第61話 第1回脳内会議

 俺はヒナノを抱えて体育館を後にする。


 そして廊下を駆け抜けて……保健室まで辿り着いた。本当にヒナノの身体は心配する程に軽かったので、運ぶのは簡単だったけど。


「……」


 未だに目を覚まさないヒナノが、とても心配だった。確か貧血って……長くても数分で意識が戻る筈なんだけどな。


 でもまぁ身体は熱を持ってるし、呼吸音が聞こえてくるから、多分大丈夫なんだろうけど……それでも心配してしまうよ。


 そんなことを思いながら俺は保健室の扉をガラガラと足で開き……抱えて歩いて、奥に置いてあるベッドにヒナノを寝かせた。


 そして俺は近くに置いてた丸椅子に座って……ヒナノの様子を確かめていた。


「……すーっ、ふーっ」


 ……なんか呼吸のスピードが早くなってないか?


 まさか。


「ヒナノ。もしかして起きているのか?」


「……」


「ここは保健室だから、もう大丈夫だぞ」


「……」


 しかしヒナノの返事はなかった。うーん。やっぱり俺の勘違いだったのかな?


 そうやってヒナノが目が覚めるのを待っていると、保健の先生も保健室に戻って来たようで。俺に向かってこう言う。


「君、本当に判断が早かったわね。私、ビックリしちゃったわよ」


「あっ、ありがとうございます……」


「でも貧血になった子は安静にさせてないといけないから、ああやって揺らしながら運ぶのは、本当はあまり良くないのよ?」


「それは……ほんとすいません」


 確かにあの行動は迂闊だったかもしれない……それでも。ヒナノが倒れているのを見て、俺はじっとはしていられなかったんだ。


「まぁそれでも、すぐ行動に移せた貴方は偉いと思うわよ……」


 そこまで言った所で、保健の先生の携帯がピロピロ鳴った。そして先生は携帯を取って。


「はい、もしもし……はい、はい……分かりました」


 と。何か用事でも入ったのだろうか。


 そして先生は急いだように。


「ごめんなさい、少し席を外すわ。その間、貴方その子のこと見てて貰えるかしら」


「え、えっ!?」


「頼んだわよ」


 先生は俺の了承を得る間もなく、保健室の外へと出て行ってしまった。


 おいおい……そんな大切なことを、俺に任せていいのか? もしヒナノが大変なことになってしまったら、どうすればいいんだよ。


 というか……もう始業式終わってるよな。早く教室に戻らないと、変な噂でも立ってしまうかもしれないな。


「……」


 いや。でもそんなことよりも。俺はヒナノが大事だから。頼まれた以上は、しっかりヒナノの傍にいよう。


 そう思った俺は丸椅子をベッドに近付けて、ヒナノの寝顔を確認した。


 ……こうやってまじまじとヒナノの顔を見るのは、初めてかもしれない。


 長いまつ毛に、もちもちの赤いほっぺ。そして……前髪には俺があげたヘアピンが。


 まだ付けていてくれていたんだな。ここまで大切にしてくれるなんて……本当に嬉しいや。


「……俺は。本当に幸せだよ」


「……んっ」


「ん?」


 あれ? 今、ヒナノが喋ったような……? 気のせい……じゃないよな。声聞こえたもん。


 やっぱり起きているのか。でもどうして寝たフリを続けているんだ……?


 また「起きてるのか?」と聞いても、きっと反応してくれないだろうしな……うーん。どうしようか。


 とりあえず案を出す為に……脳内会議を始めよう。


 俺は脳内に幾つかの人格を形成させて……そいつらを円状に並べていったのだった。


 ──


 ただ今から脳内会議を開始する!!


「まず、どうしてヒナノが寝たフリを続けているのか、ということについてだが……分かる者は?」


 そしたら正面にいる熱血系の俺が挙手する。


「ハイハイ。普通にどこかのタイミングで意識が戻ったけど、気まずくて起きるタイミングを失ったんじゃねぇの?」


「気まずい? 気まずいって?」


「はぁ? お前はカスみたいなヤツにお姫様抱っこなんかされて、ここまで連れてこられたヒナノ様の気持ちが分からねぇのか?」


「……なるほど」


 カスは言い過ぎだと思うけど……実際そうだよな。あんな大衆の前でお姫様抱っこされたら、恥ずかしいと思わないワケが無い。


 まぁ……お姫様抱っこのくだりを知っているのなら、ヒナノは倒れてから数秒……長くても数十秒で意識を取り戻したことになるけど……って。


「あっ」


 一斉に俺の顔が、俺に向いてくる……


「おい、本体。何か気付いたのかよ?」


「それなら早く教えるのですよ、本体」


「言え言えー! 本体ー!」


 ……俺は本体呼びなのね。いやそんなことより。


「そんなすぐにヒナノの意識が戻ったのなら。お姫様抱っこなんかせずに、その場で安静にさせていた方が絶対に良かったんじゃ……」


「……」


「……」


「……お前。やったな?」


 お前って言うか……俺だけど。


 そしたら右隣のクール系俺が。


「まぁ本体を庇うワケじゃないが、いつ意識が戻るか予想出来ないのも仕方ないだろう。それにヒナノさんの意識が戻った時に、本体がお姫様抱っこしていようが、『もう大丈夫だから』と本体に伝えれば良かったのでは?」


「ああ? お前ヒナノ様の行動にケチ付けるのか?」


「しかし……」


 そしたら俺の左側のほわほわ系の俺が。


「それならー、体育館内で気が付いたヒナノちゃんがー『シュン君下ろしてよー!』って叫んでたら……恥をかいたのはどっちになったのかなー?」


 ……それは。マジでそうだわ。


「くっ……」


 そしてクール系の俺は論破されてんじゃねぇよ……やっぱりインテリキャラは頼りねぇな。

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