第56話 まさかのまさか

「ヒナノ!? どっ……どうして!?」


「えっ?」


 俺が驚いている理由が分からないのか、ヒナノは首をこてんと横に傾げる。


「どうしてって……委員長に誘われたから、花火大会に来たんだよ?」


「……」


 えっ、まさか……まさか。そのまさか。


 ヒナノも俺と同じように、場所を間違えてしまったとでも言うのか……!?


 そんな馬鹿なことがあっていいのか……!? でも、そうとしか考えられないし! それに……!


「うーん、全然人がいないね? もしかしてシュン君が1番乗り?」


 ヒナノはまだ間違えていることにすら、気が付いていないみたいだよ! 流石に天然過ぎないか……!?


 ということは……俺が伝えなきゃいけないのか。クソ、何で俺が……こんな残酷な役をしなくちゃいけないんだよッ……!


「シュン君?」


「えっ、えっと……ヒナノ、よく聞いてくれ。ここは射布留川じゃなくて……別の川なんだ」


「……えっ? どういうこと?」


「だから……俺たち。場所を間違えているんだ」


「えぇっ!?」


「それに……今から向かっても、花火大会には間に合いそうにないらしいんだ」


「えっ……ええーっ!?」


 虫の鳴き声くらいしか聞こえないこの場所では、ヒナノの驚嘆の声は大きく響き渡ったのだった。


 ──


「……いやぁ。まさかこんな偶然があるとはな」


「ホントだよ! 間違えるだけならまだしも、シュン君もいるなんて!」


 俺らは大きな石の上に腰掛けて話をしていた。


 ヒナノも歩いて来たらしく、まぁまぁ疲れているみたいだし。花火大会にも間に合わないと分かったから……しばらくここにいることにしたんだ。


「ヒナノは……花火大会、行ったことなかったの?」


「えっとねー。行ったことはあるけど、小さな頃だったからさ。あんまり覚えていないんだー」


「そっか」


「だから私、今日はとっても楽しみにしてたんだよー! なのにこんなことになっちゃうなんてさー!」


 ヒナノは頬をぷくーっと膨らませ、少し悔しそうに言ってみせた……でもまぁ、そこまで落ち込んでないみたいで良かったよ。


「シュン君はどうして間違えちゃったの?」


「俺は……マップ見て来たんだけど、どうも入力をミスっちゃったみたいでさ」


「ふふっ、おっちょこちょいさんだね?」


「ヒナノがそれ言うか?」


 おっちょこちょいのヒナノにおっちょこちょいと言われるのは、何か変な気持ちになる。


 でもまぁ……久しぶりに笑顔が見れたので、ヨシ!


「じゃあヒナノは?」


「私はね、場所が分からなかったから、仲のいい近所のおばさんに場所を聞いたんだよ! 『射布留川ってどっちにあるか知ってますか』って」


 ……あっ。これはまさか。


「そしたら『あっちの方にあるよー』って教えてくれて。それを信じて進んだら……ここに着いちゃったの! 私、どこかで道を間違えちゃったのかな?」


「いや……多分だけどその人、聞き間違いしたんじゃないか?」


「えっ?」


「射布留川と射瑠々川って……似てるし」


「えっ、この川ってそんな名前なの!?」


「ああ」


 それを聞いたヒナノは、今日イチの大笑いを。


「あはははっ! それならおばさんも聞き間違えちゃうよね!」


「ふふ、そうだな」


「はぁー笑えるよ……」


「……」


 ……会話が終わってしまった。このいい感じの流れに乗って……謝ろう。よし、頑張れ……俺っ!


「え、えっと……ヒナノ。あの時はごめんな」


「えっ? 急にどうしたの?」


「いや……しっかり謝ろうと思ってさ。あの日……陸上の大会で起きたことを」


「……」


 そしたらヒナノは黙ってしまった。でも……ここで会話を止める訳にはいかない。


「あの時の俺はさ……自分が全て悪いって思うのが正しいことだと、信じて疑わなかったんだ」


「……」


「でも……それは違くて。委員長に言われて気が付いたんだよ。ただの俺のエゴだってことを」


「……」


「だから。色々困らせて……本当にごめんね」


 そしたらヒナノは、優しく肩を叩いてくれて。


「大丈夫だよ。あの時はちょっとびっくりしたけど……シュン君の気持ちは伝わったし。そんなこと、全然謝らなくていいんだよ」


「ヒナノ……!」


 やはりこの子は本当に優しいよ……天使越えて聖母だよ。


「それより私が心配しているのは……心美ちゃんとのことだよ。あの時に喧嘩しちゃったでしょ?」


「あ、それはもう大丈夫だよ」


 俺はそう言ってスマホを取り出し、いつの間にか切れていた電話をもう一度かけてみた。


 そしたら……さっきとは違う、焦ったような高円寺の声が聞こえてきた。


「何、あいのーん!? こっちはみんなでヒナヒナ探しているとこだからさ! 用がないなら切るよ!?」


 俺はスピーカーにして、ヒナノにも声が聞こえるようにしてやる。そして俺は……落ち着いてこう言った。


「あー高円寺。よく聞いてくれ。ヒナノは……俺の隣にいるんだ」


「はぁ!? そんなくだらない冗談言わないでよ!」


「いや、これはマジで……」


「もう!! 今回は本当に怒るよ!?」


 ……ああ、駄目だこりゃ。困った俺はヒナノにスマホを渡して、何か話してやってくれとアイコンタクトを取った。


 それを理解してくれたようで、ヒナノは俺に代わって話し出す。


「……あっ、もしもーし。心美ちゃん? 本当にごめんね! 心美ちゃん達に連絡するの忘れていたよ!」


「えっ……ほ、本当にヒナヒナ……!? どっ、どうして!? 何で!?」


「えっと……恥ずかしながら。私も場所を間違えちゃったみたいで……」


「……」


「心美ちゃん?」


「うっ、嘘ぉ…………!!?」


 ……高円寺のこんな低い声、初めて聞いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る