第76話 宝物を背負って
……それを聞いた俺は、2つの思いが同時に浮かび上がってきた。
『えっ、1番悩んでいたのがそんなことだったの!?』という驚きと『あれ、ホントに今日1回も可愛いって言ってなかったっけ?』という疑問だ。
まず1個目の驚きだが……もしかしてヒナノの冗談なのか? とも一瞬だけ思ってしまったけど。
「……」
ヒナノの泣き顔と震え声から。それが冗談なんかじゃなくて、本気で1番不安に思っているってことが、心から伝わってきたんだ。
だから……俺は、そんなんで悩んでいたの? なんてデリカシーのないことは、絶対にヒナノに言ってはいけないんだ。
悩みの重さだなんて……他人が勝手に決めていいハズがないんだよ。
ヒナノにとっては……俺に可愛いって言われなかったことが。こんなに不安になるほど、辛くて悲しくて。
不安で押しつぶされそうになって……泣いてしまうくらいに怖かったことなんだ。
それを俺は……深刻に受け止めなければいけない。そして自分の価値観で決めつけてしまっていたのを……反省しなくてはいけないんだよ。
「……」
そしてもう1つの疑問の方だが……ホントに俺、1回も可愛いって言ってなかったっけ。
今日、何回もヒナノのこと可愛いって思ったのは、確かに覚えているんだけど……
「……」
ああ。そっか。思っていただけか。
じゃあ何で言葉にしなかったんだろう、俺は……恥ずかしかったからか? 言わなくても伝わると勝手に思い込んでいたからか?
……いや。そんな過去の自分を問い詰めたって仕方ない。どう足掻いたって何も言わなかった過去は変えられないんだ。
考えるべきは……今だ。今、この場にいるヒナノのことを考えるのが、何よりも大切なんだよ。
だから。
「うん……ヒナノ。今日のヒナノ、とっても。これ以上ないくらいに可愛いよ」
今すぐに伝えるんだ。
「……ホント?」
「ああ本当だよ。ヒナノがあまりに可愛かったから……上手に言葉に出来なかったんだ」
そしたらヒナノは、俺の言葉を信じてくれたみたいで。
「……うん。嬉しい。とっても嬉しい」
と、ヒナノは起き上がりつつ……俺の隣に座ったんだ。
「ヒナノ、もう大丈夫か?」
「うん、シュン君のおかげで落ち着くことが出来たんだ。ありがとね」
「そっか。それは何よりだけど……どうして隣に?」
「安心したから。次はね、シュン君とこうやってくっついていたいんだ。えへへっ……」
そう言ってヒナノは、俺に寄りかかり……目を閉じた。
……おっ、おっとぉ? 何だか良い感じの雰囲気になってきたではありませんかぁ!?
これは、もしや、きっ、キスの流れではありませんか……?
おっ、落ち着け落ち着け。俺。これからはムードを作っていって……頂点。綺麗な夜景を見ながら、せっ、接吻を…………!!
「……ぐぅ」
「えっ? ヒナノ?」
「……すぅ」
「……うそーん」
寝てる……本気で寝てるよ。あ、そっか。確かヒナノ、早く起きたって言ってたよな。
ということはつまり、しっかりと睡眠が取れなかったということ。そしてこのアトラクションに乗りまくって疲れが溜まっていることから……寝てしまったのか。
まぁ……こうやって。俺の前でガチの寝顔見せれるくらいに信頼されてるのは、ちょっと嬉しい気もするね。
もちろん、俺は寝ている人に手を出すようなゲス野郎ではないので……え? 保健室の出来事を忘れたのかって? あれは事故というか、誤解というか……
まぁそんなワケで、俺は観覧車が1周するまで。口笛でも吹きながら、1人の時間を過ごしたのだった。
──
「ご、ごめん……また迷惑かけちゃったよ」
観覧車から降りた寝起きのヒナノは、目を擦りながら俺にそう言った。
「いいってば。前にヒナノ『私には迷惑かけていい』って言ったじゃん。だからヒナノだって俺にたくさん迷惑かけていいんだよ?」
「……いっ、いいの?」
「ああ。それに……なんてったって、俺はヒナノの彼氏なんだからな!」
「……」
「……何か反応してくれよ。恥ずかしくなっちゃうから」
そしたらヒナノはクスッと笑って。
「いや、本当にこの人が私の彼氏で良かったなって思っちゃって」
「お、おう……ありがとう。すげぇ嬉しい」
それって、これ以上ないくらいの褒め言葉ですよ。そしてヒナノはあざと可愛く。
「ねぇ、彼氏さん。ひとつだけお願いがあるんだけど。いいかな?」
「ん? ああ。何でも言ってくれ」
「私、もうちょっとだけ寝たいなって思っちゃって。だから私……」
「そうか。なら……乗ってくれ!」
ヒナノが言い終わる前に、俺はその場に屈んで……後ろに手を広げた。
「え、えっ?」
「おんぶだ! 俺の背中で寝てくれ!」
「……ふふっ。ありがと、シュン君。」
そしてヒナノは俺の背中に飛び乗った。
自分から提案しておいて何だが……こんなに素直に応じてくれるとは思わなかった。
ヒナノも。俺に弱いところも含めて、全てをさらけ出してくれるようになったのかな。
それならとても。とても嬉しいことだよ。
そして俺はヒナノを背負ったまま、ゲートに向かって歩いて行く……
「……シュン君。重くない?」
「全然。ヒナノは軽過ぎて、ちょっと心配しちゃうくらいだよ」
「……もう」
耳元から聞こえるヒナノの照れた声は、いつも以上にドキッとしてしまうね。
「じゃあ……とりあえず駅まではこうやって歩くから。ヒナノは眠ってて?」
「うん……ねぇ、シュン君」
「何だ?」
「今日はとっても楽しかったよ。ホントにありがとね」
「こちらこそだよ。こんなに楽しい日は久しぶりだったよ」
「ふふっ。ねぇシュン君?」
「何だ?」
「好きだよ。シュン君のこと。とっても。とーってもね」
「……ありがとう。俺も。ヒナノのこと大好きだよ。誰よりもね」
「ふふっ、嬉しいなぁ……私、こんなに幸せでいいのかなぁ。いつか急に不幸なことが起こっちゃいそうで……ちょっと怖いんだ」
「うん、そっか。俺も同じように思う時もあるけど……大丈夫だよ。きっと大丈夫だ」
「……」
「根拠はなんにも無いけど。俺らなら何があっても、何とかやっていけそうだと思うんだ……こんな風に思うのって変かな?」
「ううん。全然変じゃない…………」
「ヒナノ?」
「……」
あら、寝ちゃったか。このまま続けてどこか行こうかなとかこっそり考えてたけど……これ以上無理させるのもダメだよな。
今日は大人しく帰るか。そうしよう。
そう決めた俺は、その大切な宝物を背負ったまま、遊園地のゲートから出て行くのだった。
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