地下のカリス
弱腰ペンギン
地下のカリス
ここは地下闘技場。
「今なら半額、半額だよ!」
観客席だったところには所狭しと商店が立ち並び、市場を形成しているが。
「おいそこのゴツイの、肉必要だろう肉!」
あらゆるものが商品として売られているここはまさにアンダーグラウンド。
「牛一頭買ってけ!」
俺はここで用心棒をしている。
用心棒が必要になるのは——。
「仕方がねえ。そっちが譲らねえってんなら闘技場で決着をつけるぜ。旦那!」
「はいよ」
価格交渉が決裂したときにどっちの主張を通すかを決めるための用心棒だ。
闘技場は健在なので、そこで勝った方の言うことを聞くって寸法。
俺はそのための用心棒、つまり闘技者なわけで。
「ぐはぁ!」
こうしてチンピラをのす感じで相手を殴り飛ばしてる。
「いやぁ、今日も儲けさせてもらったぜ、へっへっへ」
店主からファイトマネーをもらうが、俺は知っている。売り上げの半分という契約が相場だが、大抵の店主はピンハネして売り上げを低くしてから半額を渡す。だから相手と交渉するときは紙か暗号でやり取りするんだ。
つまり『本当の価格』を知ってるのは実際にやり取りした人間だけ。俺たちはピンハネされても文句は言えない。だって雇い主だから。
秘密を暴いても食い扶持が無くなるだけで何もいいことはない。いいことは無いんだが。
「いや多いんだけど」
「は?」
この店主はこう、なんていうか、もう少し厳しくてもいいと思う。
「今日のファイトマネーはもう少し——」
「いいやそれで正しい!」
顔の左側に大きな傷をつけた禿頭のオヤジは、どうやらまっとうな商売をしてやりたいという性分らしく、いつもこんな調子だ。
「妹さんに、いいもん食わせてやんな!」
ゴツイ体に似合わねえ笑顔だなぁ、おい。まぁ、ありがたくいただいていこう。
「おう。サンキューな!」
ということで本日の表の業務は終了。裏の業務へと参りますか。
「キャン!」
「なぁに犬っころみてぇな声を出してやがる。お前さんが襲撃してきたんだろう。逃げられると思うなよ」
さっきの試合で負けた方のおっさんが新しい闘技者を雇って裏から襲撃をかけてきた。
それを返り討ちにしているところだ。
「なんで、お前がここにいるんだ!」
「さっき帰っただろって? そりゃぁお前さん方が来るって知ってたから戻ってきたに決まってるじゃねえか」
怯えるおっさんに近づくと。
「ひ、ヒィィ」
高速で後ずさりしていった。ふむ。黒いアイツみたいだな。キショイ。
俺はおっさんの上着の内ポケットに手を突っ込むと財布を取り出す。
「あ、何をする!」
中を探ると、あった。店の権利書と小切手だ。
ここの商人は金庫というものを信用しない。本当に大事なものは財布か懐か、靴の踵に仕込んである。このおっさんは財布だったみたいだな。
「何をって、あんた人の店を襲っておいて返り討ちにあっても五体満足で帰れるって思ってんのか?」
「そ、それは犯罪——」
「いや、襲撃のほうが重罪だから。言えよ、警らに。俺は『店を襲撃してきた奴の懐からとった』っていうからな。お前と一緒にブタ箱入ったらどうなるかわかるだろう?」
ぐぬぬというわかりやすい顔になったので、ありがたく権利書と小切手をいただいていく。まぁ、小切手は本人しか換金できないからゴミなんだけど。
さて、残る問題は。
「いやぁーヤメテー!」
「変な声出すんじゃねえ」
おっさんたちを縛って動けなくする。そのまま店の裏に転がしておく。
「おい、ここに置いておく気か!」
「うん。ソウダヨー」
野犬に食べられなければいいけどね。まぁ、大丈夫でしょう。いただいた権利書と小切手を渡してくるついでに通報しておくから。
警らが来るまで何とか頑張ってー。
「イーヤー!」
そして小遣い稼ぎに向かうのだった。
「今回は襲撃犯か」
「そ」
警らの詰め所に『落とし物』を届けに行った。
俺が権利書とか小切手とか持ってても使えないもん。そりゃぁ、賢く使わなきゃね?
「なんかー。店を襲ってきた奴がいるんでー。そいつらが落としていったんだけどー」
「あぁもういい。大丈夫だすぐ動く。いつも通り店の裏だな?」
「アリガトーゴザイマース」
俺は警らに落とし物を届けると、報酬を手にする。ちょっと多めなのはこの人らに手柄を渡すので、その見返りをちょっといただいているのだ。
警らにとって簡単に手柄を得られるというのはお金よりも貴重なものなのだ。
だってここ犯罪ばっかだもの。しかも大抵自分らより強い奴。返り討ちに合うことだって少なくない。
なのに簡単に捕まえられる犯罪者が転がってるんだもの、そりゃラッキーだよね! ってな具合だ。
俺は闘技場で試合があった日はこうして小銭を稼いでる。
負けることはほとんどないし、勝つと大抵襲ってくるので。
「じゃ、また!」
今日は妹のカナメにお菓子でも買って帰ろう。何せ今日の俺はリッチだから!
「たっだいまー、いい子にしてたかカナメ……」
家に帰ると玄関を残して他がすべて吹っ飛んでいた。
地下の薄暗い天井が、屋根があったところから覗いている。
「カナメ!」
妹がいない!
何もかも吹っ飛んでいるからこそわかる。瓦礫すら残っていないんだ。見渡す必要もないくらいすっきりしてやがる。
「ヒロくん……」
後ろから声がした。振り返るとそこにカナメがいた。
「カナメ!」
妹を抱きしめると、小さく「痛いよ」と非難の声がした。無事でよかった。
「何があったんだ」
「えっとね」
カナメ曰く、真っ白でキレイな服を着た人間が数人、いきなり家に押し入ってきたそうだ。
そして家の中を荒らしまわると突然まぶしい光を放ち、部屋が消えた、と。
「そうか……」
最近噂の治安維持集団だな。名前は確か。
「アクタ、だったか?」
「ヒロ君知ってるの?」
「いや、知らねえ。けど聞いたことがある。奴らが本気を出すとチリ一つ残らず消し飛ばすってな」
この状況を見たらそうとしか思えない。だが、何がきっかけだ?
心当たりが多すぎるが、タイミングがおかしい。さっきのおっさんか?
でも用心棒ごと縛って転がしておいたからな。連絡なんて出来ないだろう。
「カナメ。少し歩けるか?」
「うん」
少なくとも、ここにいられないことだけは確かだ。だってベッドもない。
カナメを地面に転がしておくわけにもいかないだろ。
「おう。いつでもいいぜ」
「助かったよ!」
俺を雇ってくれてるおっさんのところにカナメを預けた。
気になって店の裏を調べたが、さっきのおっさんたちはいなくなってた。警らが連れてったんだろうか。手際がいいこって。
襲撃者はカナメを連れて行ったりしなかった。ということは探し物はカナメでもないし、モノでもないんだろう。
部屋を全部吹き飛ばしても平気ってことは、探し物は人。つまり俺だろうな。
まぁ、人間事吹き飛ばすのは平気かどうかわからないが、少なくともカナメをわざわざ吹き飛ばさなかったことを見ると、人を吹き飛ばすことは出来ないのかもしれない。
俺を探してるのに吹き飛ばしてしまったら意味はないからな。
じゃあどういうことか。モノはOKだが人は出来ないと考えるのが自然だろうな。
「つまり殴り合いは出来るってことだ」
人を吹き飛ばせない、少なくとも一発で消し飛ばすことが出来ないなら殴るチャンスがある。なら、俺にも勝つチャンスがあるってことだ。
「なんだまた来たのか」
「なんだとはご挨拶じゃねえか。手柄、持ってたろ?」
再び警らのところにやってくると、ずいぶんな挨拶をされた。
「いや、持って行ってないが。店の裏には誰もいなかったぞ」
「……なんだって?」
「まぁそれでも『落とし物』があるからな。多少のペナルティは掛けられる」
「そうか。悪かったな」
「いいや。そういえば何しに来たんだ?」
「あぁ、そうだった。実はな」
事のあらましを警らに説明すると。
「……これ以上関わるな」
「なんでだよ。俺は家が無くなってるんだぜ!」
「今度は命が無くなるぞ」
警らの顔は真剣だった。
「……そんなにか?」
「そんなにだ」
「アクタ、なのか?」
「その名前は口にするな。誰に聞かれてるかわからんのだ」
何か知ってて、よほどのことらしいな。
「そうかい。ありがとうよ」
「まて、わかってないな? 関わってはいかん。およそ人間に太刀打ちできる相手では——」
「わかってるよ」
人間にゃ無理だってことくらいはな。
「だからって俺を連れてくことはないだろうヒロキよぉ!」
「だぁまってついて来いって言ってんだよ高島ァ!」
俺は情報屋の高島を引きずりながら目的地を目指している。
「地上スレスレなんだぞ、あそこは危険だ!」
「何言ってやがる。地上は天国があるんだーって言ってたのはお前じゃねえか」
「その天国に行けないのは門番がいるからだって、お前も知ってるだろ!」
「ふん」
地下闘技場に人が籠らなきゃならなかった理由。地上がなんか戦争で荒廃したとかなんとか言う話で、みんな地下に潜ることになったからだ。
何百年も前のことだから、もう大丈夫だろうって思われてるし、そう思う奴もいっぱいいる。
それでも地上を目指して出てった奴は誰も戻ってきてないから、きっと門番に殺されたんだって噂をしてるんだ。
地上への道は、みんなが知っている。
でも、誰も外ヘは出ていかない。それがどんなに不気味なことか、みんなうすうす感づいているんだろうな。
だから近づかない。というか近づけない。
どんなにみっともなくても『生きていける』ならそこが天国だからだ。死ぬよりまし。それだけの理由で地上を目指さない。
だから俺はあの日——。
「とまれ」
「ヒィ!」
背後から声が聞こえた。高島はビビッて固まっちまった。
「後ろからご挨拶とはどうもご丁寧に」
「御託はいい。貴様、どこに向かうつもりだ」
俺は指を上に向けると。
「地上」
と言った。
「貴様、何を言ってるのかわかっているのか?」
「あんたこそ、何をしてるのかわかってるのか?」
「なに?」
「あんたが御大層に守ってる『壁』はよ。人を、自由を縛り付けてるだけだってことさ」
「……貴様、壁の向こうを。まさかヒロキか!?」
そうか、やっぱり俺が目当てか。
「だったら、なんだっていうんだ」
それでカナメを怖がらせて、俺たちの家を壊したのか。
「ここで拘束する!」
「出来ねえよ」
「意地でも!」
あぁ、白い服だな。地下じゃ見ねえほど真っ白で、キレイで。
あの時。カナメを連れて帰った時に見た服だ。子供一人を寄ってたかって追い回してたクソ野郎の服だ。
成長したカナメのことを認識すら出来ないクソ野郎たちの服だ。まぁ、それはイイコトだな。うん。
「逃げろ高島ァ!」
「言われなくてもぉ!」
高島が走り出すと同時に白服野郎に接近する。
一気に間合いを詰めるが。
「甘い!」
見えない壁に阻まれる。いや、壁じゃない。
「やっぱりカリス使いか!」
「貴様、やはり見えているのか!」
うっすらと半透明の、人形のような奴だけどな!
「うらぁ!」
「むぅ!」
人形に向けて拳を振るうがあっさり阻まれる。そんで距離を取られてしまう。
まいったな。殴ってもこっちの拳が痛むだけで、勝負にならねえや。
「見えてはいるが、発現はしてないようだな」
「なんのことかさっぱりだね!」
足元にあった石ころを思いっきり投げてみる。
まぁ、撃ち落とされるよな。
「無駄なことを。抵抗するな!」
半透明の人形から何かが伸びてきた。
「やだね!」
俺は何かを避けるように駆ける。空を切った何かが地面に当たる度、破片をまき散らしている。あんなの当たったらタダじゃ済まねえな。
「拘束する気があんのかてめえ!」
「貴様が抵抗しなければやさしく拘束してやるがな!」
「言ってろ!」
何かが顔を掠めていった。鋭くはないようで、ゴっと何かがぶつかったような感触があった。しかし、それだけで。
「うぉ」
足が言うことを聞かなくなった。やべぇ、効かされちまった!
「そのまま倒れていろ!」
「冗談だろ!」
地面を殴りつけて転がる方向を変える。方向を変える前の転倒場所に何かが通り過ぎる。
よし、こいつを踏みつけてやれば。
「なに!」
動けないだろ。
「へへ。これで——」
ふいに何かが俺の顔を強打した。
思いっきり吹き飛ばされ、地面を転がる。立ち上がろうとする俺に向けて何かが飛んでくる。
続けざまに攻撃され防御もままならない。というか地面を砕く攻撃に防御ってなんだよ。
「アイデアはよかったがな。発現さえしてればあるいは、いや言うまい」
白服がこっちに近づいてくる。油断してやがるな。ゆっくり歩いて、しかも人形を使ってない。そうだ、こっちにこい。そしたら——。
「どうした。抵抗してもいいんだぞ?」
襟首をつかまれて無理やり立たされる。情けねえ。指一本動かせやしない。
「こんなものか。それでも『地上』を見た人間は貴重だからな。貴様もありがたく使ってやる」
チクショウ、されるがままかよ。こいつを、倒したい。カナメを脅威にさらす敵から、守らなきゃならねえんだ。だってそうだろう、こいつは、こいつらは……!
「人を家畜か何かと勘違いしている、ゲス野郎どもじゃねえか!」
「ほざけ、家畜!」
その瞬間、頭に何かが響いた。声ではないが、でも確かに何かの音が。
まるで親から絵本の読み聞かせをされるような、そんな感覚で理解していく。そうか。
「こいつがぁ!」
カリスか!
「なにぃ!」
白服の拘束が外れる。
俺の肩に小さな小人が現れた。パーティーグッズの三角みたいな帽子をかぶった小人だ。
そんで白服さんの隣には人型の、体中からベルトが伸びた人形が立っている。あいつが俺をボコしてくれた奴か。
「まさかこのタイミングで目覚めたというのか」
「目なら覚めてるよ、最初っからなぁ!」
「戯言を。それでも貴様は拘束する!」
ベルトが伸びてくる。そうか。あれは距離によって本数が変わるのか。
距離が遠いと一本。近ければ無数に出てくる。
一本は、うん。威力が高いんだな。
「ッチィ!」
見えるようになると回避も楽だ。
だけど、近づけば近づくほど本数が多くなっていくな。出番だぜ。
「なんだと!」
無数のベルトを小さな壁が弾いていく。
俺のカリスは、盾だ。いや、正確には『空気を分断する』んだ。固くしてな。
いくつ出せるかはわかんねえけど、ベルトの攻撃を防ぐくらいには固いものを、複数出せるようだな。
ベルト人形を横切ると、野郎の腹を目掛けて拳を突き出す。
「ぐはぁ!」
くの字に折れ曲がった体を蹴り上げ、浮いた体を壁で支えて。
「うらあ!」
宙ぶらりんの体を滅多打ちにしてやる。
「最後に一発だ!」
顔を蹴り上げると壁を解除。白服はそのまま地面に転がしておいた。
「あばよ」
こいつを始末するよりも先にしなきゃならねえことがある。
「じゃあ、カナメをよろしく」
「……どうしても行くのかい?」
「あぁ。ここにいたらおっさんにまで迷惑がかかるからな」
「俺ぁ——」
「カナメを、安全なところで暮らさせてやりてぇんだ」
そういうとおっさんは頷いた。
俺は闘技場市場を離れることにした。
さっきの白服みたいなやつがわんさといる場所に乗り込んで、一人で壊滅させる力があるわけでもないからな。
カリスがあってもどうにもならん。
だったらまずは俺がここを離れるのが一番手っ取り早い。
奴らの狙いは俺なんだから。
暗い地下を歩きながら高島から買った情報を見る。端末に映し出されたのは現在の地下のマップ。
必要ねえと思ってたけど、まさか役に立つとはな。高島に『今日はこれが報酬で、ヘヘ』とか言われたときはぶっ飛ばしたが、あとで感謝してやろう。
次は何処へ行くか。まぁ、地下は広いからな。一人でなら何とか——。
「ヒロ君!」
声に振り向くと、カナメがこっちに向かっていた。
「カナメ、どうして!」
「ヒロ君こそ、どうして一人で言っちゃうの!」
「だって、お前。危ないんだぞ!」
「どこに居たって危ないでしょう。それにずっと一緒だって言ったじゃない!」
「でも、だからって!」
「お金だって無いんでしょ?」
「うっ」
「料理も作れないし、洗濯だってへたくそじゃない」
「うぅっ」
「一人で暮らせないのに、それでも行くの?」
「あぁ。そうだ」
「じゃあ私も一人で行く」
「カナメ!」
「一人で勝手にヒロ君の後をついていくから。守ってくれないなら、死んじゃうかも」
はぁ。こうなったカナメにはかなわない。
「わかったよ。よろしくな」
「うん。任された!」
こうして二人で、広大な地下を歩き始めた。目指す場所は遠い。でもたぶん安全な場所だ。……たぶん。
地下のカリス 弱腰ペンギン @kuwentorow
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