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八塚克哉は迷っていた。
これからすべき行動について。
女子大生二人に動画をどれくらい見たか確認したところ、江角は学際の時に映研の映画を見ており、動画はほとんど見ていない。
阪水の方は、映研の映画は見ていないが、動画のパート1についてはコンパ前の待ち時間に少し見た、という。
自分の方はパート1から3の動画を少しずつ見た程度だ。これで、自分たちがゾンビになるのかどうかはわからない。
<一体、どれだけ見れば、ゾンビになるのかわからないが…>
「いいかい、君たち、とにかくこれ以上はゾンビの動画を見るな。
恐らくだが、動画を見れば見るほど、ゾンビになりやすいと思う」
「ええ、そんなことって、あるんですか…」
江角はそう言って、阪水の顔を確認するように見た。
阪水は理解したのであろう、無言で頷く。
「男子から聞いた話も合わせて考えたんだけど、発症した人は誰も動画をよく見ていたようなんだ」
八塚は言葉を選ぶように言った。
「逆を言えば、動画を見なければ発症しない、そう信じるしかない。
それで、これはお願いなんだけど、君たちもトイッテーとかやってるよね。
それを使って、動画を見たらダメだ、って広めてほしいんだよ。
インフルエンサーっていうのかな、影響力のある有名人にはリプライするような形でもなんでも」
「えー、フォローしてる有名人も何人かいますけど、嫌われるのやだから、そんなことしたくないです…」
と江角が渋るが、
「あ、じゃあ私、やります」
と阪水が答えた。
「ありがとう、じゃあ阪水さんだけでも。
あと、家族とか友達にもメールやリネでこのことを知らせて、拡散してもらうようにお願いしてみてもらえるか」
「わかりました。そっちなら、私もやります」
江角が言った。
「よし、じゃあ俺も。
ロム専だから全然フォロワーいないけど…」
八塚はそう言って、少し考え、
「仕方ないな…ほんとはこんなやり方、俺の正義に反するが、そんなことも言ってられない…」
と、言い訳するように口ずさむと、二人に真剣な顔で向き直った。
江角と坂水は怪訝そうに、八塚を見る。
「いいかい?人は衝撃的なものほど、拡散する傾向にあるのはわかるよね?」
「はい…」
二人は同時に返事をした。
「それで、こんなことは本当はしたくないが、今からトイッテーをする前に、賀茂さんの動画を撮影しておいて、それを添付しておいてほしいんだ」
「え?そんなこと…」
「それは、ちょっと…できません」
二人は露骨に拒否反応を示した。
「いや、わかるよ、友達だものな。
それを晒せって言う方がどうかしている…
でもな、これ以上、こんなゾンビのようになってしまう人を出す訳にはいかないんだよ。
少しでも、押さえないと爆発的に広まってしまうかもしれない。
考えてもみろ、さっき、与川って娘が感染して、十分そこらの内に男子と女子の一人ずつ発症して、続けて賀茂さんまでこうなったんだ。
十人のうち、四人もだぞ。
無理強いはできないが、俺はやる」
八塚は捜査車両に戻ると、賀茂の暴れる姿をスマートフォンで撮影する。
怒りを露わにした恐ろしい表情で暴れる様子を、窓ガラス越しに。
女子大生二人は、シャッターの閉まった店の歩道に置かれた看板に隠れるように座り込み、スマートフォンを打ち続けていた。
撮影が終わった八塚も二人の元に行き、賀茂の動画を添えて、SNSへの投稿を始める。
定型文を作り、それをコピーして貼り付け。
なるべく、多くの人間に伝わるように。
打っている間に、知り合いの何人かから直接、電話がかかってきたが、口頭で簡単に説明し、逃げるか立て篭もるように説得した。
八塚の動画はインパクトがあり、他の二人に比べ、それなりに拡散していった。
ただ、この三人に限らず、同じ考えの多くの人々から「動画を見るな」と発信されたが、ほとんど無意味だった。
近しい者は信じたが、遠ざかるにつれ、信じる者は少なくなった。
全く信じない者、自分の眼で確かめないと気が済まない者、半信半疑の者、怖いもの見たさの者…。
純粋に『見なければゾンビにならない』と思えた、ごく僅かの者が発症しなかっただけ。
八塚のツイートは返って不安を煽り、信じた者でさえ、発症していく。
発信者の努力はお構いなしに、インターネットニュースやSNSなどでは、動画の話題で持ちきりとなっていた。
テレビでは、特別番組を組んで放送し始める局もあった。
「水道水にウィルスが入っていた」
「世界中の人間が既に感染している」
「発症した人間が出始めている」
そんな内容が躍り、人々の不安を掻きたて、次々に発症していく。
動画のことを知ろうが知るまいが、人々からウィルスの情報と不安を止めなければ意味がない。
「動画は種に過ぎません」
八塚の期待に反し、零の言葉どおりに。
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