《Re:Union》
神有月ニヤ
第1話
《Re:Union 第1話》
9回裏2アウト、ランナー2、3塁。点数は4対3。こちらが1点勝っている。むせ返る様な照り付ける太陽の下。中学3年生の赤川 陽介(あかがわ ようすけ)はマウンドの上で、流れる汗を袖で拭いていた。後一球、後一球でこの準々決勝を勝ち進める。フルカウントのこの打者にフォアボールを出し、満塁策を取っても良いが、今日の彼は絶好調らしい。
(赤川!歩かせよう!!)
キャッチャーの渾身のアイコンタクトに、赤川は首を横に振る。あくまで彼は勝負にこだわりたいらしい。キャッチャーは下唇を噛み、力強く右打者のインローに構える。それを見た赤川は、ニヤリと笑い、目をぎらつかせた。
(そうだよ、こうでなくっちゃ!!)
赤川はセットポジションから、その9回を投げ続けている右腕を振り抜く。すっぽ抜けも無い、コースもバッチリ。気合いも乗っている。マウンドから打者まで到達するのに時間は要らない。だが、この時は、赤川の目にはまるでコマ送りでもしているかのように脳が働いていた。打者がボールを捉え、その打球がショート方面に鋭く飛んでいく様を。心の中で『やめろ!!』と叫びながらも、彼はその打球の行く末を見ていた。
「ショートォォォォ!!!」
声が枯れる程の叫び。ショートの選手は飛び付き、ボールはグラブにギリギリ吸い込まれる様に入っていった。
「よし!!!・・・!?」
だがしかし、その打球のスピードと、グラブの位置が悪かった。ボールはグラブのポケットからすり抜け、レフトとセンターの間へ転々と転がっていく。それを見逃さなかった相手の三塁コーチャーがブンブン腕を回す。三塁ランナーはすぐにホームインしてしまった。同点になり、送球が焦る。
「バックホーム!!!!」
レフトの選手が勢いを付けてホームに向かって投げようとしたが、これでは間に合わないと判断した赤川。
「俺が中継する!!」
本来ならセカンド、ショートの選手が行う事だが、今ばかりは、自分がやらないと後悔すると思っていたようだ。すぐさまレフトの選手と目を合わせた。パァン!と渇いた音が響いた気がし、そのままボールをホームへ全力で投げる。
『飛び込めー!!』
相手の選手が叫ぶ。結果はクロスプレー。ランナーのスライディングしたタイミング、ボールが返ってきてタッチしたタイミング。絶妙だった。全員が息を呑む。どっちだ、と心臓の音がドクドクと鳴る。一瞬シンと静まり返った場内に、審判の判定がこだまする。
『・・・・・・セーフ!!!!!!』
歓喜に沸く相手チームに対し、悲哀のムードの赤川たち。その内、一番非を感じているのはエラーをした選手だろう。肩を震わせ、泣くのを堪えているのだろうか。
「整列!!」
審判の号令で、両ナインが並ぶ。
「礼!!」
『ありがとうございました!!!』
深くお辞儀をし、走ってベンチまで帰る。本当は帰りたくはなかった。負けてしまえば、鬼監督からの怒号が飛ぶに違いない。3年生の赤川にとって、最後の怒号になるかもしれない、と腹を括ったが、監督からは、意外な言葉が出た。
「お前たち、お疲れさん。良い試合だった。3年生は、先にバスで帰ってくれ。1、2年生は残り、片付けだ」
拍子抜けだった。いつもなら、三振しようもんなら、エラーしようもんなら、ところ構わず怒号が飛び、その度に選手が萎縮してしまっていたはずなのに、今日ばかりは、何故か褒めてくれた。負けて褒められるという気持ち悪い最後だった。
帰りのバスの中、信号待ちでバスが止まっている間、窓の外をぼんやり眺めいると、キャッチャーの藍沢が話しかけてきた。
「・・・お前とのバッテリーも、これで終わり、か」
「・・・そうだな」
「赤川は進路はどうするんだ?ギリギリまで悩んでただろ」
「・・・うん、今決めた」
「え・・・?」
「俺、公立受けるわ」
それと同時に藍沢の方を振り向くと、悲しげな表情をしていた。
(何だよ、聞いたのはお前じゃん)
半ば不貞腐れながらも再び赤川が窓の外を見るとジョギングでの信号待ちか、その場で足踏みをしているジャージ姿の男と目が合った。
(でっけぇな。高校生か?あ、行っちまった)
その長身と筋肉質な体を見て、赤川は半ば羨ましがっていた。俺にもあれぐらいの体があれば、と。溜め息を吐くのも束の間、すれ違うカップルに今度は目が行った。性格の悪そうなメガネの彼氏に、笑うと女優にいそうな顔立ちの彼女。
(くそう、俺だって高校生になれば彼女の1人ぐらい・・・!)
悔しさでいっぱいであった。だが、そのカップルの前をバスが通り過ぎるほんの一瞬の間、その彼氏と目が合い、フッと笑われてる様な気がし、赤川の気持ちは小さく爆発した。
(くそう・・・俺だって、俺だってー!!)
『うわっ、暴れんな、赤川!』
狭い座席の中、赤川 陽介の3年間の中学野球は幕を下ろした。
そして、次の年の春。彼は県立多々野(ただの)高校の門の前にいた。
「っしゃあ!今日から俺も高校生!!楽しく野球やって、彼女作って、満喫するぞー!!」
入学式も早々に終わり、ホームルームしかない初日。彼は意気揚々とグラウンドで練習している野球部に顔を出す事にした。がしかし、放課後の部活動の時間なのに、グラウンドには1人もいない。顧問の監督すらいなかった。
「あれ・・・?」
せっかく入部届も持ってきたのに、誰もいないんじゃ渡せやしない。ジャージ姿にグローブを片手に、ダメ元で部室棟の方へ歩み寄ろうとすると、そちらの方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
『うるぁーーー!!!』
『ぐはぁ・・・っ!!!』
『次ぃ!掛かってこいやぁあ!!!』
(何だ・・・?喧嘩か?)
声のする方へ赤川が向かうと、そこはどうやら野球部の部室からだった。不審に思いながらも扉を開ける、とそこには上半身裸の男たちが腕相撲で争っていた。
「うるぁーーー!!!」
「ちくしょー!部長強えー!!」
赤川はそっと野球部の部室の扉を閉めた。
《Re:Union 第2話》へ続く?
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