【全48話】ゲル状生物に生まれ、這いずり泥を啜って生きた物語 / 続章【全534話】戦百華 / +外伝と真焉

大洲やっとこ

ゲル状生物に生まれ、這いずり泥を啜って生きた物語(48話完結済み)

第1話 物心ついたらゲル状の生き物_1


 目覚めた時、あまりに体が重くて、身を起こすことも出来ない状態だと思った。


 ひどい風邪やインフルエンザなのかと。これではとても仕事など行ける状態ではない。


 仕事……


 濁った思考が考えかけたことを遠ざけ、記憶に靄がかかったように見えなくなっていく。

 何をしていたのだろうか。



 体が思うように動かない。

 這いずるように、進む。


 ずず、ずずず。


 ように――ではなかった。這いずって進む。

 泥の中を、泥の底を這いずる。



 いつからこの状態だったのか、今までもずっとこうだったような、そんな気さえする。

 ここはどこなのだろうか。自分の体が自分の物ではないように感じる一方で、全く逆のことも思う。


 ――自由。


 何かをしなければという焦燥感がない。

 何をしてもいいという開放感がある。


 何物にも縛られない。

 ただ泥の底を這いずる。


 それは、まだ自分が幼い頃に根拠もなく感じていた無限の可能性のような。

 時間を忘れ遊んでいた時のような、恐れや不安のない時間。


 ただ泥の底を這いずる。

 ずっとそうしていたような気がするのだ。もうずっと、長いこと。


 かつてはそれを苦痛に感じていたような気持ちもあった。微かな感情の残滓として、どこかにこびりついている。

 今は、この状態に安堵を感じている。それも違うのか。安堵すらなく、ただ平穏な心境だけあった。



 ここはどこだろう。


 そんな思考を不思議に思う。今までそんなことを考えたことがあっただろうか、と。


 周囲の温度は自分の体温と同じだ。

 暑くもなく、寒くもない。普通、36度前後であれば暑いだろうに。



 手を伸ばす。

 手を――うねるように、伸ばす。


(…………)


 驚きはなかった。ただ心は穏やかな水面のように、ほんの少しの揺らぎだけを示す。



 液体。

 粘液のようなゲル状の手が伸びる。


 見ることはできないが、感じることは出来る。

 視覚はない。全身の触覚が今の自分の形を教えてくれた。


 周囲にあるのは、やはり液体だ。水……泥水。

 濁った泥の底で、俺の意識は改めて覚醒した。


(……アメーバ状)


 自覚した。自分の現状を確認した。





 かつて日ノ本で暮らしていた時に愛読していた書籍がある。

 つまらない生活をしていた自分が、底辺を這いずって生きていた自分が、その輝く冒険活劇を楽しませてもらった物語。


 あれの始まりは、どうだったのだろうか。

 こんな泥沼の底から始まっていたのだろうか。思い出せない。


(……ゲル状生物、か)


 どうやら自分、丹下英朗は、ゲル状生物として生まれ変わったらしい。



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