第一幕 89話 トゴールトの華_1
「お兄様がいらっしゃるのですか」
「兄が、貴女なんかすぐに成敗します。覚悟なさい」
「あらまあ、怖いこと」
涙目で睨む少女に、全くそんなことは思ってもいないだろう顔で言って見せるマルセナ。
腹立たし気な様子の少女。
それを見るイリアはなお腹立たしい。
「生意気な口を」
「イリア、構いませんの」
マルセナは咎めない。むしろ、この反抗的な少女の態度を愉しんでいる。
「……」
愉しむのは、私だけにしてほしいのに。
途中の村でもそうだった。
マルセナは傍若無人な王のように、村にある有用なものを奪い、村で一番良い家の主を殺して、その娘を愉しんだ。
イリアの見ている前で、長々と。
(あんなに可愛がってもらって……)
その娘の受け止め方とイリアの感想とが同じかどうかはわからないが。
呪術師もその間に悪事を働いていたようではあるが、イリアには関係ない。
見かけによらず精力的な男だと思うくらいで。
おそらく気に入ったのだろう村の小娘に、呪枷とは違う、赤い首輪をつけて連れていた。
それの効力は、このトゴールトに来てわかったが。
「兄は天翔騎士のリーダーです。魔法使いの一人や二人……」
「そうそう、面白い話ですわね。翔翼馬を扱う兵士なのだとか」
この屋敷を襲った時に二体倒した。
確かに、上空からの鋭い突きは、馬体の重量もあってかなりの威力と速度だったと思う。
上位の冒険者でも油断できる相手ではない。
だが、油断をしなければ対応できるという意味で、イリアは上位の冒険者だった。
ましてマルセナも一緒だ。空を飛ぶという利点もマルセナの魔法の前にはあまり意味がない。
その兵士は即死させたが、生き残った一体の翔翼馬は逃げて行ってしまった。
珍しいので捕えてみたかったのだが。
黒い呪枷は、主を失ったら意味を失う。
そこで錯乱するものもいるし、呆けるものもいる。なぜだかそれまでとあまり変わらないものも。
あの翔翼馬は、呪枷の効力を失ったことで、本来の野生の魔物のように帰っていったのだろう。
「わたくしも空は飛べないものですから。一度、上からの景色というものを見てみたいと思うのです」
上空から見下ろす誰かがいるのだとすれば、イリアはマルセナこそが相応しいと思う。
幸い、他にも同じような部隊がいるという。
マルセナがそう望むのであれば、次はうまく捕えたいものだ。
主の方を捕えてしまえば、馬の方も大人しくさせられるだろう。
「誇り高い天翔騎士が、お前など……」
「あんた、口の利き方知らないの? 今の立場わかってないのかしら」
イリアの声が冷たく響いた。
苛立ち紛れに短剣を振るう。
「うっぐあぁぁ……!」
「ピュロケス様!」
膝の上あたりを斬っただけだ。まだ死にはしない。
生意気な口を叩く少女ではなく、別の男に刃を突き立てた。
このトゴールトの領主だというので、とりあえず生かしてある。
町の中央に位置する領主の屋敷、そこに集まっていた町の有力者と思しきものを捕えている。
トゴールトの町は大混乱に陥っていた。
突如、街中で連続して放たれたマルセナの上位魔法。
上位魔法を使うだけの魔法使いなら、この町にも十名程度はいたのではないかと思う。
十分な威力で三発以上を連続で、となれば他にいなかっただろうが。
既にトゴールトの町は、日常を失っていた。
※ ※ ※
時は数刻前に戻る。
トゴールトに到着してから、途中の村で入手した金品でまず身なりを整えた。
村で奪った服もあったが、イリアの趣味ではなかったし、マルセナの美しさも損なわれる。
(ううん、マルセナは何を着ていても可愛いけれど)
村で一緒に湯浴みをしたイリアは知っている。着ていない方がさらに美しいと。
過去の冒険の最中もそういう機会はあったのに、自分は何を見ていたのかと悔やんだ。
とにかく、あまりみすぼらしい恰好をさせていられない。
外見を整え、次に冒険者ギルドに顔を出した。
ギルドとは言っても、町ごとにそれぞれ違う。繋がりはあるものの、そこまで密接な関係にはない。
紹介状などで別の町に行った時も便宜を図ってもらうことも出来るが、離れた町の細かいことまでわかるわけではない。
ただ単に、魔物の討伐などの依頼や素材の買い取り、加工、販売などの仲介を一括して行っている組織だ。
運営ノウハウはギルド全体で共有するし、他の町のギルドからの依頼で、地域ごとの不足する物資や必要な情報のやり取りはしているという。
町ごとに存在する商業組合。それらを町や国を越えて相互協力するのが冒険者ギルドの役割だった。
商いの繋がりなのに冒険者ギルドと呼ばれているのは、介在する人間の多くが冒険者なので。
身なりを整え、ギルドに顔を出したのは理由がある。
マルセナの魔術杖。
拾った魔術杖は初心者用で、マルセナの力が存分に発揮できない。
この町で手に入る最高級の魔術杖を欲しいと言っても、貧相な見かけでは相手にしてもらえないだろうと。
だから、まず身なりを整えた。
ギルドから紹介された武具を取り扱う店は、さすがに十万人規模の町だけあり良品があった。
「これは、どうかしら?」
その中でマルセナが手にしたのは、つるりとした曲面の白い杖で、先端部分は黄金に縁どられた紅玉がはめ込まれている魔術杖。
「さすがはお目が高い。こちらは炎極鳥の魔石とカナンラダ最古と言われる巨木の枝を合わせた逸品です。ただの木ではなく、燐光銀の素材を融合させていて、お値段の方はお安くはありませんが……」
最高の魔術杖と言われて見せられた中から、マルセナの選んだものについて店主が長々と語る。
イリアにはよくわからない蘊蓄だが、マルセナは満足したようだった。
それを手にして、イリアに向けて微笑んだ。
「どう、かしら?」
「……うん、すごくきれい」
「もう、イリアったら」
普通の仲間のように――イリアの首周りはスカーフで隠していたので――イリアの的外れな感想に笑う。
呪枷をつけてからも、こうしたマルセナの態度はあまり変わりがない。
たまに、言葉の端で命令のような言い方になってしまうとイリアには逆らえないが、気が付くとすぐに取り消す。
ひどい扱いをしない。むしろ同じ冒険者パーティだった頃より気を遣われているようにさえ思う。
くすくすと笑ってから、店主の目を気にして恥じらうように耳打ちを。
「そういうのは、また後で。ですわね」
(マルセナは……私を、どうしたいんだろう)
そういう疑問も浮かぶのだが、今のような言葉には体が熱くなってしまう。
「じゃあ、これを
内股気味にもじもじとしているイリアをよそに、マルセナが嗤った。
「はい、それでは……」
お代金を、という所だったのだろう。
高級品を扱うということもあって店には警備もいた。中位程度の冒険者が二人。
そうでなくとも、これだけの規模の町で騒ぎがあれば、町の治安維持の部隊も出てくる。
いくら上位の冒険者とはいえ、町で騒ぎを起こして指名手配となれば生きていけない。
店主の頭にそういう常識があったことを責めるつもりはない。
相手が悪かっただけで。
「原初の海より来たれ始まりの劫炎」
マルセナが彼に支払った代価は、少し手厚すぎたかもしれなかった。
※ ※ ※
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