第二幕 003話 呪術師の高説_1



「助かりました、チャナタ様。チューザ様」

「あっはっは、ビムベルクの奴、馬鹿だなぁ」


 チューザは廊下で楽しそうに笑って同僚の不幸を喜ぶ。

 特別に仲が悪いわけではない。良く言えば遠慮のない間柄というか。


「てきとーに謝っとけばだんちょーも諦めんのにさ」


 いい性格をしている。

 こういう図太さがないと上にはいけないのかもしれない。ツァリセには無理そうだ。


「ふ、ふふ……ツァリセ君に、口説かれ、た?」


 礼を言っただけなのだが。


「なま、え……呼ばれた。もう、こども……できちゃ、た」

「いややいやおかしいですから! 出来てませんから!」


 いきなりとんでもない確定をされた。

 すぐ後ろにいたはずのスーリリャが数歩後ずさっている。



「に、人間って……」

「んなわけないでしょうが」

「ふふ、ふ……まだ、受粉してな、いの」


 繁殖方法が違う。

 いずれ飛沫感染とか空気感染でも受精してしまいそうだ。


「人間の数が増えるのって……?」

「違うからね」


 影陋族に比べて人間の出生数が多い理由を、そんなわけのわからないことにされてたまるか。

 動揺するスーリリャに、にやにやとチューザが笑いかける。



「わりいなぁ、チャナタは処女だから知らないんだよ」

「あ……はぁ」


 何と答えたものなのか困ったスーリリャは微妙な笑みを返し、ツァリセは無表情を作る。


「お、ツァリセ。なんだよほしいのか?」

「滅相もない」

「いらない……いら、ないって……ふふ」

「いえいえ、勿体ないです! 自分なんかにはチャナタ様の……」


 処女、と言い淀んで口籠ったツァリセに満足したのか、ふっと笑ってチューザが歩き出す。


「ま、やんねーけどな。チャナタの処女はあたしがだんちょーになった時の祝いなんだ」

「……」


 もうどう答えていいのかわからず、情けない表情を浮かべて二人の後ろを歩いていく。


 エトセン騎士団、青グループのトップ。双子の大魔法使い。チューザとチャナタ。

 ビムベルクとは違った意味で変わり者だ、変わり者というだけならビムベルク以上だろう。



「あの、呪枷って?」

「ん? あのきったねー勇者の分だよ」


 先ほど団長に報告していた話を確認すると、喋っていいことなのかどうなのか、あっさりと答えるチューザ。


「あれが暴れたらさすがにあぶねーからさ。しばらく呪枷つけて監禁だってよ」


 一時的な措置として、そんなことを。


「……」


 スーリリャの顔色が優れないのも仕方がない。

 影陋族のスーリリャに呪枷に対して良い印象があるわけもない。彼女の首にもまた、その痕が薄く残っているのだから。



「トチ狂って暴れたり、いきなり育ちのいいボンボンみたいな喋り方したり、ぶつぶつ独り言続けてたりとかさ。あれ、あぶねーって」

「僕らが捕えた時からそんな感じでしたから」


 変わっていないということだ。



 負傷したビムベルクと共に、途中で調達した荷車に乗せて勇者シフィークを運んできた。

 あの戦いから30日近くかけて、ようやくエトセンに。

 それからまた20日経過して、今日の話に戻る。


 入念に縛り付けておいたのは正解だった。ビムベルクが万全でない状態でシフィークに暴れられたら、ツァリセではどうにも出来なかっただろう。


 とりあえずエトセンの牢屋にシフィークを放り込んで、ビムベルクは治りの悪い肩の傷などの治療を。

 ツァリセはあちこちに報告をしつつ、周辺の妙な噂を耳にしていた。



「冒険者としちゃあ結構有名だって? 簡単に殺しちゃだめってよ、そりゃあ呪枷でもつけとかねえと」

「まあ、そうですね」


 好き嫌いの問題ではない。仲間の安全の為だ。

 スーリリャの心情を考えるのはツァリセの仕事ではないだろう。


「それにしても、牢屋に入れてから結構経ちますけど」


 チューザの後ろを歩きながら、気になったことを訊ねてみる。

 危険なシフィークを、20日もそのままにしておいたということに。


「ふ、ふふ……そう、ね。呪術……知らない、ね」

「そんなポンポン出来るもんじゃねえからな。ちょうどいいや、本人に聞けって」


 チューザがだーんと開けたドアの向こうには、薄暗いカンテラに照らされた黒いローブの男が、不健康そうな色の顔に笑みを張り付けていた。


 彼が、呪術師ナドニメだ。



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