第一幕 80話 東の果て_3
予備の武器が必要だとして。
空を行く天翔騎士が、それを持っていくことは出来ない。
重量の問題なのだから、余計な装備を持つはずがない。
トカゲというのは、案外と素早い。
都合よく、荷車を引ける大きさの大トカゲの魔物を使役する者がいた。
全軍で出撃だと言っているのだから、それも活用してもいいだろう。
サフゼンの指示により、天翔騎士よりも先んじて荷車を引いて走る姿があった。
これはサフゼンの気遣いでもあった。
腹違いで、色々と難しい部分はあるにしても、一応は兄だ。
何もさせずに他の団員から馬鹿にされ続けているよりは、何かの役に立つことで一定の立場を与えてやりたいと。
罪悪感からのことでもあったし、死んだ父が気にしていたということもある。
ラッケルタが引く荷馬車には、その主であるヘリクルと、影陋族の奴隷ネネランも乗っていた。
数十を超える細身の槍と、二人の男女を引いても、四本足で低く大地を進むラッケルタの速度は落ちなかった。
軽快な様子ではないが、赤黒い体と尻尾を振りながら力強く進んでいく。
「どうして、私が……」
荷車に乗るネネランが小さく呻いた。
給仕の恰好のまま荷車に乗せられた。
ネネランの服は、あまりにみすぼらしいと不愉快に思う人間もいて、下働きの給仕の服を与えられていた。
紺色のシャツワンピースに、白いエプロンを着けた姿。
女給が戦場になる場所に予備の槍を届けに行くなど、冗談のような話だ。
「全員出撃、だと言われた」
ヘリクルが、他にすることもなかったのか、ネネランの疑問に答える。
だからお前も乗せたのだと。
愚鈍な男だ。命令だからと、その内容を自分で考えることはしない。
(全員の中に、私は入っていないと思う)
どう思った所でネネランがヘリクルに逆らうことは出来ないのだから、仕方がない。
(清廊族が逃げてるっていうけど……)
ほとんど危険はないのだと。
牧場から逃げた清廊族を捕える。そんな簡単な任務。
「……」
逃げてほしい。
あの空を駆ける兵士から逃げることは難しいかもしれないが、どうか。
(お願いです、魔神様。どうか……)
ネネランはもう何十年も虐げられてきて、希望などとうに失っているけれど。
もし同族がこの屈辱の日々から逃れられるというのなら、見せてほしい。
自分は無理でも、そんな夢物語が叶うこともあるのだと。
※ ※ ※
霧。
滝を見るのは初めてだった。ルゥナだけではなく、皆が。
高所から落ちる水は、散り散りになり霧のような飛沫として舞うものなのか。
雄大な景色だった。
晴れた昼間だったこともある。
全員が、言葉を失ってその絶景に立ち尽くした。
ニアミカルム山脈の南の麓を、東に向かって流れていく川。
途中、山からの流れと合流して大きくなり、また途中で北東と南東に枝分かれして細くなり、その北東沿いの流れに合わせてここまで来た。
山脈の東の果てになるが、そこから先に大地がない。
真ん中に亀裂が入っている。
山脈を南北に割るように、断崖が大陸の東側から伸びていた。
その山脈の南側の端に、今まで辿ってきた川が流れていく。
断崖の下に落ちていく。
断崖から吹き上げる風が、落ちた川の水を霧のように巻き上げて、南から照らす太陽が虹を描き出す。
春から夏に差し掛かろうという日差しは少し強く、虹は鮮やかだった。
「きれい……」
ミアデの感想は率直で、否定のしようがない。
ルゥナも他に言葉が出てこなかった。
「でも、ルゥナ様の方が綺麗ですよ」
「トワ……怒りますよ」
この風景より自分が綺麗だなんて思うわけがない。
「……」
エシュメノも無言で目を見開いていた。
ソーシャをなくしてからずっと感情を押し殺していたが、さすがに心に響くものがあったらしい。
「虹……」
アヴィが無表情のまま呟く。
手を伸ばして、霧に映る虹を掴むように指を閉じた。
話は聞いていた。この川を辿れば滝に出ると。
「ソーシャの話では、ここから――」
「ルゥナ様!」
ユウラの焦った声が、呆けていた全員の心に緊張を走らせた。
「敵です!」
晴天の南の空に、鳥にしては大きな黒い影が二十ほど浮かんでいる。
整然と並ぶそれらは、死を運ぶといわれる魔物のようにも見えた。
※ ※ ※
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