第26話 人ではないもの
「
何が起きたのか、全くわからなかった。ただ誰かが結愛の邪魔をしたのだという事だけはわかる。
「くそっ。この結界とかいうのを何とかして抜けられないのか」
もういちど通り抜けようとして、触れてみるがその瞬間、バチィっと強い音が響いた。
全てを拒絶するように、この向こう側にいく事が出来なかった。
「どうしたら向こうに。いや、まてよ」
ふと
ついさっきみゅうが結愛の足元まで駆け抜けていた事を。そもそもここを見つけたのもみゅうが幻覚を見破ったからだった。
「みゅう。どこだ、みゅう」
「みゅ?」
洋の声に答えて、みゅうが幻覚の影から姿を現していた。そのままたたたっと洋の元へと駆けだしてくる。
「お前。なんで結界を通り抜けられるんだ」
洋は思わずたずねていた。猫に話しかけている自分に思わず苦笑するが、しかしみゅうには確かに何か不思議な力がある。
思えば鬼が姿を現す前から、その気配を察知していたし、どこか言葉を理解しているかのようなそぶりすらあった。猫だから気配に敏感だとか、たまたまそう聞こえたとか、普通であればそう理由づけるところだ。しかしこれだけあからさまに不思議を見せつけられるとそう理解するほかにない。
「みゅっ」
鋭い言葉を発して目を結界の向こうに向ける。何が言いたいのかははっきりとはわからないが、何となく洋にはこのままつっこめと言っているように聞こえた。
「いくぞ、みゅう」
洋が駆け出すと、みゅうがその背中にぴょんと飛びつく。たが気にすることもなく一気に走り抜けた。
結界があった場所を、一気に駆け抜ける。
バチッと火花が散るような音が伝う。だが洋は全身を
衝撃は洋を突き抜けて洋を押し戻そうとするが、それでも洋は前に進んでいく。だがその力は洋よりも強く。押し戻されようとした瞬間。
「みゅうっ」
みゅうが一声、高々と上げた瞬間。今までがまるで嘘のように、圧力が消えていた。
「通り、抜けた?」
自分でも半信半疑で洋はつぶやく。あれだけ激しく洋を拒んでいた結界の中に今はいる。
洋の背中からみゅうはもそもそと肩へと上がっていく。
「ほんとにお前には不思議な力があるみたいだな」
「みゅ?」
みゅうはよくわからないといった様子で、小さく鳴き声をもらす。
「そっか。っと。それよりとにかく、結愛だ。何があったのか探さないと」
辺りを見回してみる。浮かんでいた幻は、しかし全く幻とは思えないほどの現実感がある。それはまるでテレビの映像のように浮かんでいるだけなのに、このままこの世界に取り込まれてしまうんでないかと錯覚しそうになる。
「結愛は、どこだ」
まさかこの幻覚の世界の中に取り込まれてしまったのではないかと、何となく不安になる。だが幻は幻だ。洋が触れてみても、何の反応も見せないしさわる事も出来ない。そんな事があるはずもない。
「結愛っ。どこだ返事をしろ」
大きく呼びかけてみる。だがどこからも返答がない。
「無駄だよー。あの子は取り込まれてしまったから。やぁっと邪魔がいなくなってせいせいするよねー」
響いた声に洋は身体ごと振り返っていた。楽しげな、でも確かに悪意の込められた台詞に洋は思わず身構える。
「でもこんどは君が邪魔するのかなぁ。みたところふつーの人みたいだけど」
つぶやいた声の主はまだ年端も行かない少女のように見えた。くすくすくすっと口元にいたずらな笑みを浮かべて、じっと洋の顔を見つめている。
紅い着物におかっぱ頭。はっきりと幼さを残した顔は、なのに端麗に整っていて歳を経ていけば、とびきりの美人になるだろう事は間違いない。もっとも彼女が人であるとすればの話だが。
彼女に特におかしい部分がある訳ではない。だけど、いやだからこそここにいる事そのものがおかしいのだ。結愛の結界が侵入者を防いでいたはずだから。
「お前、何者だ」
洋は構えをとかずに、じろりと少女を睨み付ける。あまりにも整いすぎた顔つきが、余計に人外のものに見せた。
「わ。こわいかおー。そんな顔してると、君も
くすっと微笑んで、両手を大きく上げてみせる。その瞬間、ふわんと浮かんだ映像が揺れて消えた。
いや消えたかと思えた瞬間、再びふっと震えながら姿を現していた。ただその中に映っている映像が異なり、街角を映していた幻は、砂漠の砂嵐へと姿を変えている。
「狭間に入り込んだらね。どこに出るかわからないんだよ。狭間は時間も空間も全て越えるから、もう二度と戻ってこられないよ、きっとねー」
囁くような笑みを浮かべて、少女はじっと洋を見つめていた。唇が微かに震える。そして右手をすっと差し出してくる。
「ね。遊んでよ、おにーちゃん。あの子はぜんぜん遊んでくれなかったしー」
「答えろ。お前は何者だ。そして結愛をどこにやったんだ」
冷たい声で洋は言い放つ。だがその額にじわりと汗が滲んでいた。
いたずらな笑みを浮かべているだけの少女から、今まで感じた事がないほどの圧力を覚えていた。
「つまんなーーい。ま、いいや。おしえたげるー。私はね。座敷童とか、雪女とか呼ばれてるあれかな、えーっと、なんてったっけ。うん、そう。妖怪ってやつ?」
少女はくるっと一回転すると、その瞬間ふわりと姿が揺れる。そのとたん赤い色をしていた着物が、真っ白な雪のような色に変わる。
「でもそんなの人が勝手に名付けたものだけどね。私はさぎりだよ」
さぎり。それが少女の名前だろうか。自らを妖怪だと告げた少女の。
「なら、さぎり。結愛はどうしたんだ。あいつをどこにやった」
口振りからも結愛を退けたのはこの少女のようだった。見た目は少し古風な少女にしか見えなかったが、どことなく漂う雰囲気は確かに普通のものじゃない。
「だーかーら。狭間だってば。物わかりわるいなー。
さぎりは呆れ顔でぶつぶつと呟くと、のばしていた手を降ろす。
「結愛を戻せ。今すぐだ」
「出来ないよ、私には。狭間に入ったらどこにいったかわかんないしー」
さぎりが再び手を頭上に掲げると、ぶわっと映像が移り変わる。中にはまるで時代劇のような町並みの幻や、恐竜の歩く姿すらが浮かんでいた。
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