第一幕 79話 東の果て_2



 二十二騎の天翔騎士が並ぶことなど今までなかった。


 十年ほど前に、トゴールトの領主が代替わりした時の式典で、当時十四騎の天翔騎士を並べたことがある。

 その時、サフゼンもその列に加わった。


 当時の団長は父だ。

 新任の領主は、その天翔勇士団の勇姿に大いに喜んだし、見ていた民衆もコクスウェル本土から来た来賓も目を奪われていた。



 あれから十年。父は死に、引退した者もいる。新たに入団した者も。

 この戦力は千の兵に匹敵する。

 単純な武力としてそうだし、機動力などを考えればさらにそれの数倍の価値があるだろう。



「武装については、今後も検討の余地がありますな」


 サフゼンの横で言うのはトクロイだ。

父の傍仕えとして翔翼馬の世話をしてきた彼は、翔翼馬の特性についてよく知っている。


 偵察部隊が槍を折られた話は聞いた。

 空を飛ぶ為に、重量のある武装はさせられない。細身の槍が主装備になってしまう。


 相手の技量もあっただろうが、武器そのものが頑強ではないのだから折れるのは仕方がない。

 予備は用意していくが、今後の課題ではある。



「全員が魔法を使えればいいのだが」

「それも面白うございますが、そこまでになると本当に町を一つ落とせますかな」


 空を飛翔して魔法を放つ。

 そんな部隊があれば、敵からすればどれほど嫌なものか。


「投石するとしても、やはり重さが問題か」


 結局は重量の問題だ。

 重さで高度が下がれば敵の攻撃が届くかもしれない。利点が失われる。



「火薬……でしたかな」


 トクロイが言うのは、かつて検討したことがある方法だ。

 火をつけると一気に燃える粉。

 そういうものがあるのだが。


「あれは、結局目くらまし程度にしかならなかっただろう。近くで発火して翔翼馬が暴れることもあった」

「役には立ちませなんだ」


 不採用になった案だ。

 言うほどの破壊力はなかったし、扱いも面倒。

 イスフィロセから取り寄せてみて実験したが、無駄に終わった。

 爆裂魔法級の威力があれば、天翔騎士の戦い方に大きく関わっただろうが。



「まあ今後の課題だ。金さえあれば、煌銀製の槍でも全員に持たせてやるんだが」

「はは、それは良いですな」


 軽いわけではないが、非常に硬質な性質の煌銀と呼ばれる素材で槍を作れば、細くとも折れぬものが出来る。


「鎧も全部それでお願いしますよ、団長」


 聞いていた天翔騎士の一人がそんなことを言った。


「それには全員の給金の十年分じゃあ足りないが……そうだな」


 天翔勇士団の門出だ。

 これまでも多少の戦いは経験してきたが、こうした作戦行動など初めてのこと。

 景気のいい出立にしておきたい。

 そういう意識がサフゼンにあったのだろう。


「逃げ出した影陋族の奴隷どもだ。情報ではゼッテスの牧場の貴族向けの高級品だと言う話もある」


 口々にどよめきと感嘆の声を漏らす団員達。

 それを見るサフゼンの口元も緩む。


「捕えれば大した財産だ。多少は戦えるやつもいるという話だが、俺たち天翔勇士団はトゴールト最強……いや、大陸最強だ」

「おお」

「後から来るのろま共に残してやる必要はない。その金で、全員の装備を新調するぞ」

「おおぉ!」


 気勢を上げる部下たちに、サフゼンは自分の槍を掲げた。



「トゴールト天翔勇士団、出陣!」



 いくらか理由はあった。

 敵の戦力だけを考えれば、別に全員で向かう必要はない。

 まして、トゴールト全軍に伝える必要もなかった。

 だが伝えた。


 トゴールト域内全軍出撃。

 そんなことは、カナンラダ入植以降のトゴールトの歴史になかった。


 軍隊というのは、命令を受ければ即座に動けるというものではない。

 事前の計画もなく急に動けるかと言われたら、即応部隊のみ。

 


 先んじて情報を入手したサフゼンは準備をしていたし、場所もトゴールトよりも近くに位置する。

 また、当然のことではあるが、他のトゴールトの兵士たちよりも足が速い。


 先に被害を受けたグワン騎兵部隊。

 普通の馬を使う騎馬兵を含む通常部隊。これが一番数は多い。馬は魔法使いの炎に怯えるので、実際の集団戦闘になった時に騎馬のままということも少ない。

 また、騎乗することは出来ないが戦いに役立つ魔物を使役する獣使隊。



 他の部隊が急いだ所で、どうあっても天翔勇士団より先んずることは出来ない。

 だとすれば、伝えておいた方がいい。


 慌てて準備をしてお零れに与ろうとするかもしれないが、手遅れだ。

 かといって、立場的には新参者になる天翔勇士団だけが情報を独占したとなると、後々面倒かもしれない。


 そういう意図もあり、サフゼンはトゴールトの軍司令部に伝えたのだ。

 グワン騎兵の部隊を殲滅するだけの敵なので、全軍で出た方がいい。

 一刻を争う事態なので天翔勇士団が先行する。



 筋は通した。

 人間社会でやっていくには、こういう立ち回りも必要だ。


 サフゼンの母は名家の出だった。町の上層部ともうまくやっていくことが自分の利益になると知っていた。

 その先に、天翔勇士団のさらなる未来もあるだろうと。



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