第19話 挿話 自称ヒロインの企み 後編

ひと目見ただけで魅せられた。

その少女は画面で見るより遥かに美しく輝いていたのだ。


 太陽の光を浴びてキラキラと輝く金髪は眩しく、毛先にいくにつれて色付く桃色はとても愛らしかった。森のように温かな深緑に星を散りばめたような金色が混じる瞳は、一度合ってしまえば捕らえられたと錯覚してしまうほど、目を奪われる。

神秘的な顔立ちにすらりと伸びる手足。色白な肌は雪のようで触れてしまえばフワリと溶けてしまいそう。



ーーーーーー勝てるだろうか...


そんな不安が頭をよぎった。

けれど、頭を振って不安を掻き消す。大丈夫。今の私は完璧なの。出来るわ。全ては最愛のあの人に会うために。



 一年目は出来るだけミューリアに近づいた。親切に愛想よく友情を深めていくの。

そして私に友情を抱き信用したところで絶望のどん底へと突き落とす。親しいと思っていた人物からの裏切りほど憎悪を生むものはないわ。そうして私が貴女を立派な悪役令嬢に育ててあげる。


 だけど、そう簡単にもいかなかった。思っていた以上にミューリアという人物は人を惹きつけた。人外じみた美しい見た目に反して気さくて親しみやすい性格は人々を虜にする。その中に私自身も含まれてしまいそうで自分を律するのに必死だった。

 公爵令嬢サブリナとして生まれ変わった私は嫌というほど貴族達と触れ合ってきた。腹の読めない探り合いの様な会話にも嫌々ながらも慣れなければいけなかったのだ。

そんな世界で過ごしてきた私に前世での数少ない大切な友人を思い起こさせるミューリアの人柄は危険だった。

絆されてはダメ。ここで絆されてミューリアに対象者達を攻略されてしまえば、私は投獄の運命から逃れられない。それに、何よりあの人に会えなくなってしまう。

ここは私の為の世界よ。私はあの人と結ばれて誰よりも幸せになるの。大丈夫。必ず成功させる。



 そして二年目が来た。舞台は整ったのだ。

まずは、クリスからよ。ミューリアの作ったクッキーを私からだと渡すの。すでに用意は出来ているわ。

 本当に私が作って渡しても良かったけど、ミューリアのクッキーの味は真似できなかった。初めてあのクッキーを口にした時、なるほどこれは忘れられないなと思った。噛めばほろっと解けバターの香りが口の中いっぱいに広がる。ミルキィで後に残る甘さの余韻は心地よく素朴なのにどの名店のお菓子にも引けを取っていなかった。


 あの味で無ければ意味がない。そう思わざるを得なかった。だからミューリアに上手くねだり作ってもらったモノをクリスへと渡した。それを口にしたクリスはとても喜んでいて何だか悔しかった。

だけど、こんな気持ちを抱いてしまうことも、悔しくて気がつかないフリをする。


そして、いよいよ悪役令嬢であるサブリナが仕掛けるはずだった嫌がらせをミューリアへと擦りつける計画を実行しようとした矢先、予想外のことが起こった。


 クリスがミューリアを盗人として糾弾してしまった。これは私の中に予定していなかった出来事だった。ミューリアは必死に否定していたがクリスは聞く耳を持とうとせず、その光景を見て胸が騒ついた。押し寄せる罪悪感に飲み込まれてしまいそうで、こんな気持ちをこれから抱いて過ごしていくのかと思うと不安だった。

 けれど、自分で思っていた以上に私は薄情だったらしい。罪悪感は増すどころか段々と感じなくなっていった。心は慣れていくらしい。


 それよりもつまらないなと思うようになった。だって一向に悪に染まる気配がないんだもの。はじめはよかった。濡れ衣を着せられ否定しても聞き入れられず、私の自作自演だと分かっているミューリアは絶望の眼差しを向けてきた。そう、その目。あのキラキラしていた瞳がドロドロと濁って憎悪に満たされていくその姿が堪らないの。その瞳が私の計画が上手くいっていると実感できる瞬間だったのよ。なのに.....


 幼なじみであるアリーナ・デラーレを突き離してからは彼女はただその瞳を虚にするだけになった。

アリーナ・デラーレは邪魔な存在だったからミューリアから離れたことは丁度良かった。彼女の心の拠り所であるアリーナがいつまでも側にいては彼女を闇に落とすことは出来ない。だから、権力で消してしまおうかと思ったがミューリア自らが突き放したようなのでその必要もなくなった。どうやらミューリアもその事を恐れたのだろう。賢い選択だわ。それにしても冤罪だらけの悲惨な日々でもまだ正気を保てていたなんてとても図太い神経をしているのね。さすが田舎娘。けれど、これで貴女を孤独の闇へと落とす事が出来るのだから褒めてあげる。これで私の計画が上手くいく。そう思っていたのに...


 それからだった。目が虚になり目に見えて彼女の心が死んでいった。一年目でミューリアと仲良くしていた生徒達も今や誰もミューリアに近付こうとしない。

 フォレスティア王国は身分を重んじる国。ミューリアに濡れ衣を着せているのが王家の次に権力を持つ公爵家の私。しかも、冤罪だと気が付かずミューリアを糾弾しているのが、この国の王子殿下とその側近達となれば、例えその全てに気が付いていても誰も口出しは出来やしない。この学園では特に。


 ここはフォレスティア王国最高峰の学び舎。この国の王族、貴族、商家の令息令嬢が通う場所だ。ミューリアのように特別な魔力を持つため特待生として入学している平民もいるにはいるが、それはごく稀で殆どが権力者の子供達なのだ。故にここは貴族社界の縮図。誰も権力には逆らえない。ここで逆らえば家族にも影響しかねないのだから。


.....でも、おかしいの。触らぬ神に祟りなしということならまだしも、場の雰囲気に便乗して彼女を虐めようとする者が現れてもいいはずなのに...。

 彼女は平民だ。虐めたところで誰も咎めはしない。いくら先祖返りでもこの国は身分を重んじる国なのだから。けれど前世の経験からも今世の経験からもこういう場合必ず虐める者が現れるのに彼女にはソレがいなかった。


...それは、彼女の逆鱗に触れてしまい膨大な先祖返りの力で報復されることを恐れてではない。皆、自分が関わってしまったばかりに彼女の今の状況がさらに悪化してしまうことを恐れているのだ。だから敢えて近づかなかった。


 ....その事に気がついてしまう自分も腹立たしい。こんな事になっていても彼女は人々に愛されている。この国に根強くある身分の格差さえも無いかのように。

そう、だからゲームで彼女は誰とだって結ばれる事が出来たのだ。けれど、今は違う。

ミューリアは悪役で私はヒロイン。

そうなるはずなのになぜ?

どうして、こんな仕打ちをされても悪に染まらないの。どうして報復してこないの!?


私はこんなにも完璧なのよ。

攻略対象だって私だけに好感を抱いているのに。なのに...なぜこんな劣等感を抱かなければいけないの?前世の時みたいな思いをなぜ生まれ変わってもしなければいけないのよ!

私はこんなにも美しくて、賢くて、愛されているのに...なぜ、なぜ、なぜーーー


この物語の主人公は私よ。あんたなんかに渡さない。







「ミューリア・ルナールはどうしようもない人間だな。アレが今代の西のエルフだとは聞いて呆れる。

サブリナ、怖い思いをさせてすまなかった。あの女を国外へと追放することにしたからね。もう、安心していいよ」


 クリスのその言葉を聞いて曇っていた心に日の光が差したかのようだった。そうか、その手があったのよ。もう対象者全員の好感度を上げる重要なシーンはクリア出来た。後はじっくりのんびりと親密度を上げ卒業を待つのみだ。だからもうミューリアは必要ない。あの子さえ私の前から消えてくれれば、もうこんな気持ちにならなくて済むんだわ。

さすが、私が愛したクリス。......一番ではないけれど。



さあ、追放よ。

悪役令嬢にさえなりきれないヒロインはただのモブでしかないの。さよなら、不様なヒロイン。

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