第55話 怪我の功名

 花火大会当日。


 俺は朝からソワソワしていて落ち着かなかった。理由はもちろん……ヒナノに会うのが楽しみだったからだ。


 ……あの陸上大会以降、俺らは会うどころか、連絡さえ取っていなかった。


 だからその間、ヒナノからしか得られない癒しエネルギーが全く供給されなかったから……もう俺の心は限界に達していたんだよ。


「はぁ……まだ時間があるな」


 それで……こういった日は時間が進むのが、やけに遅く感じるよな。とりあえずスマホゲームでもやって、時間を潰そう。


 そう思った俺はゲームアプリを開こうとした……そんな時。


「……ん?」


 スマホの画面上にバナー表示が現れた。反射的に俺はそれを押す。


 そしたら『らいーん』に飛んで……トーク画面に切り替わった。メッセージを送ってきた相手は……高円寺だった。


 そしてその内容は。


『今日の花火大会は早く来てね』


 と一言だけ。


「……」


 これってあの時と同じじゃねぇか……高円寺はまた、何か考えでもあるのか?


 うーん……今回は聞いてみるか。


『どうしてだ?』


 そしたらすぐに既読が付いて、返事が。


『ウチはあなたのやろうとしてることなんかとっくに分かってるよ。花火大会を使って、ヒナヒナと仲直りしたいんでしょ?』


 流石は高円寺だ。俺の考えなんか、とうにお見通しらしい……別に隠してるつもりはなかったから、いいんだけど。


『そうだよ。でもそれが何か関係あるのか?』


『だからさ……そんな大事なことしようとしているのに、ウチらがまだ喧嘩してたらさ。あなたも色々と不便でしょ?』


 ……不便? というかそれって。


『俺を許してくれるのか?』


『うん。というかウチの方が酷いこと言ってた気がするし。それに……ヒナヒナを悲しませちゃったのは、ウチのせいでもあるからさ』


 そうか……高円寺も。俺と同じようにずっと悩んでいたのかも。


 お互いにヒナノを好き過ぎたから……あんな言い合いになってしまったのかもしれないな。


『高円寺、こっちだって悪かったよ。俺もヒナノを護ってやりたくて、盲目的になっていたんだ』


『はいはい、謝罪は会ってからちゃんと聞くから』


『ああ、そうかい』


『じゃ、そういうことだから! 花火の30分前に現地集合ね! あいのーん!』


『了解だ』


 そうやって返事をした俺は、ホーム画面には戻す……それじゃあゲームを再開するか。


 そう思いアプリを開いた時に……ふと気が付いた。


「そういやあいつ……俺のこと『あいのーん』呼びに戻ったな」


 再び心を許してくれたってことなんだろうか。案外アイツも分かりやすい奴だな。


 ──


 それで……数時間後。俺は花火大会が開かれる川までやって来たんですけど。


「……えぇ?」


 見事に誰もいなかった。これは誇張表現では無く、本当に人が1人もいなかったんだ。


「どっ、どうなっているんだ……?」


 訳が分からな過ぎて怖くなってきた。えっ、まさか中止にでもなったというのか……!? いやそれにしてもおかしいよな……


 とっ、とりあえず……高円寺に連絡をしよう。


 焦りながら俺はスマホを取り出して、高円寺に電話をかけた。そしたらすぐに応答してくれたようで。


「あっ、もしもしあいのーん? 着いた?」


「いや着いたけど……!」


「まぁこんなに人が多かったら見つけるのも一苦労だよねー」


「……えっ?」


 人が多い? 何だ? 話が噛み合っていないぞ……? どういうことなんだ?


 そんな疑問を持った俺を置いてけぼりに、高円寺は会話を進めていく。


「んー。それじゃあ橋の下にでも集合しようか……」


「ちょ、ちょっと待て! 本当に高円寺は来てるのか!?」


「え? 来てるよ? ほら、ザワザワしてるでしょ?」


「……」


 確かに……電話越しには、人々の喧騒が聞こえてくる。それに高円寺は嘘をついている様子もない。


 ……つまりこの状況。疑うべきなのは高円寺の方ではなく、俺の方であって。


「……高円寺。花火大会の場所って」


「射布留川だよ?」


「だよな。なら俺がいるここは……何処なんだ?」


「いや……知らないよ」


 そりゃそうだ。


 でも……確かに俺は射布留川に来た筈だ。スマホでマップを見ながら、長い長い道のりを、1歩ずつ歩んで来たじゃないか。


 どうして自転車を使わなかったのか……その理由は察してくれ。


「えっと……とりあえず川にはいるんだよね? そこから見える物を言ってって!」


「あっ、ああ……」


 言われた俺は、とりあえず目に付いた物を言っていった。


「えっと、地面には石が敷いてあって。その前には川が流れていて……斜面は苔みたいなの生えてるな。そして赤い橋がかかっていて……」


 そしたら高円寺はしばらく黙った後に……こう言ったんだ。


「……あいのーん、そこは射布留川じゃないよ。多分そこは……射瑠々しゃるる川」


「……えぇ?」


 何そのボカロ曲みたいな川は。


「射瑠々川?」


「うん。射布留川と真反対にある川で、本当に小さな川だよ。名前は似てるかもしれないけど……大きさは全く違うよ」


「……」


 えっと……まさか。俺はマップを頼りに行ったけれど。その入力した内容を間違えていたっていうのか!?


『しゃふる』と『しゃるる』……1つのミスフリックで、ここまで変わってしまうんだ……! 俺はなんてミスを……!!


「い、いや待て! 今からそっちに向かえば、間に合うだろ!?」


「いや、だから真反対にあるって言ったじゃん! そこからここまでは……走っても2時間はかかっちゃうよ! どうせあいのーん、歩きだよね?」


「えっ? あ、ああ……」


「だからあいのーんが到着する頃には……こっちの花火大会はもう終わっているよ」


「えっ、嘘……だろ?」


「残念だけど……本当だよ」


 聞いて俺は……一気に全身の力が抜けたのたった。


 あんなに楽しみにしていたのに……もちろん花火ではなくて。ヒナノに会うことを。


 会ったらさ。謝って、仲直りして。それからみんなで店でも回って、花火を見て……楽しい時間を過ごすつもりなったのになぁ。


 こんな俺の馬鹿みたいなミスで……この夏が終わるなんてな。相談に乗ってくれた委員長や草刈にも……申し訳ねぇよ。


 ああ……クソ。もうこの川で泳いでやろうかな。飛び込んでやろうかな……


 むしゃくしゃした俺は足を開いて……本当に飛び込んでやろうとしたんだ。


 ……よし。行くぞ。


 覚悟を決めて走り出そうとした、瞬間────





「……シュン君?」


「………………えっ?」


 どこか懐かしい声が、後ろから聞こえてきた。


 急いで俺は振り向くとそこには……


「ふふっ、やっぱり……シュン君だった!」


 いつもと変わらない、可憐な姿のヒナノが立っていたんだ。

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