心配症なお后様
一帆
第1話 王子のお祝いの会
むかしむかし、あるところにとても仲の良い王様とお后様がおりました。結婚してから8年目の春、とても可愛らしい王子が生まれました。王様は毎日王子の顔を見る度、ほんわかとした気持ちになります。今日も、ゆりかごに寝かされている王子の頬をちょんちょんとつついていました。
「のう、この可愛い王子の祝いの会を開きたいと思うのじゃがどう思う?」
「それは、とてもいい考えです。さっそく……」と言いかけたところで、お后様はとても困った顔をして黙ってしまいました。
「どうしたのじゃ?」
「い……いえ……」
「王子の祝いはしたくないのか?」
王様は心配になってきました。自分はこんなにも可愛い王子を授かったのです。いろんな人にみせて自慢したいと思っているのですが、お后様は自分とは違う考え方なのかもしれないと感じました。そう思うと少し寂しくなってしまいました。
「そうか……」
「ち、違うんです」
お后様は首を大きく左右にふりました。王様ががっくりと肩を落したので、王様が誤解してしまったような気がしたのでしょうか。慌てて話そうと口をぱくぱくさせました。王様は、そんなお后様を見ていると、寂しい気持ちが薄れていきました。
「先日……、お城の奥の図書室から絵本を借りてきまして……」
「絵本?」
話の展開について行けず、王様は目を白黒させます。そして、部屋の中を見まわたすと、王子のベッドのそばの机に絵本がいくつか置かれていました。ははん、この絵本のことだなと思いましたが、お后様が相変わらず困った顔をしている理由が思い当たりません。お后様は自分の手を開いたり閉じたりしてしばらく迷っているようでしたが、顔を上げて王様の方を見ました。
「はい。王子に読んで聞かせようと思ったのです。でも、可愛いお姫様の洗礼に呼ばれなかった魔法使いがお姫様にお祝いの代わりに呪いをかけてしまうという内容の絵本があったのです……」
「な、なんと!! 姫に呪いを??」
「はい。それで、もし、可愛い王子が魔法使いに呪われてしまったら……と思ったのです」
お后様はぶるっと肩を震えさせました。王様は立ちあがりお后様の肩にそっと手をのせました。
「確かに」
王様はお后様の目を覗き込みながら大きく頷きました。可愛い王子に呪いをかけるような魔法使いは国中を探してもいないのですが、お后様が心配しているならば自分の考えを押し通すこともないなと思いました。
「ならばやめよう」
「しかし、王様。もし、この子のお祝いをしなければ、王子のことをみなのものが知る機会がなくなってしまいます。それは、もっと嫌ですわ」
やめると言った途端に、お后様が慌てたように言うので、王様は思わず苦笑いをしてしまいました。
「……ならば開こう。ただし、誰を呼ぶかが問題だな」
王様は腕組みをしました。お后様も王子の顔を眺めながらため息をつきます。
可愛らしい王子が目を開けました。左右の色が僅かに違う目がぱちぱちと瞬きをします。小さな手を広げて、声にならない声をあげます。抱っこして欲しいのかと王様は思いましたが、自分が抱くと泣き出してしまうのではないかと心配になり手が出ません。お后様が王子を抱き上げたので、王様はほっと息をはきます。
「ところで、魔法使いの一人はなぜ呼ばれなかったのじゃ? 悪い魔法使いだったのか?」
「いいえ。ずいぶん昔に行方不明になっていたから数に入っていなかったそうです。それが祝いの席に突然現れたのであわてて食事の準備をしたのですが、食器の種類が違ったそうで……」
「なんだ。ただの逆恨みか」
王様は少し口角をあげて、お后様に微笑みました。
「ならば、こうしよう。祝いの会の招待状は発送せず、城の正門に張り紙で日時を告知する。誰でも入れるが、入れる場所を決める。平民なら庭まで、貴族なら大広間まで、親しいものは奥まで、と言う感じでな。食事は舞踏会のように給仕たちが運ぶ形にしよう。食器の違いで文句をいうものがでないようにな。ま、細かいところは宰相たちに任せればよかろう」
「……それならば、大丈夫そうですわ」
お后様もほっと胸を撫でおろします。
「私も、可愛いこの子をみなに自慢したいと思っておりましたの」
◇
実はこの国、自称魔法使いを名乗る胡散臭い人間はいますが、祝福を与えられるようなすごい魔法使いはいません。王様はそれを知っていましたが、そう説明してもお后様の心配を取り除けるとは思えなかったのです。それに一人一人に食事を振舞うとなるとかなりの出費になりますからね。
そうそう、お祝いの会は無事に行うことが出来ました。王子の顔をみた者は誰もかれもが王子のことを『愛らしい』とか『天使のようだ』と褒めたたえるので、お后様も大満足だったそうです。
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