第92話 アクロバティック撮影会

 そして次の日、ヒナノは部活を辞めた。


 最後に俺は、本当に後悔しないかどうかを聞いたけど、ヒナノは「別に部活なんかなくたって勝手に走るから大丈夫だよ!」と笑顔で言ったのだ。


 そのヒナノの言葉を信じた俺は、退部届けを出すのについて行ったんだ。


 そしたら案の定、顧問の先生に引き止められてたけど……その時にヒナノが、無理やり顧問の胸ポケットに退部届けを突っ込もうとしていたのには、少し笑ってしまった。


 まぁその熱意? を読み取ったのか、最終的には顧問も納得してくれたみたいだ。よかったよかった。


 で、それからは、放課後の時間が空いたヒナノと俺でマジックを練習しまくる……


 そんなちょっぴり辛くて大変で。でもとっても楽しくて幸せな……そんな生活がしばらくの間続いたんだ。


 そして。


 ──


 12月上旬。放課後の屋上。


「いよいよ明日、マジックショーを開く予定だけど……ヒナノ、準備はいいか?」


「うんっ! あんなに頑張ったんだし、きっと上手くいくよ!」


 ヒナノは両手を胸の前に構えて……いわゆる『ぞいの構え』でそう言った。こんなに自信を付けてくれたのは、本当に嬉しい。


 まぁ……こんなにも頑張ったんだもんな、と絆創膏を巻いたヒナノの手を見つめる。


「ああ! それじゃあ最終確認を兼ねて、リハーサルをやってみよう」


 そして俺がそうやって提案すると、ヒナノがその両手を前にやって。


「あっ、ちょっと待って! その前に……シュン君、何か忘れてない?」


「えっ? 何かって?」


 ヒナノの言葉に全く見当もつかないまま、考えを巡らせていると。


「ふふーん、それはね……」


 ヒナノはいつの間にか置いてあった大きなトートバッグから、黒い何かを取り出した。


「あっ! それって……!」


「そう! マジック衣装だよ! ネットで注文してたのが届いたの!」


 ヒナノはバッと服を広げる。何だか黒魔道士みたいなファンタジックな衣装だな。


「おお……意外と立派だね」


「えへへっ、そうでしょ! もちろんシュン君のもあるからね!」


 そしてヒナノは「はい!」と、トートバッグごと渡してくる。中身を覗くと、黒の衣装と赤色マントが入っていた。


「……」


 と言うか……今更なんだけど。


「ヒナノ……これ、俺のサイズに合うの?」


「うん! きっとピッタリだよ!」


「どうしてそんなに言い切れるんだ?」


「それはね、心美ちゃんからシュン君のサイズを聞いたの!」


 高円寺から? うわっ……何かすげぇ嫌な予感が。


「どうして高円寺が知っているんだ?」


「えっとそれは……クラスの身体測定の結果が書かれたデータを、何か上手いことゲットしたんだって」


「完全にアウトじゃねぇか」


 バレたら退学モンだろそれ……でもバレてないからまだいるワケで……本当に何なんだアイツは。腹立つな。


 つーか1人で楽しんでんじゃないよ。俺にも見せてくれよ、そのデータ……


「シュン君? どうして悔しそうな顔してるの?」


「いや別に……というかそんな回りくどいことしないで、俺に直接聞けば良かったじゃないか?」


 そう言うとヒナノは恥ずかしそうに。


「だって……聞いたら『じゃあヒナノちゃんのスリーサイズも教えてもらおうか、ぐへへ』みたいなこと言われるって、心美ちゃんが必死に止めてきて……」


「言わんわ!!」


 つーかそれ言うの、どっちかと言うと草刈の方だろ!!


 それにそもそも……俺はヒナノの身体を上から下までまじまじと眺める……


「……」


 うん。ヒナノのサイズなんて、本当に見たまんまだろうから……わざわざ聞かなくても分かりそうなもんだけど────


「……エッチ」


「いや何も言ってないってば」


 そんな俺、変態みたいな目付きしてた?


「ま、まぁ……シュン君なら……べ、別に良いんだけど……ね」


「……」


 どうしよう。今のは聞こえてなかったことにしておくべきなんだろうか。


「……ヒナノ?」


「あっ、それとね! 他にも帽子とかステッキとかも買ったんだよ!」


 そしてヒナノはまた別のトートバッグから、シルクハットとオシャレな杖を取り出した。


 俺はそのステッキを受け取って、色々と見てみる……うん。分かってたけどこれ、何の仕掛けもない杖だわ。


 でもまぁ、別にステッキ消したり出したりする系のマジックはやるつもりは無いし……マジシャンぽさを出す為に、アクセサリーとして持っとくのもアリかもしれない。


 そんなことを思いながら、ステッキを振り回していたら。


「あっ、もしかしてシュン君なら、ここからお花とか出せたりするの?」


「いや……そのステッキじゃ厳しいよ」


「そうなの?」


「ああ。ステッキにもバニシングケーンやアピアリングケーンってのがあって……いや、今回は使わないから説明はやめとくけど」


 おっといけない。マジックのうんちくを垂れるのは、俺の悪い癖だ。


 そしてヒナノは「そっかー」とその場を一回転した後に。


「それじゃあーシュン君! 早速その衣装、着てみようか!」


 と。


「えっ? 今着るの?」


「だってリハーサルって、本番と同じようにするんでしょ? だから衣装も着たまんまやるの!」


「いや着替える場所は……」


「大丈夫だよ! ここは屋上だから、誰かに覗かれる心配もないよ!」


「……」


 えっ、俺は? と言うべきか迷ったけど止めた。ヒナノはそこまで俺を信頼しているんだ……きっと。


「あっ、着替えは別だよ! お互い違う方向いて着替えるんだよ!?」


「……分かったよ」


 まぁ……俺は紳士ですからね。


 そして納得した俺は、ヒナノから渡された衣装に袖を通し始めた……


 ──


 そして後ろを振り向きたい振り向きたい、と言う葛藤と必死に戦いながらも、俺は着替えを終えた。


 本当に衣装がピッタリだったので、マジで高円寺はデータを盗み取ったんだと恐怖を覚える……あいつマジで何なんだ?


「シュン君、もう振り向いて良いよー!」


 そんなことを思ってるとヒナノの声が。閃光の速さで振り向くと、そこには……


「……んっ!!??」


「ど、どうかな……?」


 黒と白の衣装を身にまとい、ハットを被りステッキを持った……マジック少女が。いや、マジカル少女が俺の目の前に立っていたのだ。


 いやこの可愛さ反則だろ。どうにか世界三大美女に加えてやってくれないか。うん。


 俺は限界オタクのように、息をハァハァさせながら、何とか言葉を紡ぎ出す。


「やっ、かっ……可愛いっ、写真撮りたい。写真撮って……待ち受けにしたい……!!」


「えっ、そ、そこまで?」


 ヒナノは困惑しているようだった。


 そりゃそうだ、だってここにいるのはただのキモオタと化した俺なのだから。


 ……と言うか今は『待ち受け』って言わないんだろうか。ロック画面に表示したい、が正しいんだろうか。分からん。


 とにかく。


「なっ、なぁヒナノ! 駄目か!?」


 この天使の姿を、どうしても写真に収めたくて。拡大カラーコピーして、額縁に入れて飾りたい衝動が抑えられなかったのだ。


「えっ、いや、いいよ、いいけど……シュン君、本題忘れてない?」


「…………あっ」


 ヒナノの言葉で少し正気に戻る。あっ、そうだ、俺はリハーサルをやるつもりで……でも写真撮りたいし……


 そんな固まったままの俺を見たヒナノは、俺がショックを受けたと勘違いしたのか。


「わ、分かったって! 撮ってもいいから!」


「ほんとに!」


 こんな無邪気な声出せるなんて、自分でも驚いた。そしてヒナノは小さく呟く。


「そもそも……いつでも着てあげるから、そんなに焦らなくても良いのに……」


「えっ、いつでも着てくれるの?」


「えっ、聞こえて……あーー、もう! なら私もシュン君撮っちゃうもん!!」


 そしてヒナノは吹っ切れたようにスマホを取り出して……俺にカメラを向けた。


「シュン君!! こっち向いて!! とってもカッコイイよ!!」


 ヒナノに負けじと俺もスマホを構えて。


「ヒナノっ止まって! はい、笑顔!! ピース! ウインク!!」


 お互いに走り回って相手を撮る……そんなアクロバティックな撮影会が開かれたのだった……


 ──


 ……そして1時間くらい経ってお互いが正気に戻った後、ちゃんとマジックのリハーサルもしたから安心してくれ。


 寒いのに、お互い顔真っ赤だったけど。

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