第6話 郊外への視察
「視察、ですか?」
「あぁ。我が国の外交と財政を支えているものの一つに、ハチミツがあることを知っているか?」
「一応、は。特産品として時折市場に並ぶこともありましたから」
おかげで庶民でも割と安価に甘いものが手に入る機会が多かったので、私としてはありがたかった。あれがあるのとないのとでは、子供たちの食いつきが違ったから。
とはいえそんなことをなぜ突然私に?と思ったのが顔に出ていたのかもしれない。小さく笑った王弟殿下は、どこかおかしそうな顔をしていたから。
「三日ほどそこに滞在する。カリーナ、お前も一緒にだ」
「え……えええぇぇ!?どうしてですか!?」
あまりの衝撃に、礼儀作法とか今一気に吹っ飛んだんですけど!?
だって視察って、私一緒に行く意味なくない!?ただの殿下のお茶くみ係でしょ!?何して過ごせっていうの!?
「カリーナ嬢、国内とはいえ全てが安全とは限りません。出来得る限り、殿下の側仕えは普段と変えないことが一番なのですよ」
「基本的に視察の際はいつも同じ者たちしか連れて行かないからな」
「とはいえいくらお抱えがいるとはいえ、全てこちらでというわけにもいきませんからね」
「どうしてですか?」
「あちらの面子という物もある。これだけのもてなしが出来るのだという証明をしなければならないからな」
完全に安全だと分かっている方法を取れないなんて、貴族っていうのは何て面倒くさいんだろう。
「本当は、食事も全てこちらで用意させたいくらいなのだがな…」
「毎回申し上げております通り、そういうわけには参りません」
「知っている。だから"本当は"と言っただろう?」
なんだか憂鬱そうな殿下だけれど、普段だってあんまりちゃんと食べてなかったらしいのに。どうしてそこまでこだわるのか正直不思議で。
何だろう?実は苦手な食べ物とか嫌いな食べ物とか結構あったりするのかな?それともいちいち毒を警戒しなきゃいけないのが面倒くさい、とか?
「どうせならカリーナの茶菓子の量を増やして、食事は最小限にするか?」
「おやめください。それこそあちらのプライドに障るでしょう?」
「だが一番安全だとは思わないか?」
「そこは否定いたしませんが、それとこれとは別問題です」
「分かっている。あぁ、だが…折角なら何かつまめそうなものを用意できるようにはしていてくれないか?念のため、な」
「念のため、ですか……そう、ですね。カリーナ嬢、頼めますか?」
「あ、はい。材料さえ揃うようでしたら、私は構いませんが…」
「普段以上の労働になる可能性もあるが、特別手当も出そう。それとそのための準備を…………」
「殿下…?」
途中でセルジオ様を見ながら言葉が続かなくなってしまった殿下を不審に思って声をかけたけれど、なぜか少し困ったような顔をして睨むようにセルジオ様を見続けていて。
「殿下、心配には及びません。流石にそこは適任者を見つけて参りますので。ご安心ください」
「ああ、頼んだぞ」
そして二人だけで通じ合ったらしい。
私は何のことか分からないまま、とりあえずお茶のお代わりを継ぎ足すのだった。
その僅か一週間後。
私はなぜか王弟殿下と同じ馬車に乗って、連れてこられた日以来初めてお城の外に出ることになったのだった。
「あの……なぜ私が、殿下と同じ馬車に…?」
そもそもこの一週間、大変だったのだ。
もしもの時のためという名目で、お茶の時間はお菓子は基本的に殿下の言っていた"何かつまめそうなもの"の選定の場になってしまったり。知らない侍女に連れ出されて、お城の一室でたった三日のための準備を色々とさせられたり。そう、色々。下着やら服やら靴やら、とにかく前に測ったサイズで合うのかどうかとかも含めて、何着も何足も試着させられて。
貴族のお嬢様って、あんなことを定期的にやってるらしいんだけど……よく疲れないよね。私あの一回だけでももう十分なんだけど。
な・の・に!
なぜか当日はあれよあれよという間に荷物が運び出されて、なぜか案内されるまま私は馬車に乗せられて。
そして今、殿下の正面にセルジオ様と並んで座っているという、本当によく分からない状況になっていた。
「なぜって…移動中に小腹が空くことはあるだろう?」
「でしたらセルジオ様にお渡ししておきますので、私は他の方々と同じ馬車で構いませんから」
「何を言っている。セルジオは私の仕事の補佐をするためにいるのだぞ?これ以上仕事を増やしてどうする」
……ごもっともです、けど…。
いや、あの、この馬車って、他の使用人用のものとは違うって聞いたんですけど…?
「何より保存がきくものを持ってきているだろう?割れやすいものや湿気りやすいものもあるのではないか?」
「それは、ありますけど……」
「ならば尚更この馬車に乗るべきだろう。揺れも少なく、かつ魔術師たちに一定の温度に保てるよう魔法をかけさせてある」
あぁ、だからこんなに快適なのか。
おかしいとは思ったんですよ。街道はある程度整備されているとはいえ揺れないわけがないし、その上ある程度の広さがあるとはいえ三人で乗っているのにこんなに過ごしやすいなんて。
なんかもう、本当に住む世界が違いすぎるんだなぁ……。
それを当たり前のように言っている辺り、目の前のこの美形がこの国で二番目に偉い人なんだって、なんだか久々に思い出した。
そうだよね、王弟殿下だもんね。偉いに決まってるし、その人が乗る馬車が特別に作られていないはずがなかった。
「諦めてください、カリーナ嬢。……あぁ、ちなみに帰りも同じ馬車に乗っていただきますから。そのつもりでいてくださいね?」
「え……それこそ何でですか…!?」
行きはまだわかる。確かに保存のきくものをと言われて、数日分のクッキーやクラッカーは作ってきてあるから。割と殿下が気に入っていた野菜のものを中心に。
けど、帰りはそれがなくなってる予定ですよね…?なのになんでまたこっちなんですか…!?
「その予定で荷物も人数も組み込んでありますので。それに向こうで帰りの分も作っていただくつもりでいますから」
あぁ、そうなんですね……。
つまり、私一人程度の移動に面倒をかけさせるなと。そういうことなんですね。
あと帰りもお茶菓子担当なんですね、私。お茶、ないけど。もはやお菓子担当じゃないかな、これじゃあ。
「というわけで、早速何か一つ欲しいのだが?」
「……殿下、その笑顔はなんか胡散臭いです。あと早くないですか?」
「なかなかに手厳しいな。だがまぁ、先に何か入れてから仕事をしようと思ってな。セルジオ、資料の用意はしてあるだろう?」
「はい、こちらに」
あ、これ最初からそのつもりだったやつだ。二人の連携がよすぎる。
「あの量を読み込んでしまいたいからな。あぁ、できればあれがいい。焼きチーズ」
「殿下はクリスプ系のお菓子が本当にお好きですね」
「あぁ。あの食感は気に入っている。絶妙な塩加減もな」
それってお茶菓子というよりもワインに合うんじゃないかって提案したものなんですけれどね?
まぁ、いいけど。気に入ってくれているのなら、私としては嬉しいし。
「チーズと言えば、ハチミツが合うらしいですよ?向こうについたら試してみてはどうですか?」
「チーズにハチミツ、か…好きな者は好きらしいな。私はそのままの方がいい気がするが」
おや?珍しい。割と食にうるさい殿下が、なんだか乗り気ではないなんて。
もしかして過去に一回試してるのかな?だとすれば舌に合わなかったのかもしれない。
「無理にとは言いませんが…」
「試してみたいのはカリーナの方ではないのか?」
「私、ですか?そうですね……」
そもそも王弟殿下に出されるようなハチミツは、きっと私が今まで口にしたことがあるものとは全然別物なんだろう。
というか、本当の特産品なんて庶民には手が出せない。
「どんなものなのかは、気になりますね。チーズに合う合わないは別として」
何よりお菓子作りに甘味は欠かせない。
今までは私が慣れていないからと、砂糖を使うようなものは試作しかしてこなかったし。いい加減ちゃんと甘いお菓子も作りたいところではある。
私が作れる甘いお菓子は、今のところサツマイモを使ったものしかない。このままでは折角のいい紅茶と合わせるものが、しょっぱいものばかりになってしまう。
「いくつか用意させる予定ではありますので、折角ですから試してみたらどうでしょう?」
「本当ですか!?うわぁ~!ありがとうございます!!」
これで色々試せる…!!
そう思って一人はしゃぐ私を、正面と横から二人の美青年が微笑ましそうに見ていたなんて。
この時は喜びが勝ちすぎて、全然気づいていなかった。
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