フクロウのソロモン

 一緒に遅くも早くもない歩みを進んでいるうちに、ミーシカと狐のデニスは歌を歌い始めました。


 さあ進もう魔女の森を

  精霊の住まう森を


 むらさきの花はささやく

  コマドリが迷い込んだと

 

 さあ賢者のもとへ

  フクロウのもとへ

 道を知るために進もう


 二人は川の水で喉を潤し、ミーシカ用にお母さんの入れてくれたビスケットをおやつに食べました。そうして何度か歌を繰り返していくうちに日が傾き始め、光の精霊たちのあくびが聞こえ始めました。もしかしたらフクロウに会う前に眠ってしまうかもしれない、とミーシカは不安になっていきました。

「フクロウさんまでは遠いの?」

「もうすぐさ。葡萄園を抜けると大木の群れがあって、そこの一番大きな木に住んでいるんだ」

「そうなの。ねえ、デニス」

 また歌い始めようとした狐が立ち止まりました。

「私この森に来てから精霊たちを感じるようになったの。もしかしたらおばあちゃんに行くなと言われた森の奥に来てしまったのかしら」

「さあね」

 とんがり耳をぴくりと動かして言ったきり、狐はまた歌を歌い始めてしまいました。ミーシカは焦りだし、またこの生き物も私を騙そうとしているのかしら、と疑い始めました。でも逃げたところで、ミーシカは道を知りません。狐を信じ、何でも知っているというフクロウに会ったほうがいいのかしら、それとも夜を待ってヌミシカに任せたほうがいいのかしら、と川のせせらぎを聞きながらミーシカは眠っているヌミシカに問いました。

 そのうち、ミーシカは考え疲れてしまい、狐と一緒に歌いはじめてしまいました。ミーシカは質問ばっかりするくせに、考えるのはちょっぴり苦手でした。


 さあ進もう葡萄園を

  たゆたう葉と房越えて


 木の精霊はおどる

  少女たちが来たと


 さあ賢者のもとへ

  フクロウのもとへ

 道を知るために進もう


「さあ着いたよ」

 目の前にはいくつもの大木がありました。地にはセージに似た紫色の花が揺蕩っていました。生ぬるく湿ったい風にゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆら、揺らめいていました。

 大木の群れの中央には、ひときわ大きな木があり、幹から枝が分かれる間に大人が立っていられるほど大きな穴があいていました。

「あそこにフクロウさんはいるの?」

「そうさ」

 狐のデニスは自慢げに尻尾を花のようにゆらし、牙を覗かせて声をあげました。

「やーい、フクロウさんや! 森の賢者さんや! 迷子の女の子を連れてきたぞ! 起きてくれ!」

 大きなあくびのような音が穴から聞こえました。すると穴からゆーっくりと、大きな頭があらわれました。森で見かけるフクロウよりも何倍も大きなフクロウでした。

 首をかしげてから、眠そうにしていたまぶたを大きくひらきました。ミーシカは満月のような目に見つめられ、驚いてしまいました。なんて大きなフクロウなんだろう。枯葉のような色をしていて、顔はりんごを切ったときの形をしてる……。何を食べたらあんなに大きくなれるのかな、ミーシカはフクロウに触れてみたくなりました。

 声の主であった狐に気づくと鋭いくちばしを開き、上機嫌に瞳を三日月にして言いました。

「ほっほっほ。我がいたずらっ子の友、デニスじゃないか。達者にしてたか。葡萄園のブドウを食べすぎていないか。ほっほっほ」

「フクロウさんや! 元気だい! 葡萄はまだ食べ頃じゃないぞ! 家に入れてくれ!」

「ほっほっほ」

 そう笑ってから、重い腰をあげるように穴から体を出し、つばさを広げました。あたりの木々が羽ばたいた風で揺れていました。空が少し暗くなりました。

 くわのように鋭い鉤爪がきらりと光ったのを見た瞬間、ミーシカ・ヌミシカの体は宙に浮いていました。

「わぁ!」

 ミーシカを左足に、狐を右足に捕まっていました。軽く上空を一周して、フクロウはまた木の穴へと戻りました。

「ほっほ。ようこそ、我が小さな娘よ」

「こんにちは。フクロウさん」

 少しめまいがしながら、ミーシカは挨拶をしました。穴の中には木でてきた椅子とテーブル、なんだかよくわからない物でいっぱいの棚がありました。その奥には寝床らしく、柔らかそうな羽毛と草がいっぱい敷き詰められていました。少し肉のにおいが漂っていました。

「わしはソロモン。小さな娘よ、どうしてここにいるんだい?」

「おばあちゃんを探しているの。道に迷って困っていたところに、デニスに会ったの」

「そうかそうか。それでお嬢さんのお名前は?」

「私は森の魔女の娘、ミーシカ・ヌミシカ。今はミーシカしかいないけど、そろそろヌミシカが起きることだと思うの。あの……ソロモンさんはどうして私たちと同じ……その、人の言葉を喋れるの? 私たちはどこに迷い込んでしまったの? ここにきてから精霊たちを感じるようになったけど、どうしてなの?」

「ほっほっほ。好奇心がいっぱいな子だのう。よかったら何があったのか、座って話してごらん」

 ソロモンはミーシカを座り心地のよさそうな席に促しました。自分も寝床のくぼみに腰を下ろして聞く姿勢になりました。狐もこっそりと寝床の羽毛を引っ張り出して、丸くなってしまいました。ミーシカは洗いざらい、変な老婆に「悪魔」だと言われたところから話して聞かせました。お世辞にも話し上手とは言えないミーシカでしたが、このときは珍しく上手く説明できていました。話し終わるとフクロウは「ほっほぉ」と考え込んでしまいました。

 全部話してしまったミーシカは、疲れきっていました。座ったことで緊張と疲労がどっとあふれて、止まらなくなっていました。

 アヒルのたまご色の棚を眺めながら、猫のピシカと一緒に芝生の上を寝転びたいと、想像の世界へ飛んでしまいました。くうを舞う黄昏の精霊たちが子守唄を歌っています。

 ぷかぷか、ぷかぷか。

 トロンペッタ・ウンジェリ天使のトランペットが鳴りひびいていました。

 ぷかぷか、ぷかぷか。

 グラ・レウルイライオンの口が大きなおおきな、あくびをしていました。

 ぷかぷか、ぷかぷか。

 ムナ・マイチ・ドンヌルイ聖母の手に髪を梳かされました。大好きなお母さんに抱きしめられているよう。焚かれたダフィンローリエの葉の香り、抱きかかえたラヴァンダーの香り、母のぬくもり、教会の鐘の音、なりひびく、なりひびく、祈りの声。

 そうしてぷかぷかしているうちに、ミーシカ・ヌミシカはあたたかな幸福から、少しづつ現実へと戻されていきました。

 目覚めでした。

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