憶では、アヴィがメラニアントと戦っていた姿はない。
日光を嫌い洞窟の奥に巣を作る魔物。アリの魔物。
ルゥナと出会う前に、洞窟の奥深くで暮らしていた頃のこと。
「私の技が足りなかった」
「その通りです」
お互いに頷いてから、アヴィが折れた剣をゆっくりと振る。
カチナの動きをなぞるように。
今、目にしたものを再現しようとしているのだろう。
「……何か、違う」
「剣の先まで気を巡らせ、刃に触れる質感から力の強弱、刃の滑らせ方を判断するのです」
斬りたいものの感触を刃先で感じ取り、それに応じた斬り方を。
聞きながら、ルゥナは少々理解が着いて行かない。メメトハは顔を青くして首を振っている。
アヴィはカチナの言葉を疑う様子はなく、また素振りをしてみたりしているけれど。
物事を極める者は、どこか常軌を逸しているものなのかもしれない。
「しばらく木を伐りながら考えなさい」
そう言ってアヴィに渡すのは、やや大きめの手斧だ。
片手で扱うには少し大きいように見えるけれど、筋力が強いアヴィには問題ないだろう。
「何本も剣を折られては困りますからね」
古くなった剣を研ぎ直して練習に使っていたが、いくつも駄目にされるのも困る。
そもそも、剣は木を伐るようには作られていない。
アヴィは斧を受け取り、別の木に向かった。
黙って斧を見つめてから、振り上げる。
「刃を思いながら数百も伐れば見えてくるものも――」
カチナの蘊蓄が終わるよりも早く。
破滅的な音が響いた。
折れるというよりは、砕けるような。
「……」
「……危ないわ」
事も無げに言いながら、倒れかかった大木を皆がいない方に向けて押す。
それだけで、幹の一部を粉砕された大木が、倒れかかった方向と逆に倒れていった。
「……折れたわ」
「加減が、下手なようですね。貴女は」
片手で振るった斧は柄の部分しか残っていない。
木製の柄なのだから、力任せに幹に叩きつけたらそうなって当たり前だ。
片手の一撃で大木の幹を破砕するアヴィの力には、改めて驚かさえれる。
斧の持ち手の修繕は、折れた剣の処理よりも簡単だろう。
苦笑いを浮かべるルゥナの傍で、メメトハが溜息を吐く。
「加減が下手なのは、大叔母もじゃ」
クジャの復旧を兼ねた修練は、まだ始まったばかりだった。
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