~最終章 ライバル~
「おめでとう! 団体戦の金メダルとそして、個人戦の……」
試合後。竹刀に防具袋をかけて担ぐ土井に、加奈が悪戯っぽく微笑んだ。
「はいはい、負けましたよ。……ったく」
土井は不機嫌そうに答えながらも、その首に金メダルの上からかけられた銀メダルを爽やかに輝かせていた。
「ふふ。まぁ、私は金金だけどね」
「分かってますって。全く、嫌味だなぁ」
土井は女子団体戦、個人戦ともに金メダルを獲得した加奈を膨れっ面で見た。
「それより……いいんすか? 『あの人』のもとに行かなくても。団体でも個人でも金を取ったんだし、流石に少しは振り向いてくれるんじゃ……」
「あぁ、いいの、いいの。あいつ……楓はどうせ、桜先輩のことしか頭にないし、それに」
加奈の頬が少し緩んだ。
「桜先輩にも……初めて、『ライバル』として認めてもらえたから」
「ライバル?」
加奈は幸せそうに目を細めて頷いた。
「男子の……あなた達の試合が終わった後さ、桜先輩。私に、『あなた達には絶対に負けない』って言ってくれたのよ。私……自分が決勝で勝ったことよりも嬉しかったなぁ」
「え、『あなた達には』って? って言うか、加奈先輩の試合後じゃなくて、俺達の試合後なんですか?」
頭に「?」の浮かぶ鈍感な後輩を見て、加奈はクスッと笑った。
「まぁ、それは置いといて。土井くん、頑張ったんだし、ラーメン食べに行こっか。まぁ、約束は果たせなかったから大盛りは奢ることできないけどね」
ニッと片目を瞑る加奈に、土井は目を輝かせた。
「本当ですか! 嬉しい……あ、それと」
土井は少し頬を赤くした。
「加奈先輩……そろそろ『土井くん』じゃなく、下の名前で呼んで下さい。俺、『優(ゆう)』っていうんです」
その言葉に、加奈の顔も途端に真っ赤になった。
「え、えぇ。優……くん」
ぎこちない二人は、花弁の舞い散る桜並木の下、真っ赤になって俯いたのだった。
*
「ちょ……ちょっと、桜先輩。待って下さいよ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと来なさい! これからあんたを鍛え直すんだから」
土井達とは反対方向の桜並木の下。竹刀にかけた防具袋を担いだ楓は、早足で剣信館へ向かって歩く桜を必死で追っていた。
「き……鍛え直すって。僕、ついさっきまで試合で戦いまくってたんですよ」
「何、あんた。私の稽古が嫌だって言うの?」
「い、いや、そんなことないです! 先輩の稽古は凄く嬉しいです」
楓は顔を引攣らせながらも、爽やかな笑顔を見せた。桜はそんな楓を見て、目を閉じて溜息を吐く。
「あんた……何、あの上段? まるでなってなかったじゃない。誰が一本って認めても、私はあんなの許さない。あれじゃ、本当の『冗談』よ」
「じょ、上段が冗談? はは、先輩も駄洒落を言うんですね。面白いです」
「面白がってないで、さっさと歩く!」
「は、はい!」
早足の桜は、キッと前を睨んだ。
「全く……私、あいつにだけは負けたくないんだからね」
「え、あいつって?」
「いいから、さっさと歩く!」
「は、はい!」
楓は早足の速度を上げる桜に追いつくため、防具を担いだまま駆けた。サクラの花弁が舞い散る中、自分に追いついた楓に桜は微かに微笑む。
「でも、まぁ……あんたがキャプテンとしての役目はそれなりに果たしているってことは分かったけどね」
「えっ?」
「あんたがキャプテンでも……結構いいチームになってたじゃない」
桜のその言葉に、楓は微笑んだ。
「はい……でも、僕は何もキャプテンらしいことできてないですよ。後輩達が優秀で頑張ってくれてるだけで……」
「でも……」
桜はそんな楓を見てにっこりと笑った。
「あんた、チームのみんなから信頼されて、慕われていた。私なんかよりずっと……。それって、キャプテンとして何よりも重要なことなのよ」
「信頼して慕われてるんでしょうか? 僕には全然分からないです」
首を傾げながら歩き続ける楓に、桜は悪戯っぽく笑った。
「自覚なく慕われるってことも、あんたのいい所だけどね。高校でも……待ってるわよ」
「高校で待ってる?」
不思議そうな顔をする楓に、桜は目を細めて頷いた。
「あんたと『合上段(互いに上段の構えで対峙すること)』で戦えるの。そのために、これからビシバシ鍛えてあげるから、覚悟なさいよ」
美しい夕焼けに映える桜の笑顔を見て、楓は試合の疲れなど吹き飛んだ。
「はい!」
元気に力強く返事をする楓と桜の周りを、サクラの花弁がオレンジ色の夕陽を反射してキラキラと舞い飛んでいたのだった。
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