31 王女は崖っぷちです
爆発により天井が抜けた部屋には、巨大な檻が山積みになっていた。
檻のなかには、
近づいた檻に囚われていた一角獣は、頬に鞭打たれたあとがあるが、角は無事だった。周りも確認していくが、角が折られた個体はいないようだ。
恐らく、人懐っこい性格を利用した人間が、檻に誘導して捕まえたのだろう。
「誰がこんなことを……」
錠前を外せないかと思って、ガチャガチャと揺さぶってみるが、ビクともしない。ルルには、鍵がある場所も、持っている相手も分からなかった。
だが、檻を観察して分かったこともある。天井に空いた穴から降り注ぐ月明りで、檻の柱に書かれていた文字が読みとれたのだ。
ガレアクトラ語で『寄港船ジュリオ195』と記されていた。
ユーディト地区は港町。魔晶石の輸出が盛んだった頃には、多数の商用船がひしめき合っていたが、一角獣保護法ができてからその数はぐんと減った。
今では、果実や布を運ぶ外国の商用船が、水や食料の補給のために寄港して、ついでに品物を卸していくくらいだ。
「商用船にのせる識別番号がついているってことは、この一角獣たちは、ガレアクトラ帝国に密輸するために捕えられているんだわ……!」
密輸には、輸出する国と輸入する国の両方が、協力しあう必要がある。
ルルが本から得た知識では、ガレアクトラ帝国の商用船は全て王族が所有しているはずだ。
一角獣を運ぶ船の持ち主はジュリオ。
一角獣を捕えておくユーディト地区を支配するのはマキャベル。
この二人が結託すれば、一角獣の密輸で莫大な富を生み出すことができる。
「聖王になって一角獣保護法を破棄してしまえば、こそこそと密輸する必要がなくなる。だからマキャベルは、次期聖王候補として、共犯者であるジュリオを推しているんだわ……!」
彼らの悪事を見切ったそのとき、背中から腕を回されて口を塞がれた。
「むぐっ!?」
「私です、ルルーティカ様」
口を塞いでいるのはノアだった。ルルがベッドを抜け出したのに気づいて、探しにきてくれたようだ。
檻の一角獣は、ルルが乱暴されていると思ったらしく、ガンと床を蹴った。
「落ち着け。私はルルーティカ様を傷つけはしない。……むごい仕打ちだ」
ノアは、檻の山を見上げて言葉をなくした。
複数の足音が近づいてきたので、ノアとルルは檻のかげに隠れる。
「なんだ、さっきの音は」
そっと伺うと、昼間ルルをからかった司教と、その部下と思われる男たちが、カンテラを手にして檻を照らしていた。
(あの明かりは魔法で灯されているわ。指にはめた魔晶石の力ね)
「こいつらが急に暴れるなんて今までなかったのに……。ん? なんだこれは」
司教は床から何かを拾いあげた。カンテラにかざされたのは、一枚の金貨だった。
(あれは、ひょっとして)
ルルはネグリジェの腰元を探った。ウエストベルトに挟んで持ち歩いていた巾着に、いつの間にか穴が空いていて、そこから金貨が零れだしていた。
(わたしの金貨だわ――!)
「金ぴかの金貨が落ちている。侵入者がいるぞ! 探し出して、殺せ!!」
司教の命令で、男たちは駆け出した。一人がこちらの檻に向かってくる。
「逃げましょう」
ノアは、ルルの手をつかんで檻のかげからかげへと移動した。入ってきた戸口に近づいていくと、司教が仁王立ちになって塞いでいる。
殴って逃げる方法もあるが、もしもルルの姿を見られたらば、密輸の証拠を隠滅される可能性がある。
(他に逃げ道は……)
ルルは、天井を見上げた。ぽっかり空いた大穴からなら、表に出られそうだ。
「ノア、上に向かいましょう」
「分かりました。落ちないように掴まっていてください」
ルルを横抱きにしたノアは、積み重なった檻を足がかりにして、どんどん上へとのぼっていった。ときには飛び上がって隣の檻のうえに着地して、抜群の運動神経を見せつけた。
だが、大きな振動で、ルルの腰につけた金貨がチャキチャキと鳴ってしまった。それを聞きつけて、男たちは「上から物音がするぞ」と集まってくる。
このままでは見つかるのも時間の問題だ。
ルルは、巾着を外してノアに手渡した。
「ノア、これをできるだけ遠くに投げて。囮にするの」
ノアが巾着を遠くに投げる。部屋の隅でガッチャン!と鳴った金貨に、男たちは方向転換して向かっていった。
その隙に、天井の穴から屋根のうえへ抜け出た。掃除用の足場があったので下りていったが、人影が見えて足を止める。
屋根の真ん中に立っていたのは、杖をついた大司教だった。
「大司教殿。あなたも密輸に加担しているのね」
「当然のこと。マキャベル枢機卿に逆らえば、この地では生きていけませんから。これを見た者も生かしてはおけません」
大司教の指で魔晶石が光った。
光は矢のように形を変えて、ルルたちを襲う。
「ルルーティカ様、私の後ろへ!」
ノアが剣を抜いて矢を斬り飛ばした。次々と送られる攻撃は、じりじりと二人を後ずさらせる。
やがて、屋根がとぎれる建物の端まで追い詰められた。
研究所の建物は崖っぷちに建っているので、屋根の先はもう海だ。
「王族をこんな形で失うのは残念ですが、安心なされよ。ここから落ちれば死体は見つかりません。聖王がそうなったように、行方不明のまま歴史に刻まれるでしょう」
「お兄様も、ここから落ちたの……?」
戦慄するルルの肩を、ノアが引き寄せる。
彼が片手で剣を向ける先では、大司教が卑しく口元を歪めていく。
「あの聖王は、密輸の証拠をつかむために忍び込んで見つかり、王女殿下と同じように屋根に上がり、同じように追い詰められました。聖王は自ら飛びましたが、王女殿下は命乞いでもなさりますかな?」
「――いいえ。命乞いなんかしないわ」
ルルは、毅然と言い放った。
「檻に囚われた一角獣を解放してもらいます。そして、お兄様を殺した悪事についても、絶対に懺悔してもらいます!」
ルルの怒りに呼応して、全身から魔力がほとばしった。
今まで感じたことのない熱さは、全身が燃え上がるようだった。
「無駄なあがきを」
大司教の手から一際大きな矢が放たれて、ルルを目がけて豪速で飛んできた。
「ルルーティカ様!」
ノアは、剣を放り捨ててルルを抱きしめ、屋根から身を投げた。
光の矢は、騎士服の裾を貫いて、夜空へと消えた。
ルルの魔力は体を離れて大司教へと向かっていったが、攻撃できたかどうか分からない。
海へと真っ逆さまに落ちる体は、空気の摩擦と無重力感にさらされる。
耳をすり切られそうな激しい風の音を聞きながら、ルルはノアの胸元にしがみついた。
結局、兄を見つけられなかった。ジュリオが聖王になるのも防げなかったし、巣ごもり生活に戻ることも遠い夢物語になってしまった。
(私の人生は、これでおしまい――?)
怖くて震えていると、ノアの吐息に混じって懐かしい響きがした。
『貴方は、私が守ります』
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