第二幕 苦くて甘くて痛くて甘い(全57話+余話と人物紹介)

第二幕 001話 エトセンの騎士たち_1


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 第二幕初めは人間側勢力の話が続きます。

 後に大きく物語に関わることになるます。

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「聞いているのか?」


 低い、地獄の底から響くような声。

 これが多分、冥府で人の罪を裁くとか言われる冥王の声なんだろう。

 そんな声で聞かれたら、自分なら震えて愛想笑いしか出来ないと思う。。


 ツァリセは、自分が大物ではないと自覚がある。

 別に大物になりたいとも思わない。

 出来れば穏便に、適度に満たされて適度に静かな日々を過ごせたらいい。


 なぜ軍人などになってしまったのかと言えば、親からの半ば強制的な進路指導であり、特にそれに逆らう気持ちもなかったからなのだが。


 大物といえば、身近に知っている人がいる。

 なぜ身近にいるのか。いると気苦労が増えるだけなのに。

 ツァリセが英雄の副官などという立場にあることを、親はたいそう喜んでいるのだが。


(滅茶苦茶ストレスだから)


 これなら下っ端の兵卒をやっている方がいいとさえ思う。



「……聞いているのか?」


 再度、地獄が唸る。

 違った。エトセン騎士団長ボルド・ガドランが問いかけた。

 椅子の背もたれにふんぞり返って耳をほじっている部下に。


「閣下……」


 後ろからスーリリャが小声でささやきかける。

 本来ならこの場にいることも許されないだろうし、騎士団長であるボルドの前で言葉を発するなど許されないだろうが。


「あー、聞いてるって」


 もっと許されない感じの人がいるので、許されてしまっている。



 エトセン騎士団長ボルド・ガドランは、勇者と呼ばれるに足る力を有している。

 戦闘力もさることながら、指揮能力、管理能力、判断力と。

 立派な騎士団長だ。


 ツァリセも出来ることならこんな上司に……


(いやいや、それも疲れるよね)


 清すぎる上司も大変だと思うので。



 ルラバダール王国の上位貴族は、多くが強い力を有している。

 戦う力を。

 そもそも家を興すきっかけが武勲を立ててということが多い。

 当然武勲を立てるのは強い人間であり、家に力があればその子にも英才教育が出来る。


 逆に言えば、力がなければ立場を失いかねない。

 だから魔物の養殖場で力を蓄えさせたり、戦闘技術の教育や供をつけての実地訓練などもさせて、その力を維持する。


 それでも、やはり個人の資質として、勇者の力まで届かない者も少なくない。

 直ちに廃嫡ということもそうそうないが、全くないわけでもないのだとか。

 それでも一般人とは比べることも出来ないほど強いし、また安全にそういう力を得るまで育つことになる。



 一般の者が冒険者を目指すのは、そこに夢があるからだ。

 冒険者となり、勇者英雄と呼ばれる力を身に着ければ、その先の道が。

 その力で国に貢献すれば、位は低くとも上流階級に入れるかもしれない。支配する側と言ってもいい。


 歴史ある貴族の家との縁が出来ることもある。

 強い血筋を求める貴族も少なくはないのだから。

 夢破れて死ぬ者も多い。


 ロッザロンド大陸はカナンラダ大陸に比べてはっきりとした国境線が引かれた土地ではあるが、戦火は絶えない。


 民族的な対立や、宗教的な問題。

 同じ女神レセナを崇めていても、同じだからこそ違いが許せないのだとか。

 食料や資源を巡る争い。

 利害の不一致も当然存在する。


 暴力的な手段で解決した方がいいと誰かが判断すれば、そこには簡単に火がついてしまうものだ。


 ルラバダール王国はそういった戦いに多くの勝利を収めて、ロッザロンド大陸最大の国家になっている。

 その貴族階級は当然、戦いに秀でた者が多い。


 国王もまた、英雄王と呼ばれるほどの人物。

 これがコクスウェル連合などになると、商い上手の支配階級もいたりするのだが。



 ボルド・ガドランはルラバダール王国貴族の三男だと聞いている。

 家を継ぐことはなく、このカナンラダのエトセン騎士団に来たのは二十年以上前のこと。

 その実力と人柄を認められて、エトセンを治める領主から騎士団長に任じられた。


 ビムベルクの例もあるが、カナンラダは特に実力主義の傾向が強い。

 エトセンの領主本人さえ下手な上位の冒険者より強かったりする。




「俺だって別に好きでやったわけじゃねえ」

「話を聞いていなかったな」


 ビムベルクの返答に、ボルドは微動だにしない。

 飾り気のない執務室の椅子にびしりと真っ直ぐに座ったまま、口元を必要なだけ動かして喋るだけだ。

 誰かが彼を評して銅像のようだと言ったことがある。


「魔物を退治したことを責めていない」

「んー、あー」

「貴様に手傷を負わせたほどの影陋族を逃がしたことを、なぜ今まで黙っていた」


 怒られている最中だと思うのだ。

 ボルドの表情は鋼のように硬いままだが、怒っている。


「言ってもどうしようもねえと思って、なぁ」

「……」


 なぁ、と話を向けられたのは?


(え、なんで僕?)



 ボルドの視線がツァリセに刺さった。


「そう思うか?」

「え、あ……」


 なぜ団長はツァリセに聞くのだろうか。

 ビムベルクが副官に同意を求めたからなのだけれど、おかしい。話の流れがおかしい。


「あ……はっ、英雄ビムベルクが手傷を負ったなどと聞けば、いらぬ動揺を招くこともあるかと。倒した千年級の魔物によるものとして、後の判断を団長に仰ぐ所存でした!」


 言い訳を考えた。

 それらしい答えを用意して、背筋を伸ばして返答する。


「そういうわけ、だな」


(何を偉そうに……)

 ぐぎぎと歯軋りしそうになるのを堪えて、上司と口裏を合わせる。

 上司の方は何もしていないような気がするが。



「それで、その報告が青の治癒士から上がってくるまで私に届かなかったのは、理由があるのか?」


 いやあバレないかなと思っていたので、とか。

 もちろん、そんなことを言える雰囲気ではない。



  ※   ※   ※ 




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