第89話 矛盾
──
「うーん……どうする俺……」
それから数日経って、放課後1人屋上。俺は冷たくなった手で、コインロールをしながらグラウンドを眺めていた。
まぁグラウンドと言うよりは、部活中のヒナノを眺めていたんですけど。
「……ふー」
ヒナノは頑張ってくれている。まだまだ荒い部分もあるけれど、スプーン曲げや輪ゴム移動くらいならば、普通に披露出来る程だ。
ただ。
「時間が全然足りないなよぁ……」
まだまだ教えたいマジックは数多くある。だけど昼休みの間だけでは、教えられるマジックの数に限界があるのだ。
しかもタイミングの悪いことに、もう少しで期末テストの期間に入る。
テスト勉強やらないでマジックを覚えてくれ、なんてヒナノに言えるワケがない。だからテスト期間に入る前にはマジックを完成させて、見せておきたいんだ。
もちろんテスト後にマジック披露することも考えたが……俺はそこまで高円寺の弟君を待たせられない。考えたくはないが万が一……ってのもあるし。
しかしこのペースでは……マジックの数が足りない。だからと言って俺1人で全部やっても……仕方ない。意味が無い。
「……はぁーーっ。どうすりゃいい……」
大きなため息を吐きながら、俺は下を見た。走っているヒナノを見つけたけど……いつもよりもペースが遅いのは明らかだった。
──
次の日の昼休み屋上。
「ねぇねぇシュン君! 私、カードを消すマジック出来るようになったんだよ! 見てて見てて!」
そう言ってヒナノはカードを取り出して、俺が数日前に教えた『カード消失マジック』をやろうとする。
……まぁ消失と言っても、実際はカードを手の後ろに隠してるだけなんだけどね。でも、揺らしながらやれば、本当に消えたように見えるから面白い。
「いくよ、こうすると消えっ……あっ!」
マジックの途中ヒナノは声を上げて、カードを落としてしまう……うん。ヒナノみたいに手が小さいと、これは難しいよな。
「もっ、もういっかいやるね!」
「……」
ヒナノは落としたカードを拾い上げて、もう一度やろうとする。しかし……次も失敗しそうな気がした俺は、やる前に口を挟んだ。
「ヒナノ。ちょっといいか」
「ふぇ? どうしたの?」
俺は一息置いて言う。
「ヒナノに対してだから。ハッキリ言うよ」
「う、うん」
「このままのペースじゃ確実に間に合わない。だからあの紙に書いたマジック演目の内容を大幅に削ろうと思うんだ」
「……」
そうやって俺は伝えた……だけど。ヒナノは長い時間、何も言わなかった。俺の言ったことに対して、同意も反論もしなかった。
ヒナノはただ寂しそうな目をして。俺から目を逸らして。そして。誰に聞かせる気もないくらいの声量で、こう呟いた。
「あぁ……そっか。そうだよね。私のせいだよね。私がマジック覚えるのが下手で。こうやってやるのも下手だから……」
「ちっ、違う! ヒナノはこんなにも頑張ってくれているじゃないか!」
「ならどうして削るの? だって……それは私が、シュン君の足引っ張っているからだよね?」
「違う! それは……それは……俺のミスだ、初心者のヒナノにこんなにも求めてしまった俺のミスなんだっ!」
ヒナノとは正反対に俺は声を荒らげていた。らしくない行動をしているのは、自分が1番分かっていた。
「ううん。シュン君はそんなミスしないもん。私のことをちゃんと考えた上で、あの紙を書いたんだもんね?」
「そっ、それは……」
図星だ。ヒナノは完全に俺を理解している。ここまで見透かされてるからこそ。
「……」
これ以上俺は何も言えないワケで。
「うん。きっと私の部活があるから、時間が足りてないんだろうね」
「い、いや……」
正解だ。ヒナノの部活を計算に入れてなかったから、こんなに時間が足りてないワケで。
「シュン君。ハッキリ言うんじゃなかったの? それならちゃんと言ってよ」
「……いや、ちが。っ」
口が上手く回らない。何を焦っているんだ俺は。何を恐れているんだ俺は。
いま喋っている相手は、俺が誰よりも理解している……信頼している……愛している……恋人である。
『ヒナノ』なんじゃないのか?
「……」
「……うん。そっか。言えないか。なら私が代わりに言ってあげるよ」
そしてヒナノは後ろに手を組んで。俺の口調を真似して言った。
「『マジックの練習時間がもっと欲しい。だからヒナノを部活行かせないようにして、練習時間を増やしたい』……かな?」
「ちっ、違う! 俺はそこまでヒナノの大切な時間を奪いたくないんだよ!」
本心だ。これは本心だけど。ヒナノが言った『シュン君』の言葉も……きっと本心だ。
でもこれは明らかに矛盾している。ヒナノの時間を拘束したい癖に、奪いたくないって……頭がおかしいんじゃないのか俺は。
「ううん。そんな否定しなくていいんだってば。私はシュン君と一緒にいるの楽しいし。シュン君が望むことなら、私は何だってしてあげたいって、ずーっと思ってるんだよ?」
「ヒナノ……?」
「シュン君が望むなら私はいつだって。部活くらいすぐに辞められるんだよ?」
「えっ……いや、ヒナノ、それは、何か違くないか? なっ、何か……」
主従関係みたいじゃないか、と言おうとしたけど思いとどまった。
口にしてしまったら……本当にそうなってしまいそうで。俺達の関係が変わってしまいそうで。怖かったんだ。
「なぁに?」
「いや……ほら、恋人って……俺達って。対等な関係だろ?」
「そうだよ?」
「……」
ヒナノの食い気味の返答に圧倒される。まるで……これじゃまるで。
──俺の方が狂ってるみたいじゃないか。
「ちょ……ちょっと混乱してるみたいだ。一旦今日は解散しよう」
「うん。分かったよ」
そう言ってヒナノは荷物を持って、屋上から出て行こうとする……その背中に俺は。
「……ヒナノ」
「なぁにシュン君?」
「……あんまり自分を責めないでくれ」
「うん。大丈夫だよ」
バタンと扉の閉まる音がした。
「……………………」
しばらく足の震えが止まらなかった。
きっとこれは寒さのせいなんかじゃない。
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