#3 夜宵とパンチラの話

「いらっしゃーい! ヒナ、入って入って!」


 お泊まりセットを担いで夜宵の家にお邪魔すると、待ちわびた様子の夜宵に出迎えられる。

 うんうん、今日も夜宵は可愛いな。

 その後はおばさんからお茶菓子を振る舞われて少しのんびりしたところで、いつも通りの勉強タイムに移る。

 リビングのテーブルで向かい合い、問題集を解き続ける夜宵。

 そんな彼女の真剣な顔を時折チラ見しながら、俺も夏休みの宿題を進めた。

 やがて二時間が過ぎた頃。


「終わったー」


 ペンをテーブルに転がし、夜宵が伸びをする。

 どうやら問題集を一冊解き終えたようだ。

 そんな彼女に俺は労いの声をかける。


「お疲れ夜宵、三十分くらい休憩にするか」

「三十分?」


 その言葉を繰り返しながら、夜宵の瞳がキラリと光った。


「三十分あればアニメ一話観れるね」

「まあ、別にいいぞ。好きにリフレッシュしてくれ」

「おっけー、パソコン持ってくるね」


 そう言って夜宵は席を立ち、リビングを出ていく。

 しばらくしてノートパソコンを抱えて戻ってきた。

 テーブルにノーパソを広げ、大型のディスプレイモニターに接続する。

 これで二人でアニメを観る準備が整ったようだ。

 夜宵は手慣れた操作で動画サイトにアクセスする。どうやら公式配信のアニメを観るらしい。


「で、何を観るんだ?」

「アイドル探偵魔法少女メカゾンビちゃんっていう今季のアニメだよ。私もまだ一話観れてないんだ」

「名前は聞いたことあるけど観たことない奴だ」


 タイトルからして色々ごった煮なのが伝わってくるな。

 やがて動画ページが開き、アニメの再生が始まる。

 どれ、第一話らしいし、前情報なしで俺も楽しむとしよう。

 冒頭は華やかな女の子アイドルグループのライブシーンから始まる。

 アイドルアニメって言えば大抵可愛い女の子グループと、男主人公枠のプロデューサーやらがメインキャラになるのだろう。

 そう思っていると、画面に一ノ瀬プロデューサーと呼ばれるイケメンが登場する。

 ふーん、こいつが主人公枠なのか。


『一ノ瀬Pが死んでる!』

『これは密室殺人ですよ!』


 死んだ! 主人公っぽかった男キャラ、開幕五分で死んだー!


『犯人は氷属性の歌魔法で一ノ瀬Pを殺害したものと思われます』

『氷属性の魔法が使えるアイドルと言えば郡山さん!』

『そんな、私やってません! どうして私がプロデューサーさんを殺さないといけないんですか』


 ここから探偵ものになる流れなのかこれ。

 そう思ってると、一際目を引くキャラデザのメインヒロイン、メカゾンビちゃんが登場する。


『郡山さんの無実は私が証明して見せます! 名探偵と呼ばれたお爺ちゃんの従兄弟の奥さんの妹さんの娘さんの恋人のお兄さんの名に懸けて!』


 めっちゃ遠縁の人の名に懸けてきたー!

 俺が内心で驚いてるところに夜宵が補足してくれる。


「公式サイトによるとメカゾンビちゃんの親族はめっちゃハイスペな一族なんだよ。

 お爺ちゃんは名探偵だし、その従兄弟はメジャーリーガー、その奥さんは天才ピアニストで、その妹さんは特許をいくつも持つ発明家、さらにその恋人は政治家で、その兄は無職のおっさんらしいの」

「駄目じゃん! 無職のおっさんの名に懸けちゃったよ! もっと有名な人沢山いたのに、よりによって無職のおっさんに懸けちゃったよ! 無職のおっさんも困ってるよ!」


 そうしている間にも物語は進む。

 捜査パートとなり、登場人物達が現場検証を行ったり、防犯カメラの映像を確認し始める。

 その間、夜宵も真剣に画面を見つめていた。

 ひょっとして夜宵ってミステリーとか好きなのかな?

 彼女の真剣な表情から察するに、きっと頭の中ではこの事件の真相を解き明かそうと様々な推理が繰り広げられているのだろう。


「あっ、待って! 今のところストップ! もう一回見せて!」


 突然声を上げて、夜宵は動画の再生を停止する。

 そしてシークバーを少し前のシーンまで戻し、今度はコマ送りでアニメを再生した。


「何か見つけたのか夜宵?」

「うん、ひょっとしたら凄い発見かもしれない」


 おおう。まさか夜宵が謎解きが得意なんて意外な才能だ。

 これは彼女の名推理が期待できるかもしれない。

 そう思ってると夜宵が再度動画の再生を停める。

 アイドル達が歌って踊ってるシーンだが、この場面にどんな手掛かりがあるんだ?

 そこで夜宵が画面に映った女の子を指差した。


「ここ、このシーンだよ! パンツ見えてる!」


 はい?

 夜宵が指差す先を見ると、確かにアイドルの子の短いスカートの端に僅かに色の違う部分が映り混んでいるのがわかった。

 なるほど、パンチラシーンか。


「恐ろしく速いパンチラ、私じゃなきゃ見逃しちゃうね」


 めっちゃ得意気な顔してるよこの子!


「ところで夜宵ちゃん、質問なのですが、キミは探偵ものを観ながら謎を解くのが得意だったりとかしないかい?」

「えっ、別にそんなことないし、犯人とかトリックとかさっぱりわからないよ。

 私の本当の狙いはね、美少女アニメのパンチラシーンを見つけることにあったんだよ」


 やだ、この子めっちゃ誇らしげなんだけど。

 清々しくやりきった顔を浮かべながら、夜宵はパンチラシーンのキャプチャーを保存し、ツイッターにアップした。

 夜宵のPCはモニターに繋がったままなので、その操作は自然と俺の目にも映る。

 有名漫画のイケメン吸血鬼キャラをアイコンにしたツイッターアカウントが表示される。アカウント名はヴァンピィ。それが夜宵のアカウントだ。


『メカゾンビちゃん一話でパンチラシーン見つけた!』


 そんなツイートを送信すると、すぐにフォロワーからのリプライがつく。


『すごい! 私も観てたけど全く気づかなかったよ。コマ送りしないとわからないレベルじゃないかな。

 ヴァンピィさんのパンチラへの執念には頭が下がるね』


 パンチラ発見に尊敬の念を示すその人物の名はたまごやき。

 いつもツイッターに夜宵好みの可愛い女の子絵をアップしているアマチュア絵描きだ。

 俺や夜宵ともツイッター上では古くからの付き合いであり、その正体はウチの妹の光流だということが先日判明したという経緯がある。


『パンチラへの飽くなき探求心を持つ者だけが、一瞬の煌めきに気付くことができる』

『カッコイイ! さすヴァンピィ!』


 夜宵ヴァンピィがキメ顔で格言みたいなのを書き込むと、すかさず光流たまごやきが誉め称える。

 そう言えば、ツイッターでの夜宵は昔からこんなキャラだったな。

 美少女アニメが好きで、常日頃からアニメの感想と共に色々な欲望を垂れ流しているのだ。


 夜宵は満足げな様子で動画ページに戻る。


「さて、続きを観よっか」

「キミ、本当に楽しそうだね。パンチラひとつでそんなに盛り上がれるとは」

 

 何気なくそう声をかけると、夜宵の瞳が驚愕に見開かれた。


「パンチラひとつ? ヒナ、それはパンチラへの冒涜だよ! パンツに謝るべきだよ!」

「えっ、なに? 俺そんなにマズイこと言ったの?」


 なにか知らんが夜宵の地雷を踏んでしまったようだ。

 彼女は興奮した様子で高らかに語り始める。


「パンチラはね、私たちの生活に癒しと活力を与えてくれる永遠不滅の人類の宝なんだよ。

 下着というのは、普段は人が触れることのできない神々の聖域であってね」

「いや、下着作ってるのも履いてるのも人間だから普通に人が触れてるだろ」


 俺のそんなツッコミは意に介さず、夜宵の演説は続く。


「スカートの短い女の子を見るとね、ひょっとしたら見えるかもしれない、見えないかもしれないっていうロマンを与えてくれるの。

 もちろん生足を眺めてるだけでも十分癒されるんだけど、そんな時に偶発的にパンツが見えてしまった時の高揚感と背徳感、何よりお得感こそがパンチラの魅力と言っても過言ではないね」


 熱弁を振るう夜宵の表情はだらしなく緩み、口元に涎が滴る。

 夜宵ちゃん夜宵ちゃん、美少女がしちゃいけない顔になってるよ。


「そうそう、私ずっと引きこもりだったけどさ、最近学校に行くようになって驚いたの。

 女の子がみーんな可愛いのね。しかも制服のスカート短くして、眼福だよね」


 話してる内にパンチラ談義のターゲットは二次元のアニメから三次元の世界へと移ったようだ。


「JKって素晴らしいよね! あの生足や短いスカートを見てるとロマンを感じるよ! あとちょっとで見えるかもしれないっていうロマンを!」

「おっさんかよお前」


 そういえば、制服のスカートの話題で思い出す。


「夜宵って、制服のスカート丈長めだよな」


 他の女子が結構短いのに対して、夜宵は膝下くらいまである。

 俺の呟きに夜宵は驚いたように答えた。


「えっ、あっ、うん。むしろ私は校則通りだと思うよ。他の子が短いんだよ」

「へー」


 女子のスカート丈に関する校則なんて男の俺は詳しく調べたこともない。

 しかし夜宵の反応を見て、俺の中で悪戯心が芽生えた。


「夜宵、パンチラの素晴らしさを熱く語ってくれるなら、キミもロマンを与える側になってみないか?」

「えっ、なっ、何を言ってるの?」


 夜宵の表情が引きる。すかさず俺は畳み掛けた。


「イメチェンしようぜ! 夜宵もスカートを膝上三十センチくらいにして、パンチラの魅力を教えてくれよ!」

「えっ、えっ、えっ? ヒナ、なに言ってるの?」


 その時の夜宵の格好もたまたま膝丈のフレアスカートだったため、ソファーの上で彼女は恥ずかしそうにスカートの裾を押さえた。

 困惑と狼狽を露にしながらも、夜宵は俺の提案に反論する。


「あのね、ヒナ。パンチラ界にも需要と供給があってね。私のパンチラなんて誰も見たがらないと言いますか」

「いや、俺は見たいけどな。短いスカートの可愛い夜宵ちゃん。ロマンを与えてくれる夜宵がすごく見たいなー」

「えっ? えっ? ええ!」


 とうとう顔を真っ赤にして照れてしまう。

 さっきまで男友達同士のエロトークみたいなノリだったのに、自分がその対象になると急に女の子の反応になるんだなあ。

 というか、夜宵は自分が性的な目で見られることを一切考えてなかったらしい。

 そこらへんは彼女の友達の少なさ、対人経験のなさに起因するのだろうか。


「そ、そういうのやめよう。ヒナ、セクハラ! セクハラだからね! 私以外にそんなこと言ったら通報されちゃうからね!」

「夜宵にしか言わないから安心してくれ。俺がパンチラ見たい相手は夜宵だけだよ」

「な、なに言ってるの! いいから勉強! 勉強を再開しよう!」


 アニメの途中だったことも忘れ、照れ隠しに新しい問題集を机に出す夜宵。

 うんうん、夜宵のこういう反応も可愛いなあ。

 俺にとっても有意義なリフレッシュタイムになったのだった。

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