第37話 ヒロインは解き放つ

抑えていた力を全て解き放った。


解放された力は地へと流れ込み、それに応えるように沢山の芽が土から顔を出す。そこから大きく成長した草花は人を見下ろすほど背を伸ばし、まるで御伽の世界に迷い込んでしまったかのようだ。

 自身の足元からもクルーゼが芽を出した。

一気に成長し咲かせた大きな白い花が私を乗せて空へと高く高く茎を伸ばしていく。

 一番高く成長したクルーゼから下を見下ろせば伸びて生き生きと咲き乱れる華や、楽しそうに踊る蔓や木々から逃れようと騎士や魔法士達が剣を振るい魔法を放っていた。


 「人ってちっぽけだなぁ」


上から見下ろしてみれば、あんなにも人は小さい。そのちっぽけな世界でこんなに苦しんでいたなんてばかみたいだなぁ。

 上を見上げれば今日はちょうど満月だった。



 いつも下から見上げる遠い月があまりに近いものだから触れることが出来そうな気がして必死で手を伸ばした。けれど触れる事はできなくて只々、虚しく空を切る。


「ほんと...ずるいよ」


 期待させて喜ばせるくせに届かないのだから。


ーーッヒュン




 月を見上げていると、何かが頬を掠めていった。ひんやりした感覚を不思議に思い頬に触れてみれば指先は赤に染まる。

 けれど、切れた頬に痛みを感じない。




ーーーーーーッヒュンッヒュン


 今度は右腕と脇腹。


せっかく、作ってもらったドレスが破けちゃった。直さなきゃ。

 破けた部分に手をかざせば、棘のある蔓が布と布を繋げるように生え、最後に真っ赤な薔薇の花を咲かせる。赤い薔薇のおかげでドレスについてしまった血が目立たなくなった。良かった。


 さて、これ以上ドレスを破かれてはアリーに合わせる顔がない。

 光の矢が飛んできた方を見下ろせば、微かに見覚えのある人物が臨戦態勢でこちらを見上げていた。

 確か、魔法が得意な人だったっけ?サブリナ様と逢瀬を繰り返していたうちの一人で、私を責め立てた人物の一人でもある。

 ここまで正確にその威力の魔法を放てるのだから確かに"魔法"は得意なのだろう。

丁度いい機会だ。少し話してみようかな。


 「あっちに行こう」


 乗せてくれているクルーゼにそう話しかければ、攻撃が飛んでくる方に向かって茎を伸ばしていく。その間にも攻撃は飛んでくるが避けるなんてことはしない。そのおかげで全身に沢山の赤が走るがそれもあっという間に消えていく。  

 普段は抑えているエルフの力を解き放ち、全身に纏えば体の傷は一瞬で癒え、元通りになる。この力は本当に素敵だ。


だから...どんなに頑張ってもあなたに勝ち目なんてないんだよ。


「つかまえた」


 手を前に伸ばし、指で空を弾けば蔓が一斉に彼へと纏わりつく。両手両足を拘束され、その拍子に杖がカランコロンと軽い音を立てて地面へと落ちていった。

 身動きの取れなくなった彼と同じ目線になるまで近づいた。

 捕まった事が余程悔しいのか歯を食いしばってこちらを睨んできている。そして、ボソボソと詠唱を唱え始めた。

 どうやらまだ諦めたくないみたいだけれど、私はあなたと少しお話がしたいだけ。沢山は構ってあげられないの。


 私はさらに彼に近づいて、自身の口に人差し指を立てシーと幼子を諭すように息を吐く。すると、あっという間に彼の口元に蔓が巻きつき言葉を奪った。


「ごめんね。でもね?魔法の理の中でしか生きられないあなたに私は倒せないよ」


私は親切に優しく教えてあげたつもりなのに彼は目を大きく見開いた後鼻息を荒くし顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる。


 私は困ってしまう。どうしてあなたがそんなに怒るの?


「キサマーッ!」


背後からの殺気に溜息を吐きつつ、振り返らずに再び空を指で弾いた。


 どうして、友達が捕まっている姿を見て自分も捕まる可能性を考えないのだろう。


 そんな疑問を抱きつつ後ろで、もがく声に振り返るのも面倒で花達に頼んで取り巻き同士仲良く隣に並べてあげることにした。

悔しそうに睨んでくる二人を見ても只々つまらない。


「手も足も動かせないんじゃあ自慢の剣の腕も台無しだね」


 しゃがんで膝の上に肘を立て、お行儀悪く頬杖をつきながら溜息を吐いた。


「この悪女め。人の皮を被った化け物が」


アリーの婚約者、ローバル様は憎々しげにこちらを睨んでいる。魔法が使えなさそうだからと、口は塞さがないであげたけれど、なんだかうるさい人だ。


っふとテラスをみれば狭い扉から大勢の貴族達が我先にと押し合いながら逃げていくのが見えた。

そんなに怖がらなくても、あなた達には手を出さないのに。その証拠にちゃんとテラスの直ぐ前に木々で壁を作ってあげてるんだけどなぁ。きっとあの人たちにとっても、今の私は化け物なんだろうな。ちょっと悲しい。



「あ、」



 さっき、一緒に踊った男の子だ。

貴族達に押されて、男の子が尻餅をついていた。本来は一番に守って貰うべき存在なのに...まぁ、この状況にしているのは私だから何も言えた立場じゃないんだけどね。


「あっち」


 クルーゼに男の子の元へ移動してもらうように頼んだ。可愛らしいクルーゼは嬉しそうにそれに応えてくれる。やっぱり植物はいい。素直で優しいんだもん。


 迫ってくる貴族達は何を勘違いしたのか一斉に叫び声を上げ始めた。中には攻撃魔法を放ってくる人もいる。

男の子に当たったらどうしてくれるのか。


『春風』


 飛んでくる魔法を、風で舞い上がった花びらがひらりひらりと攫っていく。宙を舞い踊るたびに花の香りで空気が色づきとても幻想的だ。そうして集まった花びら達はふかふかのベッドとなり優しく少年を包み上げ私の元へと連れて来てくれる。


 クルーゼの元へと降りた少年は目をパチクリさせて混乱しているようだった。


「驚かせてごめんね。けがしてない?」

「....だ、大丈夫です」

「そっか。それならよかった」


念のため上から下まで確認してしてみたけど、怪我はしてないみたい。

 その間にもテラスからは悲鳴と怒声が巻き起こる。「子供を返せ!」だとか、「誰かあの子を助けて」だとか。子供を押してでも我先にと逃げ出そうとしてた大人達がよく言う。


 下の様子を見て溜息を吐いた時、男の子が私の肩をとんとんと可愛くたたいた。


「ん?なぁに?」

「お姉ちゃん....どこかお怪我してるのですか?」

「へ?私?」


 慌てて頬を触ったり見える範囲で腕を見たりするけれど既に傷は綺麗に治っている。

質問がよく分からなくて首を傾げ、下を向いていた男の子の顔を覗き込んだ。


「もう治ったからお怪我してないよ。どうして?」


 怖がらせてしまわないように優しく話すように心がける。

 大人達が取り乱している間にこの子は泣くこともせずに落ち着いて私と話している。

 大したものだ。君の将来が楽しみ!なんて、私は誰目線なんだろか。




「だって、お姉ちゃん...」




伏せ目がちにそう話し始めた彼はゆっくりとその長いまつ毛が生え揃った瞼を上げ、真っ直ぐに私を見つめながらこう続けた。



「泣いてるから」

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