《君が食べたかったカキ氷》
神有月ニヤ
第1話
《君が食べたかったカキ氷 第1話》
それは、突き抜けるほど空が高く、青く、蝉時雨と言うにふさわしい程、蝉の鳴き声が煩く降り注ぐ暑い日だった。高校の夏休みで田舎へ帰省していたショウゴは1人、川辺で流れる水を眺めていた。優雅に泳ぐ小魚、揺らめく水草。都会育ちの彼にとっては、何もかもが新鮮だった。
大量に出された宿題も夏休み前半に終わらせ、後半は何して過ごそうか、と迷っている矢先に、母親からの提案で母方の祖母の家へと遊びに来ている。ショウゴが産まれてすぐには母がこちらで療養していた事から、毎年夏休みには遊びに来ていたが、小学校に上がると共に、その恒例行事はなくなってしまっていた。その為仲の良い友人など記憶になく、祖母の家に居てもやる事もない。だから彼は散歩と称して、家を出る時に持たされた麦茶の入った水筒を傍に、こうして川を眺めている。
来るんじゃなかったなぁ。
ボーッと流れる川に心を預け、頭を空にする。普段できない事ができるのは、やぶさかではないのだがやはりつまらない。暑さだけは都会のコンクリートジャングルよりかマシなのだが、それでも暑い。虫も多い。だが、山の向こう側に見える綺麗な入道雲の日の光を浴びて作られた影がコントラストを作り出し、見ているだけで時間が過ぎていくのが分かる。良質な絵画を見ている気分にもさせた。
コンビニまで車で20分。スーパーみたいな大型なところはなくて、あるのは個人商店が数店。バスは1時間に1本で大きな町までは電車で乗り換えが必要。遊び場もなければ図書館すらない。ただ、自然だけは豊富。
「・・・はぁ」
愚痴は溢れるばかりだ。唯一ある公民館と神社が併設しているところは、人の文明を感じるが、それ以外がパッとしないのは事実。それでも母に付いてきたのは、『田舎』という言葉に惹かれたからだ。総人口も数百人にも満たない、と思う、この小さな村に来ているのだという事を、ショウゴは改めて実感していた。
晩飯までには帰ってこい、って言ってたけど、晩飯って一体何時なんだろ?
持ってきたスマホが示す時刻は午後3時半。そろそろ日が落ちかけてくる頃だとは思うが、暑さが引きそうにない事に、彼は落胆している。水筒の蓋をコップ代わりに麦茶を注ぎ、一気に飲み干す。喉を冷たい麦茶が通る事により涼しさが宿り、全身に行き渡る頃には長い溜め息を吐いていた。
「・・・はぁぁぁぁぁ・・・・・・」
蓋を戻して寝そべり、空を見上げる。相変わらず雲は気持ちよく流れ、慌ただしく乱れる街の雑踏を見下している様にも見えた。
Wi-Fiもないからロクにスマホでゲームもできんし、動画も観れん。
自分の置かれている状況に、現代っ子のショウゴは絶望しか感じていない。だが、そんな反面、好奇心が旺盛なのが彼の良いところだ。今時珍しい順応の早い子で、大人だらけのところにも気付けば馴染んでしまっている。今まで父親が飲んでいた居酒屋に何回呼ばれて連れて帰ったことか。最初こそオドオドとした立ち振る舞いだったのが、今ではそこに居る常連からは何か食べ物を奢ってもらえるまで仲良くなっている。
「今はこの不便さを楽しめ、って事か?」
それこそ、母親や父親が子供の頃はスマホなんて無かったし、こんな生活が当たり前だったのかもしれない。今の子供たちが恵まれ過ぎているのかもしれない。だが、それも時代だ。そんな時代もあれば、便利すぎる時代もある。これより先、もっと便利な道具が生まれ、自分たちがその時代を羨む事もあるかもしれない。
「・・・よしっ」
彼は意を決して立ち上がる。が、文字通り、その出鼻は挫かれた。鼻先に当たる、生暖かい滴。それは勢いを増し、気付いた頃には視界を塞ぐように降り注いだ。
「傘なんて持ってないぞ・・・!」
夏の暑さを含んだ大粒の雨は、昨今の異常気象がもたらす集中豪雨をも思わせたが、ショウゴは、この雨が先程見た綺麗な入道雲のせいだとは考えもつかなかった。そして彼は走る。一番良いのは祖母の家だが、そこそこの距離を歩いてきてしまっている。
散々だ・・・。
この長い距離を雨が降ってきた事だけで戻らされる事もそうだが、何よりショウゴが気に入らないのは、今のところ全てが自分にとってマイナスにしかなってないことだ。
「・・・お?」
しばらく走っていると、屋根付きの小屋が遠くに見えた。
弱くなるまであそこで雨宿りしていくか。
軽快な身のこなしでたどり着くと、雨宿りという名目を早くも忘れ、ショウゴはそこが何の場所なのかに興味が移行した。
「何だここ?誰もいないのに野菜が置いてある・・・」
都会育ちの彼にとっては、無人販売の小屋は珍しすぎたのだろう。しきりに辺りを見回し、人がいないのを確認する。
「これ持ってたら、婆ちゃん喜ぶよな?」
と手を伸ばした瞬間だった。
「あー!あー!ダメだよ、先にお金入れなきゃ!」
「え?」
やたら元気な女性の声で注意されて振り向くと、そこにはショウゴと同じ年代の女性がいつの間にか傘を差して立っていた。長い黒髪は後ろで纏め、白いノースリーブとデニムのハーフパンツ、そしてビーチサンダルとラフな格好で彼を見つめていた。その視線に釘付けにされていると、彼女の視線がショウゴが手を伸ばそうとした野菜に向いた。
「ここはね、お金をこの木箱に先に入れてから持っていくの。無人販売って知らない?」
「あ、いや・・・知らなかった、です・・・」
初対面の、しかも同世代の女の子に注意され、彼は恥ずかしさでいっぱいだった。彼女は鼻から溜め息を吐いたが、ショウゴのその言葉を聞き、それを境に釣り上げていた眉はハの字になり、次第に穏やかな声に、彼は癒しすら覚えた。
「・・・そう。君、ここら辺の人じゃないよね?どこから来たの?名前は?」
「と、東京から・・・。あ、名前は、ショウゴです・・・」
「東京!?じゃあ君、都会の人なんだねー!へー!あ、私サヨ」
サヨは顔を寄せ、都会育ちの人間がそんなに珍しいのか、ショウゴの周りを見て歩く。そんな彼は恥ずかしそうに目を合わせられず、ただ、緊張して棒立ちしているだけだった。少し屈んだ時にチラッと見える胸元の素肌がやけに白い、という事が、今の彼には刺激がちょっと強いのか、目線を明後日の方へ向けたり、頭を掻いたりしてごまかしていた。サヨはそんなショウゴが面白かったのか、わざと下から顔を覗かせて反応を窺うなどして遊んでいた。そしてひとしきりからかって満足したのか、サヨは口を開いた。
「じゃあ、帰ろっか。あなた、傘持たずに出て行ったから迎えにきたのよ?」
「え?」
ショウゴは呆気に取られているが、彼女は既に彼が何者か気づいていた様だった。
「覚えてない?私、従姉妹(いとこ)よ?」
「え?えぇ!?」
漫画の様なリアクションにサヨはフフッと笑い、何かに気付き顔を空に向ける。
「あ、やっぱり通り雨だった!」
ショウゴもその方向へ顔を向けると、雨は上がり空には綺麗な虹が掛かっていた。その光景に目を奪われていると、サヨが再び顔を覗き込んできた。
「まだここにいる?」
「え、あ、や、えと、か、帰ります・・・」
その反応を楽しんでいるのか、彼女は無人販売の小屋から出ると、満面の笑みでショウゴに顔を向ける。
「おかえり、ショウゴ」
「・・・た、ただいま・・・!」
そんなサヨを雲の切れ間から差す太陽の光がまるで後光の様に照らし、ショウゴは従姉妹に恋をした。
《君が食べたかったカキ氷 第2話》へ続く?
《君が食べたかったカキ氷》 神有月ニヤ @yuuya-gimmick
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