第4話 ご主人様の番 -ダニエル視点-

 初めて見た時に思ったんだ。あぁ、この雌がご主人様のつがいなんだって。




 僕の名前はダニエル。大きな群れを率いてるご主人様の、専用の縄張りの中に入ることを許されてるすごい存在なのだ。

 でもご主人様は縄張りの巡回に忙しいのか、基本的に昼間はここにはいない。その代わり僕にここを守っているように命じている。


 ご主人様の縄張りは広いみたいで、帰ってくるのが暗くなってからという事も多いけど。それでも必ずここに帰ってきて、必ず僕のことを褒めてくれる。

 その時間が、僕にとっては一番うれしい時間だったんだけど…。



 ある日。


 それは、ご主人様の巡回がお休みの日で。



 静かに過ごしているご主人様の足元で、おとなしく寝ていた時だった。

 聞きなれない足音がこの専用の縄張りに近づいてきている音がして、誰だろうと警戒した僕に気づいたご主人様が頭を優しく撫でてくれて。


「そうか。来たか」


 そんな風に、今まで聞いたことないくらい優しくて柔らかい声で言うから。

 どうしたのかと見上げた先には、とてもとても嬉しそうに笑っているご主人様がいて。



 だから、分かった。


 入ってきた見慣れない雌が、ご主人様が番に決めた相手なんだって。



 それなら警戒する必要もないし、何よりちゃんと気に入ってもらわないと。

 そう思っていっぱい甘えてみれば、その雌はすごく優しくて。


 流石に飛びついてしまった時は、ご主人様に怒られてしまったけど…。


 でもご主人様と同じくらい、撫でられると気持ちよくなるから。ついつい嬉しくて、もっともっとと強請ってしまった。

 後から考えてみれば、ご主人様の番なのに、とちょっと反省もしたんだけど…。


「ダニエルは随分とカリーナを気に入っていたようだな?」

「わふぅっ!!」


 そんな風に、ご主人様が嬉しそうにしていたから。

 つい、返事をしてしまった。


「そうか。この分ならば、血の奇跡の返還となった場合も問題はなさそうだ」

「くぅん?」

「気にせずとも良い。だが、まぁ……またカリーナがこの部屋を訪れた際には、存分に甘えていい」

「わふっ!!」


 なんだかよく分からないけれど、とりあえずご主人様から甘えていいって許可が出たし!!

 きっとあの雌はまた来るはずだから、その時はまたいっぱい撫でてもらおうと決めていた。



 なのに。




 ねぇ、どうして?



 どうしてご主人様は、そんなに寂しそうなの?

 そんなに、悲しそうなの?


 それに、あのご主人様の番は?


 なんであれから一度も、ここに来てくれないの?




「くぅん…」

「ダニエル……すまない。お前にも、心配をかけさせているな…」


 違う。違うよご主人様。

 僕は心配なんてしていない。だってご主人様は誰よりも強い、群れのトップにいる存在だから。

 一番強いのはご主人様のお兄様だって知ってるけど、それでも僕のいる群れはご主人様がリーダーだ。だから僕はこの強いリーダーについていくと決めている。


 でも……


 どうしてだろう?最近のご主人様は、とても元気がない気がして…。

 それに前は毎日していたはずの番の匂いが、全然感じられなくなってる。



 一体外で、何があったんだろう。



 僕はここを守るのが仕事だから、ご主人様と一緒じゃないと外には出られない。だから何があったのかを知ることは出来ないんだけど…。

 でも僕の言葉は、ご主人様には正確には伝わらないから。


 どうしようもないのは分かってるけど、すごくもどかしくて。

 何もできない自分が悔しくて、でも一人になりたいってことだけは分かったから。

 だから今まで一緒に寝ていた寝床に、最近は行かないようにしてる。


 もしかしたら、ご主人様が寝ている間に番がやってくるかもしれないから。そしたら出迎えられるのは僕しかいないから。

 そうなったらいいのにな、なんて思いながら。

 僕はただ、いつも通りこの場所で過ごすしかなかった。



 そんな、ある日のことだった。



「フレッティ…」

「兄上…?どうされました?」


 僕の言葉が唯一正確に分かる、ご主人様のお兄様がこの縄張りにやってきて。

 思わず僕は救世主とばかりに、お兄様の足元に駆け寄って話しかける。


『お兄様、お兄様!ご主人様が最近元気がないんです!!』

「あぁ、うん…そうだな、ダニエル。……お前も、心配しているのか?」

『ご主人様は強くてすごい方だから、僕なんかが心配する必要はないんです!でも……』

「でも、何だ?」

『……毎日してたご主人様の番の匂いが、もうずっとしていないんです。もしかしてあの番に何かあったんじゃ…』


 そう言いながら見上げた先で、お兄様は驚いたように目をいっぱいに開いていて。


「驚いたな……ダニエルには、そう見えていたのか…」


 ん?どういうことだろう?

 だってあの雌はご主人様の番だから、この場所に入ることが許されたんでしょう?

 だからあんなにも、ご主人様は嬉しそうだったんでしょう?


「……兄上…?ダニエルは、何と…?」

「……お前は強いから、自分が心配する必要はない、と」

「…ダニエル……」


 あ、ご主人様それ気持ちいいです……。


 なんだか少しだけ嬉しそうなご主人様に、頭をわしわしと撫でてもらって。

 それだけで僕は満足なんです。


「それと、もう一つ。どうやらダニエルには……例の娘は、お前の番に見えていたそうだ」

「え……」


 あ、手が止まった……残念……。


 ご主人様とお兄様の会話は、はっきりとは聞こえなかったけど。でもそれは別に何の問題でもなかった。

 だってもともと、僕の言葉がちゃんと分かるのはお兄様だけなんだから。


 なんだか少し難しそうな顔で、二人でお話ししていたみたいだけど。

 僕はそれぞれの縄張りのリーダーたちの邪魔になるわけにはいかないから、少し離れたところで外を警戒していることにした。




 それから、しばらく経った頃。


 またご主人様から、今度は今まで以上に強く番の匂いがした日から。

 なんだか前以上に、ご主人様の機嫌が良くなったから。


 きっと色々と解決したんだろう。


 僕はただ、いつかあの番がまたこのご主人様専用の縄張りを訪れるまで。

 しっかりと留守を守るのが仕事だから。


 で。


 また今度、あのご主人様の番にいっぱい撫でてもらうんだっ。





―――ちょっとしたあとがき―――


 「ダニエルって、誰…?」みたいになっていませんでしょうか…?


 彼は人ではありません。犬です。殿下の飼い犬の。

 そう、殿、ダニエル君視点でした。


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