第5話 地べたを這う_2



 いくつかの幸いがあったと思う。


 ああいう恐ろしい生き物がいることを知り、生き残ることができた。


 アリの死骸は、焼け焦げていてもゲイルが食べるのに支障はなかった。生き物的にはエネルギーの大きいタイプだったようで、よい栄養になっている。


 失われた体積がアリを摂取することで回復していく。エネルギーが大きなものを摂取すれば多く増えることがわかった。



 また、炎に焼かれたせいか、少しだけ表皮が硬くなったように――いや、硬くできるようになった。

 今までは少し手を伸ばすだけでぼたぼた落ちていたゲル状物質が、少しだけ粘度を増したようで落ちにくくなっている。まあ落ちるのだが。


 高温に晒されたせいなのかわからないが、どろどろの体を引き締めることができるようになったことは可能性を広げていた。


 今まで地面を這いずることしかできなかったのは、重力に引っ張られて液状の体が下に落ちてしまうのが理由だ。


 ある程度自分の体の粘度を上げられるのであれば、多少は重力に逆らうような動作も可能になる。

 たとえば、壁を這ったり、天井に張り付いたり。



(……まだ無理か)


 壁はある程度までは登れるようになったが、少し気を抜くと落ちてしまう。どろおぉっという感じで、体を構成する粘液の大半が地面へと。

 そのままにしたらどうなるのか怖かったので、その際は壁にへばりつくのをやめて全身で地面に落ちる。叩きつけられても痛くもかゆくもない。


 べしょ、と水風船を潰すように地面に落ちてから、またうぞうぞと集まってくる。



(……絵面、ひどいだろうな)


 我ながら絵にならない。救えない生き物だ。


 それでも多少の成長を喜びつつ、洞窟の探索を続ける。

 この体は良い。多少の気温の変化は全く気にならないし、狭い所にも入っていける。全身の感覚器官で周囲の情報を知覚できるから灯りがなくても構わない。


 何より、食事を選ばない。

 人間は慣れないものを食べるとすぐ腹を下すが、今のゲイルは違う。


 最初にいた水中にあった光る水草のような食べられないものがあるとしても、そうでなければそこらに生えているコケや生き物の死骸。深く考えるとドツボに嵌まりそうだが他の生物の糞でもエネルギーとして吸収することが出来た。


 もし仮に、人間の体でこういった洞窟のような場所に入ろうとすれば、かなりの準備や荷物が必要になるだろう。わざわざ討伐に来る物好きがいるだろうか。


 大トカゲのような危険な生き物がいるのは仕方がないとしても、狭い隙間で隠れていればそうそう見つからない。

 そう思えば、生きていくのに不自由のない体を与えられたと、薄い感情の中でも喜びを噛み締めるくらいだった。




 洞窟にいる生き物の中で、どうやらあのアリは上位の存在のように思えた。


 一匹一匹は大したことがないが、集団で、仲間がやられてもまるで関係なく獲物を襲い続ける生き物。

 常に一定以上の集団で行動している。また、襲撃の際に死んだ仲間の死骸も巣に持ち帰ってしまう。


 弔っているわけではないだろう。おそらくその死骸も糧にしてまた新しい仲間を生み育てているのだ。


(共食いだな。もしお墓とか作っていたら失礼な決めつけだけど)


 全く感情を見せない機械兵のような行動をしている彼らにそういう情緒的な習慣があるとは思えない。

 はぐれているアリを見つけられたらと思ったが、残念ながらそういう機会はなかった。そもそもがゲイルよりかなり速い移動速度で追いつけない。



 ゲイルは洞窟の道の中央を進まない。必ず隅っこの方を見つからないように進む。

 物音に気が付いてから隠れようとしても間に合わないかもしれない。最初から隠れて進む。


 食べられそうな死骸などを見つけたら、周囲に警戒しながら回収。また移動しながら消化、吸収と。

 壁の隅には、小さなトカゲやネズミが隠れていることもあり、そういった物は生餌としてちゃんと食べるのだった。



 水の中とはまた違う形で、洞窟にはよく音が反響する。反響のせいで位置が掴みにくいのが難点だが。


 大きな生物同士の争いの場合、そのお零れが残っていることがある。

 食い残しの血肉に、それに群がる虫やら小さな生き物。


 ゲイルの移動速度が遅すぎることもあって、辿り着く頃には肉が傷んでいることも多かったが、大した問題ではない。腐りかけているくらいが消化しやすいので。



 先にアリなどが来ていて食べ尽くされていることもあったが、骨のような硬い部位は残っているので、今もそれをしゃぶるように消化吸収していた。

 かなり太い骨なので、大きな飴玉をしゃぶるような感じになっている。やはり絵的には汚い気がする。



(カルシウムカルシウム)


 今の自分に必要な栄養素なのかはわからないが、多少のエネルギーにはなっているようだ。

 好き嫌いは言っていられない。味覚がないのでそもそも関係ないが、体に毒でなければ摂取する。


 ――ボキッ


 音を立てて骨が折れた。

 食べにくいな、と思いながら全身の粘液で消化するように纏わりついていたら、半ばあたりでぽっきりと。


(……?)


 溶けて細くなっていたわけではない。

 ゲイルが締め付ける力が強すぎた。



(強すぎた?)


 纏わりついて溶かすだけの自分が、力を籠めることが出来ている。

 二つに折れた骨を、体の中心部に取り込みながら考える。


(絞める力みたいなのが……体の硬質化がもっと強くなったみたいだ)


 エネルギーを摂取し続けることで、やはり少しずつ成長している。

 周囲にあった他の骨も回収しながら、ゲイルは自分の力が少しずつ増していくことを肌で……肌ではないが、粘膜で感じていた。


(……この表現はイヤだな)



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