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 戸井魁斗は震えていた。



 警視庁、サイバー犯罪対策課ハイテク犯罪総合対策本部。


対策課自体は港区新橋にあるが、本部は課と警視庁を繋ぐ窓口・連絡係としての機能を備えており、戸井はここに配属されている。


滅多に出ない現場に呼び出された後、普段から足として使うロードバイクでとんぼ返り。


先ほど、非番から呼び出された同僚二人と共に、ヨウツベに上げられた『外国人をゾンビにしてみた~日本人編:パート3~』を見終わったところだ。



<くそ、水道水でウィルスをばら撒いたって…


インターネットを通じて動画配信…パンデミック…


やばい、やばいよこれ…どれもやば過ぎる…>



戸井はトイレに向かい、そそくさと個室に入った。



<くそ、あまり、時間をかけられないな>


スマートフォンを取り出すと、震える手でリネを起動する。


『今、ニュースでやっているゾンビ関係のニュースは本当のことだ。


お父さんとお母さんに言って、家に鍵をかけて閉じ籠っておくように。


それから、動画を見るな、絶対に』


弟にそう送ると、すぐに課に戻った。



 低いパーテションで区切られたデスクの席に、落ち着きなく腰掛ける。


<パンデミックが仮におきなかったとしても、都内に絞っただけでも、相当な人数か感染してるぞ、これ…


ああ、となると上は、感染者は何人だ、って簡単に訊いてくるんだろうな…


うちの管轄じゃないことでも、インターネットで検索すればなんでもわかるって思ってるんだから…


あとで感染研に手配しないと…


でも、俺も感染してるんだったら、仕事している場合か?


やはり、家に戻って…いや、警察が犯罪者に簡単に負けるわけにはいかない…俺はリーダーだし…>



 サイバー犯罪対策課の分析官は、コンピュータの専門家を民間からも募った、コンピュータの専門家だ。


元クラッカー等の犯罪経験者も、公にはしていないが、厭わず採用している。


戸井は大手企業のシステムエンジニアを務めていたが、仕事の辛さに限界を感じ、この課に転職。


まだ三十二歳ながら、今回の動画分析に関するチームの責任者を任されていた。



 <やるしかないな、くそ>


戸井は葛藤を抑えると、覚悟を決めたかのように表情を引き締め、立ち上がった。


「二人ともちょっといいか?」


隣のデスクでデスクトップ型のパソコンに向っていた男が手を止めて、戸井の方に顔だけ向けた。


長髪で小太り、冬だと言うのにTシャツを着て、たるんだ腕を出している。


だが、正面にいるはずのもう一人が、いない。


「あれ、光田だけ?鳴海さん、さっきまでいたと思ったけど、知らないか?」


「さあ、知らね。


さっき、お前が席離れた後、追いかけるように出て行ったっきり」



 光田は元クラッカーで、服役後に採用された一人だ。


態度は悪いが、ハッキングの腕は一流だった。



「ちっ、まあ、光田だけでも、とりあえず聞いてくれ。


今回はかなり大きなやまだけど、やることはいつもと変わらない。


お前はいつも通り、ログ解析の一連の流れを頼む。


ヨウツベに連絡を取って、今回のアカウントの登録内容とログの保護、それから準備でき次第、あらゆるデータを提供してもらうよう手続きを進めてくれ。


投稿動画はあとで正式に提供してもらうにしても、とりあえず、早く解析したいんで、先に全部ダウンロードをしておいて。


ああ、あと、そのダウンロードが済み次第、今回の事件に関する動画を全部削除するように、依頼してくれ」


「削除依頼は令状いるんじゃなかったっけ?」


「これは警察の命令がなくとも、犯罪動画はヨウツベ側のサイトポリシー違反にあたる事例だ。


そこをついて迅速に対応するよう、促すんだ。


警察が本物だとお墨付きを与えれば、向うもビビってすぐやるだろう。


それが終わったら、ヨウツベ以外の情報収集も同様に頼む。


マリアって共犯の娘が、自分のトイッテーで情報を拡散しているらしい。


もしかしたら、他にもあるかもしれないからな」


「へいへい、わあったけどさあ、それならさあ、機動サイバー班の仕事じゃない?


トイッテーで犯行予告しているようなもんだろ」


「ああ、そうだけど、まだ、動画の真偽を確認できていないからな。


今回の事件はいずれ、うちの課を上げて捜査するように進めるだろうけど、初動捜査は俺たちが…」


「わあった、わあったって」


光田はうざったそうに戸井の言葉を遮って続ける。


「ただ、これだけのことをする奴だ、足がつかないように、常套手段の海外サーバー経由か”踏み台”でやるくらい、頭が回ると思うけどなあ。


ほら、さっき、城さんから調査依頼のあったIPアドレスだって、海外の奴だったんだから、今回のもたぶん偽装だぜ」


「だから、それもいつも通りだよ、それはそれで裏どりをしない訳にもいかないだろ」


「だからさあ、それが面倒なのよ。


何度も言うけどさあ、俺が捕まったのだって、ログからじゃなくてUSBメモリを島に持っていったからでしょ?」



 光田はクラッカー時代、大手のIT企業のサーバーに不法侵入し、不正アクセスの容疑で逮捕された。


その会社のCEOがとある会見で「わが社のサーバーは絶対に破れない」と豪語したのが癇に障ったのが、犯行の動機だった。


この時、光田にバックドアと呼ばれる手法で乗っ取られたパソコン=踏み台の所有者は次々と誤認逮捕され、それが五人も出たことがしゃれとなって、ネット上で警察が揶揄された。


そこまでは捕まらなかったが、光田は自己顕示欲が強かった。


自分の犯行だとネットの掲示板に書き込んでいたが、証拠がないと書き込まれ、むきになった。


自分がやったという証拠を『江の島のとある犬の首輪につけておく』と書き込み、実際に実行した。


これが仇となった。


その後、警察の威信をかけたアナログ的な人海戦術により、島内の防犯カメラの映像が徹底的に洗い出されたのだ。


その中の一つに、遠方からではあるが、光田が犬の首輪にUSBメモリを付けている様子が収まっていたのが、動かぬ証拠となった。


しかし、光田はこの課に採用されてからも、その自分の犯罪を武勇伝のように語っていた。



 「今回は犯人はわかってるんだ。


バックドアだったら、お前の時のように不正アクセスされた被害者がいるかもしれないことを忘れるなよ」


「なんだよ、ったく」


光田はパソコンに向き直った。



「――んなの乗っ取られる方がへぼいんだよ。まったく、一課は何やってんだ。


犯人、とっ捕まえてくれて、パソコン押収してくれた方が早いんだけどなあ…


科捜研に回さなくったって、俺がちょちょいのちょいで解析してみせるのに…


俺の時だって結局…」


ぶつぶつと愚痴を言い続ける光田を余所に、戸井はまたトイレに向かった。



女子トイレの前に立ち、ドアのスリガラス越しに中を窺うと、人影が見える。


「鳴海さん?鳴海さん?」


戸井は中に聞こえるように少し声を張った。


「――はい…」


中から、鳴海のか細い声が聞こえてきた。


「ああ、やっぱりここか。ごめん、トイレまで追いかけて。


悪いけど、急ぎの仕事頼みたいんだ。あの、戻って待ってるから…」


「はい、すぐに出ます…」


その時、スマートフォンのバイブが一度震えた。


『なんでダメなの?』


弟からリネの返信だ。


「くそ、ダメなものはダメなんだよ」


戸井は


『見たら、本当にゾンビのようになる、呪いの動画みたいなもんだ』


とだけ打ち込んだ。



 席に戻ると、光田が声をかけてくる。


「おい、110番の件数、急増してるってよ。


トラフィックモニターが警告を出してきたって、新橋の部署からメールがきた。


十時半過ぎから急激に増えて、既に三百件以上、しかも、警視庁で受けた分だけでこれだ。


俺も確認してみたが、今はもっと増えていて、ほぼパンクしている」


「本当に?何でまた急に…」


「パート3の動画が上がった時間が十時半だ、符合しているな。


多摩総合庁舎の通信指令センターも同じ状態らしいし、いやそうなりゃ恐らく、全国どこでも同じだろう。


もし、そのほとんどが今やってる事件関連の通報だとしたら…」


「そ、そんなことあるかよ、何かの間違いじゃ…


それより、もう、いいから、仕事、仕事!」


戸井は焦りながらも、自分に言い聞かせるようにそう言い、目の前の仕事である動画の投稿分析に取り掛かった。



Scriptureというアカウント名でアップされている動画の数、各動画の投稿時間と長さ、概要欄に記載してある国籍や職業、氏名とそのフリガナ等、諸々の情報のリスト化、それから家出人捜索願のリストとの照合だ。


<アップされている動画は、日本を含め、十三か国十三人…


内、男性七人、女性六人…


家出人リストにある者が八名か…


一年以内に九割が見つかると言われる行方不明者なのに、誰も、まだ見つかっていない…


最初のフランス人以外は公表されていないはずだから、警察内部の者でない限り、これは知りえない情報…


可能性は低いが、警察のサーバーを光田のようにハックしたか、情報屋から買った、とも言えないこともないが…


でも実際に、まだ届け出のなかった佐藤、って日本人の分も本人に間違いないっていうから、全員本物なんだろうな…>



戸井は自分の作成したリストと家出人のリストを交互に見ながら、考えた。


<最初に行方不明になったのは…一昨年十一月の中国人…ちょうど二年か…


牡蠣打ちの実習生として来日、配属場所は山口、いきなり遠くから攻めたな…


ただ、最初に投稿があったフランス人、これは去年六月だから、投稿の順番は誘拐した順番とは違うのか…>



戸井は事件リストに家出人リストにある届出日時をそれぞれコピーして追加、ソートをかけた。


<あれ、フランス人以外は、届出日時と順番が一緒…


確か、この日本人は去年の五月だから…


やっぱり、そうだ。


例外はあるが、家出人リストにない他の五人も、投稿順に誘拐された可能性が高いな。


――あれ?この職業…翻訳家や通訳が二人ずつ…


どれも、英語圏以外、日本語が堪能な奴を選んだということか…


岡嵜はアメリカに住んでいたとあるから、英語は堪能…


医者ならドイツ語もできるかどうかしらないけど、なぜかドイツ人はいない…>



 「ヨウツベ、既にコピー動画出回ってるわ。


削除依頼した意味ねー」


隣で光田が独り言のように言った。


「人の褌で再生回数稼ごうとする奴、多過ぎなんだよ。


徹底解説だの、まとめだの、理由つけちゃいるが、そこまでして…」


そんなことを口の中でぶつくさしゃべっている。



<――確かに意味がないかもな…一度、世に出たデータを削除するのは不可能だ…


ウィルスなんか本気にしていない奴には、関係ない話だもんな…


だけど、俺は坂辻って奴を現場で垣間見た…あれは…本物だ…>



その時、鳴海がやっと戻ってきた。


「鳴海さん、大丈夫かい?」


「――大丈夫…じゃないです…」


鳴海は涙声で答えた。


「え?どうしたの?」


そう言う戸井を素通りし、鳴海は対面の席に戻った。


「鳴海さん、あのちょっといいかな」


戸井は鳴海の側まで行き、腫物を触るように鳴海に当たる。



 鳴海はコンピュータ専門学校を昨年卒業後、画像分析の専門会社に就職、警視庁のソフトウェア開発を担当したのが縁で、若くして転職した捜査官だ。


女性遍歴の少ない戸井にとって、歳の離れた鳴海は絡みにくい。


口は悪いが、歳の近い光田の方がよほど話しやすかった。



 「――はい、なんでしょう?」


鳴海はまだ落ち着かないのだろう、戸井の方に完全には向かず、左手で右肘をさする。


「今回の動画のリスト、今、作成しているところなんだけど、急いで見てくれるかな。


何か、不足する項目とかあったら追加しておいてくれると助かるんだけど…」


「わかりました」


「あと、それが終わったら、君お得意の画像解析を頼むよ。


全動画の本数は十三か国でパート3までだから、四十近くある。


どこかに被害者や岡嵜って犯人の顔が映っていればいいんだけど、とりあえず、それのチェックからだね。


拉致されたと思われる外国人の顔写真は、今回の事件フォルダの家出人リストにあるから、そっちと照合して」



 鳴海はしぶしぶといった態度を露わにしながらも、仕事に取りかかった。


戸井は鳴海の様子が気になりながらも、自分の机に戻る。



<今日は特にとっつきにくいな。


まあ、こんな状況だから仕方ないけど…>


そう思いながら、パソコンの画面を見つめる。


<しかしこれ、どうして、こんなたくさんの国から…


何か意味があるのか…


そう言えば、フランス人編では、岡嵜は自分はイギリス人って名乗ってたな…


犯人が岡嵜と割れているから、嘘だとはすぐにわかるが、なぜそんな嘘を…>



戸井はリストの項目に零の名乗る偽りの国籍の項目を追加し、さらに考えを進める。


<――待てよ…これ、人口の多い国に集中していないか…あとは…核保有国か!>


戸井はピアニストのようにキーボードを叩くと、両方の検索を出す。


右手をマウスに移し、作成中のリストの下にその一覧を貼付ける。



<――やっぱり人口の多い国…核保有国の方は…北が抜けているが、あとは全部あるかな…

取りあえず、ここまでの情報を一課に…>


戸井は作成途中のリストを一旦保存し、一課に情報を送りながらも、また恐ろしくなってきた。


<人類を絶滅させようと本気で目論んでるって、ウィルスだけじゃなく、あわよくば核戦争も引き起こそうとしているのか…


本当にやばいぞ…これ、もっと上…


それこそ政府に上げなきゃいけない情報じゃあ…>


口に当てた右手の人差し指が震える。



「はいはい、出たよ出たよ、出ました、リベリクス。


ここはうちじゃあ、ってかどんな国の機関でもどうにもならんぞ」


今度は、光田がお手上げ、と言わんばかりに両手を上げた。


「リベリクスにも上げてあるのか…削除依頼どころか、照会すらできないな。


まあ、仕方ない。できるところからやってくれ」


戸井はなんとか気を取り直して声を張った。



「あの…戸井さん…」


鳴海が光田とは対照的な小さな声で呼びかけた。


「なんだい?」


「先ほどのリストですけど、行方不明者がいないか、各国の領事館にも照会をかけてはどうでしょうか。


日本の警察に届けなくて、領事館に直接行く外国人もいる、ということを聞いたことがあります」


「ああ、そうか、さすがだね。


それなら、領事館の電話番号をリストに追加しておいてよ。


リストを一課に回して、お願いするから」


「それなら、そっちのリスト、一旦閉じていただけますか?


さっきから言おうと思ってたんですけど、こっちで作業できませんので」


「あっ、そうだった、ごめん、ごめん」


同じファイルを二人同時に開いた場合、後から開いた方は編集できない。


戸井はこれから先のことは鳴海に任そうと、すぐにファイルを閉じた。


「はい、閉じたよ」


「それから、不法滞在者のリストも当たってはどうでしょうか」


「不法滞在者リストか、なんで気が付かなかったんだ。


じゃあそっちとの照会もお願い…」


「おい、見てみろよ、リベリクスの方には、外国人の顔、ばっちり顔映っちゃってるよ。


これ見てみな、ゾンビになったらどうなるかってね」


光田が二人の会話にお構いなしに入ってきた。


「え!?」



戸井は立ち上がって、光田のパソコンの画面を覗き込む。


動画のタイトルは英語表記と共に日本語で”外国人をゾンビにしてみた~インド人編:パート4~”とある。


僅か一分ほどの映像、拷問された部屋の映像とは違って、鮮明だ。


鉄格子の奥で、中東系に見える女が歯を剥き出し、狂ったように暴れる様子が映っている。



「これ、すげえな、フェイクには見えねえできだぜ」


光田が左手で頭を掻いた。


「これなんて、ほれ」


続いて、フランス人編パート4とあるサムネイルをクリックすると、先ほどと同様の部屋で、男が暴れ回る映像が始まった。


「ニュースに出てた写真の男にそっくりだろ。


おかわいそうにゾンビになって…このフランス人がグルでもしない限り、こんなことしないだろ」


「ああ、そうだな…」


光田は生唾を飲んだ。


「これ、一課と新橋の支部に報告を頼む。


見たらわかってもらえると思うが、動画の信憑性は極めて高い、と付け加えてな。


それが済んだら、俺と…それから鳴海さんにもURLだけでいいから送ってくれ、解析してもらうから」


「へいへい」


光田は左手をキーボード、右手をマウスに添えると、あっという間に指示をこなした。



「鳴海さん、今の会話聞こえてたよね?


顔がばっちり映ってるから、解析頼むよ。


インドの女性の顔写真、今のリストにあったと思うから」


戸井はそう言いながら自分の席に戻ると、光田から送られたばかりのURLのリンクをクリックした。



<――うわ、えぐいな、これ>


戸井は思わず、手で口を覆う。


<…お、俺も、もしかしたらこんな風に…いやいや…>



「いやー!」


突然、鳴海の声が甲高く部屋に響いた。


<ああ、この映像は酷だったか>


戸井は叫び声の意味を理解した。


「鳴海さん、気持ちはわかるけど、落ち着いて。


動画に映っている相手は化け物でもなんでもない、被害者の方なんだから。


これを見るのだって仕事の…」


「だって…だって、私たちも、こんな風にゾンビになっちゃうんですよね、ですよね?


さっき、一緒に見たじゃないですか。


メールには110番が急増してるってあるし…


どうして皆さん、そうして落ち着いていられるんですか。


私、いやです。


いやだ、絶対、いや。


私、ゾンビになんかなりたくないです…


なんでなんで、どうして…もう帰りたい…帰りたいよ、もう…」


「だから、落ち着いて。


まだ、そうと決まった訳じゃないから」


「だって、ジョージって人も、佐藤って人も、本当に行方不明なんですよね。


このインドの人だって、解析なんかしなくったって、一目で本人とわかりますよ。


みんな、本当に誘拐されてゾンビに…」



「わあったから、黙ってろよ」


光田が口を挟んできた。


「ったく、そんな不安、みんな抱えてやってんだよ。


こっちだって夜中に急に呼び出されて仕事してんだ。


お前もさっさとやれよ。


こんな映像、見慣れりゃどうってことないだろ、俺なんてもっとグロいのしょっちゅう見てんぞ」


光田はそう言うと、机の上の菓子パンを取り、無造作に頬張った。



「いつも言ってますけど、お菓子食べながら仕事するのやめてください。


キーボードがかわいそうです」


鳴海は恐怖より怒りが勝ったのか、表情が一変する。


「キーボードがかわいそうって、パソコンに感情があるのか、あん?


これだからパソコンオタクは。


変わり者ばかりで嫌になるな」


「その言葉、そのままお返しします!


道具を大切にするのは当たり前だし、パソコンオタクは光田さんも一緒じゃないですか!


それに私は誰かさんと違って”全う”に生きてきましたから」


鳴海は嫌味っぽく言った。


「なんだよ、警察の人間が出所者を差別すんのかよ!」


「光田さんこそ、自分の事件のこと、自慢そうに話して、反省してないじゃないですか!」


「ちょっと、二人ともいい加減にしてくれ」


戸井が仲裁に入った。



<いつもなら、おしゃべりは多くても、こんなことを言う鳴海じゃないのに。一体、どうしたんだ?>


そう思う戸井に、鳴海の沸き立った感情は飛び火した。


「戸井さんだってそうです。


勤務中のスマホの私用は禁止じゃないですか!


私、見ました。さっき、トイレから出ようとした時、見ました」


「…な、か、関係ないだろ、今は!ちょっと弟に返信しただけだ」


思わぬブーメランに戸井はむっとする。


「あ、いいんですか。ちょっとなら、いいんですか。


だったら私も…だったら私もやらせてもらいます…」


鳴海は頬を膨らませて言った。



<なんだ、こいつ、普段は大人しいのに、こんなに突っかかって来るなんて…なんかすげえ腹立つ…>



「…正直言いますけど、戸井さんのこと見て、私もさっきトイレでリネしてきました。


だって、家族に伝えたかったんですもん。


そうですよね、戸井さんも伝えたんですよね?


そうですよ、そりゃそうですよ、誰だってそうしま…」


「…るせえ」


そう言ったのは、光田ではなく戸井だった。


「え、今、なんて言いました?


小さな声では聞き取れません。


戸井さんはいつもそうやって、おどおど小さい声ばかり出して、聞き取りにくいことがあるんです」


「うるせえって言ってんだよ、聞こえねえのか、くそが!」


戸井は怒鳴った。


光田は初めて聞く戸井の怒鳴り声に呆気にとられ、パンを食べていた口の動きを止める。


「なんで、お前はいっつもいっつも同じ言葉を繰り返すんだよ!


だって、だって、なんでなんでって、バカか!?あ!?


光田、おめえもだよ!


あのさあ、あれさあ、って、さあさあ、ばっか言ってんじゃねえよ!」


「戸井さんだって、何かと、くそ、くそ、って小声で言うじゃないですか!


ちっち、ちっち、舌打ちも多いし!」


「っち、なんだと、くそが!くそが!」


「ほら、今だって!」


「おい、戸井…」


言い合う二人を唖然と見ていた光田が、怪訝そうに言った。


「なんだよ!」


「お前、鼻触ってみ、鼻。鼻血出てんぞ…」


光田は自分の鼻を触ってみせた。


「あぁ!?」


戸井は自分の鼻を触った。


「あれ、私も、私も出てる…」


鳴海も鼻を押さえる。


「いや…いや、いやいやいやいや!私、私、ゾンビに、ゾンビになんか、いやーー!!」


鳴海は絶叫して、部屋を飛び出して行った。


<え、鳴海がゾンビに…って、俺、俺もゾンビになってしまうのか…


そう言えば、なんでこんなに俺、怒ってんだ?


さっきから暑いし、頭がぼーっとするし…>


その時、またスマートフォンが震えた。


見ると、こうあった。


『やっぱりか。実は俺、もう見ちゃったんだよね、どうしたらいい?』

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