第3話 物心ついたらゲル状の生き物_3
ゲイル。
いつまでも日ノ本のことを考えるのも前向きではない。かといって生まれ育った名前を捨てるのも少し寂しい。
そう考えた自分が、新たな自分につけた名前だ。
ゲイル。誰が呼ぶわけでもないが、自分は自分をゲイルと認識する。
元の名前からの連想もあるし洋風な雰囲気もある。ゲル状のモンスターの発祥は洋ゲームのはず。それに、ゲル状生物としても適合していてよい名前だと自認してみた。
泥の底では時間は関係がない。
水面から漏れてくる灯りで何となくの昼と夜の違いはわかるのだが、それにどれほどの意味があるのか。
そういえば視覚はないのに光の強弱はわかる。
植物だって視覚がなくても日光の方角はわかるのだから、視覚以外の感覚で捉えているのだろう。
時間に意味がない。
何日を、何年を、そうして過ごしたのだろうか。
外敵というほどのものはなかった。同族もいなかった。
たまに生きた魚を捕食してみると、摂取できるエネルギーが多いことがわかった。
だがゲイルの動きは鈍い。
よほどうまい配置で回ってこなければ、そういう良質な餌にはありつくことができなかった。
底に沈んだ死骸や水草が主食。
時折、蝙蝠のような生き物の死骸も沈んでいる。摂取したからといって蝙蝠の特技を習得するようなことはなかった。残念だ。
少し困ったことがあった。
特定の植物が増えすぎている。薄っすら発光する草。
それはゲイルが触れると痛みを覚えるタイプの水草で、胞子のようなものを飛ばして分布を伸ばしている。
その胞子にも触れるとひどい痛みを感じた。
他の植物を食べ続けたせいで、環境を変化させてしまったらしい。
このままでは程なくこの水中にいられなくなる。
光が差し込むということは深海のような深さではない。
(……地上か)
あまり気が進まないのだった。
時間は関係ない。そう思っていた時期がゲイルにもあった。
しかし時間は問題をより大きく、抜き差しならぬ状況へと進める。
淡く光るその植物が一斉に胞子を飛ばし出すまで、ゲイルはそこを離れる決心をできずにいた。
(しまった)
植物が胞子を放つ。そういう時期であるとか考えていれば対策をしたかもしれないが、時間に無頓着な生活に慣れすぎていた。感情の起伏が少なかったことで焦燥感がなかったのかもしれない。
危機を実感していなかった。
必死で、鈍重な体で泥の底を這いずる。
遅い。知ってはいるが、遅い。
足元がひどく痛い。広く分布したその痛い草を踏んでしまっている。
背中も痛い。胞子が触れて、焼けるように痛む。
痛んだところを切り捨てていく。
ダメージがあるたびに、ゲイルの体が小さくなっていく。
せっかく長い年月をかけて成長してきた体が、かけた年月に見合わない速度で消耗させられていった。
(このまま小さくなったら、俺の自我とか消えるのか)
わからない。
(死ぬ、のか? また……)
わからないが、自分が消えてしまうかもしれないという恐怖はゲイルを必死にさせた。
(死にたくない。とにかく、死にたくない)
もう痛みに構っていられる状況ではない。死ぬか我慢するかということなら選択肢はないのと同じ。
ようやく水中から上がったゲイルは、呼吸器官もないのに、大きく体を上下させて逃げ切ったことを実感した。
生き延びた。命を長らえることが出来た。
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